十日夜の月
更に月は満ち―――――――
―――――――――十日夜の月
朝方――
目を覚ました司は、服を着たまま風呂にも入らずに眠っていた事に気付いた。
…………シャワー浴びてぇな…………
………ふっ……コイツ………
自分の腕に抱きついている香澄が目に入り、愛おしそうに微笑みながら、空いている方の手で香澄の頬を撫でた。そのうち首筋、肩へと手は進み……
「…………っ…………」
司は、抑え切れなくなる前に香澄の腕をほどき、バスルームに向かった。
………二日だな………
………そろそろ…………限界か?!………
司は、何かに対抗するように、禁欲などと柄にもない事を試みていた。
………ん……?…………
………暑い…熱い?……
「……ん……」
香澄は暑くて目が覚めた。と同時に、状況を悟る。
「う~ん……やっと起きたな」
目の前には、ニンマリ笑う司の顔。そのまま視線を下げれば……
…………っ……って……なんで……裸??………
裸の司が、横向きに寝ている香澄を抱き締めていた。
「おはよーのチュ~ウ」
口を尖らせ、にっこり笑った司の顔が香澄に近付く。
……………っ……………
……この顔に……弱いんだよね……
香澄は、司の頬を両手で包み、それ以上近付けないように腕に力を入れる。顔を固定された司は、驚き不機嫌になる。
「……なんっ……」
“何だよ”と言いかけた言葉を香澄の唇が遮り、司は一瞬力が抜けた。が、すぐに離れようとする唇を追いかける。香澄は、そっと口づけて離すつもりだったが、いつの間にか形勢逆転……。
「……んん……っふぁ…………っ……っん…」
司が香澄の上に乗り、火がついたよう激しく唇を貪り始めた。
……………っ……………
その激しいキスに、香澄は応えるだけで精一杯だ。すっと唇が離れ、香澄は、ゆっくり目を開けた。
「……寝過ぎだな……ふっ……もう昼前だぞ……」
………止まらなくなるところだったぜ………
司は照れ笑いしながら香澄を見つめた。香澄も、ほんのり頬を染めながら苦笑い。
「つかさ、シャワー浴びたの?」
よく見ると、司の髪の毛が濡れている。
「あぁ…お前が爆睡してる間にな!……ふっ…………」
司は、腕にしがみついていた香澄を思い出し、頬を緩めた。
「風邪ひくよ」
「あぁ……着替えるか……お前も支度しろ……朝飯は、頼んどくぞ」
ベッドから抜け出し服を着る司を、香澄は、ぼんやり見ていた。
………帰りたくないな………
何故か、香澄は、そう思った。が、明日は学校がある。心に突っかかるモノを押しやるように、着替えを持ってバスルームに向かった。
バスルームを出て、化粧を済ませ、昼食を兼ねた朝食をとる。帰り支度を済ませ、ホテルを後にした。
司は、帰りの車の中で、諒子の話、幸司の話、いろんな話を香澄に聞かせた。幸司の話は、諒子から聞いた話ばかりだ。司は、幸司との記憶が、ほとんどない。が、諒子から度々聞かされて来た。
司の中学時代の話になると、香澄の顔は引きつっていた。司が、喧嘩を勲章のように思っていた時代だ。司は、笑い話に出来る話題を選んで聞かせながら、香澄の反応を見ていたが、香澄には刺激が強すぎたらしい。中学時代の話は出来ても、その先はまだ話せない。司は、そう思った。
「……ックククッ…俺は香澄の親に感謝してんぞ?」
「なんで?」
……あんな雁字搦めにして、私の気持ちなんて考えてもくれない親だよ?……
「……ふっ…そのおかげで、悪い虫がつかなかったんだろ?……ふっ…」
司は、香澄の父親の気持ちが分かる気がしていた。やり過ぎだとは思いつつ、司の中にも、同じような感情が芽生えていた。
………愁だったよな、ぜってー負けねーからな……
「中学も高校も、学校と家と習い事以外、外に出してもらったことないんだよ?…………友達に誘われても、断るしかなくて…」
香澄は、親が許した数少ない友達と一緒に帰っていただけだった。寄り道は許されない。香澄は、家族以外の人と関わる時間は、ほとんどなかった。
「まぁ、俺にとっては、良かったな……ふっ……」
「………司は、いろんな経験したんだね。なんか羨ましい……」
