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Second Moon Ⅰ  作者: 愛祈蝶
光と影
1/20

新月



「わ……私……結婚するまでは………そういうこと………しないの…」




「じゃあ……」




ストーリー展開上、性描写を含みます。苦手な方はお帰り下さいますよう、お願い申し上げます。

「香澄ちゃん、今日ピアノ頼めるかな…急に熱出して、休まれたんだよ」



マスターに頼まれると、香澄は断れない。




「いいですよ」




朝霧香澄(あさぎりかすみ)、大学三年生。毎日のようにカフェでバイトをしている。




カフェのマスターは、近くでクラブの経営もしていて、今日頼まれたのは、クラブでの生演奏。香澄は、時々頼まれて弾いていた。




「軽く食べて行って?」



マスターの奥さんに声を掛けられ、香澄はスパゲティをご馳走になり、クラブへと向かった。





秋も深まる十月下旬。空には月が出ていない、星が綺麗な夜だった…。




ホールに響き渡る“ドビュッシー作曲・月の光”。



二回目の演奏タイムが終わり、香澄はトイレを済ませ、奥に下がろうとフロアを横切っていた。



「香澄ちゃん、ちょっと」



クラブのオーナーであるカフェのマスターは、香澄を小声で呼び、手招きをしていた香澄は、何かヘマをやらかしたのかと思い、ドキドキしながらマスターのもとに向かった。



「お願いがあるんだ。下條(しもじょう)さんが、どうしても香澄ちゃんと話がしたいらしくて、次の演奏まで、席についてくれないかな。時給は出すから」



マスターは、申し訳なさそうに小声で囁く。



「え?……私、接客なんて、したことないですよ……それに、……」



香澄は潔癖だ。男の近くにいるだけで、落ち着かない。接客なんて出来るわけもなく、不安になる。そんな香澄のことをよく知るマスターが、頭を下げたのだ。




「頼む。下條さん怒らせるわけにはいかないんだ。頼むよ香澄ちゃん。隣に座って笑ってればいいから」




“そんなことをされたら……”と、香澄は戸惑う。




「マナーとか分からないけど、いいんですか?」



戸惑いながらも、マスターに頭を下げられれば、香澄は断れない。




「ありがとう。助かったぁ。大丈夫だよ。香澄ちゃんなら、何もしなくて大丈夫」




香澄の言葉を聞いたマスターは、ホッとしたのだろう。先ほどとは別人のように柔らかい笑みを浮かべていた。




香澄は、マスターの後について歩きながら、不安でいっぱいだ。俯いたまま、マスターの背中だけを追って歩く。




やがて、席にたどり着き、マスターは香澄の横に並んで止まった。




香澄は、ゆっくり顔を上げる。その瞬間、香澄の目は大きく見開かれた。








…………?!…………











そこには――





栗色の髪をサイドで流し、キリッとした眉に切れ長の眼。紫がかったスーツは、サラリーマンには見えない。ゴールドのゴツい時計に指輪。歳は二十代後半くらいの、俗に言うイケメンが座っていた。




「下條様、連れて参りました。私はこれで失礼いたします」




そそくさと席を離れるマスターに置き去りにされた香澄は、どうしたらいいか分からず、下條と呼ばれる男を見ていた。




「まぁ座れ」




香澄は、自分の隣を指差して“座れ”と言う下條に従った。




香澄は間を空けて座った。だが、下條は、膝を香澄の方に向け、右手を背もたれに乗せ、身体を香澄の方を向けて座り直した。そう、まるで香澄の行く手を阻むように…。




「飲みたいものは?」




下條は、香澄から視線を外すことなく問いかける。




「私は結構です。下條さんは…」




下條は、香澄の言葉を最後まで聞く事なくシャンパンを頼んだ。すぐに運ばれてきた二つのグラスを、香澄は見つめていた。





「名前は?」




ガチガチに緊張している香澄は、隣から聞こえる声にビクッとしながらも、俯いたまま答える。




「香澄です…」





「こっち向けよ」


下條の声は怒ってはいないようだが、香澄の心臓はその声に反応するように波打っていた。ドクン、ドクンと、息苦しいほどに……。







香澄は、言われた通りに顔を上げ、男の顔を見た。




「乾杯な」




「……っ……」




香澄は、目が合った瞬間、睨まれているかのように突き刺さる視線に、体が震えた。グラスを合わせながらも、ずっと目を逸らさない下條に、ドキッとさせられた。心臓に何かが突き刺さったのではと、思うほどに…。





