30話 アビリティ
今回は名瀬勝利さんからのオリキャラを登場させました。扱いは魔法少女ではなく能力者ですがどうでしょう。
それではどうぞ。
■■■
鏡袷魅羅は一人教室を抜け出し、廊下を疾走していた。
魅羅は能力者であり、『嫉妬』と関わりが深い。先日魅羅は『嫉妬』の幹部の手からあるものを受け取っていた。いずれこの学園を襲う災厄に対抗するためのものを。
魅羅の前方をどこからか現れた鬼達が立ちふさがった。リスの姿をした鬼と、鼠の姿の鬼だった。どちらも人ぐらいの大きさで、ぱっと見は愛くるしい姿だった。
魅羅は表情一つ変えることなく、それらを手に持つナイフで切り裂き、その場を後にした。
そこには驚愕の表情をしたまま光の粒子になっていく2匹の鬼がいた。
魅羅がどんどん先へ進んでいくと、こちらを見ながら卑しい目で笑ってくる鬼達がそこにいた。
燃え盛る炎の衣に身を包んだ黒ずんだ肌の大男の姿をした鬼:食火炭とその隣に控える緑色の燕尾服を身に纏い歪な顔立ちのひょろりと背の高い人の姿をした鬼:執杖がそこに立っていて、その周りには背の低い小鬼がわらわらと集っていた。
「アイツヲ、トラエロ!」
「オオセノママニ」
「「「「キー!」」」」
その姿形の醜悪さに、魅羅は顔をしかめた。
「うわー気持ち悪っ! さっさと片づけてしまいたいところだけど」
魅羅は銀色に光るナイフを片手に能力を発動させた。
光を操作して幻を作ることができる能力:『鏡乱』。
自らの体に光学迷彩を施した魅羅は、鬼達の中へ突撃した。
「ギャー」
「キャー」
「ワー」
姿を消した魅羅が目標を見失った小鬼を次々と切りつけていき、その命を切り刻んでいった。
時折ポケットの中に入れてある小さな爆弾を投げつけて、小鬼の数を着々と減らしていった。
「ナニナンダ?」
「オソラク、スガタヲケシテイル、ノデショウ」
「ナントカデキルカ」
「オオセノママニ」
食火炭の傍を離れた執杖は姿の見えないはずの魅羅の位置を風の感触で掴み、そこへ研ぐに研ぎ澄ました鎌鼬を放った。
姿を捉えられているとは知らない魅羅は、突如放たれた鎌鼬を躱すことも防御することもかなわずに全身に浴びてしまった。
「うぐうううう!」
全身に及ぶ大きな鎌鼬を喰らい、魅羅は地面に倒れた。能力が解除され、その場にはおびただしいほどの血が流れ出た。
「あがああ、はぁあがっ」
魅羅は立ち上がろうとするが、全身が切り刻まれているため至るところから血が流れ出し、力が入らなくてすぐに地面に伏してしまうのだった。魔法少女であれば常に魔力の防護壁を展開しているため致命傷にはならないのだが、能力者である魅羅は能力が使えること以外はただの人間と同じだ。肉体は脆弱なままで、こういった攻撃にあっけなく瀕死に陥ってしまう。
「ヒャッヒャヒャ。ミジメナモンダ」
執杖は悠々と地面に伏す魅羅へ近づき、魅羅の頭を足で踏みつけた。
「ふぐぐうううう!」
「ドウナンダイ、イマノキモチ?」
「うううううう!」
執杖は不細工な顔にとても愉快な表情を浮かべ、ぐりぐりと魅羅を踏みつけた。魅羅はその暴虐を受け入れてただただ呻くしかできなかった。魅羅の手から銀色のナイフが力なく落ちて、からんと虚しい音を立てた。
「ナカナカイイオンナジャナイカ」
「ソウデスカ、ナラドウゾ。ジキカタンサマ」
執杖は食火炭へ譲るように魅羅から足をどけた。
魅羅はかすかに呻くだけで反応を示さなかった。
「イタダコウゾ」
食火炭はにやにやと卑しげな笑いを浮かべたまま魅羅へ圧し掛かった。食火炭の燃える衣により魅羅の制服は焼き焦げていく。
「アッチデハ、タベゴロノオンナハイナイカラ、ナ」
「ロリコンデスネ、ワガアルジハ」
食火炭に追従するように執杖は笑った。
食火炭が卑しげな笑みのまま人形のようにまったく動きを見せない魅羅相手に行為に及ぼうとした。
そこへ虚空から氷柱が飛び出し、食火炭の顔へ突き刺さった。
「ガアアゥアアアィアア!」
食火炭は油断していたところへの突然の痛みに、苦しげな悲鳴を上げた。
「こっちへ来て」
少年の声がしたかと思えば、魅羅の体が宙に浮いてどこかへ移動した。
「ナ、ナニゴトダ!?」
執杖は戸惑ったように辺りを見渡すと、教室の陰から何人かの生徒がこちらを見ていることがわかった。一人の女子生徒が手を動かすと、また虚空から氷柱が飛び出し執杖の顔へ襲い掛かった。その姿を確認した執杖は冷静にその氷柱を避けた。
