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Second Moon Ⅰ  作者: 愛祈蝶
光と影
8/20

十日夜の月









更に月は満ち―――――――






―――――――――十日夜(とおかんや)の月






朝方――



目を覚ました司は、服を着たまま風呂にも入らずに眠っていた事に気付いた。



…………シャワー浴びてぇな…………



………ふっ……コイツ………



自分の腕に抱きついている香澄が目に入り、愛おしそうに微笑みながら、空いている方の手で香澄の頬を撫でた。そのうち首筋、肩へと手は進み……



「…………っ…………」



司は、抑え切れなくなる前に香澄の腕をほどき、バスルームに向かった。



………二日だな………



………そろそろ…………限界か?!………



司は、何かに対抗するように、禁欲などと柄にもない事を試みていた。






………ん……?…………



………暑い…熱い?……



「……ん……」



香澄は暑くて目が覚めた。と同時に、状況を悟る。



「う~ん……やっと起きたな」



目の前には、ニンマリ笑う司の顔。そのまま視線を下げれば……



…………っ……って……なんで……裸??………



裸の司が、横向きに寝ている香澄を抱き締めていた。



「おはよーのチュ~ウ」



口を尖らせ、にっこり笑った司の顔が香澄に近付く。



……………っ……………



……この顔に……弱いんだよね……





香澄は、司の頬を両手で包み、それ以上近付けないように腕に力を入れる。顔を固定された司は、驚き不機嫌になる。



「……なんっ……」



“何だよ”と言いかけた言葉を香澄の唇が遮り、司は一瞬力が抜けた。が、すぐに離れようとする唇を追いかける。香澄は、そっと口づけて離すつもりだったが、いつの間にか形勢逆転……。



「……んん……っふぁ…………っ……っん…」



司が香澄の上に乗り、火がついたよう激しく唇を(むさぼ)り始めた。



……………っ……………



その激しいキスに、香澄は応えるだけで精一杯だ。すっと唇が離れ、香澄は、ゆっくり目を開けた。



「……寝過ぎだな……ふっ……もう昼前だぞ……」



………止まらなくなるところだったぜ………



司は照れ笑いしながら香澄を見つめた。香澄も、ほんのり頬を染めながら苦笑い。



「つかさ、シャワー浴びたの?」



よく見ると、司の髪の毛が濡れている。



「あぁ…お前が爆睡してる間にな!……ふっ…………」



司は、腕にしがみついていた香澄を思い出し、頬を緩めた。



「風邪ひくよ」



「あぁ……着替えるか……お前も支度しろ……朝飯は、頼んどくぞ」



ベッドから抜け出し服を着る司を、香澄は、ぼんやり見ていた。




………帰りたくないな………




何故か、香澄は、そう思った。が、明日は学校がある。心に突っかかるモノを押しやるように、着替えを持ってバスルームに向かった。




バスルームを出て、化粧を済ませ、昼食を兼ねた朝食をとる。帰り支度を済ませ、ホテルを後にした。




司は、帰りの車の中で、諒子の話、幸司の話、いろんな話を香澄に聞かせた。幸司の話は、諒子から聞いた話ばかりだ。司は、幸司との記憶が、ほとんどない。が、諒子から度々(たびたび)聞かされて来た。



司の中学時代の話になると、香澄の顔は引きつっていた。司が、喧嘩を勲章のように思っていた時代だ。司は、笑い話に出来る話題を選んで聞かせながら、香澄の反応を見ていたが、香澄には刺激が強すぎたらしい。中学時代の話は出来ても、その先はまだ話せない。司は、そう思った。



「……ックククッ…俺は香澄の親に感謝してんぞ?」



「なんで?」




……あんな雁字搦(がんじがら)めにして、私の気持ちなんて考えてもくれない親だよ?……




「……ふっ…そのおかげで、悪い虫がつかなかったんだろ?……ふっ…」




司は、香澄の父親の気持ちが分かる気がしていた。やり過ぎだとは思いつつ、司の中にも、同じような感情が芽生えていた。




………愁だったよな、ぜってー負けねーからな……






「中学も高校も、学校と家と習い事以外、外に出してもらったことないんだよ?…………友達に誘われても、断るしかなくて…」




香澄は、親が許した数少ない友達と一緒に帰っていただけだった。寄り道は許されない。香澄は、家族以外の人と関わる時間は、ほとんどなかった。




「まぁ、俺にとっては、良かったな……ふっ……」



「………司は、いろんな経験したんだね。なんか羨ましい……」



司の話を聞き、香澄は、“自分は、かなりの世間知らずだ”と悟った。前から気にはしていたが。




「…俺は、男だからな、ま、……お前は知らなくていいだろ」




司は、この先、大学内やバイト先で、自分より良い男にでも出会いはしないか、愁みたいなヤツに惚れるんじゃないかと、不安になっていた。香澄が就職して社会に出たら、四六時中監視したいくらい、不安は募る。