司の話を聞き、香澄は、“自分は、かなりの世間知らずだ”と悟った。前から気にはしていたが。
「…俺は、男だからな、ま、……お前は知らなくていいだろ」
司は、この先、大学内やバイト先で、自分より良い男にでも出会いはしないか、愁みたいなヤツに惚れるんじゃないかと、不安になっていた。香澄が就職して社会に出たら、四六時中監視したいくらい、不安は募る。
そしてもう一つ、海堂の電話で聞いた話が、頭を過ぎった。
………香澄を巻き込むわけにはいかねぇ………
司は、運転をしながら、帰ってからの事を考えていた。今、海堂に調べさせている事。その状況次第では、究極の選択を強いられる。
「着いたな」
途中で夕食を済ませ、マンションの駐車場に着く。見慣れた景色を目にした二人は、現実に戻ったような気がしていた。
「ありがとう」
笑顔で言う香澄に、司は、複雑な思いを隠せずにいた。
………今日一日くれぇ、穏やかに過ごしてぇ………
香澄の荷物を持ってやり、二人でエレベーターに乗る。
すっかり日が暮れた空には十日夜の月、二人を見守るように輝いていた―――
鍵を開け、部屋に入り、司は、カバンをリビングに置いた。そして、ソファーにドカッと座り、キッチンに向かう香澄を見ていた。
「明日の朝ご飯、どうしよう…………」
香澄は、すっかり忘れていた。冷蔵庫が空に近いことを……。
「海堂が来る。何か買って来させるから、いるもん言え」
司は、ソファーから立ち上りながら、困っている香澄に向かって言葉を落とす。
「いいの?海堂さんが来るって、仕事?」
香澄は、二日も仕事を休んでいる司に、無理をさせたのではと、申し訳ない気持ちになっていた。そして、海堂をパシリに使うことにも……。
「俺がいいって言えば、いいんだ。つーか、俺が聞いても分かんねーな……ハハハッ…待ってろ」
司は携帯を開き、海堂に電話をかける。そして、途中で香澄に携帯を渡し、“自分で注文しろ”とでも言うような目で香澄を見ていた。
「……もしもし……はい。すみません。…………ええ……レタスかピーマン…安い方で……卵……とハムかツナ缶…………後、……
……にんじん…あ、牛乳もない…………お願いします」
……コイツ何作る気だ?……
電話を切って携帯を返した香澄は、司の不思議そうな眼差しに、首を傾げた。
………な……に…?……
「お前、何作る気だ?」
「司が言ってたから…お母さんのチャーハンは、残り物のあり合わせでも美味しかったって…………味は違うかもしれないけど……へへっ…」
香澄は、頬を染めていた。そんな香澄を見て、司は海堂が来ることも忘れ、香澄を抱き締めていた。
「…………くるし…………つか…さ………」
力任せに抱き締められた香澄は、息苦しくなり身をよじるが、力の差を思い知り、諦めた。そのまま引きずられるように、寝室に向かう司に、
「かい…どぅ……さん……来る……」
香澄は、どうにか言葉を発した。
「……クッ……そうだったな……お前、海堂が来たら、先に風呂に入れ。俺、待てねぇ……」
司は結局、二日も我慢していたわけで、“プラトニック”に対抗意識を燃やしていた自分は棚に上げ、既に限界だった。
………俺は俺だ!………
「うん。私、荷物片付けて来るね」
………私…期待しちゃってる?!…って……ハ……ハシタナイ……
腕の力が緩み、ふわっと抱かれた状態で、香澄は頬を染めながら、司を見上げた。
…………?!……………
……………っ……………
そこには予想外の司の顔があった。さっきまでの緩んだ顔ではなく、どこか険しい司の表情に、香澄は戸惑った。
…………なに?…………
「片付けるんだな?俺も手伝ってやる」
…………え?…………
香澄は、その言葉に驚いた。
……カバンの中身を片付けるだけだよ?……
……手伝ってやる、なんて……
司は、すぐに香澄のカバンを持ち、香澄の部屋へと入って行く。香澄も、小走りに司の後を追って部屋に入った。戸惑いながら……。
「つかさ?」
司は、香澄のカバンを開け、中身を出していた。
「洗濯するもんは持ってけ」
「うん」
