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鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第2章 『餓鬼』の騒乱
90/123

35話 呪魂の解放

 ■■■


 今からどれくらい前になるだろうか。

 10年?

 100年?


 いや、そんなものでは語れないほど昔のこと。


 道歩くものみんなが生存競争において敵である世界。幾度となく起こる戦争を経て荒廃しきった世界。

 そんな世界で、餓鬼は一人、ただの漂う無力な霊魂から一つの鬼として生まれ変わった。


 しかし、他の皆が生まれながらにして力を得て、着実に生存競争の波に乗って行く中で、餓鬼は何もすることができないでいた。餓鬼の唯一の能力は“食べたものを自分のものとすること”。それはつまり食べなければ何もできないことを意味していた。餓鬼のいる世界は戦って勝たなければ何も手に入れることのできない。そんな世界で、取り立てて腕力に自信があるわけでない、知力謀略に自信があるわけでない鬼がどうやって生存競争に勝ち進んでいけるだろうか。いや、そんなのはただ獲物として狩られるだけの運命だった。


餓鬼は生まれながらにして飢えていた。他の鬼を倒し食べようにも、倒す術がない。落ちている何か食べれそうなものを探そうにも、他の鬼に食べられてしまっている。それに、下手に行動すると他の鬼に目を付けられて殺されてしまう。それが故に餓鬼は岩場に隠れるようにしてひっそりと生きていた。




 生まれてからどれくらい経っただろうか。

 餓鬼は地面に残るわずかな砂で生き長らえながら岩陰に身を横たえていた。常に飢え続けながら、いつか食べるということができれば、と願い続けていた。

 そして、転機は訪れた。


 餓鬼の潜む岩陰に近くで2体の鬼が互いの生死を掛けて戦った。その2体はよく戦い、そして最後には相討ちの形で戦いは終結した。その2体の鬼はそれぞれ地面に伏し、息絶え絶えだった。かろうじてまだ生きているが、もう体は動かすことができずすぐにも死にかけていた。

 餓鬼は戦いが終わったことを感じ、岩陰から身を乗り出し様子をうかがった。されど餓鬼の目の前には動くものは何一つなかった。


 餓鬼はその2体の鬼に近づき、匂いを嗅いだ。今まで嗅いだことのない、とても甘美で魅力的な匂いだった。今まで枯れ果てた泉に水を注ぎ込まれていくような、そんな感じを与えた。餓鬼は今まで自分が飢えていたことを知った。

 2体の鬼の内の1体を、餓鬼は恐る恐る手を付けた。どろりとした黒い液体が漏れ出て、餓鬼の手を濡らした。その液体は魔力の香りがぷんぷんとして、餓鬼は思わず啜ってしまった。餓鬼は生まれて初めて生きることの喜びを知った。こんなにおいしいものがあるものか、餓鬼はそう感慨深く思った。血を啜った餓鬼は、次に目の前でふよふよと浮かぶ白い塊に手を伸ばした。それはその鬼の魂だった。餓鬼はそれを口いっぱいに頬張った。餓鬼にとってそれは途轍もない衝撃を与えた。先ほど啜った血もおいしいと感じたが、何より魂は何にも代えられないほどの美味しさを誇っていた。餓鬼はその味に歓喜し、くちゃくちゃとおいしそうに咀嚼した。

 食べていくにつれて餓鬼は自らの体に力が湧いてくるのが感じられた。体の奥底にある魂の部分が熱く滾ってくるのがわかった。餓鬼は気をよくして次の魂へ手を伸ばした。

 そして、餓鬼は力を手に入れた。初めは“爪が硬く伸びる”と“炎が少し自由に扱える”だった。大して強くはなかった力だったものの、その頃の餓鬼にとっては破格の力だった。餓鬼はそうやって魂を少しずつ集め力を蓄え、やがて七つの大罪の『暴食(グラ)』を司るベルゼブブを喰い、見事『暴食(グラ)』を司る存在へ成り上がった。