そしてもう一つ、海堂の電話で聞いた話が、頭を過ぎった。




………香澄を巻き込むわけにはいかねぇ………




司は、運転をしながら、帰ってからの事を考えていた。今、海堂に調べさせている事。その状況次第では、究極の選択を強いられる。







「着いたな」



途中で夕食を済ませ、マンションの駐車場に着く。見慣れた景色を目にした二人は、現実に戻ったような気がしていた。



「ありがとう」



笑顔で言う香澄に、司は、複雑な思いを隠せずにいた。



………今日一日くれぇ、穏やかに過ごしてぇ………



香澄の荷物を持ってやり、二人でエレベーターに乗る。



すっかり日が暮れた空には十日夜(とおかんや)の月、二人を見守るように輝いていた―――




鍵を開け、部屋に入り、司は、カバンをリビングに置いた。そして、ソファーにドカッと座り、キッチンに向かう香澄を見ていた。



「明日の朝ご飯、どうしよう…………」



香澄は、すっかり忘れていた。冷蔵庫が空に近いことを……。



「海堂が来る。何か買って来させるから、いるもん言え」



司は、ソファーから立ち上りながら、困っている香澄に向かって言葉を落とす。



「いいの?海堂さんが来るって、仕事?」



香澄は、二日も仕事を休んでいる司に、無理をさせたのではと、申し訳ない気持ちになっていた。そして、海堂をパシリに使うことにも……。



「俺がいいって言えば、いいんだ。つーか、俺が聞いても分かんねーな……ハハハッ…待ってろ」



司は携帯を開き、海堂に電話をかける。そして、途中で香澄に携帯を渡し、“自分で注文しろ”とでも言うような目で香澄を見ていた。



「……もしもし……はい。すみません。…………ええ……レタスかピーマン…安い方で……卵……とハムかツナ缶…………後、……

……にんじん…あ、牛乳もない…………お願いします」




……コイツ何作る気だ?……




電話を切って携帯を返した香澄は、司の不思議そうな眼差しに、首を傾げた。



………な……に…?……



「お前、何作る気だ?」



「司が言ってたから…お母さんのチャーハンは、残り物のあり合わせでも美味しかったって…………味は違うかもしれないけど……へへっ…」



香澄は、頬を染めていた。そんな香澄を見て、司は海堂が来ることも忘れ、香澄を抱き締めていた。




「…………くるし…………つか…さ………」



力任せに抱き締められた香澄は、息苦しくなり身をよじるが、力の差を思い知り、諦めた。そのまま引きずられるように、寝室に向かう司に、



「かい…どぅ……さん……来る……」



香澄は、どうにか言葉を発した。



「……クッ……そうだったな……お前、海堂が来たら、先に風呂に入れ。俺、待てねぇ……」



司は結局、二日も我慢していたわけで、“プラトニック”に対抗意識を燃やしていた自分は棚に上げ、既に限界だった。




………俺は俺だ!………






「うん。私、荷物片付けて来るね」



………私…期待しちゃってる?!…って……ハ……ハシタナイ……



腕の力が緩み、ふわっと抱かれた状態で、香澄は頬を染めながら、司を見上げた。



…………?!……………



……………っ……………




そこには予想外の司の顔があった。さっきまでの緩んだ顔ではなく、どこか険しい司の表情に、香澄は戸惑った。




…………なに?…………




「片付けるんだな?俺も手伝ってやる」




…………え?…………




香澄は、その言葉に驚いた。




……カバンの中身を片付けるだけだよ?……




……手伝ってやる、なんて……




司は、すぐに香澄のカバンを持ち、香澄の部屋へと入って行く。香澄も、小走りに司の後を追って部屋に入った。戸惑いながら……。




