願意
「うぬっ!」
目の前に現れたシロヤに、レーグは思わず身震いした。
賢者のレーグにとって、今目の前にいるシロヤという存在は異質でしかなかった。戦士の様な腕っぷしの強さとも違う。魔術師の様な魔力を秘めた強さとも違う。全く未知数な"強さ"に、歴戦を越えてきたレーグは恐怖していた。
しかし、小さく震えるレーグを見ても、シロヤは表情を変えなかった。
「・・・まだだ、お前への制裁はまだ済んでいない。」
シロヤは拳を振り上げた。
「ヒヒヒヒヒ!諦めてなどいませんよ!」
拳を振り上げたシロヤを目の前にして、レーグはいつもと何も変わらずに高笑いした。
「まだわからないのですか?私が何故、何もせずに黙っているかが!」
瞬間、レーグの後ろで砂金が盛り上がった。
「・・・!」
砂金は巨大な柱となり、シロヤを上から見下ろしていた。
「ヒヒヒヒヒ!あなたのお陰で星を操る程の魔力を手に入れることができました!ヒヒヒヒヒ!」
「俺の・・・お陰?」
シロヤは剣を構え、疑問を口にした。
「あなたが私を痛めつけたお陰で、私の魔力の上限がさらに上がりました!ヒヒヒヒヒ!」
レーグの隠し玉、与えられたダメージ分だけ魔力を回復・上昇させる賢者のスキル、"ダメージリリース"を発動させたのだ。星の力によって与えられたダメージは、レーグにそれ相応の魔力を与えたのだ。
「ヒヒヒヒヒ!わかる、わかるぞ!力が増大していく!力が我に!ヒヒヒヒヒ!」
レーグを包み込むように、砂金が舞い上がる。砂金に包まれたレーグは、さながら金の繭で羽化を待つ蝶のようだった。
「ヒヒヒヒヒ!星が私に力を与えてくれる!素晴らしい!素晴らしい!!素晴らしい!!!」
金の繭の一部が盛り上がり、そこから砂金の針が現れた。
「哀れだな・・・貴様は。」
「ほざけるのも今だけですよ!ヒヒヒヒヒ!」
砂金の針がシロヤめがけて放たれた。
シロヤは一瞬目を閉じ、何かを祈りながら走り出した。
「遅い・・・。」
ヒュンヒュン!ヒュンヒュン!
「何!?」
高速で放たれた砂金の針を、シロヤは何事もないかのように交わす。それはまるで、砂金の針がシロヤを避けているようだった。
「何故だ!何故当たらない!」
激昂しているレーグ。その瞬間の間に、シロヤはすでに金の繭の前にいた。
「何故だ!何故貴様に星の針が当たらない!」
叫ぶレーグを包む金の繭の前で、シロヤはゆっくりと剣を振りかぶった。
「言っただろう?星に選ばれた者じゃないと星は操れない。」
「ほざくな!」
突如、シロヤの目の前で砂金の針が現れ、シロヤの腹部を貫いた。わずかに傷口から血が流れるが、シロヤは倒れるような気配は全くしなかった。
しっかりと大地に足をつけるシロヤ。そんなシロヤを、足元の砂金が優しく包み込んだ。シロヤの腹部を貫いた砂金は崩れ、貫かれた腹部は一切の傷を残さずに消え去った。
「!」
「人が星を選ぶんじゃない。星が人を選ぶんだ。」
シロヤは剣を振り上げた状態で止まり、一点を見据えながら口を開いた。
「星は・・・ただ力を増幅させるだけの道具じゃない。それは星と共に生きてきたバスナダの民ならばわかるはずだ。」
「ヒヒヒヒヒ!星が道具じゃない!?」
さらに現れた針がシロヤを貫く。右足、左足、腹部、左胸と、まるで苦しめるかのように貫いていく。
しかし、貫かれた傷跡はすぐさま星によって癒され、まるで何事もなかったかのようにしてしまう。
「まだわからないのか。星が望むのはこんなことじゃないんだ。」
「うるさい!うるさい!」
針は何度もシロヤを貫くが、傷跡は星が全て癒されていく。
そして、新たな針がシロヤの左目を貫いたとき、シロヤは初めて表情を変えて動いた。それと共に、空気が一瞬静まった。
「星が望むことに耳を傾けないお前に!」
「星は操れない!」
振り下ろされた剣が金の繭を切り裂いた。
「うがぁぁぁぁぁ!!!」
苦しむような断末魔が、星が包む大地に響き渡る。
シロヤの剣が光を放ち、金の繭が音を立てて崩れ落ちる。
光はさらに世界を包み込むかのように広がっていく。シロヤとレーグは、そんな光に包まれながら意識を手放した。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
ゆっくりと目を開けるが、まだ視界には眩しい光が映っていた。何も見えない真っ白な世界に、シロヤは一人で立っていた。
歩き出してみるが、地面を踏んでいるのかもわからない。まるで別の空間の中に迷いこんでしまったかのように。
しばらく歩いていると、白い光の向こうに何かを見た。その何かが、光ではない何かと認識した瞬間、音も立てずに何かはシロヤの前にやって来た。
「はじめまして・・・白の勇者よ・・・。」
そこに立っていたのは、巨大な剣を持った白い全身鎧の男だった。