香澄は、言われるままに下着やパジャマを持ってバスルームに向かった。司は、我が物顔で居座る段ボールに、般若の形相でガンを飛ばしていた。
……燃やしてやりてぇ――――!!!………
心の中で叫びながらも、墓の前で幸司に誓った言葉を思い出していた。
――――信じる――――
……難しいぜ?!………
「かすみ~!俺のカバン!」
司は香澄の部屋から大声で呼びかける。
「…え―――?カバンがなに~?」
バスルームから出た香澄は、司の声を聞いて、足を止めた。
「洗濯するもん出してくれ!」
「わかった~」
自分の部屋に戻ろうとしていた香澄は、引き返し、司のカバンをあさった。
………勝手に開けて良いって、なんか……奥さんになった気分……ふふっ……
香澄は、能天気な笑みを浮かべながら、下着やシャツをバスルームまで持って行き、分類しながら洗濯ネットに衣類を入れる。
「…………キャッ……」
香澄がバスルームを出ようとドアを開けた時、待っていた司に引っ張られ、胸に抱き寄せられた。
「こうして欲しいんだろ?」
耳元で囁く司の色っぽい声に、香澄はゾクッとした。
……目に見えねーもん、信じるって難しいな………
『見えないけれど、そこに光はある』
『“Second Moon”みたいじゃない?』
司は、香澄の言った言葉を思い出していた。
『一生、司に、ついて行くっ』
……香澄は、俺といて…………幸せなのか?……
「…………くるしいよ………」
……………っ…………
司は、ぐぐもった香澄の声を聞き、我に返って腕を緩めた。
「………ハァ……ハァ…………死ぬかと思った……」
息苦しそうな香澄を見下ろしながら、
「浮気すんなよ」
ぶっきらぼうに言葉を落とす。
…………え?…浮気って、わたしが?………
「するわけないし」
ムスッとしながら呟いた香澄を見て、司は、
「……お前が浮気したら…俺…相手の男に何するか分からねーからな……」
低い声で言い放った。
「…………っ…………」
その声音と表情に、香澄はビクッとして、一瞬震えた。
………眉、歪んでるし……眼が……こ…こわいよ………おどし?……
「……っ……つかさ……顔……怖いよ?」
脅えるような香澄の表情に、司は苦笑いして、
「……ふっ……俺は、…元々、こういう顔だ!……ッククク……」
今度は笑いながら言葉を落とす。さっきと違って、いつもの司に戻った気がした香澄は、ホッと胸をなで下ろしていた。
……逃がさねぇからな……
司は、心の中で呟いた……。
「海堂おせーな……カメラつけられてねーよな……」
司は、いつもタイミングよく?悪く?現れる海堂に、邪魔をされないよう、今すぐ香澄を抱きたい衝動を必死に抑えていた。
………あぁぁぁ―――!!!…………さっさと来やがれ!!………
“rurururu――rurururu”そこに鳴り響いた電子音。
「つかさ……電話だよ……」
抱き合ったまま動かない司に、香澄が呼びかけた。
「…………っ…誰だ?……」
司は、不機嫌そうに言いながら、香澄をゆっくり離す。そして、テーブルの上に置かれた携帯を手にとる。画面を見て、一瞬ホッとした顔を見せた司だったが、呆れたように喋り出した。
「……何だぁあ?…何処まで行ってんだぁ?…………あ?…………着いたんなら上がって来りゃいいだろ………………は?………………ったく…………あぁ………………」
海堂は、前回、司の逆鱗に触れてしまったため、今日はインターホンを押さずに、まず電話をかけていた。
「海堂が来た。買い物袋ごと冷蔵庫に入れといてやるから、お前は風呂入れ」
「うん…」
香澄が、下着とパジャマを持ってバスルームに入ったのを見て、司は、玄関に向かい、鍵を開けた。
「香澄さんは……」
「風呂に入らせた。ま、入れよ」
香澄は、風呂から上がり、洗面台の前で考えていた。
………スッピンでいいのかな?………
………眉だけでも、描き足す?………
司の前では、当然スッピンをさらしているが、今は海堂がいるわけで……。
……もう帰ったかな?………
……でも、司が入って来ないって事は……まだ仕事の話をしてるのかな………
香澄は、少しだけドアを開け、耳を澄ませた。
