復讐
「ヒヒヒヒヒ!」
未開拓地帯に響く不気味な笑い声。
笑い声の持ち主は杖を何度も振って、その先にいるリーグンに向かって砂の槍を何本も飛ばしていた。
「くっ!」
対してリーグンは、飛んでくる槍をギリギリで避けることしか出来なかった。避けてからすぐ体制を整えようとしても、すぐさま次の砂の槍が飛んでくるため、攻撃体制に入ることが出来ないのだ。
リーグンと比べて、レーグは魔法の詠唱時間が圧倒的に少ない。それは、上級魔術師であるリーグンと賢者であるレーグの圧倒的な魔力の違いを表していた。
「ヒヒヒヒヒ!だんだんと疲れが見えてきてますよ?ヒヒヒヒヒ!」
不気味な笑い声と共にさらに加速する砂の槍の勢い。
レーグの言うとおり、リーグンは時間が経つごとに息切れのペースが速くなっている。やはり、魔術師としての力量に違いがありすぎるのだろうか、差はどんどんと離れていっている。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!」
「やはり私に挑むなど愚かだったのですよ、ヒヒヒヒヒ!」
リーグンは体の限界を感じ、近くの木の陰に身を潜め、大きく深呼吸をした。
「やはり・・・私のお父様では力に差がありすぎる・・・どうにか光明を見出さなければ・・・!」
木に背を預けて息を落ち着かせるリーグン。
「無駄ですよ。私が出てくるまでいつまでも待つと思いますか?」
木の向こうから声が聞こえてくるが、リーグンは答えずに息を整えることだけに専念した。
それ以降、しばらく向こうから声が聞こえない。ただ聞こえるのは、リーグンの呼吸の音だけだ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
次第に息も落ち着き、体が回復してきたのを感じるリーグンは、タイミングを計ろうと木の陰からそっとレーグを見た。
「・・・・・・!」
その先にいたのは、詠唱の最中だったレーグだった。
「何ですか・・・あれは・・・!」
詠唱しているレーグを見て、リーグンは驚愕の声を上げて固まった。
詠唱しているレーグを、黒い何かが覆っていた。そしてその黒い何かは、詠唱が続くにつれてどんどんとレーグを取り囲み、いつしかレーグの体は黒い何かによって姿を消した。
直感で、リーグンはあれが危険なものだと認識し、すぐさま近くなっていた距離を離そうと木から離れた。
「遅いですよ!ヒヒヒヒヒ!」
リーグンが木から離れようと地面を蹴った瞬間、黒い何かの向こうからレーグの声が聞こえた。
そしてそれと同時に、黒い何かが塊のように集まり、レーグの前に浮かんだ。レーグは持っていた杖を振るい、その黒い塊を杖を振った方向に飛ばした。
「!!!」
「ヒヒヒヒヒ!」
高速で飛来してくる黒い塊。
身の危険を感じたリーグンは、すぐさま飛び退きながら詠唱を始めた。しかし、詠唱をさせまいと黒い塊はさらに加速してリーグンに向かっていく。
そして、黒い塊がリーグンを完全に捉えた瞬間、リーグンは持っていた杖を思いっきり地面に向かって振った。
「砂よ!上がれ!」
その言葉と同時に、リーグンの足元の砂が柱となって地面から勢いよく飛び出し、リーグンを空中に飛ばした。
そのまま、黒い塊はリーグンではなく砂の柱に当たった。
その瞬間、黒い塊が捉えた砂の柱が、跡形もなく消え去ってしまった。それは、一片の欠片も一粒の砂も残さずに消えた。それは、消滅という言い方が一番正しいだろう。
「あれは・・・まさか・・・!」
空中で体制を立て直して地面に着地するリーグンは、黒い何かの正体に気づいてハッとなった。
「ヒヒヒヒヒ!まだまだですよ!」
また聞こえた笑い声。その先を見ると、またレーグの周りに黒い何かが纏われていた。そして再びレーグの前に塊となると、レーグの杖の動きに合わせて高速で飛来していった。
「お父様!その魔法は!」
「貴方もわかっているはずですよ!この魔法の正体が!ヒヒヒヒヒ!」
そう、リーグンはこの魔法の正体がわかっていた。
「その魔法は!太古の昔から研究されていた、純粋な闇の塊を生成して物体そのものを消滅させる禁術!本来ならばその方法は闇に葬られ、表はおろか裏にすらその姿は見えないはず!」
リーグンの言葉に、レーグはさらに笑った。
「ヒヒヒヒヒ!ラーカ様はその太古の昔から生きておられるのですよ?そんな禁術など心得て当然です!ヒヒヒヒヒ!」
さらに飛来してくる黒い塊。
「くっ!飛べ!」
