哀別
「白の・・・勇者?」
謎の人物の言葉に、シロヤは思わず首をかしげた。自分が勇者と呼ばれる意味がわからずに考えていると、謎の人物はそのまま言葉を続けた。
「白の勇者よ、この砂は好きか?」
突然の問いに、シロヤは戸惑いながら首を縦に振った。それを見た謎の人物は、思った通りの返事が聞けたのか、嬉しそうに微笑んだ。
「白の勇者よ、まだこの地は平和にはなっていない。白の勇者の選択は、まだ試練の段階を越えてはいない。」
試練の段階とは何なのか。様々な疑問が頭をよぎるが、謎の人物はお構いなしに言葉を続けた。
「白の勇者よ、耐え難い困難がこの先に待ち受けているだろうが、白の勇者は立ち向かうか?」
シロヤは首を縦に振った。もちろん、シロヤはバスナダのためならばどんな困難にも立ち向かうつもりでいた。それは、シアンやプルーパやバルーシらに対するお礼の意味でもある。しかし、やはり大半を占めるのはシロヤ自身の選択。だからこそ、シロヤは立ち向かう勇気が得られるのだ。
期待した通りの答えを得て満足したのか、謎の人物は微笑みながらシロヤの頭を撫でた。
「白の勇者よ、望んだ世界は自身が作るのだ。白の勇者が紡ぐ世界を・・・しばし見学させてもらおう。」
その瞬間、謎の人物の体が光の粒子となって消えていった。
そして一際強い光がシロヤの視界を奪い、シロヤの意識は再び暗黒に包まれた。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
いつしか暗黒が、瞼の裏の世界へと変化した。
シロヤはゆっくりと目を開けた。
「ん・・・。」
目を開けて最初に目に入ったのは、無機質な石の天井だった。そして体を包む布の感触。どうやらあのあと、誰かの手でここに運ばれたようだ。
「目が覚めたか・・・。」
突如、横から声が聞こえた。驚いて顔を上げると、そこにはシアンが立っていた。その表情は、色んな感情が幾重にも重なってできたような表情をしていた。
「あの・・・ここは?プルーパ様やバルーシさんは・・・?」
シロヤの質問に、シアンは重そうに口を開いた。
「全員治療を受けている所だ。」
そう呟いたシアン。
シロヤはゆっくりと体を起こし、周りを確認した。自分が寝ている簡易ベッドの他にあるのは、冷たくシロヤを見張る鉄格子だった。
「ここは・・・牢屋?」
牢屋の中にいるという事実を受け止められないシロヤ。よく見ると、鉄格子の向こうから数人の兵士が、シアンを心配そうに見つめていた。
不安な表情を浮かべたシロヤを見て、シアンは悲しい顔を浮かべた。
「そなたがあのような悪事を働くとは・・・。」
シロヤにはシアンの呟きを聞き取ったが、何を言っているのかわからなかった。
「悪事・・・?」
シアンはさらに続けた。
「星夜祭の夜、バスナダ七人衆に大怪我を負わせ、さらにはそれを止めに来たお姉さまをも手にかけ、最後には大臣であるレーグまで手にかけようとしたという情報が入ったのだ。」
「・・・えっ?」
シロヤは耳を疑った。あの時の出来事が、全て自分を引き金にして起きた犯罪行為という形になってしまっている。どうやら、鉄格子の向こうの兵士達が向けていたのは、犯罪の疑いがかけられているシロヤに対する疑心の目だったのだ。
訳がわからないといった表情を浮かべているシロヤ。それを見つめていたシアンの目には、いつの間にか涙が溜まっていた。
「私も信じられぬ・・・そなたが国を潰そうという・・・テロリストであることなど・・・!」
まるで泣きつくかのように、シアンは目でシロヤに訴えかけていた。
「・・・!」
その瞬間、シロヤは悟った。
「違うのなら・・・違うと言ってほしい・・・!あらぬ疑いをかけたことを謝ろう・・・。」
その言葉を聞いた瞬間、シロヤは悟ったことをそのまま口に出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・本当です。」
シアンの表情は変わらない。しかし、シアンの思考は狂っているのだろう。身が小さく震え出していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・そうか。」
涙を押し殺しているようなシアン。
そして、表情を変えないままシアンはシロヤに言った。
「そなたをA級犯罪者と認定し、今後バスナダ国の入国を禁ずる。」
シロヤは、ゆっくりと頷いた。
「ならば・・・これから関所に向かってくれ。私はまだそなたが犯罪者であることを信じたくない。そなたは見ず知らずの私に優しくしてくれた方。だから・・・せめて関所までの道にそなたへの見張りはつけないつもりだ。」
それが、シアンがシロヤに対する最後の愛情なのだろう。シロヤは再びゆっくりと頷いた。
互いに涙をこらえながら部屋を出た二人。そして、シアンは王室に向かって、シロヤは城門に向かってそれぞれ別れて歩き出した。
「う・・・うぅ・・・。」
シロヤの後ろから泣き声が聞こえたが、シロヤは振り向かずに城門を開けて外に出た。




