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鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第2章 『餓鬼』の騒乱
96/123

41話 焔

 ■■■


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 白炎を纏うほむらがその拳を持って餓鬼の体を穿つ。全てを燃やし尽くす白炎が、餓鬼のその汚らわしい肉体を焼き焦がす。

 無秩序に放たれる拳撃を餓鬼は甘んじて受け続けるつもりはなく、それまで突き刺していた牙をあかりの肩から抜き、あかりの血に濡れた禍々しい牙をほむらへ向けた。

 そして、餓鬼の体は跳躍する、ほむらの背後へ。


 ほむらはすでに目標を失い、何より大事に思うあかりに伸びようとしていた拳を瞬時に引き戻す。あかりは痛みに目を閉じていて、肩に手をやり、回復魔法をか細い声で唱え始めた。

 ほむらは拳を引き戻し、胸の前に構えた状態でくるりと半回転する。見れば、跳躍した餓鬼が地面に足を付け、その勢いを横に転換させることで前進する勢いに変え、突進してくる餓鬼の姿があった。


 ほむらは怒りと憎しみを餓鬼に叩き付けるべく、きつく握りしめ白炎を纏わせた右拳をまっすぐ突き出す。


 ごつっと鈍い音を立てて餓鬼の牙とほむらの拳がぶつかり合った。

 餓鬼の放つ瘴気とほむらの白炎がぶつかり合い、その意思の強さを誇るべく互いを喰らい尽くす。


 ほむらの怒り。

 餓鬼の飢え。


 この感情が二人を突き動かす。


「らあああああああああああああ!」

「ごあああああああああああああ!」


 ほむらの拳が一層炎を巻き上げて前へ前へ餓鬼の体を押していく。

 餓鬼の牙はほむらの拳に薄皮一枚分の隙間を挟んで押し合っているが、ほむらの白炎を突き破ることができずにいた。むしろ、ほむらの拳に押され、牙にはびきびきと罅が入りつつあった。


 餓鬼は牙が砕けるのを恐れ、獣のように咆哮を上げながら脅威の身体能力を見せつけるかのように後ろの宙返りする。


 またもや目標を失った拳をゆっくり引き戻し、宙に浮かびこちらを爛々とした瞳で睨み付けてくる餓鬼を見据えた。





 餓鬼の口は大きく、自らの顎を飲み込み腹の中ほどまで広がり、深淵を覗かせる大穴を開いた。

 接近戦では敵わないと感じた餓鬼は次の手段を講じた。自らが魂を喰らうために、まず屈服させるべく攻撃を開始する。

 餓鬼のはたして口と呼んでいいのかわからない、ただ大きく開いた穴の中へ、真っ黒い霧を辺りから吸い込み、ひたすら真っ黒な球体を形作らせる。

 この世界に広がる“飢え”の力を掻き寄せ、それを凝縮して、一度浴びればたちまちその“飢え”という力に飲まれ生命を吸い尽くされる、そんな七つの大罪の力を振り絞った攻撃を、餓鬼は準備し終えた。

 餓鬼は球体を穴の前に据えながら少し離れた地面に降り立った。その獣のような身のこなしで着地の音は全くしなかった。漆黒の球体が今か今かと飛び出ようかと窺っているように見えた。



「くっ、めんどうなぁあ!」


 ほむらは餓鬼の目の前に作られたあきらかに危険な香りのする球体を見て、舌打ちをする。

 明らかに攻撃準備が速すぎて、その攻撃を妨害することが難しいと感じたからだ。


「全てを焼き尽くせ! 『焦土=イグニス』!」


 ほむらの手から白炎が飛び出し、餓鬼の体を焼き尽くそうとする。

 しかし、その炎は餓鬼の穴の前にある漆黒の球体に吸い込まれ消えた。


「なっ!」


 まさかそうなるとは思ってもみなかったほむらはもう一度同じ魔法を放つ。

 同じように吸い込まれ、ほむらは口を噛み締めた。一度その球体が放たれれば、どうなるか。全てを吸い込む、その攻撃をどうするか……!


