表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第2章 『餓鬼』の騒乱
94/123

39話 意思の激突

体調が悪くこの話を書きあがるまで時間がかかりました。

今回の話は少し作者として胸が痛む話です。

本当ならそうはしたくなかったですが、1つの区切りとしてそうせざるを得なかった次第でございます。


それではどうぞ。

 ■■■


「お前を裁きに来たぜ」


 そう言い放った左丹を前に、餓鬼は憮然とした態度を崩さなかったが、内心戦慄していた。

 元七つの大罪『憤怒(イラ)』のサタン。

 全盛期はかなりの猛威を振るっていたとされる悪魔。


 餓鬼はそんな存在がこの場に、目の前にいることに驚いていた。

 すでに魔力の大半を失い、この世界に逃げてきた相手がなぜ自分の前に立ちはだかるのか。

 この場所の制圧を行う前に会った時は、サタンを圧倒出来ていたというのに、なぜ自分は戦慄しているのか、そのことに驚いていた。


「まったく勝手なことをしてくれたよなぁ」

「勝手なこと。ほぅ、なんとも不思議なことを申しますね」

「あ”ぁん?」

「私のやっていることに何かおかしいことはありますか? 強者が弱者をいたぶるということに、貴方はおかしいと申されるのか?」



 餓鬼の言葉に左丹は鼻で笑う。


「強者ねぇ……お前、本当にそう思ってるのか?」

「見れば一目瞭然でしょう」

「ははは、愉快だ。それなら、今ここでその自信を引っぺがしてやるよ」


 左丹は両腕を前に突き出す。びきびきとひび割れるような音を立てて腕の筋肉が膨張し、中に蓄えられている力がどくんどくんと鳴動する。左丹がこれまで使わずにとっておいた魔力が解き放たれ、膨大な熱エネルギーとなって海道の腕に溜まり続ける。


「唸れ、『轟砲(サタンビーム)』」


 力を開放した左丹の手から眩い光の奔流が放たれた。白と赤の線が螺旋を描きながらまっすぐ伸びるこのビームはわらわらと集まる餓鬼の分身の集団を薙ぎ払った。餓鬼の分身がいたはずの空間には何も残らず、地面は焼き焦げていた。




「ふふふ、どうだ」

「一体どこにそんな力を……!」

「今まで溜めるに溜めてきた魔力だ。いざという時のためにな」

「さっきはそんな魔力、なかったはずだ」


 餓鬼の言葉に、左丹はにやりと笑みを浮かべる。


「だから、言っただろう。溜めてきた、と」

「なん、だと……」


 餓鬼は拳をぎゅっ、と強く握り締め、口をきっ、と強く噛み締めた。


「はは、そうだったのか。あぁ、さすが初代七つの大罪というわけか。成りあがりの私にはないものを持っているというわけか」


 餓鬼のその笑いは、乾いていて空虚なものだった。


「はぁ、まあいい。お前の力を見くびっていた私がおろかだということがよーくわかった。だからといって、サタン。お前に私が殺せるだけの力をもっているか? 私がお前の魂を奪う前に、お前は私の魂を滅することが果たしてできるか? すでに七つの大罪としての力を失ったお前に!!!」


 餓鬼は両手を広げて再び幾万もの分身を生み出す。

 黒々とした集団が瞬く間に現れ、屹立していた。


「いくら私の劣化コピーだとしても、魔法は使えるんだよ……逝け!」


 餓鬼の指示に従って餓鬼の分身たちは一斉に諸手を突き出し、魔力を集中させる。


「「「『火炎(コモンズフレイム)』」」」


 火の玉を生み出すだけの簡単な魔法であるが、それが何万もの数が寄り集まり、巨大な火の玉を形成する。それが餓鬼の意志に従って、左丹たちに向かって放たれた。轟音を鳴り響かせて、周りを焼き尽くす火炎球がまっすぐと迷うことなく。






