37話 想いたしかに
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「これは……!」
「まさか、『聖域』が破れたということでいいのか?」
「餓鬼は死んだ、という訳でもなさそうだね」
2人の人と1匹のドラゴンが宙に浮かびながら驚愕の表情を浮かべていた。
そこは桐陵学園周辺の上空。
今まさに宙に浮かびながら話しているのは『憤怒』を司るアーク・ドラゴン、『嫉妬』を司るレヴィアタン、『色欲』を司るアラクネだった。
「それだけではない。おそらくだが、一瞬あの空間にある魔法現象が“全て”停止した」
「「なっ」」
「そして供給が途絶えた魔法を修復させる間もなく破壊しつくした。鬼や魔法少女の存在は消さず、ただ魔法を撃ち消しただけのようだな。ただ、その規模と“どんな魔法”でも容赦なく消し去るなんてな……」
「いったいそんなこと誰が……」
「あの魔力反応、わしにはわからんな。男だということしかわからん」
「おそらく」
「レヴィアタンはわかるのか?」
「まぁまぁ、アラクネ。そんな風に詰め寄らないでくださいな。こんな芸当ができるといえば今のところ一人しか思い当りません。彼ですよ、神内真理」
「あぁ……そうね。魔法を撃ち消す力を持ち、たしか呪いのせいで女になった彼。一度会ってみたいと思ってるのよね……」
「女になった?」
「あれ、アークドラゴン殿には言っていなかったか」
「殿は止めてくれ。わしより貴殿の方が力も年も上であろうに」
「まぁまぁ、そんなことはいいじゃない。魔法少女の呪いでそうなった、そう聞いてるわ」
「……もしもあれがそうだというなら。今は男に戻ってるぞ」
「まだ真偽はわかりませんが、となれば呪いさえも打ち消せるようになったという訳ですか。どんどん神の力へ近づきつつあるということですか」
レヴィアタンはそう言って手を頬に当てて考え込み始める。
「そんなこと言う前に、目の前のことを片づけてしまいましょ?」
「そうだな。うまい具合に結界が破れたことだ。今いる部隊を全部投入して中の制圧を図るぞ」
「そうですね。周囲には誤認識結界を……ともう施してありましたか」
「行きましょう、私たちにできることを」
アークドラゴンとレヴィアタン、アラクネは地上に降り立った。餓鬼の起こした騒乱を決着させるために。
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桐陵学園廊下。
真理が『事象改変』を使う前のこと。
一人のスーツ姿の男は右手を懐に入れたまま異形の怪物相手に孤軍奮闘していた。
「あああああ!めんどくせーな、おい。まったくアイツは自分の部下にどーいった教育してきたんだか」
スーツ姿の男、この桐陵学園の学園長を務める海道は心底嫌そうな顔をしながら左手を振るった。左手は人の物ではなく、大きなゴリラのように太く赤銅色に輝くその腕は、海道に不用意に近づく哀れな鬼を容易く吹き飛ばした。
「ここにいましたか、探しましたよ」
「ん?」
海道が振り向くと、そこには息を弾ませる舞島凛がいた。
「おおーフェル」
「はぁはぁ、あなたに万が一のことあったらと思うと気が気でなかったですよ」
「すまない。まさかいきなり餓鬼の野郎が襲い掛かってくるとは思ってもなかったよ。まぁ今は五体満足なんだからいいじゃないか」
「まったく。もう……」
「それよりさ、俺はアイツのことろに行かなければいけないんだわ。露払いを頼めるか」
「人使いの荒い人なんだから。いいですよ。私が無事に餓鬼の元へ送り届けますよ」
凛はそう言って胸に手を当てた。
紫色の光が凛の姿を覆い、その光はすぐに消えた。
そこにいたのは、菫色の着物を妖艶に着こなすぴくぴくと動く黄色い狐耳ともふもふした9本の尻尾をふりふりと振る凛だった。
「まったくけしからん格好だ」
「そんなこと言わないでくださいな。仕方ないでしょ、こうしないと力を発揮できないのですから」
凛はそう言いながら両手に蒼黒く燃え上がる火の塊:鬼火をいくつも作り上げる。