「分かっているのは、そこまでです」
「……すぐ…………る訳じゃねーんだな!」
「はい。ただ、………て下さい。香澄さんの………にも」
「あぁ……かっ……ありがとうな」
…………?……?………
…………わたし?………
………何の話?………
途切れ途切れの話は、香澄には、意味が分からなかった。
ぼんやりしている香澄の耳に“バタン”と硬い音が入ってきた。ドアの閉まる音に、海堂が帰った事が伺える。
…………っ…………
香澄は、盗み聞きした事に罪悪感を感じていた。自分の名前が聞こえた事も気になる。
………司が、話してくれるまでは、聞けない………
香澄は、“何も聞かなかった”と自分に言い聞かせながら、バスルームから出た。
「上がったか……」
司は、無表情のまま言葉を投げた。
「うん」
香澄は、にっこり笑顔を作って、自分の部屋に向かった。司は、香澄を追いかけるように部屋に入った。
「な……に?」
司はドレッサーの前で、顔をパタパタと叩く香澄をじっと見ていた。
「それ終わったら、冷蔵庫ん中、頼んだぞ。分かんねぇから、そのままぶち込んだ……ハハッ…」
苦笑いの司を前に、香澄は笑顔を向けた。
「ありがとう。ついでに、明日の朝ご飯の下準備もしとくから、司、お風呂……」
「……あぁ…」
ニンマリ笑いながら、司はバスルームに向かった
香澄は、冷蔵庫を開けて、びっくりした。
……本当にそのままだ…
冷蔵庫からエコバックを取り出し、中身をチェックする。
………海堂さん、エコバック持ち歩いてるの?……
香澄は、海堂がエコバックを持ち歩いている姿を想像して、笑ってしまった。
……にんじん…牛乳………
中身を取り出して行くと、一番下に手紙と一緒に折り詰めが入っていた。
―――香澄さん―――
海堂が買い物を頼まれたと言っていたので、残り物だけれど、持って行かせました。私のアドレスを書いておきます。メール待っています。
―――――――諒子
………お母さん………
香澄は、嬉しくて、跳ね回りたい気分だった。
……こんな優しい言葉…………
折りを開けると、根野菜や鶏肉の入った煮物、切り干し大根の煮付け、中身の不明なフライが入っていた。香澄は、既に歯磨きをしたのだが、煮物を摘まんで、パクリと口に入れた。
……この味…覚えたいな……
香澄は、食材を冷蔵庫にしまい、携帯で諒子へのメールを打ち始めた。
“カチカチカチ”と打ち込んでは読み返し、消しては打ち込み、を繰り返す香澄は、人の気配に気づかない。
「何やってんだ」
突然、司の冷たい声が降る。
司は、今夜の事を考え、ニタニタ笑いながらバスルームを出たまでは良かったが、嬉しそうに携帯を見ている香澄を見た途端、一気に気分が落ちた。
………メールか?………
……相手は…誰だ?………
………ックッ……嬉しそうにしやがって……っ……
司は、自分の声音に香澄がビビっている事にすら、気づけなかった。
司の顔は無表情。香澄は、一瞬ビクッとして、訳が分からないまま固まっていた。
…………っ…………
………わたし…いけなかった?………
香澄は、強張った司の顔をただ呆然と見ていた。
司が次に目にしたのは、テーブルの上にある紙切れだった……。
………手紙か?………
白い便箋らしき紙切れを睨み付けながら、司は、
「何やってんだ」
もう一度同じ質問を投げた。
何が司を怒らせたのか、香澄には見当がつかない。が、返事をしなければ益々怒らせるのではないかと思い、口を開く。
「……メール……御礼のメールしようと思って……」
蚊の鳴くような声だったが、香澄は何とか伝えようとしていた。
………礼?…海堂か?………
……アイツ…手紙なんか書いてやがるのか?…
………それはねぇな………
…愁じゃねーだろうな………
司の顔は、険しくなる一方だ。
「つかさ?……っと…………煮物とフライの御礼だよ……お母さんが、わざわざ折り詰めにしてくれて…………この味、がんばって覚えるね…」
香澄は、引きつり笑いをしながら、なんとか説明をする。
………?……?……?………
……お袋??何のことだ?……
