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Second Moon Ⅰ  作者: 愛祈蝶
光と影
3/20

三日月

香澄は司を待ちながら、細い光をぼんやり見ていた。



「ねぇ、おねぇさん今から帰るんでしょ?」



声をかけられ、視線を下げると、いつの間にか、さっきのチャラそうな客が目の前にいた。



「迎えが来るから」



香澄がきっぱり言い放ち、振り切って歩こうとしたその時、



「…………え…………」




目の前には停車する車。運転席から出てくる司。香澄の左腕は、チャラそうな男に掴まれていて動けない。



「飲みに行こ!ドライブがいい?俺さ、……」



男が何か言い掛けた時、“ふわっ”と左腕の痛みから解放され、司の匂いに包まれた。



「なんだテメェー!」チャラ男は司を見上げながら、睨み付ける。



「誰の女に手ぇ出してるか分かってんのか?あぁ"?!」



ドスのきいた低い声、顔を歪めて睨みつける司の眼は、クラブで初めて会った時より鋭い。



…………?!…………



……司、ヤクザみたいだよ……怖いって………



香澄は、驚きながら司を見上げていた。




「おぃ……ヤバいって……」




一緒にいた男が、怯えながらチャラ男の腕を引っ張り始めた。




「お前誰だよ」




チャラ男はお構いなしに司に突っかかる。



「おぃ…“下條さん”だぞ、その人…ヤバいって…」



連れの男が“下條”と言った途端、チャラ男の顔が青ざめた。



「…………す…すみません」



そして、断りを言いながら直角にお辞儀をして、逃げていった。





キョトンとする香澄に、先程の黒いオーラを消した司は、優しく微笑みかけていた。



「帰るぞ」



司は、香澄の肩を抱き、車に向かった。香澄を助手席に乗せ、自分も運転席に乗り込む。



「ありがとう」



香澄が、司にひきつり笑いをしながら言うと、司はびっくりしたような顔をして、正面を向いて車を出した。




……この人何者?………



「下條さんって…」



香澄が言いかけると、




「帰ってから、話すから。今は何も聞くな。下條さんってお前もだろ」



耳を赤くしながら司は言い放つ。




「そっか……私も下條になったんだ……」



香澄は、ひょっとしてとんでもない人の奥さんになっちゃったのかと、不安になりながらも、

優しい司に戻って、ホッとしていた。




「顔赤いよ?下條香澄さん?!」



司にからかうように言われて、香澄はさらに顔が熱くなる。



「クックッ……“つかさ”って呼べよ!“あなた”でもいいぞ?」



「…………っ…………」



赤くなる香澄を見て、司は楽しそうに言葉を投げる。



「俺ら新婚だろ?もっと甘えろよ」



言いながら、片手で香澄を抱き寄せた。



「キャッ…………っ……運転中でしょ?……どこ触ってんのよ……」



「クククッ……いーだろ?減るもんじゃねーし。」



赤信号で止まった瞬間、“チュッ”という音とともに、司はキスを落とす。




「…………っ…………」



信号が青に変わり、ニコニコ笑いながら運転する司、恥ずかしそうに俯いている香澄。



香澄はマスターやチャラ男の様子から、なんとなく司が普通の会社社長ではないと感じていた。だが、香澄の脳裏に浮かぶ司は、“頼れそうな男”。



香澄に不安を感じる暇を与えないかのように、車は停車した。



「着いたぞ」



…………?…………



「どこ?」



……地下の駐車場みたいだけど……



「ん?ま、付いて来い」



香澄は、司の腕に抱かれながら歩いた。



駐車場からエレベーターに乗り、辿り着いたのは、夜景の見えるレストランだった。




美味しい料理にシャンパン。二人は、食べながらたわいもない話をした。二人の共通の知り合いと言えば、カフェのマスターくらいだ。マスターの十年前の話に、香澄は、笑い転げていた。



