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Second Moon Ⅰ  作者: 愛祈蝶
光と影
15/20

有明月

それから一週間ほど過ぎたある日のこと。“ピンポーン”と鳴り響くインターホンに、香澄は首を傾げていた。



「ん?……司?……早くない?」



香澄は夕飯を作りながら司の帰りを待っていた。今朝、司は、『帰る前にメールする。誰が来ても開けるな』と、お決まりの台詞を言い残し、出かけて行った。香澄は携帯を開き、受信メールを確認するが、司からのメールはない。恐る恐るモニターに近づき、画面を覗き込む。




…………お母さん?!…………



するとそこには、薄紫色の着物を着た諒子が映っていた。



「あのっ…………」



香澄は慌てて通話ボタンを押し、諒子に呼びかけようとするが、言葉に詰まる。



「香澄さん?司に内緒で来たの」



「すぐ開けます!」



香澄は、諒子の訪問に驚きながらも、胸の奥が温まる気がした。オートロックを開錠し、手がけていた煮物の様子を確認すると、玄関に向かった。





“ピンポーン”と玄関のインターホンが来客を告げるやいなや、香澄は鍵を開け、諒子を迎える。



「突然ごめんなさいね。ふふっ……いい匂い……今日は和食?」



諒子は、穏やかな笑みを浮かべたまま草履を脱ぎ、大きな荷物を抱えて香澄の後を追う。



「はい。今日は、お母さんに教えてもらった煮物に挑戦したんです」



香澄は、諒子がソファーに荷物を置いたのを見て、お茶を入れるためにキッチンに向かった。諒子は、その後姿をゆっくりと追った。



「ふふっ……香澄さん?ケーキ焼いたの」



紙の箱が、諒子の手からテーブルの上に渡る。諒子は、香澄の表情が緩んだのを見て、中を開けて見せる。



「わぁ~!チーズケーキ、私、好きなんです!これ、スフレチーズですよね?」



香澄は、ケーキを見た途端、先ほど以上に目を輝かせた。それを見た諒子は、司に似た笑みを浮かべた。“チーズケーキにして正解だったわね”と。





「そうよ?一緒に食べない?私もまだ食べていないの」



「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」



香澄はヤカンに手をかけようとすると、諒子は近くにあるコーヒーメーカーを見て、



「コーヒーにしましょう」



にっこり笑った。



「あ、わたしやります」



香澄は、慌てて食器棚の扉を開く。その慌てように、諒子は目尻を下げる。



「……ふふっ…気にしないで?煮物は?」



「そろそろ火を止めても大丈夫な頃です」



香澄は、緊張しているのか、そわそわしている。メールでは何度も会話していたが、直接会うのは二度目だ。一度目は幸司の墓前。交わす言葉もほとんどなかった。諒子は、そんな香澄に気付いたのか、その場を離れることにしたようだ。



「そう。じゃあ、あっちでゆっくり食べようかしらね」



香澄が棚から取り出したケーキ皿とケーキの入った箱を手にして、リビングに向かった。香澄は独りになったキッチンでコーヒーを準備し、煮物の火を止める。そして、ドキドキしながら、諒子の待つリビングに向かった。





「ふわふわだぁ!おいしい!」



子供のように喜ぶ香澄を見て、諒子は微笑みが絶えなかった。



「ふふっ…香澄さん、気が合いそうね」



諒子は、下條に嫁いでからは外出する事がめっきり減った。料理をしたり、裁縫をしたり、鳥籠の中で出来ることを探して過ごしていた。瑠璃が嫁いでからは、ケーキを焼くのも久しぶりだったのだ。二人は、スフレケーキの作り方について話しながら、あっという間にホールケーキの半分を食べ切ってしまった。その後、コーヒーのお代わりを飲みながら、諒子が話を切り出した。