「だったら!」


 ほむらは白炎を右手に集め、魔法を発動する。


「汚れた全てをを断ち切れ! 『白炎剣(びゃくえんけん)』!」


 ほむらの右手に純白に燃え上がる剣を掴み取る。その剣を上段に斜めに構え、餓鬼に向ける。

 餓鬼の爛々としながらどこか虚ろな両眼はその剣をぎょろりと睨み付け、開き切った口から咆哮を上げながら両手を振り上げる。

 ぽっかりと開いた口から漆黒の“暴食”の球体が蠢きながら、餓鬼の体は(ましら)の如くしなやかに動き、ほむらへその腕を振るう。


「はっ!」


 ほむらは餓鬼のその開き切った口内にある球体に目を配りながら腕の攻撃を防ぐように剣を振る。

 水の入った袋に棒を叩き付けたような鈍い音が鳴り、餓鬼の腕とほむらの剣がぶつかる。

 ほむらはすぐに剣を引き、今度は口内からはみ出ている漆黒の球体を狙って突きを繰り出す。


 それを餓鬼は腕をクロスさせて防ぐ。剣は餓鬼の腕に少し突き刺さりながら猛烈な勢いを失いその動きを止めた。餓鬼は腕に大きな切り傷と爛れを作りながらもそれでも構わず動く。

