新月
「わ……私……結婚するまでは………そういうこと………しないの…」
「じゃあ……」
ストーリー展開上、性描写を含みます。苦手な方はお帰り下さいますよう、お願い申し上げます。
「香澄ちゃん、今日ピアノ頼めるかな…急に熱出して、休まれたんだよ」
マスターに頼まれると、香澄は断れない。
「いいですよ」
朝霧香澄、大学三年生。毎日のようにカフェでバイトをしている。
カフェのマスターは、近くでクラブの経営もしていて、今日頼まれたのは、クラブでの生演奏。香澄は、時々頼まれて弾いていた。
「軽く食べて行って?」
マスターの奥さんに声を掛けられ、香澄はスパゲティをご馳走になり、クラブへと向かった。
秋も深まる十月下旬。空には月が出ていない、星が綺麗な夜だった…。
ホールに響き渡る“ドビュッシー作曲・月の光”。
二回目の演奏タイムが終わり、香澄はトイレを済ませ、奥に下がろうとフロアを横切っていた。
「香澄ちゃん、ちょっと」
クラブのオーナーであるカフェのマスターは、香澄を小声で呼び、手招きをしていた香澄は、何かヘマをやらかしたのかと思い、ドキドキしながらマスターのもとに向かった。
「お願いがあるんだ。下條さんが、どうしても香澄ちゃんと話がしたいらしくて、次の演奏まで、席についてくれないかな。時給は出すから」
マスターは、申し訳なさそうに小声で囁く。
「え?……私、接客なんて、したことないですよ……それに、……」
香澄は潔癖だ。男の近くにいるだけで、落ち着かない。接客なんて出来るわけもなく、不安になる。そんな香澄のことをよく知るマスターが、頭を下げたのだ。
「頼む。下條さん怒らせるわけにはいかないんだ。頼むよ香澄ちゃん。隣に座って笑ってればいいから」
“そんなことをされたら……”と、香澄は戸惑う。
「マナーとか分からないけど、いいんですか?」
戸惑いながらも、マスターに頭を下げられれば、香澄は断れない。
「ありがとう。助かったぁ。大丈夫だよ。香澄ちゃんなら、何もしなくて大丈夫」
香澄の言葉を聞いたマスターは、ホッとしたのだろう。先ほどとは別人のように柔らかい笑みを浮かべていた。
香澄は、マスターの後について歩きながら、不安でいっぱいだ。俯いたまま、マスターの背中だけを追って歩く。
やがて、席にたどり着き、マスターは香澄の横に並んで止まった。
香澄は、ゆっくり顔を上げる。その瞬間、香澄の目は大きく見開かれた。
…………?!…………
そこには――
栗色の髪をサイドで流し、キリッとした眉に切れ長の眼。紫がかったスーツは、サラリーマンには見えない。ゴールドのゴツい時計に指輪。歳は二十代後半くらいの、俗に言うイケメンが座っていた。
「下條様、連れて参りました。私はこれで失礼いたします」
そそくさと席を離れるマスターに置き去りにされた香澄は、どうしたらいいか分からず、下條と呼ばれる男を見ていた。
「まぁ座れ」
香澄は、自分の隣を指差して“座れ”と言う下條に従った。
香澄は間を空けて座った。だが、下條は、膝を香澄の方に向け、右手を背もたれに乗せ、身体を香澄の方を向けて座り直した。そう、まるで香澄の行く手を阻むように…。
「飲みたいものは?」
下條は、香澄から視線を外すことなく問いかける。
「私は結構です。下條さんは…」
下條は、香澄の言葉を最後まで聞く事なくシャンパンを頼んだ。すぐに運ばれてきた二つのグラスを、香澄は見つめていた。
「名前は?」
ガチガチに緊張している香澄は、隣から聞こえる声にビクッとしながらも、俯いたまま答える。
「香澄です…」
「こっち向けよ」
下條の声は怒ってはいないようだが、香澄の心臓はその声に反応するように波打っていた。ドクン、ドクンと、息苦しいほどに……。
香澄は、言われた通りに顔を上げ、男の顔を見た。
「乾杯な」
「……っ……」
香澄は、目が合った瞬間、睨まれているかのように突き刺さる視線に、体が震えた。グラスを合わせながらも、ずっと目を逸らさない下條に、ドキッとさせられた。心臓に何かが突き刺さったのではと、思うほどに…。
「俺は、司。今日からお前の彼氏な」
「え?」