「香澄さん、仮縫いが出来たから、着てみて欲しいの」



「仮縫いですか?……?」



香澄は、不思議そうに諒子の目を見ていた。



「司は『サイズは間違いない!香澄には、何も言うな』って言うのよ…………でも、着てみないと分からないでしょう?」



「…………?……」



香澄の頭の上には、ハテナマークが飛んでいただろう。



…………何を着るの?…………



オーダーで衣服を作ったことのない香澄には、“仮縫い”という言葉も聞き慣れないものだ。





「司に怒られそうなんだけど、ウェディングドレスを持って来たの」



諒子は、持ってきた大きな箱を(おもむろ)に開けると、穏やかに微笑んだ。




…………?!…………




箱の中には、真っ白い生地に刺繍があしらわれたドレス。そう、純白のウェディングドレスが入っていたのだ。



「こ……これ……」



香澄は目を見開いた。



「司がね?ウエストラインに(こだわ)って選んだデザインなのよ。ブーケは私が造るわ」



「………………」



諒子は、キョトンとしている香澄を立ち上がらせ、香澄を部屋へと導いた。





言われるままに服を脱ぎ、ドレスを身にまとった香澄は、鏡の前の自分に驚いていた。胸元は大きく開き、膝までタイトなデザイン。まるで人魚のようなシルエットだ。



「直すところ、ないみたいね……ふふっ…」



「ピッタリ……」



「あの子が“二人だけで”って言い張る理由が分かったわ」



「え?!」



司は、『海堂が無理なら、神父はいらねー!二人だけで挙げる』そんな事を言っていたのだ。海堂は“下條”の仕事で、その日は抜けられなくなった。髪を白髪に染め、眼鏡をかけ、天使のような衣装を身に付ける予定だったのだが。諒子は、身体の線が強調されたドレス姿の香澄を見て苦笑いしていた。




……あの子ったら…………かすみさんが、可愛くて仕方がないのね……ふふっ…………





「これ、……司が?」



「……あの子ね?香澄さんにドレスを着せてやりたいって」




諒子は、優しく微笑みながら、香澄の肩に手を置く。香澄は、司の気持ちに、涙が出そうになった。




…………あの時…私が着てみたいって言ったから?…………




「……嬉しい……っ…………」



感極まる香澄を見て、諒子もまた、瞳を潤ませた。



「ふふっ……写真も撮っておくのよ?これから、友達が結婚する度に、葉書が来るから……それを見て寂しくならないようにね」



諒子は、昔の自分を思い出していた。実家から、『結婚式の招待状が届いた』と聞く度に、『欠席にまるをして出して』と言っていた自分を。皆に祝福される結婚を、羨む気持ちがなかったとは言えない。





「お母さん……」



…………嬉しくて、泣きそうだよ…………



「……ふふっ…昔の私とよく似ているのよ。だから、香澄さん、独りで悩まないで、頼ってね」



諒子は、幸司からの電話を心待ちにしていた頃を思い出す。携帯電話もない時代、自分から連絡する術はなく、愛する人の身を案じながら、ひたすら待ち続けた日々を――――



諒子にとっては命がけで愛した、たった一人の男だったのだ。今でも、生きてさえいてくれたらと悔やまずにはいられない。決して口には出せないが。




…………司も……幸司に似ているから…………




…………“カタギになる”そんな事を言い出しそうなのよね…………



諒子は、司の身を案じ、香澄の幸せを願った。



「ありがとうございます」



香澄は、涙目になりながら諒子に礼を述べる。



「かしこまらなくていいのよ。可愛い娘が出来て、嬉しいんだから……ふふっ……そろそろお暇するわ……司に見つからないように……」



諒子は、司に似た微笑みを浮かべた。




何度も頭を下げる香澄に、



「司に内緒にしてね?ケーキは、うまく誤魔化しておいてね」



そう言いながら、諒子は大きな荷物を抱えて帰って行った。実の親に分かってもらえない気持ちも、諒子になら分かってもらえそうだと、香澄は心が軽くなった気がした。諒子が帰った後、部屋が寒く感じたのは、気のせいではないだろう。




…………お母さん、憧れるな……すごく優しくて…………




……私の気持ち……言わないのに……分かってくれてる気がする……




…………素敵な人…………




香澄は、諒子に母の温もりを求めていたのかもしれない。




…………仲良くしたい、お母さんともっといろんな話をしたい…………




…………いろんな事を教わりたい…………




肌寒く感じる部屋の中、香澄が諒子に思いを馳せていると、突然、メール受信を告げるメロディーが鳴り始めた。





――――今、会社出た




司からの短いメールに、香澄は急いで返信を打つ。




――――待ってる。気を付けてね(ハートの絵文字四つ)




香澄の頬は緩み、胸は高鳴る。寝待月のあの日、朝日を浴びながら約束してからというもの、司は帰る前にメールを送る事が増えた。もちろん返信はハートマーク強制で。ハートマークを入れた後、香澄は恥ずかしいからか、なかなか送信出来ず、躊躇っているうちに司が帰ってきたこともある。最近、ようやく慣れてきたのだ。