 突きが受け止められたほむらは剣を引き、刃を返して餓鬼の体の中心に当たるように右袈裟に斬り付ける。

 餓鬼は再び腕を突き出しほむらの剣を受け止めるが、白炎が餓鬼の体とぶつかり合うたびに焼き焦がすため、すでにその腕は限界だった。

 鈍い音を立ててぶつかった餓鬼の腕は剣を受け止めるとぼろりと崩れ落ちた。


「らああああああ!」


 ほむらは白炎の剣を引き戻す勢いでぎりりと引き絞り、溜めた力を放出するようにまっすぐ突き出した。





 純白の剣が漆黒の球体を穿つ。





 その瞬間、漆黒の球体からモルタルのようなどろりとした“暴食”の力があふれ出した。

 それらは狙い誤らずほむらへ向かって飛び出した。


「ぐぅっ!」


 ほむらは白炎の剣から手を放し、諸手でその真っ黒な靄を受け止める。その重圧は何よりも重く、気を抜けば今にも押し潰されそうだった。


 力を解き放った餓鬼はボロボロながらも、ゆっくりと体を起こし口を閉じていく。

 まだ餓鬼は死んでいない。


「ここで、負けるわけには、いかない……!」


 ほむらは全力を手に注ぎ込み、餓鬼の力に反発する。自分が押し負ければ、自分が死ぬどころかあかりにまで被害が出てしまう。

 そう思うと、ほむらは一層負けられなかった。


「もっと、力を……!」


 ほむらは自らの魂を燃やしながら、全力で“暴食”に抗う。

 いくら力のほとんどを失った残りかすのようなものが辺り一帯からかき集めたものだとしても。

 七つの大罪である力に抗うというのは、たった一人の魔法少女ができることではない。


 餓鬼はすでに体を起こし後ろを振り向いて脚を引き摺りながら逃亡していた。



 この状況、いくら神の力を行使する魔法少女でもどうしようもなかった。

 ただ一人では“暴食”の力を抑え込み、餓鬼を下すことはできようもなかった。




 そう、一人では。





「ほむらちゃん」


 白い翼をばさりと広げ、ほむらの隣に現れたあかりは天使のような微笑みを浮かべながら両手を伸ばした。


「私も戦うよ、ほむらちゃん。一人じゃないんだよ」


 あかりのその言葉にほむらの目からぽろりと涙が零れ落ちた。


「ありがとう、あかり」


「私も手伝うわよ、先輩」


 その隣からアテネが声を出す。

 その体は傷つきながらも力に満ち溢れていた。

 アテネも両手を広げ、“暴食”の力を受け止めた。


「あれを倒せるのは先輩しかいないんじゃないかな。ここは私たちに任せて」

「そうだよ、ほむらちゃん」


 アテネとあかり、二人の言葉にほむらはこくりと頷く。


「わかった、行ってくる」




 ほむらは二人にその球体を任せ、逃亡を図る餓鬼を追い掛ける。



「真理、手伝って」

「はいはい」

「ふふ」


 真理を含めた3人が餓鬼の放った“暴食”の力を抑える。


「一気に行くよ」

「了解」

「わかったわ」


 あかりはガブリエルの力を行使し、アテネは『竜の力(ドラゴンソウル)』を展開し、真理は『無辺世界』を発動させて。


 “暴食”の動きを止めた。






 ほむらは白炎を拳に纏ったまま、逃げる餓鬼を追いかけ、その背中に拳を突き出す。

 ずぶりと湿った音を立てて拳は餓鬼の体を突き抜ける。


「が、はっ」


 乾いた音がして餓鬼の口から空気が抜け出た。


「ワタシが、殺セル、トデモ」


 掠れた声で言葉を発する餓鬼。

 それに対し、ほむらはただ事実を述べた。


「あぁ、お前にはここで消えてもらう」


 ほむらの白炎がすべてを燃やし尽くす。

 餓鬼のその肉体を。その魂を。

 神の力の一部を借り受けることによって、そんな偉業を起こす。


 七つの大罪を滅するという現実を。




「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」






 そして、七つの大罪『暴食(グラ)』を司る餓鬼はその存在を完全に消し去られた。















 ■■■


 桐陵学園内。

 未だに暴れ続ける、餓鬼の呼び出した鬼達を掃討するアークドラゴンとレヴィアタン、アラクネの3人とその部下たち。


 3人はふと強大な存在が消滅したことを感じた。


「存在が消えた……これは」

「先ほどのに引き続き、何が起きている?」

「でも、これは餓鬼の存在が消えた、ということじゃない?」

「……サタンが消え餓鬼の力を削ぎ、魔法少女が自らの命を燃やして餓鬼を消滅させた。こういうことか」

「……はぁ。とりあえずこれで一連のことは終結と言ってもいいのかな?」

「そうなるね」


 レヴィアタンは頭に手をやる。


「やれやれ、まったくこの世界に何をもたらそうとしたのかね、あの『暴食(グラ)』は」

「……何も、ではないかな」


 レヴィアタンの疑問にアークドラゴンが答える。


「何も、と」

「ただ、自らの欲望に従って、事を起こしただけであろう。その先に何があるか、全く考えずに」

「はぁ、結局馬鹿よ、あれは」