「サタン様に用がある方はまず私を倒してからにしなさい!」
凛は燃え上る鬼火を周りにいる鬼達へ投げつける。鬼火に触れた鬼はたちまち幻惑の火に包まれる。たとえ見かけ倒しの炎とはいえ、当の本人は実際に燃えていると錯覚し、熱と痛みを感じている。
「いつみても鮮やかな手際だよな」
「さぁ、行きましょう。サタン様」
「あぁ」
海道左袒、いやこの場合は元七つの大罪『憤怒』を司っていたサタンは、右手に封印してある刻印をそっと見た。
この力を使って、餓鬼を止める。そういう意思を持って、餓鬼へ足を進める。
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「はあああ!」
「やあああ!」
ほむらは炎を纏わせた蹴りを餓鬼へお見舞いする。
餓鬼の最大の防御手段『イージス』を破った今、ほむらと餓鬼を遮るものは何もなかった。
「『炎舞』」
「っ!」
蹴りを当てたほむらはその体勢から体をひねって地面に降り立ち、炎を纏わせた手刀を餓鬼に振り下ろした。
餓鬼は漆黒の剣をほむらの手刀に合わせて防御する。瘴気の刃と炎気の刃が交差し、衝撃を辺り一帯へ撒き散らす。
その膠着も一瞬で終わり、ほむらと餓鬼の両者はその衝撃に圧されるようにして飛び退いた。
「ついに見つけたわ……」
「……ほぅ。もしかして君はあの時の生き残りか、後藤ほむら」
「覚えているのね」
「ふふふ、覚えているも何も、わざと君だけを“見逃して”、魂がさらなる力を貯め込むように“仕向けた”のだからねぇ」
「っ!」
「なかなかいい感じに仕上がっているじゃないか。これなら、美食家な私も満足できそうなくらいだ」
「許さない。やっぱりお前は私の敵だ!」
ほむらは拳を振りかざしすぐにでも攻撃に移れるよう構える。ほむらの感情に合わせるようにして拳の炎は勢いよく燃え上がる。
アテネは体を起こし、ほむらの隣に立った。
「竜崎……!」
「私も戦う、いいでしょ?」
「構わないが、万が一は助けれるほど余裕はないぞ」
「そんなの構わないわ。どうやら、あなたにはこいつに因縁があるでしょうから」
「あぁ、餓鬼は私の復讐の相手だ」
「そう」
「行くぞ」
ほむらは拳を、アテネはグリフィンを手に餓鬼へ突撃する。
「厄介なことになりましたね。『憤怒』の意志を持つ少女が二人も合わさるとなれば……」
餓鬼は両手を重ね合わせ力を解き放つ。
「来たれ、『餓鬼道』」
餓鬼の周りの空間が捻じ曲がり異空間を創り出す。灰色だった学校の廊下の空間と赤黒い禍々しい空間とが入り混じり、“谷”が生み出された。負の意志が蠢くこの異空間にアテネとほむらは取り込まれた。
アテネとほむらはいきなり異空間に取り込まれたことに驚きもせずに宙に浮かんでいた体を器用に動かし丁寧に地面に降り立った。
「ここは……谷?」
「そうみたいだ」
ほむらはそう言って右手に魔力を凝縮させる。
「我の生命を喰らいて、ここに現出せよ。『火炎処女』」
ほむらの隣には焔を纏う一人の巫女服の少女が現れた。
「後は、力の限り叩きのめすだけ」
ほむらはそう呟いた。
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餓鬼の創り出した“谷”の外側。
魔力を使い果たし廊下の床に転がる真理に、ほむらについて来たあかりが近寄った。
「大丈夫?」
「あぁ、なんとか大丈夫です。魔力を使い果たしただけなので」
「そう。それと呪い解けたんだね」
「えぇ、つい先ほど」
「よかったね」
「そうですね」
真理はあかりに支えてもらいながらなんとか立ち上がった。
「ほむらちゃんはこの中だよね」
「えぇ、そうです」
「もしかしてアテネちゃんも」
「はい」
「それなら大丈夫かな」
あかりは少し不安げに目の前の歪んだ空間を見つめる。
「ほむらちゃんが復讐に完全にとらわれないといいんだけど」
あかりの言葉は誰にとでもなく宙を彷徨った。
真理はそんなあかりに言葉を掛けることができなかった。