自責
「月が綺麗ね・・・。」
バルーシとプルーパは、部屋の窓から見える月を眺めていた。
二人の間に流れる静寂。しばらく月を眺めていると、最初にその静寂を破ったのはバルーシだった。
「あの・・・プルーパ様?」
「ねぇバルーシ、悩みがあったら私達に相談しなさいよ?」
「・・・。」
「シロヤ君も私達もバルーシを心配してるのよ。だから・・・ね?」
バルーシに柔らかい笑顔を見せる。月明かりに照らされたプルーパの笑顔は、神秘的な印象があった。
「・・・はい、ありがとうございます。」
バルーシは小さく会釈をした。
「・・・プルーパ様。」
「なに?」
柔らかい笑顔のまま返事をするプルーパ。対してバルーシは、決意を固めたような真剣な表情をしていた。
「・・・プルーパ様は覚えているでしょうか?私が初めて城に来たときのことを。」
そう聞かれたプルーパは、しばらく首を傾げた。考えてみれば、バルーシと会ったのは五年前、バルーシが王室前の警備をしていた時のはずだ。
「・・・ごめんなさい、覚えてないわ。」
「そうですか・・・。」
悲しげな表情になったバルーシを見て、プルーパは少し慌てたように口を開いた。
「よかったら聞かせてくれないかしら?バルーシが初めてここに来たときの話。」
そう言われて、バルーシは月を見ながら物思いにふけるように口を開いた。
六年前・・・。
「バルーシ、ここがお前の部屋だ。」
金髪の青年に連れられて、銀髪の少年は小さな部屋へやって来た。
「もういつもみたいに俺はお前達を守れないから・・・これからはお前が弟を守ってやるんだぞ?」
そう言って金髪の青年は、少年の銀髪を優しく撫でた。
「じゃあな、バルーシ。強く生きるんだぞ。」
そう言って、金髪の青年―――ゴルドーは部屋を出ていった。
ドクン・・・。
「!」
ゴルドーが部屋を出ていった瞬間、銀髪の少年―――バルーシの心に何かがのし掛かった。
「兄さん・・・行っちゃダメだ・・・行っちゃダメだ・・・!」
うわ言のように呟いて部屋を出るが、いくら探してもゴルドーの姿は見つからなかった。
バルーシがゴルドーと話したのはそれっきりだった。
バルーシは何度も探し回ったが、いくら探してもゴルドーは見つけられなかった。
バルーシの弟も、長らく帰ってこないことに疑問を持ち始めていた。
「銀兄ちゃん、金兄ちゃんはどこ行ったの?」
「・・・・・・・・・。」
「ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ!」
いくら弟が問いかけても、バルーシは答えられなかった。
しかし、いくら探しても見つからずにバルーシも諦めかけていた時、事件は起きた。
六年前のある日、国王命令によって全員が城に軟禁となった。それはなぜだかわからないが、バルーシは弟と一緒に部屋にいた。
「銀兄ちゃん、金兄ちゃんそろそろ帰ってくるかなぁ?」
「・・・あぁ、そろそろ帰ってくるさ。」
不安にさせまいと笑顔を浮かべるバルーシ。
バルーシの笑顔を見て同じように笑顔になった弟は、窓から外を覗きこんだ。
「あ!金兄ちゃん!」
「!」
その言葉に、バルーシはすぐさま窓から外を見るが、金髪の青年の姿は見えなかった。
「まさか・・・でも・・・!」
そう言うと、バルーシはすぐさま剣を持って部屋を飛び出した。
「ここで待っていろ!すぐに戻ってくる!」
弟に言葉を残して、バルーシは窓から見えた景色に向かって走り出した。
「兄さん!ゴルドー兄さん!」
城の外で必死に名前を呼んで探し回る。しかし、いくら探してもゴルドーの姿は見当たらない。
「一体どこへ・・・。」
その時、
「うわぁぁぁ!!!」
バルーシの身に強い衝撃波が襲ってきた。体ごと吹き飛ばされて壁に激突するバルーシ。
「くっ・・・一体何が・・・。」
バルーシは、初めてそこで空を見た。
「な・・・何だあれは・・・。」
バルーシが見えた空に浮かんでいたのは、黒く歪んだ塊だった。
バルーシはその塊を見た瞬間、瞬時に悟った。
「何かよからぬことが・・・起きようとしている・・・。」
そう呟いたバルーシの頭に、一つの言葉が蘇った。
「これからはお前が弟を守ってやるんだぞ?」
「しまった!」
バルーシは危険を察知したのと同時に、ゴルドーの言葉を思い出してすぐさま城へと戻っていった。
とにかく全力で走る。そうしなければならないような気がしたからだ。
そしてバルーシは、弟がいた部屋の扉を勢いよく開けた。
「・・・・・・・・・。」
その部屋には誰もいなかった。
「そんな・・・そんな・・・!」
バルーシはすぐさま膝をついて自分のしたことを後悔した。
弟を放ってしまったために、守ることができなかった。守らなければならない弟を守れなかったその自責の念が、涙という形でバルーシの頬を濡らした。
その後、いくら探しても二人の兄弟は見つからなかった。