「どれほどかと思ってましたが、なにも頭になかったという訳ですか。私たちがどういう風にしているのかもさえ考えずに」

「そうでなければこのようなことはできないだろう。この世界に何があるのか、それを知っていれば恐れ多くてこんな暴挙に出られるまい」

「まったくね」

「同感です」


 レヴィアタンとアラクネの2人はため息をつく。


「さて、この場を何とか収めなければ、な。かの盟友の意志を引き継ぐようにしてね」

「惜しい人をなくした、そう思うよ」

「そうね、この世界の真理に一番近づいていたのは間違いないからね」


 アークドラゴンとレヴィアタン、アラクネの3人は校舎の窓を見つめる。


「やることはまだまだあるね」

「そうだ、な」


 七つの大罪を司る3人はこの戦いの後始末を終わらせるべく動くのだった。







 ■■■


 濡れ羽色の髪の少女はふと顔を上げた。

 とても大きな存在が消えた。

 魔法少女としての勘も、能力者としての勘もそう告げていた。


「これでお終いかしら」


 手からばちりと電撃が流れ、隣に倒れる筋肉隆々のゴリラのような鬼をびくんびくんと跳ねさせた。すでに戦闘意欲はなく、息の根も絶え絶えだった。


「アハハハハハハハ、つまらないの!」


 ごっ、と地面を蹴り付け鬼の体を吹き飛ばす。


「結局、大して変身することなかったじゃない。こんな雑魚ども相手じゃあ」


 “破滅を喜び、破壊を楽しむ”を願った少女はきひひと気色の悪い笑みを浮かべながら歩く。


「どーしようかなぁ」


 ただとぼとぼと歩いていると、少し先から濃い魔力が流れ出していることに気付いた。


「へぇ、まったく大☆戦闘の後、って感じだねぇ」


 少女は走り寄り、手を伸ばす。


「喰い散らかすのも嫌いじゃないんだけどねぇ、私はね、そんな面倒なことは好きじゃないの」


 何かに向かって独り言をつぶやく少女。


「それにそれって“善い”ことじゃないからね。汚らしいことは“悪い”ことだねぇ」


 神崎(かんざき)神影(みかげ)という名の少女はぱちりと指を鳴らす。


「私を取り込もうなんて何様気取りなのかなぁ? そんな君には簡素で質素な死亡通告を送ろうじゃないか、『放射』!」


 目の前の空間に向かって魔法を放った神影。

 濃い魔力の塊はその一撃で霧散し、その存在を完全に消滅させた。


「さーて、もう何もないし、帰ろうかな」


 くるりと振り返り、来た道を神影は歩いていった。


 何がしたかったのか、なんてそんなのは愚問である。

 その少女にとって、破壊できるものがそこにあるからその場にいた、それだけなのだから。







 ■■■


「ほむらちゃん! ほむらちゃん!!」


 あかりは地面に崩れ落ちたほむらを抱きかかえ泣き叫ぶ。




 ほむらは餓鬼に渾身の一撃を放った後、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


 無事に餓鬼の放った“暴食”の漆黒の球体を破壊し終えた3人は、ほむらに駆け寄った。

 あかりはほむらの体を抱き寄せ、その体から力が抜け落ちてしまったことを感じた。

 体温はみるみる下がり、体はまだ柔らかいもののだんだんと固くなっていくのがわかってしまった。


「病院に運ぼう、まだ死んだとわかった訳じゃない。息はなんとかしているじゃない」

「でも、でも!」

「九条先輩、気をしっかり持ってください。まだ終わった訳じゃないです」


 あかりはほむらの体を抱きかかえ歩こうとするもの涙が止まらない。


「ほむらちゃん…… うぅ……!」


 あかりの涙がほむらの頬に流れ落ちる。


「私に魔力が残っていれば、ここでほむらちゃんを治せるのに!」

「それを言ったらキリがありませんよ」

「それでも、それでも!」


 あかりの目からは涙がぼろぼろと流れ落ちる。少女の苦悶の声が零れ落ちる。








「……あかり?」


 それまで動きもしなかった少女が声を上げる。





「ほむらちゃん?」

「声が大きい。耳にがんがんする」

「あっ、ごめんね」

「いいの。心配してくれたんでしょ」

「うん……すっごく心配したんだよ」


 あかりの声は歓喜に満ち溢れる。


「私に力をくれて、ありがとう」

「ぼむ”ら”ぢゃん!」



 二人はぎゅっと抱きしめ合った。どこかへ離れていかないように。そんな思いを込めて。





「……なんとか、これで一先ず一件落着でいいのかな」

「そうね」

「アテネ」

「ん? 何?」

「お疲れ様」

「ん、真理もお疲れ様」


 アテネは真理に手を伸ばした。

 それを真理は握りしめた。



「終わり、だよね」

「うん」



 夕日が一組の少女ともう一組の少年少女を包み込む。

 戦乱を超えて、平穏が始まる。

 そんな予感を感じさせた。








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