間抜けな顔をして、グラスを落としそうになった香澄に、司はふっと笑う。そして、司はさらに香澄に近付きながら言葉を発する。
「男いんのか?ま、いても関係ねーけど……」
「いませんけど……」
……いきなり何で?……
香澄は、返事をしながらも、頭がついて行かない。
「けど、何だよ」
俯いたままの香澄に、司はしだいに近付いていき、司の顔は、香澄の顔の前で止まる。数センチも離れていない距離だ。ふと目線を上げた香澄の目の前には、司の瞳があった。
“ドクン”と胸に痛みが走る。少しでも動けば鼻が当たりそうな距離。あまりの近さに香澄の体温は急上昇し、真っ直ぐに自分に向かう二つの瞳に、香澄の心臓は大きく波打つ。
「い…いきなり彼氏とか言われても…………困ります」
香澄は、再び目を逸らしながら言葉を落とした。
「じゃあ、どうやったらお前の彼氏になれんの?」
司の声、匂い、吐息が香澄に向かう。
「それは……ん…………」
香澄は、司の問いに考えてしまった。
「嫌か?」
「嫌とかじゃ……ないですけど……」
“何でいきなり私なの?”と、香澄は言いかけて言葉を飲み込んだ。
“たくさん女が居そうだし、私は遊ばれたくない”そう思う香澄は、ここをどう切り抜けようかと考えていた。
「嫌じゃねーなら、決まりな」
「え?!……っ…」
…………?!…………
香澄が勢いよく顔を上げた瞬間、その唇に、司が唇を重ねた。
「……っ……………………な……」
一瞬“チュッ”と音をたてて離れた唇には、湿った感触が残っていて、シャンパンの香りが漂う。
司は香澄の顔を見て、満足そうに微笑んでいた。
「な…何するんですか!」
香澄は顔を真っ赤に染めて、司を睨みつけた。
……触れただけのキスに痺れちゃったなんて、言えない……
……私…いったいどうしちゃったの?……
「何って、キス?」
司は、ニコニコ笑いながら平然と答える。香澄は、司の態度に掻き乱されながら、言葉を発した。
「何で、そんな事?」
「何でって、お前が可愛いからだろ」
…………え?…………
綺麗とか大人っぽいとか言われる事はあっても、“可愛い”と言われたことがない香澄は、ちょっとだけ嬉しかった。
……でも、“可愛い”とか平気で言える男って、女慣れしてる……
……いくらカッコイイからって、私は遊ばれて捨てられるなんてまっぴらごめん……
香澄の頭の中では、危険信号が点滅していた。
…そうやっていろんな女の子を落として楽しんでるのかも……
「可愛いと思ったら、誰にでもキスするんですか?」
「はぁ?」
司は香澄の言葉を聞いて、眉間にシワを寄せた。
「私、軽い人は嫌いです」
香澄はキッパリ言い放ち、正面を向いて、シャンパンを飲み干した。その時、マスターと眼が合い、香澄はドキッとした。
……あ、この人怒らせたらマズいんだった……
辺りを見渡した香澄に、お姉さま方の視線が、突き刺ささる。司は、空になったグラスに、シャンパンをナミナミと注ぎ、香澄のむきになった様子に苦笑いしながら、
「俺は、軽くねーぞ?拗ねてんのか?」
再び香澄に近付き、顔を覗き込む。
……は?わたしがいつ拗ねた?…ってか、近付かないで…
「拗ねてません!近付かないで下さい!!」
香澄は司から離れるように座り直した。
ドクン、ドクンと、心臓に痛みが走る。
「恥ずかしがるなよ……クックッ……」
司は余裕の微笑みで、俯く香澄を見ていた。
司は、一ヶ月前、このクラブでピアノを弾く香澄を見かけ、どんな女か気になった。
大きな眼にキリッとした眉、色気のあるカラダのライン。
クラブのバイトではないと聞いて、“もう会えない”そう思っていた。今日、香澄がピアノを弾いているのを見て、マスターに頼んで、いや半分脅して席に呼んだのだ。
……それだけ色気振り撒いて、カマトトぶってんのか?……
……それとも、見かけによらず、純情な生娘なのか?……
司の頭の中は、香澄でいっぱいだった。
……俺のモノにしたい……
……コイツの色んな顔を見てみたい……
司は香澄に惹かれていた。自分からモーションをかけなくても、女に不自由はしていない司だ。
……俺に、“近付くな”なんて言った女は初めてだ……