司は、何の事だか分からず、香澄に近付いて行った。そして、諒子の手紙を見て、納得した。
………俺……病気じゃねーか?……
……愁の亡霊に取り憑かれてるな………
さっきまでの殺気は消え、穏やかな司に、香澄は安堵しながらも、盗み聞きした話を思い出す。
………つかさ……時々……人が変わったように……怖い顔になるよね………
……危ないこと…しないでね………
香澄は、何か良くないことが起こるのではないかと、不安になっていた。
「つーか、湯冷めしてんじゃねーぞ!明日にしろよ」
司はバツが悪くなり、それを隠すように一人で寝室に入って行った。司の背中を見ていた香澄は、言われた通りテーブルの上を片付け、電気を切り、寝室のドアを開ける。
司はカーテンを開けて、窓から外を見ていた。
無性にくっつきたくなった香澄は、気がつけば、司の広い背中にもたれ掛かっていた。
「どうした…」
司の儚げな声に、香澄はますます不安になる。司の横から顔を出し、司の視線を辿った。
司がぼんやり見ていたのは、十日夜の月……………………
これから満月に近付くであろう、満ちる月……
司は、振り返り、
「冷たくなっちまって……風邪ひくぞ!」
香澄の手を握りながら、ベッドへと導こうとした。
………待って………
香澄は、司の手を離し、背中に手を回して、ぎゅっと抱き付いた―――――
司は、一瞬びっくりしたが、目じりにしわを寄せ、愛おしそうに香澄の背中を撫でた。
「……で、…………俺、我慢出来ねぇんだけど?」
…………?!…………
“ボッ”と香澄の頬が染まる。
「……う…ん」
……『うん』ってどうゆー意味だ?!………
「嫌なら……」
「イヤじゃないからっ」
言った後で、香澄は、ますます顔が熱くなる。
………何言ってんだろ……わたし……ハズカシスギ……
真っ赤になっているであろう顔を司の胸にくっつけたまま、香澄は固まっていた。
「……ふっ……知らねーぞ?明日、起きれねーとか言っても……」
「………………」
香澄は、体中の血液が逆流しているかのように体温が上がる。
「ついて来れんのか?」
香澄は、はにかみながらゆっくり顔を上げ、
「うん」
笑顔で答える。
その無垢な香澄を見て、司は目尻にしわを寄せて微笑む。
………そういう意味じゃねーんだけどな……クックッ……
そして―――
「…………キャッ…つかさ………もう…ムリ…」
「……知らねぇ……」
………嘘でしょ?………
……あの優しい司じゃないよ………
「…………ん……ゃん…………ダメダメ…もう…………ゆるして…」
「……好きって言えよ」
……………え?…………
……………っ……………
「言わねーなら……」
……………っ……ひゃん………
……つかさのイジワル―――!!!……
「……つかさのイジワル……ん……」
「早く言えよ」
香澄は体中熱くて、更に恥ずかしさも加わり、パニックだった。不規則に押し寄せる波に呑まれたまま言葉も出ない。
……もう、火が出そう………
「……好きじゃねーのか?」
…………え…?!………
いつになく自信がなさそうな司の声音。
「ちが……う……っん……ゃん…………」
「だったら言えよ」
司は、香澄の言葉を待ちながら、香澄を壊さぬよう反応を楽しむ。が、いつもの余裕はない。
香澄は、“自分の殻を破って好きと言わなければ”と思ってはいるのだが、二つの羞恥心に掻き乱されていた。
…………っ……おかしくなりそう…………
「…………っ…ゃん……」
……ふっ…許してやるか……
「じゃあ…好きなんだな!」
司が問い方を変え、
「…………っ…うん……っ………………ん…」
香澄は、返事をすると同時に、幸せな温もりを感じる。
司を全身で受け止めながら、何もかも忘れ―――――
レースのカーテン越しに射し込む月の光に見守られて、二人は溶けていった―――
月は、苦笑いしながら二人を見つめていた―――――
読んで下さりありがとうございます。
“十日夜の月”は、半月と満月の間の月です。
大幅に加筆も考えましたが、二人の微妙な気持ちは、読者様の思うままに受け止めて戴きたいと存じます。
今後もお付き合い下さいますようお願い申し上げます。
愛祈蝶