「俺は、(つかさ)。今日からお前の彼氏な」




「え?」




間抜けな顔をして、グラスを落としそうになった香澄に、司はふっと笑う。そして、司はさらに香澄に近付きながら言葉を発する。





「男いんのか?ま、いても関係ねーけど……」





「いませんけど……」




……いきなり何で?……




香澄は、返事をしながらも、頭がついて行かない。




「けど、何だよ」




俯いたままの香澄に、司はしだいに近付いていき、司の顔は、香澄の顔の前で止まる。数センチも離れていない距離だ。ふと目線を上げた香澄の目の前には、司の瞳があった。




“ドクン”と胸に痛みが走る。少しでも動けば鼻が当たりそうな距離。あまりの近さに香澄の体温は急上昇し、真っ直ぐに自分に向かう二つの瞳に、香澄の心臓は大きく波打つ。




「い…いきなり彼氏とか言われても…………困ります」




香澄は、再び目を()らしながら言葉を落とした。




「じゃあ、どうやったらお前の彼氏になれんの?」




司の声、匂い、吐息が香澄に向かう。




「それは……ん…………」




香澄は、司の問いに考えてしまった。




「嫌か?」




「嫌とかじゃ……ないですけど……」





“何でいきなり私なの?”と、香澄は言いかけて言葉を飲み込んだ。




“たくさん女が居そうだし、私は遊ばれたくない”そう思う香澄は、ここをどう切り抜けようかと考えていた。







「嫌じゃねーなら、決まりな」




「え?!……っ…」






…………?!…………




香澄が勢いよく顔を上げた瞬間、その唇に、司が唇を重ねた。





「……っ……………………な……」




一瞬“チュッ”と音をたてて離れた唇には、湿った感触が残っていて、シャンパンの香りが漂う。




司は香澄の顔を見て、満足そうに微笑んでいた。



「な…何するんですか!」




香澄は顔を真っ赤に染めて、司を睨みつけた。





……触れただけのキスに痺れちゃったなんて、言えない……



……私…いったいどうしちゃったの?……





「何って、キス?」




司は、ニコニコ笑いながら平然と答える。香澄は、司の態度に掻き乱されながら、言葉を発した。




「何で、そんな事?」




「何でって、お前が可愛いからだろ」




…………え?…………





綺麗とか大人っぽいとか言われる事はあっても、“可愛い”と言われたことがない香澄は、ちょっとだけ嬉しかった。





……でも、“可愛い”とか平気で言える男って、女慣れしてる……





……いくらカッコイイからって、私は遊ばれて捨てられるなんてまっぴらごめん……




香澄の頭の中では、危険信号が点滅していた。







…そうやっていろんな女の子を落として楽しんでるのかも……




「可愛いと思ったら、誰にでもキスするんですか?」




「はぁ?」




司は香澄の言葉を聞いて、眉間にシワを寄せた。




「私、軽い人は嫌いです」




香澄はキッパリ言い放ち、正面を向いて、シャンパンを飲み干した。その時、マスターと眼が合い、香澄はドキッとした。





……あ、この人怒らせたらマズいんだった……





辺りを見渡した香澄に、お姉さま方の視線が、突き刺ささる。司は、空になったグラスに、シャンパンをナミナミと注ぎ、香澄のむきになった様子に苦笑いしながら、



「俺は、軽くねーぞ?拗ねてんのか?」



再び香澄に近付き、顔を覗き込む。





……は?わたしがいつ拗ねた?…ってか、近付かないで…





「拗ねてません!近付かないで下さい!!」




香澄は司から離れるように座り直した。




ドクン、ドクンと、心臓に痛みが走る。





「恥ずかしがるなよ……クックッ……」




司は余裕の微笑みで、俯く香澄を見ていた。







司は、一ヶ月前、このクラブでピアノを弾く香澄を見かけ、どんな女か気になった。




大きな眼にキリッとした眉、色気のあるカラダのライン。




クラブのバイトではないと聞いて、“もう会えない”そう思っていた。今日、香澄がピアノを弾いているのを見て、マスターに頼んで、いや半分脅して席に呼んだのだ。





……それだけ色気振り撒いて、カマトトぶってんのか?……





……それとも、見かけによらず、純情な生娘(きむすめ)なのか?……




司の頭の中は、香澄でいっぱいだった。







……俺のモノにしたい……




……コイツの色んな顔を見てみたい……





司は香澄に惹かれていた。自分からモーションをかけなくても、女に不自由はしていない司だ。