「食ったら部屋行くぞ」



デザートを食べている香澄に、司が言う。



「部屋?」



「ここに泊まる」



…………え…………



…………司ってお金持ちなんだ…………



こんな高級そうな場所に来たのは初めてだった香澄は、夢を見ているようだった。



食事を終え、部屋に入り、キョロキョロと部屋中を見渡す香澄を、司は後ろからギュッと抱き締めた。


…………幸せってこういう気持ちなんだ…………


香澄はゆっくり向きを変え、司の胸に身をあずけた。



司は、香澄の髪を撫で、うなじ、肩、背中へと手を滑らせる。



「俺の話聞いてくれるか」



柔らかい声音(こわね)が香澄の耳をくすぐる。



「うん…」



顔を上げた香澄が見たのは、司の真剣な眼差しだった。



二人は、並んでソファーに座り、身体を向き合わせる。そして司は、香澄の手を握り、力を込めた。



「会社社長は嘘じゃねぇ、俺は連れ子だから“下條”とは血は繋がってねぇ。“下條”をお前は知らないみたいだが、この辺りじゃ有名なヤクザだ」



香澄は、息苦しさとともに、“ドクン”と胸の奥で花火が上がった気がした。



……ヤクザ?……



…………っ…………



……でも、実家がどうとか、……職業がどうとかじゃなく、その人がどうなのか……でしょ?……



予想していたほど動揺していない香澄を見て、司は続けた。



「会社もな、下條のオヤジの力で成り立ってんだ」



「…………」



「怖いか」



「ううん、怖くない」



“怖いと言うより、むしろ安心できる”香澄にとって、司はそんな存在になっていた。“怖くない”と即答する香澄の瞳を見て、司に一抹(いちまつ)の不安が()ぎる。



……こいつ…本当に判ってんのか?……



……極道だぞ?……



……ふっ……



世間知らずなのか肝が据わっているのか、香澄の様子に戸惑う司だったが、


「心配すんな、お前は俺が一生守ってやる」


力強く言い放った。



「うん」



真っ直ぐな眼差しで返事をする香澄を見て、司はなお続けた。




「お前の親のことも調べさせてもらった」



「……え?……」



“親”と聞いて、香澄の脳裏には思い出したくない記憶が(よみがえ)る。



「辛かったろ?…独りで片意地張って、がんばってたんだな」



「…………っ…………っ……」



司の言葉に、香澄の涙腺が壊れた。そんな風に、言ってくれる人はいなかった。潤む瞳から頬に伝う涙、司は香澄を抱き寄せた。



「泣いていいぞ、俺が全部引き受けた。二度と親に会わなくていい。“下條香澄”として、俺と墓場まで一緒だ」



司は、香澄の背中を撫でながら、自分自身の決意も固めた。




司の、言葉ひとつひとつが、香澄の胸のわだかまりを拭い去る。香澄は、司にしがみついて泣きじゃくった。その涙が止まるまで、司は優しく抱きしめていた。



どれくらい泣いただろう。全身を震わせながら涙を流していた香澄も、落ち着きを取り戻し、話し始めた。




「小さい頃は、ただイヤだった。でも、だんだん、お母さんの考え方が間違ってる気がしてきて……。人を肩書きだけで判断したり、その人の中身を見ようとしなかったり。私も、母さんのアクセサリーでい続けないと捨てられるんだって…………」



司は、香澄のうなじを撫でながら聞いていた。





「よく出てこれたな」




「親は、お金もないし地元の大学以外は受けさせないって言ってた。だから、願書を差し替えたの。で、引越しのために、学校を早退してバイトしてた。って言っても、学校は自由登校だったんだけどね?」




「何のバイトだ?高校生は、親の承諾がいるだろ?」



「ピアノの先生から紹介してもらって、小さい子にピアノを教えてたの」



「そうか」



「話しても聞く耳を持ってくれなくて、『親の言うことが聞けないなら出て行け!』って、いつも言われてた。わたしは、わたしを見て欲しかったんだよ。でも……分かり合えないって思って、一緒にいたら、同じようになってしまいそうで、母さんみたいになりたくなくて、家を飛び出したの」




報告書を読んだ時、香澄が素直に育った理由が分からなかったが、司は、香澄が“ヤクザ”と聞いても、軽蔑しない理由を悟った。“母親のようになりたくない”そう思っているのだと。




