滝壺
「・・・。」
後ろを振り向かないように、必死に前だけを見つめてシロヤとクロトは走った。
戻りたいのならば今すぐ戻って、ランブウやプルーパ、リーグンを助けに行きたい気持ちで一杯だった。しかし、シロヤはリーグンの言葉を信じ、走り続けた。
「リーグン様が信じてるんだ・・・俺も・・・皆を信じないと・・・。」
ただひたすらに一人と一頭は、未開拓地帯を走り続けた。
「・・・!」
シロヤの耳に、森とは違う音が響いた。草や枝を踏んだ時に生じる音とは違う、森とはかけ離れた男だった。
「何だ・・・?」
いつの間にか、足元の草や枝が無くなり、荒れ果てた土が現れた。
徐々に枝も無くなっていき、視界が開けてきた。その先で、クロトは急停止した。
シロヤとクロトは、開けた場の前に広がる景色を見た。
「これって・・・滝?」
シロヤ達の前には、巨大な滝が広がっていた。滝は思ったよりも高く深く、その道の先は崖となっていた。崖から滝壺を見てみると、滝壺までの距離は想像以上のものだった。
「道なんて無いだろ・・・。」
シロヤは周りを見渡してみた。すると、崖の一つが道みたいになっていたのに気づいた。しかし、それは途中で途切れていた。
「危険だな・・・他を探そう。」
クロトに引き返すように促し、崖に背を向けた。
「・・・!」
急に、シロヤは森の奥から人の気配を感じた。しかもそれは、一人ではなく複数人の気配だった。
ゆっくりと隠れながら気配の出所を探すと、森の奥にいたのは、鎧に身を包んだ集団だった。そしてその先頭には、関所でも見た銀色の鎧を纏った戦士がいた。
「バ・・・!バルーシさん・・・!」
関所でランブウと戦っていると思っていたバルーシ率いる兵団が、未開拓地帯に足を踏み入れていた。
「ランブウさん・・・まさか・・・。」
そこでシロヤは思考を止めた。負の方向に考えてしまってはキリがないと思い、すぐさま頭を切り替えた。
「まずい・・・この先は行き止まりなのに・・・。」
シロヤは滝を見た。道らしい道はなく、あるとすれば途中で途切れている道だが、万が一滝壺に落ちれば命はないだろう。
「!」
考えているシロヤの背中に、クロトは頭をつけた。何かを言いたげのようだが、シロヤがクロトの方を向いた瞬間、クロトは黙りこんだ。
「・・・クロト?」
クロトはシロヤの服を引っ張り、無理矢理自分の背中に乗せる。その瞬間、クロトは助走をつけて走り出した。
「おい・・・まさか・・・!クロト!」
シロヤは叫んで引き返させようとするが、クロトは無視して走り続けた。その先にあったのは、途中で途切れている道だった。
「クロト!あの道は不安定だ!万が一崩れたりしたら!」
途切れている分の距離は、全速力で助走をつけて飛ぶぐらいの距離とほぼ同じくらい。つまり、一瞬でも気を抜けば落ちてしまいかねなかった。
「クロト!まだ道があるはずだ!だから!」
シロヤの叫びを無視して、クロトは高く跳躍した。
クロトの助走は十分であったため、道を飛び越えることができた。
「クロト!」
そのまま着地して走り出そうと足を前に出す。
しかし・・・。
ガラッ!
「!!!」
急に足元が揺れた。
着地の衝撃で、向こう側の着地位置の道が崩れたのだ。
「うわぁぁぁ!」
バランスを失い、滝壺に向かって落ちていくシロヤとクロト。しかし、クロトは背中のシロヤを空中で振り飛ばした。
「ク!クロト!何を!」
クロトはすぐさま体制を変えて、空中のシロヤを後ろ足で蹴り上げた。
「ぐわぁ!」
蹴りの衝撃で上に飛ぶシロヤ。それを、道の向こうから現れた手が掴んだ。
「シロヤ!」
手はしっかりとシロヤを掴んでいたが、掴まれているシロヤは、滝壺に向かって悲痛の叫びを上げていた。
「クロトォ!クロトォ!クロトォォォ!」
「落ち着けシロヤ!今お前まで落ちたら!」
「うるせぇ!クロトォォォ!クロトォォォォォ!!!」
悲痛な叫びは滝の向こうの森にまで響いた。
「シロヤ様!」
「向こうから声がしました!」
森の奥にいた兵団が滝を目指して走り出した。
「ちっ!このままじゃマズイ!」
もはや正気を保っていないシロヤを背負い、男―――レジオンは森に向けて走り出した。
レジオンは、ただひたすらに森を走った。背負ったシロヤは、もはや何も喋らずに固まっていた。
星夜祭での傷が開き、新たに足や手に傷を負いながらも、レジオンはひたすら走り続けた。
やがてレジオンは、森の奥にひっそりと佇む小屋の前についた。
誰もいないことを確認して、レジオンはゆっくりと小屋の扉を開けた。
「!」
扉を開けた先にいた少女が、体を硬直させた。それを見たレジオンは、少女に軽く微笑んだ。
「俺だよ俺!レジオンだよ!」
「あ!レジオン様!申し訳ありません!」
そう言って、少女―――クピンはレジオンに深く頭を下げた。