……俺に、“近付くな”なんて言った女は初めてだ……






……絶対落としてやる…



司の心の中は、本能が渦を巻いていた。





「歳は?二十八くらいか?」




“まぁ二十一、二ってとこか”と思った司だが、わざとそう言った。




「な…………二十歳です!」




案の定、ムキになって怒り出した香澄に、司はニヤリと笑った。




……もっと俺を見ろ……



司は、香澄を怒らせてでも、自分に関心を持たせたかった。




「若いな〜俺いくつに見える?」




司の問いに、真剣に考える香澄。




「二十代後半くらいですか?」




「あぁ、二十七。七つ違いだな。学生?」




司が、そう問いかけた時、フルーツの盛り合わせが、運ばれてきた。




司は、オーナーから、香澄の好みをリサーチしていた。




「はい。下條さんはどんなお仕事されてるんですか?」




「あぁ…会社経営?」




「え?!社長さんなんですか?」



香澄は驚いて、目を丸くしていた。




「まぁそんなもんかな」





会社経営は嘘にはならない。司は、下條を知らないらしい香澄に、あえて名刺は渡さなかった。




“今、本当の自分を知られれば、香澄に振られてしまう”、そう思った。






「フルーツ、好きなだけ食べろよ、俺は食わねーからな」




「え?……」




「嫌いか?」




「いえ、ありがとうございます」




香澄は、にっこり笑って、オレンジを口に運んだ。





司は香澄のその笑顔に、目を細めた。




「ここ終わったら電話しろよ」




司は、マッチに携帯番号を書いて、香澄に渡した。




「何で?」




キョトンとしている香澄に、司は当たり前のように言葉を落とした。




「送ってやる」




「いえ、大丈夫です」





……送ってもらう方が危なくない?……






話しているうちに、演奏時間が近付いてきた事に気付いた香澄は、フルーツを急いで食べていた。




「……ふっ…… 美味(うま)そうに食うなぁ……」




香澄の口元を見ながら、司は、この後どうやって香澄を持ち帰るか、考えていた。





「今日は御馳走様でした。ありがとうございます。演奏に入りますので、……」




香澄が席を立とうとすると、



「電話しろよ」



司はそう言いながら、優しい笑みを浮かべて、香澄の手を握った。




握られた手にドキッとした香澄は、



「…………っ…………はい」


何故か返事をしてしまった。




ポピュラーからクラッシック、ジャズ、香澄のピアノは音色が変わった。気付いた者はいなかったけれど、柔らかい響きに変わっていた。




“ムーンライトセレナーデ”



ラストを弾き終えた。






「香澄ちゃん、お疲れ!今日はありがとうな。これでタクシー拾って帰りな」




マスターからお金を受け取り、香澄は晴れやかな気持ちで店を後にした。



「ありがとうございます。お疲れ様でした」





裏口から外に出ると、やっぱり月は出ていない。見上げた空は、(わず)かな星が瞬くのみ。




「…新月か…」




香澄は、ぼそっとつぶやき、タクシーを拾うために大通りに向かって歩き始めた。





……電話したら、軽い女だと思われるし、帰ってから電話すれば失礼じゃないよね?……






「おい」




「えっ?!」




香澄は、急に誰かに腕を掴まれ、立ち止まった。





……この匂いは……



香澄は、ほのかに香る匂いで、誰なのかを悟った。





「お前電話したか?」




「……………………」




「行くぞ」




「?……ちょっと……待って……」




司は、目を丸くしたまま固まっている香澄を引っ張り、黒塗りの車の後座席に押し込んだ。





…………何?拉致?…………



“ドクン”と、香澄の心臓は、今にも飛び出しそうな勢いで跳ねた。




そして、司も後座席に乗り込み、





「出せ」




司のひと声で、車が動き出した。




香澄は、司に肩を抱き寄せられ、司の胸に頬をくっつけた状態のまま、動けない。




……どこに連れて行かれるの?……




“ドクンドクン”と、胸が苦しくなる。





心臓は暴れ出し、不安だったが、香澄は何故か司に抱き寄せられることが嫌ではなかった。むしろ、どこか安心できるような、そんな不思議な気分だった。しばらくして、車が止まり、運転手がサイドブレーキを引いた事で、どこかに着いた事が分かった。




「着いたぞ」




“どこですか”