……絶対落としてやる…
司の心の中は、本能が渦を巻いていた。
「歳は?二十八くらいか?」
“まぁ二十一、二ってとこか”と思った司だが、わざとそう言った。
「な…………二十歳です!」
案の定、ムキになって怒り出した香澄に、司はニヤリと笑った。
……もっと俺を見ろ……
司は、香澄を怒らせてでも、自分に関心を持たせたかった。
「若いな〜俺いくつに見える?」
司の問いに、真剣に考える香澄。
「二十代後半くらいですか?」
「あぁ、二十七。七つ違いだな。学生?」
司が、そう問いかけた時、フルーツの盛り合わせが、運ばれてきた。
司は、オーナーから、香澄の好みをリサーチしていた。
「はい。下條さんはどんなお仕事されてるんですか?」
「あぁ…会社経営?」
「え?!社長さんなんですか?」
香澄は驚いて、目を丸くしていた。
「まぁそんなもんかな」
会社経営は嘘にはならない。司は、下條を知らないらしい香澄に、あえて名刺は渡さなかった。
“今、本当の自分を知られれば、香澄に振られてしまう”、そう思った。
「フルーツ、好きなだけ食べろよ、俺は食わねーからな」
「え?……」
「嫌いか?」
「いえ、ありがとうございます」
香澄は、にっこり笑って、オレンジを口に運んだ。
司は香澄のその笑顔に、目を細めた。
「ここ終わったら電話しろよ」
司は、マッチに携帯番号を書いて、香澄に渡した。
「何で?」
キョトンとしている香澄に、司は当たり前のように言葉を落とした。
「送ってやる」
「いえ、大丈夫です」
……送ってもらう方が危なくない?……
話しているうちに、演奏時間が近付いてきた事に気付いた香澄は、フルーツを急いで食べていた。
「……ふっ…… 美味そうに食うなぁ……」
香澄の口元を見ながら、司は、この後どうやって香澄を持ち帰るか、考えていた。
「今日は御馳走様でした。ありがとうございます。演奏に入りますので、……」
香澄が席を立とうとすると、
「電話しろよ」
司はそう言いながら、優しい笑みを浮かべて、香澄の手を握った。
握られた手にドキッとした香澄は、
「…………っ…………はい」
何故か返事をしてしまった。
ポピュラーからクラッシック、ジャズ、香澄のピアノは音色が変わった。気付いた者はいなかったけれど、柔らかい響きに変わっていた。
“ムーンライトセレナーデ”
ラストを弾き終えた。
「香澄ちゃん、お疲れ!今日はありがとうな。これでタクシー拾って帰りな」
マスターからお金を受け取り、香澄は晴れやかな気持ちで店を後にした。
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
裏口から外に出ると、やっぱり月は出ていない。見上げた空は、 僅かな星が瞬くのみ。
「…新月か…」
香澄は、ぼそっとつぶやき、タクシーを拾うために大通りに向かって歩き始めた。
……電話したら、軽い女だと思われるし、帰ってから電話すれば失礼じゃないよね?……
「おい」
「えっ?!」
香澄は、急に誰かに腕を掴まれ、立ち止まった。
……この匂いは……
香澄は、ほのかに香る匂いで、誰なのかを悟った。
「お前電話したか?」
「……………………」
「行くぞ」
「?……ちょっと……待って……」
司は、目を丸くしたまま固まっている香澄を引っ張り、黒塗りの車の後座席に押し込んだ。
…………何?拉致?…………
“ドクン”と、香澄の心臓は、今にも飛び出しそうな勢いで跳ねた。
そして、司も後座席に乗り込み、
「出せ」
司のひと声で、車が動き出した。
香澄は、司に肩を抱き寄せられ、司の胸に頬をくっつけた状態のまま、動けない。
……どこに連れて行かれるの?……
“ドクンドクン”と、胸が苦しくなる。
心臓は暴れ出し、不安だったが、香澄は何故か司に抱き寄せられることが嫌ではなかった。むしろ、どこか安心できるような、そんな不思議な気分だった。しばらくして、車が止まり、運転手がサイドブレーキを引いた事で、どこかに着いた事が分かった。
「着いたぞ」
“どこですか”
とは聞けないまま、香澄は、司に引っ張られて車を降りた。そして、マンションらしき建物の中に入って行った。