香澄の真っ赤な目、腫れた(まぶた)を見ていると、やるせなくなった。想像を絶する苦痛だったのだろう。



「辛かったな。もう忘れろ。俺がいる」



「…………つかさ……ありがとう……こんな私……」




……どうして、この人は、欲しい言葉をくれるんだろう……



「お前、いい女だぞ?俺にはもったいねーくらい」




「…………グス…………」



「何も心配するな。俺について来れんのか?」



香澄は頷いた。出会って間もないけれど、司を好きになっていた。



……もう意地なんか張らない……




「つかさ……好き…………んんっ……」



深いキスとともに二人は抱き締め合った。



そっと唇を離し、司は香澄の瞳の奥に言葉を放つ。



「俺、いつか“下條”に頼らず会社を維持させてみせるから」



……一筋縄(ひとすじなわ)じゃいかねーがな……



「うん」



「お前がいれば、がんばれる」



「……司、耳赤いよ?」


「うっせー」



耳だけ赤くした司は、ばつが悪そうにしていた。

そんな司を見て、香澄は、



「かわいい」



微笑みながら呟いた。



「おまえ…言ったな……」



……え……



司の目の色が変わり、鋭い眼差しを見た香澄は、一瞬固まった。



……言っちゃいけなかった?……



司はそんな香澄に近づき、腰に手をかけた。座ったままの香澄を持ち上げ自分のひざにのせる。



「きゃっ……なに?…」



「ックククッ……なんでもねー!月、沈んじまいそうだな」



……コイツには、かなわねーかもな……



司は、香澄の戸惑う顔を見ながら、頬を緩めていた。




香澄が、窓に視線を送ると、沈みかけの月が名残惜(なごりお)しそうにこちらを見ている。



「今日は三日月だね」



窓から見える月の光は、細くて(はかな)い光。



「月、好きなのか?」



「うん、新月から三日月までは、肉眼では見えないの……でも、昨日、うっすら見たんだ……二番目の月……結婚って"Second Moon"みたいじゃない?目には見えないけれど、そこに光はある……」



嬉しそうに微笑む香澄に、司は無意識に頬ずりしていた。




……俺たち、気が合うのかもな……




司も、幼い頃に両親と見た月の話を、思い出していた。


記憶にはないが、死んだ父親と親子三人で月を見た話を、母から何度となく聞かされていた。





『月は光っていなくても、そこにあるのよ?』



と母が言うと、




『愛と同じだな』


父はそう言った。




見えないけれどそこにある光を、二人は信じていた。









……見えねーもん信じてみるか……




「心ん中は、みえねーもんな……後悔してねーか?」




「出会って2日で籍を入れてしまったけど、後悔してないよ?私、司について行く」



司の腕の中で、香澄は呟いた。



「二日じゃねーかもな」



「え?」



先月(せんげつ)もお前、ピアノ弾いてただろ」



「うん」



……何で知ってるの?……



香澄は、目を丸くしていた。



「そん時だな、出会ったのは」



「え」



「そん時から、センゲツから……ふっ……信じられねーって顔してんな…」



司は、耳を赤くしながらポケットに手を突っ込んだ。





香澄は、この先何があるか不安がないわけではなかったが、“司の言葉に嘘はない”そう思った。



「司を信じる」



澄み切った声が響いたとき、三日月は遠くに沈んでいった。

司は、無垢な香澄の瞳を守りたいと、改めて思った。



「ありがとうな。これ、お前に」



「司…………」



司は、香澄の左手をとり、そっと薬指に指輪を通す。そのとき、ダイヤモンドがキラリと光った。



「月の光みたいに欠けることのない愛を、お前にやる」




一生結婚なんて出来ないかと思っていた、司。



目の前にいる香澄が、何処にも行かないように、月に願った。



「司……嬉しい……」




抱き付いてくる香澄を受け止めながら、司は呟いた………



「愛してる」



……俺にこんな言葉吐かせた女、たいした女だぜ……



香澄は、温かい司の胸の中で生まれて初めて“手放しの幸せ”を感じていた。




「爺さんと婆さんになるまで、いや、墓場まで一緒だ。月に誓うか?」



「うん」



これから墓場までの長い道のりを、二人で歩いていく約束をした。



光を信じて……。



香澄は司に抱えられ、ベッドに運ばれ、熱い夜を過ごした。







すでに沈んでしまった月――




肉眼では見えないほどの薄い光が二人を見ていた――――



新月も二日月も肉眼では見えない月です。まれに二日月が見える事もあるようですが。

章タイトルは、時間的な事より、見えない二日月、見える三日月という心情で区切りました。


また、"Second Moon"二番目の月は、二日月、繊月せんげつとも呼びます。

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