とは聞けないまま、香澄は、司に引っ張られて車を降りた。そして、マンションらしき建物の中に入って行った。



バタンと音がして、ドアが締まると同時に、司は香澄を抱き締めた。




…………!!…………




……ちょっとコレはマズい………




「……ちょっと…待って?……」




「あ?待てるかよ」




司は、香澄に肩を押し返されても、びくともせず、唇を重ねた。




「…………ん…………っ…………ゃ…………」




香澄が抵抗しようにも、司にかかると、香澄は全く動けない。




……力が入らない……



「……ん……んん…っ…」




それどころか、司の舌と唇が、香澄の口内を暴れまわり、頭がクラクラしてきた。立っていられなくて、身体を司に支えられた状態だ。




次第に司のペースに巻き込まれ、香澄の身体は、ふわりと宙に浮いた。




「キャッ…………降ろして……ゃ……ねぇ……」




暴れる香澄を抱きかかえた司は、楽しそうに笑みを浮かべて、香澄を寝室に運ぶ。




「やだっ…………ヤダヤダ……っぅ…………ぅ……」



ベッドに降ろされて、司に両手両足の動きを封じられ、香澄はとうとう泣き出した。





香澄の泣き顔を見詰めながら、司は、




「無理矢理ヤろうとは思ってねーよ」




優しい笑みを浮かべながら、香澄を見下ろしていた。




涙をこぼしながら目を開けた香澄は、ぼんやりと、司の真っ黒な瞳を見ていた。






「香澄、お前が欲しい」







色気のある司の声。真っ直ぐな司の眼差し。




「ぃゃ…………お願いやめて……っ……」




香澄の力ない声を聞き、司は挑戦的な笑みを浮かべた。




「じゃあ抵抗してみろ……」




そして、香澄に覆い被さり、耳元、首筋、耳たぶに舌を這わせる。




「…………っぁ…………ひゃん…………」




「どうした?カラダは“もっとして”って言ってるぞ?」




司の手はセーターの裾から入って、胸を刺激する……。




「…………っぁん…………ぁ…………」




電気が走るような感覚。司の指に唇に、触れられた場所が熱を持つ。司は、セーターもキャミソールも捲り上げ、白い肌に顔を埋める。




「ねぇ……お願い……ゃ……やめて?……」



驚くほど色っぽい自分の声に、香澄自身戸惑いながらも、必死で司を止めようとした。




「そんな声で言われちゃ、余計止めらんねー」





「…………っ…ぁ…………ぁぁん……」




気がつけば下着一枚になっていた香澄。




司の手が下着の中に入った瞬間――









「ダメッ!」





香澄は司の手を掴んだ。





香澄は気付いていた。司の腕の中も、司に触れられる事も、嫌ではなく、むしろ心地良い事に。



…………でも、遊びでこんな事されたくない…………




香澄は、身体と心の両方に戸惑いながらも、必死に拒んだ。




「ダメ!ここはダメッ!」




司は、不思議なモノでも見るように、香澄を見ていた。




……何でここで寸止め?!……




司は夢中になっていた。感じてくれる香澄が可愛くて、もっと()かせてやろう、自分のオンナにしたいと思っていた。




こんなに優しく女を扱うことは、初めてだった。



「わ……私は、……結婚するまでは、……そう言う事…………しないの…」





香澄は、必死に叫んだ。




香澄の言葉に、司は、一瞬手を止めた。







……ふっ……コイツが手に入るなら、結婚?上等じゃねーか…






「じゃあ、……結婚しよ!」










…………は?…………






香澄は、司の言葉に固まった。








…………は?……って……えぇぇぇぇ―――――!!!!…………









「…………ちょっと……キャン…………ぁ……」




再び司の唇が胸に触れ、指が下着に触れる。




「……ゃ……待って、……まだ結婚してない…………」




香澄は、“その場限りの嘘に騙されたくない”と思い、必死に言葉を吐く。




「ん?明日、籍入れよ…結婚するならいいんだろ?……」




司は香澄の耳元で囁きながら、手を止めることなく執拗に香澄の感じる場所をセメる。




「……ん……ぁ…………何やってんのっ……ゃ……ダメだよ……明日までダメ!」




……そんな言葉に騙されないわよ……




香澄は体中の力を振り絞って起き上がり、布団を手繰り寄せ、くるまった。




……やだ、身体が熱い……




自分の身体に戸惑う香澄と、目を丸して固まる司。バチッと二人の目が合い、司はドスンとベッドに横になった。




「あぁぁ――!!!!こんな女初めてだ……」




天井に向かって雄叫(おたけ)びを上げる司に、香澄はキョトンとしていた。