バタンと音がして、ドアが締まると同時に、司は香澄を抱き締めた。
…………!!…………
……ちょっとコレはマズい………
「……ちょっと…待って?……」
「あ?待てるかよ」
司は、香澄に肩を押し返されても、びくともせず、唇を重ねた。
「…………ん…………っ…………ゃ…………」
香澄が抵抗しようにも、司にかかると、香澄は全く動けない。
……力が入らない……
「……ん……んん…っ…」
それどころか、司の舌と唇が、香澄の口内を暴れまわり、頭がクラクラしてきた。立っていられなくて、身体を司に支えられた状態だ。
次第に司のペースに巻き込まれ、香澄の身体は、ふわりと宙に浮いた。
「キャッ…………降ろして……ゃ……ねぇ……」
暴れる香澄を抱きかかえた司は、楽しそうに笑みを浮かべて、香澄を寝室に運ぶ。
「やだっ…………ヤダヤダ……っぅ…………ぅ……」
ベッドに降ろされて、司に両手両足の動きを封じられ、香澄はとうとう泣き出した。
香澄の泣き顔を見詰めながら、司は、
「無理矢理ヤろうとは思ってねーよ」
優しい笑みを浮かべながら、香澄を見下ろしていた。
涙をこぼしながら目を開けた香澄は、ぼんやりと、司の真っ黒な瞳を見ていた。
「香澄、お前が欲しい」
色気のある司の声。真っ直ぐな司の眼差し。
「ぃゃ…………お願いやめて……っ……」
香澄の力ない声を聞き、司は挑戦的な笑みを浮かべた。
「じゃあ抵抗してみろ……」
そして、香澄に覆い被さり、耳元、首筋、耳たぶに舌を這わせる。
「…………っぁ…………ひゃん…………」
「どうした?カラダは“もっとして”って言ってるぞ?」
司の手はセーターの裾から入って、胸を刺激する……。
「…………っぁん…………ぁ…………」
電気が走るような感覚。司の指に唇に、触れられた場所が熱を持つ。司は、セーターもキャミソールも捲り上げ、白い肌に顔を埋める。
「ねぇ……お願い……ゃ……やめて?……」
驚くほど色っぽい自分の声に、香澄自身戸惑いながらも、必死で司を止めようとした。
「そんな声で言われちゃ、余計止めらんねー」
「…………っ…ぁ…………ぁぁん……」
気がつけば下着一枚になっていた香澄。
司の手が下着の中に入った瞬間――
「ダメッ!」
香澄は司の手を掴んだ。
香澄は気付いていた。司の腕の中も、司に触れられる事も、嫌ではなく、むしろ心地良い事に。
…………でも、遊びでこんな事されたくない…………
香澄は、身体と心の両方に戸惑いながらも、必死に拒んだ。
「ダメ!ここはダメッ!」
司は、不思議なモノでも見るように、香澄を見ていた。
……何でここで寸止め?!……
司は夢中になっていた。感じてくれる香澄が可愛くて、もっと啼かせてやろう、自分のオンナにしたいと思っていた。
こんなに優しく女を扱うことは、初めてだった。
「わ……私は、……結婚するまでは、……そう言う事…………しないの…」
香澄は、必死に叫んだ。
香澄の言葉に、司は、一瞬手を止めた。
……ふっ……コイツが手に入るなら、結婚?上等じゃねーか…
「じゃあ、……結婚しよ!」
…………は?…………
香澄は、司の言葉に固まった。
…………は?……って……えぇぇぇぇ―――――!!!!…………
「…………ちょっと……キャン…………ぁ……」
再び司の唇が胸に触れ、指が下着に触れる。
「……ゃ……待って、……まだ結婚してない…………」
香澄は、“その場限りの嘘に騙されたくない”と思い、必死に言葉を吐く。
「ん?明日、籍入れよ…結婚するならいいんだろ?……」
司は香澄の耳元で囁きながら、手を止めることなく執拗に香澄の感じる場所をセメる。
「……ん……ぁ…………何やってんのっ……ゃ……ダメだよ……明日までダメ!」
……そんな言葉に騙されないわよ……
香澄は体中の力を振り絞って起き上がり、布団を手繰り寄せ、くるまった。
……やだ、身体が熱い……
自分の身体に戸惑う香澄と、目を丸して固まる司。バチッと二人の目が合い、司はドスンとベッドに横になった。
「あぁぁ――!!!!こんな女初めてだ……」
天井に向かって雄叫びを上げる司に、香澄はキョトンとしていた。
…………?…………