「こんなものが使えるとはな。知らんかったわ」

「サタン様!」

「おうおう、悪かったな、フェル」

「まったく。で、これはどうするんですか?」


 対する海道左丹は驚きの表情を見せることなく、普段のような態度だった。

 傍にいる舞島凛は9本の狐尻尾をそれぞれぴょこぴょこ不安げに動かしながら海道に指示を仰ぐ。


「炎は私の得意分野」

「学園長、私たちがいますよ」


 腕組みをして悩んだふりを見せる左丹に、息を整え戦闘準備を終えたほむらとアテネが前に出た。


「それじゃあ、コイツを頼むぜ。おっと、フェルもこいつらのサポートを頼む」

「はい、わかりました」


 凛はふっと息をついて、ほむらとアテネの後ろに回りサポートの体勢を整える。



「凛、ひとつ言っておくが」

「なんでしょう、こんな時に」

「後は任せた。この学園のことも、この世界のことも」

「一体何のことを……!」

「来ました!」


 凛の疑問はアテネの警戒の叫びに掻き消された。

 何万もの餓鬼の分身が生み出した業火の球体がほむら達の目の前まで近づき、全てを焼き尽くさんとばかりに襲い掛かって来た。


「押し戻す……! 『竜風撃(ドラゴティックブリーズ)』!」

「……『焔支配(フレイムルーラー)』」

「『紫炎烈火』」


 アテネの暴風が火炎球を吹き上げ、ほむらが火炎球の制御を行い、凛は紫に輝く火の玉を火炎球にぶつけて進行を抑える。


 3人の力があって、火炎球の動きは徐々に止まり、宙に停止した。


「いっけえええええええ!」

「『焔解放』反転、跳べ!」

「『紫炎彩華』……蹴散らしなさい」


 餓鬼の分身が放った火炎球は再び動き出し、アテネの暴風と凛の炎の勢いを受けて分身のいる方向へ跳んだ。


 轟音を鳴り響かせ、術者である餓鬼の分身の元へ戻って来た火炎球は無慈悲に全てを焼き尽くした。術者の制御をすでにほむらが奪い返されている以上餓鬼の分身たちにはできることはなく、ただその身を焼かれるしかなかった。


 餓鬼の分身たちはただその攻撃に身を任せるしかなかったが、オリジナルである餓鬼はその身に蓄える魂の力を使い、その炎撃を耐え抜いた。

 燃え盛る炎の中、餓鬼の元へ海道左丹は高速で移動しながら拳を突き出した。


「なっ、お前は!」

「なぁ、拳で語り合おうぜ!」


 左袒が突き出した正拳突きに餓鬼は手の平を当てて受け止めるようにしながら、そのまま滑らすようにして衝撃と拳を受け流した。


 左丹は自分の右拳が受け流されながら、自身の体を右に傾けて、体を滑るように足のある空気を動かし、餓鬼の左側へ体を滑り込ませた。

 そして、左丹は流れた右拳を引きながら、待機させていた左拳をきゅっと握り、餓鬼の顔面を狙ってカーブを描くようにして拳を突き出した。


 餓鬼は左丹の体が自身の左に回ったことを見て、拳を受け流した手をそのままに右腕を顔面をガードするように上げた。

 次の瞬間、餓鬼の右腕に強い衝撃が走り、餓鬼は左丹が自分の読み通り顔面を狙って拳を突き出したことを理解した。


「おぅ、なかなかやるな」

「それほどでも」


 餓鬼は左丹の左フックを受け止めたままの右腕をそのままにして、左手をぐっと強く握り締めて、受け止めたままの左丹の左腕に向かって裏拳を打った。

 左丹は餓鬼の右腕に受け止められたままの左手を引き戻そうとするや否や、餓鬼の左手が煌めき自らの突き出たままの左腕を狙って打とうとするを見ると、引き戻す動きはそのままに左腕に力を入れて衝撃に備えて硬質化させた。


 餓鬼の裏拳が左丹の左腕に炸裂し、左丹の左腕はその衝撃に押し負けて下に落ちた。

 左丹は腕を襲うその痛みに顔をしかめながら、引き戻したばかりの右腕を再びまっすぐ伸ばし、餓鬼の体に拳を当てて後ろに下がった。

 裏拳を放った餓鬼の体に、左丹のお返しとばかりに放たれた拳を右手に受け、後ろに少し押された。

 左丹のその正拳突きは体の中心を狙ったもので、餓鬼の体の内部にまでその衝撃をしっかり通していた。


「痛ってえなぁ、おい」

「こちらも痛いですよ」


 左丹は不敵な笑みを浮かべ、先ほど蓄積してきた魔力を解き放ち魔力的な意味で圧倒的な劣勢に立たされているはずだが依然として獰猛な目つきをしたままだった。

 左丹は餓鬼と比べ、肉体のスペックは圧倒的に優れているが、魔力で肉体は強化できる以上、魔力の少ない左丹と膨大な魔力を持つ餓鬼との間には差はないと言える。むしろ膨大な魔力を持っている餓鬼の方が肉弾戦においても優位であるといえるだろう。

 それでも左丹はこの戦いにおいて戦闘意欲を全く失っていなかった。

 例え自らが負けるとしても、自らが死のうとも。

 この場において世界を荒らす餓鬼の存在を認めるわけにはいかなかった。



「さぁ、死合おうか」

「あぁ」


 左丹は再び右手を神速の速さでもって突き出す。

 それを餓鬼は左手で受け止め、右手を左丹へ突き出す。

 左丹は左腕を餓鬼の右手に当ててその攻撃を防ぎ、餓鬼に受け止められた右手を引き戻した。

 左丹の体は右腕を引き戻した衝撃で右回転をしながら少し左後ろに下がり、餓鬼は空いた左手をぐっと握り締めて拳を固め正拳突きを左丹に突き出した。



 左丹はその正拳突きをいつの間にか伸ばしていた左足で捉え、その回転のままに弾き飛ばした。

 正拳突きを蹴り飛ばされた餓鬼の体はその衝撃に左方向に揺らいだ。餓鬼はその揺らぎを自覚しながらもうまく体勢を戻すことができず、仕方なく魔力を風に変換して自身の体を左丹へ飛ばした。餓鬼は揺らいだ体勢のまま、右手を手刀に形作り、左丹に向かって突き出した。