 今思えば、あの時もしも2体の死に掛けの鬼達に出会わなければ今の自分はいないだろうと。

 餓鬼はそう思うのだった。

 今も昔も、餓鬼の信条はただ一つ。

 美味しい魂を食べること。

 ただ一つ、それだけだった。






 ■■■


「なっ、それは!!!」


 アテネは餓鬼の手に収まるものを見て一種の悲鳴のような声を漏らした。

 それは、麗奈が使っていたはずの2丁拳銃だったから。

 麗奈が使っていた法具ではなく、麗奈が自ら作り出した武器だったのだから。


「さーてさて、本気を出していきましょう 『イージス』」


 餓鬼は続けざまに魔法陣を展開させる。幾重にも魔法陣が餓鬼の体を覆い、魔力を通してみれば餓鬼の姿が見えないくらいに覆われていた。


「これはね、物理攻撃・魔法攻撃全てを防ぐ最強の盾。さっきみたいに私の体に傷一つ入れることができなくなったね、ふひひひ」


 餓鬼は顔を醜悪に歪ませながら湧き上がる楽悦に笑いを止めることができなかった。


「くっそっがぁああ!」


 アテネが魔法陣をいくつも展開し暴風の矢を放つが、餓鬼に当たる寸前で『イージス』に阻まれた。


「それならっ」


 真理が手のひらを餓鬼に向けて魔力を操作する。


「『無辺世界』」


 魔力を拡散させ魔法を無効化する魔法を餓鬼に向かって放つ。『無辺世界』により『イージス』は散り散りに砕け散るが、すぐに魔法陣が現れ『イージス』を再構築した。


「無駄! 無駄ァ!! 無駄ァア!!!」


 餓鬼は口をあけながら笑い、2丁拳銃をアテネ達に照準を合わせトリガーを引いた。

 ダンダンッ、と立て続けに発射される呪いの弾丸。黒い靄を纏った、本来なら想いを変化させた強い執念であるはずが持ち主が変わりただの気まぐれに生み出される災いをもたらすものとなってしまった呪い。それが弾丸となり、アテネ達へ襲い掛かった。


 アテネと真理は弾丸を器用に避けながら、餓鬼へ接近を試みた。




「全てを吹き飛ばす嵐をここに! 『暴虐の嵐』!」


 アテネの伸ばした手の先から真っ黒に染まる暴風が吹き荒れた。暴風は餓鬼の撃つ弾丸の軌道を逸らしながら餓鬼へ襲い掛かった。餓鬼は笑みを崩さないままそれを受け止めた。餓鬼の周りを守るように配置される『イージス』がすべてを受け止め、餓鬼の体には傷一つつかなかった。


「だから無駄だと言っているだろうに」


 餓鬼は2丁拳銃をそれぞれリロードさせ、今度は無秩序に撃ち始めた。放たれる弾丸のいくつかは地面に当たり跳弾となってアテネや真理に迫り来る。




 アテネは風魔法を使って弾丸の軌道を逸らし、真理は『アイギス』でせいぜい当たりそうになる弾丸を軽く弾いてなんとか弾丸の猛攻を防ぐ。麗奈であればこんな風にして呪いの弾丸を湯水のように使うことは不可能に近かったが、七つの大罪である餓鬼ならばこのようなことは片手間でできた。



 二人はなんとか弾丸を凌ぎながら前へ進む。

 しかし、弾丸を捌いている途中で、かすりでもすれば直ちに呪いの力を発揮する弾丸の一つがアテネの目の前に飛び出してきた。アテネは全体を薙ぎ払うようにして風魔法を放ったばかりでその弾丸をどうこう出来やしなかった。


「あっ、」

「アテネ!」


 どうこうもできず弾丸を身に喰らう未来を想像してしまったアテネをよそに、真理が飛び出して背中にアテネをかばった。真理は手を伸ばし、全力で弾丸を受け止める。


「はぁああああああああ!!」


 真理の『アイギス』と呪いの弾丸がぶつかりあう。麗奈とのファーストコンタクトの時は呪いの力を見極めきれずその身に呪いを受けてしまった真理だが、今度こそは呪いを受け切ろうと力を込めた。


 バチバチ、と黒い影が蛇のようにのたうち回り、真理の体に忍び込もうとする。それを真理は必死に抑え込む。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 真理はさらに力を込めて呪いを弾き飛ばそうとした。

 しかし、現実は非常だった。


 餓鬼はさらに2丁拳銃のトリガーを引き絞り、呪いの弾丸を放ち続け、気付けば真理の目の前にはいくつもの呪いの弾丸が殺到していた。


「真理!」

「くっそおおおおおお!」



 弾丸はアテネを庇うように立ちふさがる真理の体に当たり、呪いの力を撒き散らした。


「あ、ああああああああああああああああああああ!」

「真理いいいいいいいいいいいいいい!

 いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 真理が慟哭の声を上げ、アテネが悲鳴混じりの絶叫を上げた。


 餓鬼は以前として高笑いをしていた。







 ■■■


 ここは……


 一面真っ白な世界。私、いや俺はなにをしていたっけ。


 ……あぁ、戦いの最中だったね。

 餓鬼が麗奈の力を使って呪いの弾丸を操って、俺はそれを耐えきれなかったってところか。

 無様だな、俺は。


 俺は呪いを身に受けて思った。

 呪いって想いの力なんだな、と。

 想いがただの感情だけに留まらなくなって周りに影響を与えるようになったのが呪い。

 そう思うんだ。


 だったら、餓鬼の使っていたのは何だろう。

 麗奈だったら、アテネに対する思いが積もりに積もった呪いを使っていたけれども、餓鬼はどうなんだろう。自分の欲望に忠実で、それを実行するだけの力を持つ餓鬼が、誰かに対して何かを思うということはあるだろうか、と。

 と、すればこの呪いは?

 はたして、本当の意味で呪いなのだろうか。

 ただ、模倣しただけの何かではないだろうか。


 そう思ってしまうのだ。




 今、俺の体はどうなっているんだろう。

 呪いに蝕まれているのかなぁ。

 そもそもこの呪いがどういうものかによるか。


 はぁ、俺にもっと力があれば。

 こんな理不尽なことを正せるというのに。

 力には力を。

 アテネを守れるというのに。

 これでは、アテネの彼氏失格だな。

 あっ、今はそうじゃなかったか。女の姿になって、アテネとの距離が変わるかと思えばそうではなかった。むしろ一層アテネのことが愛おしくなった。元の姿なら別の愛おし方があるのにと思ってしまったほどだ。





 あぁ。

 全ての間違いを正せたら。

 全てを元に戻せたら。

 どんなにいいことだろう。


 俺がここで倒れるなんて。

 物語にはハッピーエンドが似合うように、この現実にも悪を正義が倒すということがあってもいいじゃないか。

 別に俺が正義だと言い張るつもりはないが、一人の少女にためになら正義を気取るのも悪くない。


 もしも、神様がいるというなら。

 俺に力を寄こせ。

 アテネを、守るための、力を。







 ■■■


 真理の体が呪いの弾丸を受けてぐらりと揺れる。

 アテネは真理の体をぎゅっと抱きしめた。

 自分のことを庇って呪いを真っ向から対抗した真理。

 一発ならあの時とは違って防ぎ切れたかもしれない。

 でも、いくつもとなるとそれは別の話になってしまう。


 アテネは願った。

 もしも、神様がいるというなら。

 真理を助けて、と。





「う、うおおおおおおおおおおおお!」

「真理ぃ!」


 突如、呪いを身に受けたはずの真理が声を上げた。


 黒い靄が真理の体を覆い蝕んでいるというのに。真理は体に力を入れて抵抗している。


「私、いや、俺は」


 真理は絞り出すようにして声を出す。


「世界を、変えてやる」


 真理の体はゆるく白い光を放ち、それは周りの黒い靄を少しずつ払っていく。


「『事象改変(マテリアル・キャンセル)』!!!」


 白い光は辺り一帯を覆い、アテネや、少し離れたところで様子を見ている餓鬼をも飲み込んだ。









 光が学園全体を覆い尽くし、世界を改変した。

 魔力の元となる魔素の活動を一時的に停止させ、元あったものへ改変する。

 発動されていた魔法を停止させ、超常的現象を終わらせる。


 それが真理の新たなる魔法『事象改変(マテリアル・キャンセル)』だった。




 学園全体に発動されていた餓鬼の『聖域(サンクチュアリ)』が崩れ落ち、閉鎖環境だった桐陵学園は外と繋がった。鬼達が行きかうゲートは活動を停止し、新たなる鬼達は魔界へ戻された。


 真理の体に掛かっていた呪いは全て消え、アテネや餓鬼の体に纏わせていた魔法は残らずすべて打ち消された。



 光の中心に立っていた真理は、元の姿を取り戻して自身を背中越しに抱きしめていた少女へふり返った。


「ただいま、アテネ」

「おかえり、真理」



 二人はふふっと笑いあった。


 戦いは新たな局面へ移ることになるのだった。





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