司としては、約束したからと言うだけではなく、白井や橋本の事があって以来、香澄がどこで何をしているのか気になって仕方がなかったのだ。香澄の行動は、海堂が部下を使って細かく調べている。随時報告させ、問題がなければ司の耳には入れない。極道の情報網だ。それも海堂なのだから、抜かりはない。司は、それが分かっていても、気になって仕方がなかった。





香澄は、コーヒーカップを洗い、棚にしまい、煮物の入った鍋を火にかけた。そろそろ着く時間だと思うと、そわそわし始める。“ピンポーン”と鳴り響くインターホンに、香澄の胸が“ドクン”と跳ねた。



…………司かな…………



香澄は急いで玄関に向かう。鍵を開け、ドアの隙間から見える愛しい人の顔を見て、香澄はロックを外した。



「おかえりなさい」



にっこり笑う香澄を見ると、司は一日の疲れが吹き飛んだ。後ろ手に鍵をかけ、



「ただいま」



言葉を落とすと同時に香澄の腰に腕を回し、“ギュッ”と抱き締めた。香澄は、司の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。もう習慣になったように自然に。



「かすみちゃん、おかえりなさいのチュウは?」




…………っ…………




甘えたようなその声に、香澄は身じろぎする。こちらは慣れないようだ。





「……はずかしいよ…」



香澄の頬は“ボッ”と火がついたように染まる。



「……ックククッ…………ベッドでは出来るのに?」



「……もぅ!……何でそういうこと……っ……キャッ……」



司は、嬉しそうに香澄をお姫様だっこして、リビングに運ぶ。



「……ククククッ……早くしろよ?……このままベッド行くか?」



司は、慌てる香澄の真っ赤な顔を覗き込むように顔を近づける。



「……っ…………」




香澄は、体中が熱くなる中、覚悟を決めた。司の首にしがみつき、“チュッ”っと音を立てて頬にキスを落とす。



…………?!…………



不意に感じた感触に、



「ほっぺにチュウとか、幼稚園児かよ……」



司は、ふてくされた顔をし、香澄を抱いたままソファーに腰を降ろす。そのまま香澄の胸に手を伸ばし、柔らかい感触を堪能しながら反応を窺う。



「キャッ……っ……ゃん……ちょっと……煮物!」



香澄は、その手から逃れるように身をよじる。弱火にかけているとは言え、煮物を火にかけている事を思い出したのだ。



「……またかよ……」



司は、香澄を隣に降ろし、足早にキッチンに向かう。コンロの火を止め鍋の蓋を開ければ、自分の好きな煮物が目に入り、頬を緩ませた。





「美味そうだな。先に飯食うか」



司がぼそりと呟いた時、香澄もキッチンに入ってきた。



「うん。準備するね」



香澄は、にっこり笑いコンロに近づく。すれ違いざまに微笑み合い、司はコートを仕舞いに自分の部屋に向かった。



香澄は、揚げ油を火にかけ、下ごしらえを済ませた魚を取り出そうと冷蔵庫を開ける。そこにはケーキが潜んでいた。香澄は魚を取り出すと、揚げ物の準備をしながら、どう誤魔化そうかと考える。




…………『誰が来ても開けるな』って言ってたから…………




…………誰かが家に来たとは言えないし…………




…………買いに行ったなんて嘘はすぐにバレるよね…………




大きめのグラタン皿で焼いたと言う“スフレチーズケーキ”は、どう見ても手作りだ。





…………ケーキどうしようかな…………



“じゅわー”と軽快な音を立てて魚が浮き上がり、火力を調節しながら中まで火を通す。香澄は、あれこれ考えながらも手は止めない。揚がったフライは紙の上に積まれていく。トレイの魚が全て揚げ油の中に入ると、洗い物をしながら様子を窺う。



「ふほぅ……ほふ……ひふふぁひぃ……」



背後に気配を感じて振り返ると、出来立ての熱いフライを口に含み、“ホーホーヒーヒー”言いながら椅子に座る司に気付き、思わず吹き出した。



「……もう……火傷するよ?」



香澄は(とが)めることなく、心配そうな眼差しを向ける。司は、しれっとした顔で熱いフライを飲み込み、口を開いた。



「火傷したら、お前が舐めてくれるんだろ?」



言いながら上目遣いに香澄を見上げ、ニヤリと笑う。



「……っ…………」




一瞬、香澄の脳裏に、司の口内を舐める自分が映し出された。慌てた香澄は、司に顔を見られないよう背を向けた。司は、満足そうな笑みを浮かべ、その背中を見て腹を震わせた。