「分かった。今日は我慢する」
司は、初めて女の気持ちを優先した。
………ありえねぇ、寸止めとか………
香澄も、火照った身体は司を求めていたけれど、必死に抑えていた。
しばらくして、司は携帯を片手に寝室を出た。
「あぁ、俺だ。婚姻届持って来い、………………あぁ、そうしてくれ、…………あぁ」
司の声を聞いた香澄の心臓は、“ドクン”と跳ねた。
…………婚姻届?…………
……って、…………えぇぇぇぇぇ―――!!!!……私、結婚しちゃうの?………………
…………どうしよう…………
「今日はシャワー浴びて寝るか」
寝室に戻って来た司は、半裸の香澄を見ないように顔を背けたまま呟いた。
「うん…」
そして、タンスからパジャマを取り出し、ベッドの端に置く。
「風呂はこっち、これでも着とけ。タオルとかは置いてあるのを適当に使え」
「うん…」
香澄はパジャマを受け取り、上だけ羽織った。そして、聞きたかったことを恐る恐る口にした。
「下着、洗濯していい?」
「あぁ……いいぞ」
司はそう言い放ち、ベッドにドカッと座った。
香澄は、床に落ちた下着を手に取り、バスルームに向かった。マンションは広くて、香澄は驚いていた。寝室とリビングとダイニングキッチン、他に二つ部屋がある。
……3LDK?独りで?どんだけ金持ちなんだろう……
バスルームも広い。香澄は、下着を洗濯機に入れ、スイッチを押した。シャワーを浴び、髪を乾かし、司のパジャマを羽織る。
……透けて見えるし……
…………恥ずかしい…………
素材が薄いため、胸のあたりを隠しながら、香澄は、バスルームを出た。下着は脱衣場にこっそり干して……。
バスルームを出ると、司が化粧水や乳液を出していた。
「これ使え、持ってねーだろ?」
「うん、これ、誰の?」
……やっぱり、いろんな女を連れ込んでるんだ……
……化粧品なんて、男の人が部屋に常備してる?……
香澄は“ズキッ”と、何故か胸に痛みを覚えた。
「これは姉貴のだ」
「え?」
「姉貴がたまにここ使うから。夫婦喧嘩した時とかな」
「…………?…………」
「ほとんど俺が使ってるけどな。俺もシャワー浴びてくる。冷蔵庫の飲み物好きに飲んでな」
「うん」
司は、冷蔵庫に視線をやった後、バスルームに入って行った。
……お姉さんだったんだ……
………わたし……何ホッとしてるんだろう…
香澄は、自分の気持ちに戸惑いながらも、司の姉の化粧セットを使わせてもらった。
大きな冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターにビールに酎ハイに……ウーロン茶にスポーツドリンクに……。たくさん入っていて香澄は驚いた。だが、食材はない。
……彼女いないのは本当なのかな?……
クラブで話した時には、いないような口振りだった司だ。
香澄は、食材がなかったことで少しばかり安心したが、期待している自分に、“ダメ、騙されてるかも知れないんだから!”と、カツを入れた。
酎ハイを片手にソファーでそんな事を考えていた香澄は、急にふわっと、温かい腕に包まれた。バスルームから出てきた司が、香澄を後ろから抱き締めたのだ。司は香澄の耳元で優しく囁く。
「結婚しよ」
…………え…………
香澄の心臓は、再び踊り出す。
「まだ、学生だよ?私」
…………後で、“冗談だ。何、本気にしてんだ?”なんて言われるかも知れない……
警戒する香澄をよそに、司は、自信満々に言葉を繋ぐ。
「二十歳過ぎてんなら大丈夫だ。親の承諾もいらねー。俺、明日までしか待てねーからな。お前もじゃねーの?……」
「…………っ…………違うし!……………ひゃん……」
ムキになって否定する香澄の耳の中に、司の舌が入る。
ゾクッとした香澄は、無防備な声が出てしまう。
「……ふっ……感じやすいな……」
……欲しくてたまんねー……
香澄は、司の予想以上だった。美人なだけじゃなく、スタイルもいい、感度もいい、日焼けしていない白い肌……。
何故この歳まで処女なのか、司は不思議で仕方ない。
……俺が染めてやる……
……今日は寝れねーな……
新月の夜、司の我慢大会が始まった。