母性
「フカミ、もう一度あれをやるわよ。」
「うん!」
顔を見合わせて頷いた二人。そして、フカミは魔法で高く飛び上がり、キリミドは地面に足をつけたまま詠唱を始めた。
「クロト君!時間稼ぎをお願い!」
空からのフカミの言葉を聞いたクロトは、大きく鳴いてから舞い上がる砂埃に飛び込んでいった。
「キシャアアアアア!!!」
突如聞こえる激しい奇声。
奇声の方に、うっすらと激しく動く何かが確認できた。
クロトはその何かを確認し、体当たりしようと向かっていった。
「・・・グン・・・!」
クロトは止まった。
一瞬、目の前の何かが声を発したように聞こえた。そしてそれは、幻聴ではないと認識できる程にしっかり聞こえた。
「グン・・・リー・・・グン!」
だんだんと強くなる声。その声は何回も同じ言葉を繰り返していた。
そしてクロトは、それが何を意味しているのか理解した。
「クロトさん!準備ができました!」
突如、キリミドの声が聞こえた。
その言葉と共に、地面から何本もの草が生え、暴れる生体兵器を拘束した。
「よし!クロトさん!その場を離れてください!」
しかし、クロトはその場を離れようとせずにジッと生体兵器を見続けている。
「クロトさん!何があったんですか!?今すぐ戻ってください!」
さらに聞こえてくるキリミドの叫び声にも、クロトは全く動じない。
「準備は出来たわね!?じゃあ行くわよ!」
空で何本もの木の幹に囲まれているフカミが下を確認すると、フカミは左腕を高く上げた。
「お姉ちゃんダメ!まだクロトさんが!」
キリミドが叫んだ瞬間、振り上げた左腕をフカミは勢いよく振り下ろした。
その瞬間、周りの木の幹がその動きに合わせて一斉に砂埃に向かって降り注いだ。
「クロトさん!」
キリミドは力一杯に叫ぶが、クロトは砂埃から身を現さず、木の幹はキリミドの心配をよそに容赦なく降り注いだ。
一本、また一本とまたもや砂埃を巻き上げて飛来してくる木の幹。星の力を得たことにより、その威力は以前の比ではない。
それ故に、クロトがまだ砂埃にいる場合、絶望的な状態だというのは間違いない。
「あぁ・・・!」
キリミドの絶望感に襲われた声と共に、木の幹の攻撃が終わってフカミがゆっくり降りてきた。
「お姉ちゃん!まだあの中にはクロトさんが!」
怒りの表情で歩み寄ってくるキリミド。
「・・・しっ!」
そのキリミドを手で制止し、ジッと砂埃の先を見続けるフカミ。
やがて砂埃がゆっくりと晴れてくると、その先に広がっていた光景にフカミは頷き、そしてキリミドは驚いた。
「生体兵器が・・・クロトさんを・・・?」
砂埃の先には、生体兵器が枝でクロトを木の幹から守っている光景が広がっていた。
「・・・クロト君、事情を説明して。」
いつの間にかフカミはクロトの近くに来て、体に触れてクロトの記憶を探った。
「・・・生体兵器が・・・声を?」
一通り探り終えると、フカミは体から手を離した。
遅れてキリミドが駆け寄る。
「お姉ちゃん、何があったの?」
キリミドが聞くと、フカミはゆっくりと口を開いた。
「クロト君は聞いたみたいよ、この生体兵器が発した言葉をね。」
「言葉?」
キリミドの疑問に、フカミは一切動かなくなった生体兵器を見上げながら答えた。
「リーグン・・・リーグンって発したらしいわ。」
「リーグンって・・・!」
キリミドもフカミと同じように生体兵器を見上げる。さっきまで暴れていた生体兵器はボロボロの状態で動きを止めていたが、守っているクロトは無傷だった。
「まさかとは思うけど・・・この生体兵器の元ってリーグンに近い関係にいた人なんじゃないかしら?」
「近い関係・・・?」
フカミとキリミドは生体兵器を見続ける。しかし、その答えは一向に出てこない。
「例えば・・・肉親とか・・・ね。」
「そんな・・・!」
フカミの予想に驚くキリミドだったが、それが正解なのかどうかはわからない。二人はリーグンの関係を知らないのだから当然だ。
「でも、何でこの生体兵器はクロトさんを?」
キリミドが呟くと、フカミは表情を変えずに空を見上げて口を開いた。
「仮にリーグンの肉親だったら・・・守ろうとしたんじゃないかしら。」
「リーグンさんの仲間を・・・ってこと?」
いくら二人で会話しても答えは出てこない。それを察知して、フカミは再び生体兵器を見ながら呟いた。
「リーグンには言わない方がいいわね・・・。」
「・・・そうだね。」
キリミドは小さく頷いた。
そして二人は、地下帝国に入っていったシロヤを追うために地下帝国入り口に向かって歩き始めた。
「・・・クロトさん?」
途中、キリミドが振り向くと、クロトが生体兵器をジッと見つめているのが見えた。
もちろんクロトにもこの生体兵器の事がわかるわけがない。しかし何故か、クロトはこの生体兵器に母のような暖かさを感じた。
クロトは最後に生体兵器に向かって頭を下げて、歩き始めているフカミとキリミドに追い付くために走り出した。