いつものように夕食をとりながら、二人は、たわいもない話をした。皿に盛られた“おかず”がなくなる頃合を見て、香澄は恐る恐る冷蔵庫に潜むチーズケーキを取り出した。



「ケーキか?」



「うん……昼間に作ったの」



…………わたし……不自然な顔してないかな…………



「俺、ケーキは、チーズケーキとチョコレートケーキが好きなんだ」



子供のように目を輝かせる司を見て、香澄はホッと胸を撫で下ろす。



「司の誕生日に、また作るね」…………練習しなきゃ…………




香澄の頭の中は、諒子にメールで教えてもらいながら失敗を繰り返す自分の姿が浮かんでいた。実家でチョコレートケーキに初挑戦した時は、膨らまず、ケーキよりクッキーに近いものになってしまった経緯があるからだ。




「手作りっていいもんだな」



司はケーキを頬張りながら呟いた。プロが作った市販のケーキの方が美味しいが、手間暇かけて作る香澄の姿を思い浮かべると、そこに愛を感じるのだ。





司が口に運んでいるのは、手作りは手作りでも、香澄の手作りではない。香澄は、“司の誕生日までにどうにかせねば”と焦る気持ちを隠すように、ぎこちなく微笑んだ。



「司、甘いもの好きなの?」



香澄の問いかけに、司はしばらく考えていた。そして、言い難そうに口を開いた。



好物(こうぶつ)ってほどじゃねーけど、……………………“おはぎ”よりは“ケーキ”だな」



「ぶっ…………ふははははっ……」



笑い出した香澄に、司は、ばつが悪そうに耳を赤くする。




…………もう“おはぎ”には騙されないからな!…………




「かすみ!もう、…………“お月様”は終わったか?」




色っぽい司の声に、意地悪な笑みに、香澄はドキリとさせられる。




………………っ……




香澄の体温は急上昇し、顔は“ボッ”と火がついたように真っ赤に染まる。





「…う…ん……」



司の目を見るのも恥ずかしいのか、香澄は俯きながら頷いた。司は、満足そうに微笑んだ。




…………ここ数日、我慢したんだからな?今日は……ふっ……




……止まんねーぜ?!……




「一緒に風呂な?」



嬉しそうな司の声音に、



「……うん…」



香澄は頬を赤く染めたまま、小さな声を落とす。顔から火が出る、いや、既に頭も燃えているのではと感じるほどに熱を持ち、とても顔を上げられる状態ではない。




……私も……今日は…………なんて、…………




…………言えるわけない!!…………





そして――――





「今日は昼飯、何処で食ったんだ?」



休憩という名の下に、司は香澄に腕枕をしたまま話し始めた。



「三限目が休講だったから、奈津美と近くのパスタ屋さんに行ったよ」



「そうか。何か変わった事はないか?」



「うん」




…………まただ…………




…………学食で食べなかった事……知ってるのかな…………




「何かあったら、すぐ言えよ」



「うん」




…………司は毎日聞いてくるけど、何もかも知ってる気がするんだよね…………




香澄は、バイトのシフトや授業の休講まで把握している司に、薄々気付いていた。




…………言った覚えはないし…………




…………監視カメラでもついてるの?…………





…………でも…不思議…………ふふっ…………




不思議と香澄は、束縛だとは感じなかった。親の監視には長年嫌悪感を抱いていたが、司の行動は愛が感じられるからだろうか。自分の知らない世界の事が、念頭にあったからかもしれない。極道の世界など、香澄には未知の世界なのだ。



『守ってやる』



司の言った言葉を思い出しながら、束縛ではなく“守ってくれている”そう思っていた。




「そろそろ休憩終わりな?」




司は身体を傾け、腕枕とは反対の手で香澄の肌を辿り始めた。香澄の胸は、“ドクン”と跳ねる。



「今日はもうムリ」



頼りなく呟き顔を背けた香澄に、



「……じゃあ明日の朝な?」



司は、決定事項のように言ってのけ、香澄の首に回している腕を曲げる。すると、香澄の身体は、いとも簡単に司にもたれ掛かる。



「…………っ…………」




…………身が持たないよ…………



返答出来ず、黙る香澄の唇に、再び司のキスが落ちる。“チュッ”と音を立てて落とされたキスは、湿った感触が残る。香澄が目を開けると、そこには、鼻がくっつくほど近くにある司の顔。しばらく目を合わせたまま黙っていたが、香澄の心臓は大きな音を立てて波打っていた。