「つかさ?」



司は、香澄のカバンを開け、中身を出していた。



「洗濯するもんは持ってけ」



「うん」



香澄は、言われるままに下着やパジャマを持ってバスルームに向かった。司は、我が物顔で居座る段ボールに、般若の形相でガンを飛ばしていた。





……燃やしてやりてぇ――――!!!………





心の中で叫びながらも、墓の前で幸司に誓った言葉を思い出していた。





――――信じる――――





……難しいぜ?!………










「かすみ~!俺のカバン!」



司は香澄の部屋から大声で呼びかける。



「…え―――?カバンがなに~?」



バスルームから出た香澄は、司の声を聞いて、足を止めた。



「洗濯するもん出してくれ!」



「わかった~」



自分の部屋に戻ろうとしていた香澄は、引き返し、司のカバンをあさった。




………勝手に開けて良いって、なんか……奥さんになった気分……ふふっ……




香澄は、能天気な笑みを浮かべながら、下着やシャツをバスルームまで持って行き、分類しながら洗濯ネットに衣類を入れる。




「…………キャッ……」




香澄がバスルームを出ようとドアを開けた時、待っていた司に引っ張られ、胸に抱き寄せられた。



「こうして欲しいんだろ?」



耳元で囁く司の色っぽい声に、香澄はゾクッとした。






……目に見えねーもん、信じるって難しいな………




『見えないけれど、そこに光はある』





『“Second Moon”みたいじゃない?』







司は、香澄の言った言葉を思い出していた。






『一生、司に、ついて行くっ』




……香澄は、俺といて…………幸せなのか?……





「…………くるしいよ………」




……………っ…………




司は、ぐぐもった香澄の声を聞き、我に返って腕を緩めた。







「………ハァ……ハァ…………死ぬかと思った……」



息苦しそうな香澄を見下ろしながら、



「浮気すんなよ」



ぶっきらぼうに言葉を落とす。




…………え?…浮気って、わたしが?………




「するわけないし」



ムスッとしながら呟いた香澄を見て、司は、



「……お前が浮気したら…俺…相手の男に何するか分からねーからな……」



低い声で言い放った。



「…………っ…………」



その声音と表情に、香澄はビクッとして、一瞬震えた。




………眉、歪んでるし……眼が……こ…こわいよ………おどし?……




「……っ……つかさ……顔……怖いよ?」



脅えるような香澄の表情に、司は苦笑いして、



「……ふっ……俺は、…元々、こういう顔だ!……ッククク……」



今度は笑いながら言葉を落とす。さっきと違って、いつもの司に戻った気がした香澄は、ホッと胸をなで下ろしていた。




……逃がさねぇからな……




司は、心の中で呟いた……。





「海堂おせーな……カメラつけられてねーよな……」



司は、いつもタイミングよく?悪く?現れる海堂に、邪魔をされないよう、今すぐ香澄を抱きたい衝動を必死に抑えていた。





………あぁぁぁ―――!!!…………さっさと来やがれ!!………





“rurururu――rurururu”そこに鳴り響いた電子音。



「つかさ……電話だよ……」



抱き合ったまま動かない司に、香澄が呼びかけた。







「…………っ…誰だ?……」



司は、不機嫌そうに言いながら、香澄をゆっくり離す。そして、テーブルの上に置かれた携帯を手にとる。画面を見て、一瞬ホッとした顔を見せた司だったが、呆れたように喋り出した。