 どすっと音を立てて、左丹の胸に餓鬼の手が突き刺さった。

 左丹は口をぽっかりと空けて吸い込むはずの息を吐き出した。


 餓鬼はあっけなく自分自身の攻撃が左丹に通ったことに驚きを感じながら勝利を確信した。

 餓鬼は左丹の核となる心臓の動きを停止させるべく魔力を通した。


「がはっ」

「ははは、これでおしまいだ」


 餓鬼は左丹の胸に手刀を突き刺したまま、ぐりぐりと動かし、ついに左丹の体を貫通させた。


 左丹の目からはどんどん色が失われ、刻々とその体から力が、生命(いのち)が失われていった。





「結局、口ほどにもなかったという訳ですか……」

「……」


 餓鬼が勝ち誇った表情を浮かべながら左丹を見れば、不敵な笑みを浮かべたまま死んでいた。

 七つの大罪であれば、肉体が死のうとも魔力があれば魂が死ぬということはないのだが、すでに七つの大罪の役目を移譲した左丹にそんな特性は残っておらず、他の鬼同様に死を迎えた。

 魂が肉体から離れ消滅を迎えようとする瞬間。


 餓鬼はいつものようにそれを喰らった。


「なんだか、あっけなかったですね。所詮、元でしたか」


 餓鬼は独り言ちる。

 あれほど大言壮語に自分に刃向かってきた左丹がこんなにあっけなく喰えるものか、少し不思議に思っていた。


「つまらないものですね。しかし、これで私のコレクションが貯まってきましたね」


 餓鬼は喰らった魂を視る。


「元七つの大罪とはいえ、初代七つの大罪ですからね、なかなか上質なたまし……!」


 餓鬼は強烈な痛みに、胸を掻き毟った。


「な、なにが、オきていr……というノですk」


 その痛みは時間を追うごとに我慢していられないものまで膨れ上がり、餓鬼は魔力の制御ができずに地面に落ちた。


「うおぉぉおぉぉおオオォオォォオおぉおぉぉおぉォオオオオオオオオ!」


 餓鬼は痛みと共に自らの体が風船のように膨れ上がるのを見た。

 何が起きているのか理解できなかった。

 餓鬼は体に内包する魂のすべてが暴れ出すのを自覚した。


「まさか、アイツノ、せいだと、イウノカアアアアアアアアアアアアアアア!」







 そして、膨れ上がった餓鬼の体は限界を迎え、大爆発を引き起こした。




 ■■■


「サタン様!」


 火炎球を無事に押し戻し、餓鬼の分身へぶちかましたほむらとアテネと凛は、左丹と餓鬼が肉弾戦を繰り広げるのをただ見ているだけだった。

 餓鬼の攻撃を左丹が蹴り飛ばし、餓鬼が手刀を左丹に突き刺すのを見て、凛は叫んだ。


 左丹が今まさに死ぬ光景に、それまで左丹の補佐として陰ながら支えてきた凛は身が裂けるような思いを感じた。

 七つの大罪『憤怒(イラ)』を司っている間、自らの部下として初めて仲間としてもらった時からずっと凛は左丹の傍にいた。左丹が七つの大罪の役目をアークドラゴンへ移譲し、混界(こんかい)へ降り立つ時も凛は隣にいた。唯一傍にいる者として。

 忠誠心はいつの間にか淡い恋に変わっていたと凛は思う。


 だからこそ。


「サタンさまああああああああああああああああああああああああああああ!」


 凛はそんな彼に何もできないことが堪らなく悔しかった。


 凛は先ほど左丹が自分に向かって言った言葉を完全に理解してしまった。


 左丹は自分が死ぬことをわかっていながら、餓鬼に突っ込んでいったのだと。


「くっ、やめろ! 離せぇ!!」


 左丹の後を追って餓鬼に突撃しようとする凛をアテネは腕を掴んで押さえつけた。


「待って! 何か様子が……」

「サタンさまぁ、サタンさまああああああ!」


 凛の両目からだらだらと涙が零れ落ちる。

 凛は激しく体を掻き抱いて、その場に崩れ落ちた。




 その瞬間、左丹の体を貫いた餓鬼の体が風船のように急激に膨らんでいくのが見えた。


「あれは!」

「何が起きてる……もしかして、学園長の?」

「ふぇ……?」


 アテネやほむらの声に顔を上げる凛。

 その眼の先には、にやりと笑みを浮かべたまま絶命する左丹と驚愕の表情を浮かべたままどこまでも膨れ上がる餓鬼の姿があった。


 そして、臨界点を超えた餓鬼の体は爆発の時を迎えた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