「どうするんだ?今からか?明日の朝か?」




……え……そうくるの?……






……って…どっちもムリなんて言わせてくれそうにない……



香澄は、返事に困ったが、



「あした?」



尋ね返すように呟いた。司はニンマリ笑い、もう一度キスを落とし、仰向けになった。



「へぇー、かすみちゃん、朝からエロい事したいんだ?」



司は、香澄の首筋を撫でながら、一際(ひときわ)大きな声を上げた。語尾を上げ、挑発するような物言いに、香澄は身を縮めた。




…………っ…………




「ちょっとつかさ!」



香澄は、恥らうあまり、責めるような口調になるが、



「……クックククッ……いい声で啼くようになったよな…………ックククッ……」



司は笑いながら身体を傾け、香澄の胸に手を這わす。




…………つかさの意地悪!……誰のせいよっ…………




香澄は、頬を真っ赤に染め、羞恥心に耐えていた。そんな香澄の手のひらに、何かが触れた。





…………!…………



「…………え……」



司は、片方の手で香澄に触れながら、もう一方の手で香澄の手を自分の方に導く。




…………な…………に……?……




香澄は、初めての感触に驚いた。司は、訳が分からずあたふたする香澄を見て、目を輝かせる。そして、唇を香澄の耳に近付け、甘えた声でぼそぼそっと囁いた。




…………?!…………




……は?……って…………えぇぇぇ―――!!!……



司の“お強請(ねだ)り”を聞いた途端、香澄は驚きを通り越し、瞳を閉じたまま羞恥心に震えた。しばらく固まっていた香澄が恐る恐る目を開けると、



「な?…」



司は、目尻を下げ、キスを強請るときのように微笑んでいた。香澄は、まるで“絶体絶命の危機”に晒されたように動けない。火が出そうな程、身体中が熱くなり、“ドクン”と胸に痛みが走る。




…………ムリ!……そんな事……できない…………




「……は…恥ずかしいよ……」




……みんな……そんなこと……するの?………………




香澄の消え入るような声音を拒否だと受け止めた司は、一瞬瞳を曇らせた。






……俺がイヤなのか?……




司は口を尖らせ、ふてくされた顔をするが、香澄は顔を伏せたままだ。




「なんだ?俺が嫌いなのか?」



司の言葉に、香澄は絶句した。“しゅん”とした司の声音に戸惑う。




「…………っ…………」




…………違う……嫌いなわけない……



…………でもっ…………






「……ちがぅ……」



ようやく香澄は、搾り出すように声を出した。



…………違う!…でも…………ゃだ……ハズカシイ……




「違うんだ?……じゃあ……」




司は弾むように何か言いかけ、覆うように掴んでいた香澄の手を“ぎゅっ”と握った。




…………え…………っ……




香澄の手は、司に触れたまま硬直し、一ミリも動かない。心臓は“ドクンドクン”と暴れ続ける。香澄の全身が羞恥心に震えた。




…………ッ……えぇぇぇ――!!…………




心の中では盛大な悲鳴を上げながら、顔を上げると、司の縋るような眼差しが目に入る。“ドクン”と波打つ鼓動とともに心臓は今にも飛び出しそうだが、その瞳を見ると、掴まれた手を振り払えない。




…………どうすればいいの?…………




「……ゃだっ……司!恥ずかしい……」




香澄は固まったまま、司に助けを求めるが、どうやら逆効果だったらしい。



「…………クックックッ……お前……可愛いな…………」



「…………っ……」



香澄は、顔中真っ赤に染め、瞳を潤ませ、懇願するように司を見詰めている。司は、その縋る様な眼差しをどう捉えたのか。




…………コイツは、俺のもんだ…………





司は、握った香澄の手をゆっくりと誘導する。




…………わ…わわわっ……ハズカシスギル…………



…………キャ―――ッ……




司は、あたふたする香澄を愛おしそうに見詰めながらニャッと笑い、香澄の耳元で囁いた。




「かすみちゃんも…………お勉強だ…な?……」




それは、まるで悪魔の囁きのように甘いボイス。香澄の耳から脳天にかけて“ビクン”と何かが走り去った。司に導かれ、司に触れ…………




長い夜の勉強会は続いた――――




東の空には、昇り始めた有明月。時折雲に隠れながらも、微かな光を降らせていた――――




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