リーグンは黒い塊を飛行魔法で避ける。しかし、それでもすぐさま黒い塊は生成され、リーグンに向かって飛んでいく。
「ヒヒヒヒヒ!そしてラーカ様はその禁術を私に授けてくださった!この力さえあれば憎き白の勇者を消滅させ、私はこの国を手に入れることが出来る!」
レーグの言葉に、リーグンは表情をしかめて地面に着地した。
「まだ・・・そのようなことを言いますか・・・!」
リーグンは表情をしかめながら言った。その言葉には、リーグンには珍しい"怒り"が込められていた。「ヒヒヒヒヒ!当然です!私は私の計画を潰した奴等に復讐し、今度こそ大願を成就してますよ!ヒヒヒヒヒ!」
レーグは言葉と共にさらに黒い塊を放つ。
「そんなこと・・・そんなこと!させない!」
リーグンは叫ぶと、自分に向かってくる黒い塊と対峙して詠唱を始めた。
「ヒヒヒヒヒ!無駄ですよ無駄!ヒヒヒヒヒ!」
高速でリーグンに向かっていく黒い塊。それを避けようとせず、リーグンは真っ向から立ち向かった。
そして、黒い塊がリーグンを完全に捉え、ぶつかろうとした瞬間、リーグンが動いた。
「砂よ!舞い上がれ!」
リーグンの言葉に呼応して、砂が意思を持ったように舞い上がってリーグンを包み込んだ。
「何!?」
砂はリーグンを完全に包み込んで姿を隠した。そして、黒い塊がリーグンを取り囲む砂にぶつかった。
黒い塊が弾けると、砂が消滅してリーグンを守った。
そして、砂によって姿が見えなかったリーグンの姿が現れると、その周りには砂の槍が構えられていた。
「槍よ!飛べ!」
リーグンの言葉と共に、槍が勢いよくレーグに向かっていった。
「くっ!」
突然すぎる反撃に、さすがのレーグも対処できなかった。槍が飛んでくるよりも早く詠唱することができず、槍の攻撃を回避できずに体を切り裂かれた。
「くっ・・・。」
後ろによろよろとよろめくレーグ。しかしその表情は、何故か余裕の表情だった。
対してリーグンは、凛とした表情でレーグの前に立った。その表情には、強い怒りが秘められていた。
「ヒヒヒヒヒ!まさか私に反撃するとは・・・!」
「お父様、禁術は見破らせていただきました。強力であるがゆえ、その軌道は単純です。それさえ読むことが出来ればいくらでも防ぐことができます。」
杖の先を勢いよくレーグに向けて、リーグンは強い口調で言い放った。
しかし、それでもレーグは表情を緩めようとしない。
「ヒヒヒヒヒ!その程度で見破ったなど浅はかすぎますね。ヒヒヒヒヒ!」
まるで負け惜しみかのように笑うレーグ。しかし、それが負け惜しみではないことをリーグンは肌で感じ取っていた。
「ではそろそろ見せてあげましょうか・・・この禁術の本当の力を!」
そう言うと、レーグはすぐさま詠唱を始めて黒い塊を作り出す。そして、生成された黒い塊に向かって杖を振るうと、黒い塊は大きく旋回してレーグに向かっていった。
「何を・・・何をする気ですか!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
高らかに笑うレーグを、黒い塊が捉えて包み込んだ。
「な・・・!」
驚きの表情で固まるリーグン。
「ヒヒヒヒヒ!」
そんなリーグンを嘲笑うかのように、黒い塊から声が聞こえてきた。笑い声がしばらく続くと、ゆっくりと黒い闇が晴れ、レーグが姿を現した。
「!!!」
しかし、現れたのはさっきまでのレーグではなかった。
頭からは金色の角が、口からは牙が生え、茶色の体毛と獣のような手足が禍々しく闇に染まっていた。
「ヒヒヒヒヒ!禁術の闇の本当の姿!それは術士に純粋な闇の結晶を宿らせる強化魔法だったのですよ!ヒヒヒヒヒ!」
もはや人の姿でなくなったレーグは、高らかに笑いながら言い放つ。
それに対して、リーグンは今までの表情を完全に崩していた。
「お父様・・・いや、もはや貴方はお父様なんかじゃない!」
リーグンは強い口調で言った。それは、リーグンの表情を崩した感情、"怒り"が強く込められた口調だった。
「もはや貴方はその姿同様、復讐の闇にとらわれた鬼!そんな貴方をこのまま生かしてはおけません!」
その言葉と共に、リーグンの懐から小さな袋が落ちた。そしてその袋の口が開かれ、袋からキラキラと何かが舞い上がり、リーグンを包み込んだ。
「それは・・・まさか!」
レーグの表情が一変した。
リーグンの体を包むのは、レーグの野望を砕いた、そしてレーグの恐怖の対象となっている物だった。
「私はレーグを!復讐の鬼を必ず倒す!」
レーグの恐怖の対象―――星の力を得たリーグンが構えた。