「……何だぁあ?…何処まで行ってんだぁ?…………あ?…………着いたんなら上がって来りゃいいだろ………………は?………………ったく…………あぁ………………」



海堂は、前回、司の逆鱗(げきりん)に触れてしまったため、今日はインターホンを押さずに、まず電話をかけていた。



「海堂が来た。買い物袋ごと冷蔵庫に入れといてやるから、お前は風呂入れ」



「うん…」



香澄が、下着とパジャマを持ってバスルームに入ったのを見て、司は、玄関に向かい、鍵を開けた。




「香澄さんは……」



「風呂に入らせた。ま、入れよ」





香澄は、風呂から上がり、洗面台の前で考えていた。




………スッピンでいいのかな?………




………眉だけでも、描き足す?………




司の前では、当然スッピンをさらしているが、今は海堂がいるわけで……。




……もう帰ったかな?………




……でも、司が入って来ないって事は……まだ仕事の話をしてるのかな………




香澄は、少しだけドアを開け、耳を澄ませた。





「分かっているのは、そこまでです」



「……すぐ…………る訳じゃねーんだな!」



「はい。ただ、………て下さい。香澄さんの………にも」




「あぁ……かっ……ありがとうな」




…………?……?………



…………わたし?………



………何の話?………




途切れ途切れの話は、香澄には、意味が分からなかった。



ぼんやりしている香澄の耳に“バタン”と硬い音が入ってきた。ドアの閉まる音に、海堂が帰った事が伺える。



…………っ…………



香澄は、盗み聞きした事に罪悪感を感じていた。自分の名前が聞こえた事も気になる。




………司が、話してくれるまでは、聞けない………




香澄は、“何も聞かなかった”と自分に言い聞かせながら、バスルームから出た。






「上がったか……」



司は、無表情のまま言葉を投げた。



「うん」



香澄は、にっこり笑顔を作って、自分の部屋に向かった。司は、香澄を追いかけるように部屋に入った。



「な……に?」



司はドレッサーの前で、顔をパタパタと叩く香澄をじっと見ていた。



「それ終わったら、冷蔵庫ん中、頼んだぞ。分かんねぇから、そのままぶち込んだ……ハハッ…」



苦笑いの司を前に、香澄は笑顔を向けた。



「ありがとう。ついでに、明日の朝ご飯の下準備もしとくから、司、お風呂……」



「……あぁ…」



ニンマリ笑いながら、司はバスルームに向かった




香澄は、冷蔵庫を開けて、びっくりした。



……本当にそのままだ…



冷蔵庫からエコバックを取り出し、中身をチェックする。




………海堂さん、エコバック持ち歩いてるの?……




香澄は、海堂がエコバックを持ち歩いている姿を想像して、笑ってしまった。




……にんじん…牛乳………




中身を取り出して行くと、一番下に手紙と一緒に折り詰めが入っていた。








―――香澄さん―――



海堂が買い物を頼まれたと言っていたので、残り物だけれど、持って行かせました。私のアドレスを書いておきます。メール待っています。



―――――――諒子





………お母さん………






香澄は、嬉しくて、跳ね回りたい気分だった。





……こんな優しい言葉…………





折りを開けると、根野菜や鶏肉の入った煮物、切り干し大根の煮付け、中身の不明なフライが入っていた。香澄は、既に歯磨きをしたのだが、煮物を摘まんで、パクリと口に入れた。