…………?…………



「分かった。今日は我慢する」




司は、初めて女の気持ちを優先した。




………ありえねぇ、寸止めとか………





香澄も、火照(ほて)った身体は司を求めていたけれど、必死に抑えていた。








しばらくして、司は携帯を片手に寝室を出た。




「あぁ、俺だ。婚姻届持って来い、………………あぁ、そうしてくれ、…………あぁ」






司の声を聞いた香澄の心臓は、“ドクン”と跳ねた。




…………婚姻届?…………







……って、…………えぇぇぇぇぇ―――!!!!……私、結婚しちゃうの?………………






…………どうしよう…………






「今日はシャワー浴びて寝るか」




寝室に戻って来た司は、半裸の香澄を見ないように顔を背けたまま呟いた。




「うん…」




そして、タンスからパジャマを取り出し、ベッドの端に置く。




「風呂はこっち、これでも着とけ。タオルとかは置いてあるのを適当に使え」




「うん…」




香澄はパジャマを受け取り、上だけ羽織った。そして、聞きたかったことを恐る恐る口にした。




「下着、洗濯していい?」




「あぁ……いいぞ」




司はそう言い放ち、ベッドにドカッと座った。




香澄は、床に落ちた下着を手に取り、バスルームに向かった。マンションは広くて、香澄は驚いていた。寝室とリビングとダイニングキッチン、他に二つ部屋がある。




……3LDK?独りで?どんだけ金持ちなんだろう……




バスルームも広い。香澄は、下着を洗濯機に入れ、スイッチを押した。シャワーを浴び、髪を乾かし、司のパジャマを羽織る。




……透けて見えるし……



…………恥ずかしい…………



素材が薄いため、胸のあたりを隠しながら、香澄は、バスルームを出た。下着は脱衣場にこっそり干して……。




バスルームを出ると、司が化粧水や乳液を出していた。




「これ使え、持ってねーだろ?」



「うん、これ、誰の?」



……やっぱり、いろんな女を連れ込んでるんだ……




……化粧品なんて、男の人が部屋に常備してる?……




香澄は“ズキッ”と、何故か胸に痛みを覚えた。




「これは姉貴のだ」




「え?」




「姉貴がたまにここ使うから。夫婦喧嘩した時とかな」




「…………?…………」



「ほとんど俺が使ってるけどな。俺もシャワー浴びてくる。冷蔵庫の飲み物好きに飲んでな」




「うん」



司は、冷蔵庫に視線をやった後、バスルームに入って行った。




……お姉さんだったんだ……





………わたし……何ホッとしてるんだろう…




香澄は、自分の気持ちに戸惑いながらも、司の姉の化粧セットを使わせてもらった。




大きな冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターにビールに酎ハイに……ウーロン茶にスポーツドリンクに……。たくさん入っていて香澄は驚いた。だが、食材はない。




……彼女いないのは本当なのかな?……




クラブで話した時には、いないような口振りだった司だ。




香澄は、食材がなかったことで少しばかり安心したが、期待している自分に、“ダメ、騙されてるかも知れないんだから!”と、カツを入れた。






酎ハイを片手にソファーでそんな事を考えていた香澄は、急にふわっと、温かい腕に包まれた。バスルームから出てきた司が、香澄を後ろから抱き締めたのだ。司は香澄の耳元で優しく(ささや)く。




「結婚しよ」





…………え…………




香澄の心臓は、再び踊り出す。




「まだ、学生だよ?私」



…………後で、“冗談だ。何、本気にしてんだ?”なんて言われるかも知れない……




警戒する香澄をよそに、司は、自信満々に言葉を繋ぐ。




二十歳(はたち)過ぎてんなら大丈夫だ。親の承諾もいらねー。俺、明日までしか待てねーからな。お前もじゃねーの?……」


「…………っ…………違うし!……………ひゃん……」



ムキになって否定する香澄の耳の中に、司の舌が入る。




ゾクッとした香澄は、無防備な声が出てしまう。




「……ふっ……感じやすいな……」




……欲しくてたまんねー……




香澄は、司の予想以上だった。美人なだけじゃなく、スタイルもいい、感度もいい、日焼けしていない白い肌……。




何故この歳まで処女なのか、司は不思議で仕方ない。




……俺が染めてやる……




……今日は寝れねーな……





新月の夜、司の我慢大会が始まった。






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