……この味…覚えたいな……






香澄は、食材を冷蔵庫にしまい、携帯で諒子へのメールを打ち始めた。





“カチカチカチ”と打ち込んでは読み返し、消しては打ち込み、を繰り返す香澄は、人の気配に気づかない。



「何やってんだ」



突然、司の冷たい声が降る。



司は、今夜の事を考え、ニタニタ笑いながらバスルームを出たまでは良かったが、嬉しそうに携帯を見ている香澄を見た途端、一気に気分が落ちた。




………メールか?………




……相手は…誰だ?………




………ックッ……嬉しそうにしやがって……っ……




司は、自分の声音に香澄がビビっている事にすら、気づけなかった。





司の顔は無表情。香澄は、一瞬ビクッとして、訳が分からないまま固まっていた。



…………っ…………




………わたし…いけなかった?………




香澄は、強張った司の顔をただ呆然と見ていた。



司が次に目にしたのは、テーブルの上にある紙切れだった……。




………手紙か?………




白い便箋らしき紙切れを睨み付けながら、司は、



「何やってんだ」



もう一度同じ質問を投げた。




何が司を怒らせたのか、香澄には見当がつかない。が、返事をしなければ益々怒らせるのではないかと思い、口を開く。



「……メール……御礼のメールしようと思って……」



蚊の鳴くような声だったが、香澄は何とか伝えようとしていた。




………礼?…海堂か?………




……アイツ…手紙なんか書いてやがるのか?…




………それはねぇな………







…愁じゃねーだろうな………




司の顔は、険しくなる一方だ。




「つかさ?……っと…………煮物とフライの御礼だよ……お母さんが、わざわざ折り詰めにしてくれて…………この味、がんばって覚えるね…」



香澄は、引きつり笑いをしながら、なんとか説明をする。





………?……?……?………



……お袋??何のことだ?……




司は、何の事だか分からず、香澄に近付いて行った。そして、諒子の手紙を見て、納得した。





………俺……病気じゃねーか?……





……愁の亡霊に取り憑かれてるな………





さっきまでの殺気は消え、穏やかな司に、香澄は安堵しながらも、盗み聞きした話を思い出す。




………つかさ……時々……人が変わったように……怖い顔になるよね………




……危ないこと…しないでね………





香澄は、何か良くないことが起こるのではないかと、不安になっていた。






「つーか、湯冷めしてんじゃねーぞ!明日にしろよ」



司はバツが悪くなり、それを隠すように一人で寝室に入って行った。司の背中を見ていた香澄は、言われた通りテーブルの上を片付け、電気を切り、寝室のドアを開ける。




司はカーテンを開けて、窓から外を見ていた。






無性にくっつきたくなった香澄は、気がつけば、司の広い背中にもたれ掛かっていた。



「どうした…」



司の儚げな声に、香澄はますます不安になる。司の横から顔を出し、司の視線を辿った。



司がぼんやり見ていたのは、十日夜の月……………………




これから満月に近付くであろう、満ちる月……




司は、振り返り、



「冷たくなっちまって……風邪ひくぞ!」



香澄の手を握りながら、ベッドへと導こうとした。




………待って………




香澄は、司の手を離し、背中に手を回して、ぎゅっと抱き付いた―――――








司は、一瞬びっくりしたが、目じりにしわを寄せ、愛おしそうに香澄の背中を撫でた。




「……で、…………俺、我慢出来ねぇんだけど?」




…………?!…………



“ボッ”と香澄の頬が染まる。




「……う…ん」





……『うん』ってどうゆー意味だ?!………





「嫌なら……」


「イヤじゃないからっ」



言った後で、香澄は、ますます顔が熱くなる。




………何言ってんだろ……わたし……ハズカシスギ……




真っ赤になっているであろう顔を司の胸にくっつけたまま、香澄は固まっていた。




「……ふっ……知らねーぞ?明日、起きれねーとか言っても……」



「………………」




香澄は、体中の血液が逆流しているかのように体温が上がる。




「ついて来れんのか?」



香澄は、はにかみながらゆっくり顔を上げ、



「うん」



笑顔で答える。



その無垢な香澄を見て、司は目尻にしわを寄せて微笑む。




………そういう意味じゃねーんだけどな……クックッ……




そして―――




「…………キャッ…つかさ………もう…ムリ…」




「……知らねぇ……」





………嘘でしょ?………




……あの優しい司じゃないよ………




「…………ん……ゃん…………ダメダメ…もう…………ゆるして…」





「……好きって言えよ」




……………え?…………




……………っ……………





「言わねーなら……」





……………っ……ひゃん………





……つかさのイジワル―――!!!……





「……つかさのイジワル……ん……」




「早く言えよ」




香澄は体中熱くて、更に恥ずかしさも加わり、パニックだった。不規則に押し寄せる波に呑まれたまま言葉も出ない。




……もう、火が出そう………







「……好きじゃねーのか?」



…………え…?!………



いつになく自信がなさそうな司の声音。



「ちが……う……っん……ゃん…………」




「だったら言えよ」



司は、香澄の言葉を待ちながら、香澄を壊さぬよう反応を楽しむ。が、いつもの余裕はない。



香澄は、“自分の殻を破って好きと言わなければ”と思ってはいるのだが、二つの羞恥心に掻き乱されていた。



…………っ……おかしくなりそう…………




「…………っ…ゃん……」




……ふっ…許してやるか……




「じゃあ…好きなんだな!」



司が問い方を変え、



「…………っ…うん……っ………………ん…」



香澄は、返事をすると同時に、幸せな温もりを感じる。

司を全身で受け止めながら、何もかも忘れ―――――







レースのカーテン越しに射し込む月の光に見守られて、二人は溶けていった―――



月は、苦笑いしながら二人を見つめていた―――――







読んで下さりありがとうございます。



“十日夜の月”は、半月と満月の間の月です。

大幅に加筆も考えましたが、二人の微妙な気持ちは、読者様の思うままに受け止めて戴きたいと存じます。



今後もお付き合い下さいますようお願い申し上げます。


愛祈蝶

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