「うわーだいぶひどいことになってる……」
「ちょっと塩田君。女の子の裸を見ないの!」
「すみません! でも、だって……」
「いいから、こっちに寄こせ」
「は、はい。小池先輩」
『念動力』を使っていた塩田は魅羅の体を小池の前へ動かした。小池はくるくるに捻じれた髪の毛を弄りながら傷ついた魅羅へ手を当てた。小池の能力は『生体活性』。簡単に言えば体を回復しやすくする能力である。小池からしてみればなかなかに奥が深い能力だと認識している。一時的に肉体の限界を超えた動きをさせたり、逆に相手の体の動きを阻害させたり、といったことへの応用が可能である。
小池は自らの能力を使って、魅羅の自然治癒力を引き上げて傷の回復を急速に早めた。魅羅の体にいくつも刻まれた鎌鼬の跡が次々と姿を消していく。小池の能力はあくまでも肉体の動きにだけ特化しており、いくら傷は治せても失った体力を回復することはできない。
傷が消えた魅羅は穏やかな表情を浮かべて意識を失っていた。
小池は黙って着ていた上着を魅羅へ被せ、敵の方へ視線を移した。
魅羅を瀕死まで追い込んだ食火炭と執杖の前に、二人の少女が立ち向かった。
桐陵学園生徒会副会長である雹坂霰と、桐陵学園生徒会書記である仁後智秋だった。二人は生徒会に属する上で、さらに能力者集団TEATROに属していた。この騒ぎにいち早く団結して敵である鬼から生徒たちを守るために立ち上がったのだった。
雹坂霰は制服をびちっと着ていて綺麗な黒髪を背中の中ほどまでまっすぐ伸ばしていた。取り立ててアクセサリーは身に着けず、その姿は清楚なイメージを与えた。
仁後智秋は霰に比べ頭一つ分小さく肩ほどで切り揃えられた明るめの茶色の髪が、智秋に明るい印象を与えていた。智秋のボッキュッボンな体型が霰のつるペタな体型と対称的だった。
「仁後さん、いけるわね?」
「うん、霰さんとなら大丈夫だよ」
二人は互いに頷き合い、目の前の醜悪な鬼達へ視線を向けた。
「ヒャヒャヒャッ、コイツラモマトメテヤラレニキタノカ」
「アルジドノ、ワレラノツヨサヲトントシラシメマショウ」
「ソウダナソウダナ」
食火炭と執杖はそれぞれいやらしい笑みを浮かべながら力を解放した。
食火炭は身に纏う炎の衣を操って炎の獣を形作り、執杖は風を操り鎌鼬を作り出した。食火炭の炎の獣は霰と智秋へ向かって飛び出し、その周りを執杖の作り出したいくつもの鎌鼬が追走した。
それに臆することなく霰と智秋はそれぞれ能力を発動させた。
霰の作り出したいくつもの氷柱が鎌鼬に当たり、執杖の鎌鼬の勢いを潰した。霰の能力は『氷礫の乙女』。指定した空間を急激に冷却して氷を作る能力だ。
食火炭の炎の獣は智秋の手から生み出された小規模の竜巻に巻き込まれて噴き散らされた。智秋の能力は『可憐竜巻』。風を操り竜巻を生み出す能力だ。
「ナ、ナンダトォ……!」
「いくよ」
「うん」
霰と智秋は食火炭と執杖へ接近してさらに能力を発動していく。
霰は手に氷の剣を生み出して、それを慣れた手つきで食火炭へ振りかぶる。剣道部にも所属している霰にとって剣は自らの分身のようなものだ。
一方智秋は足元に竜巻を纏わせ、高速移動を可能にして執杖に近づく。
食火炭は炎を操って霰へ抵抗するが、全ての攻撃を躱されて氷の剣の攻撃を喰らった。
黒ずんだ腕はその冷気に当てられ、あっけなく崩れ落ちる。霰は次々と剣撃を当て食火炭の体を砕ききった。
智秋はというと、同じく風を使う執杖と張り合い攻撃を仕掛け合うが、智秋の方が力は上でぶつかり合うたびに執杖は押されていく。
執杖は自らが押されていることに嫌気がさし状況を変えようと特大の攻撃を放とうとする。そこへ智秋が執杖の背後へ仕掛けておいたいくつもの竜巻を動かして執杖の体勢を崩した。そこへ竜巻の追撃を加え、執杖の体は智秋の竜巻によって散り散りに吹き飛ばされた。
「ふぅ、こんなところか」
「倒せたね、霰さん」
二人は笑い合いながら後ろに控える塩田と小池を振り返る。
「よくやったぞ、二人とも」
二人はそこにいないはずの男の声を聞いて驚いた。
「会長!」
「五光さん!」
そこには桐陵学園生徒会会長であり、TEATROのリーダーである『光の奇跡』の能力者。五光光一だった。
「まったく遅いぞ! 何してたんだ!」
「いやーちょっとね。野暮用があってね」
「まったくもーこんな大変な時に!」
「悪いね、二人とも。それと小池君と塩田君も」
「そうですよ、先輩!」
「会長らしくしてくれるとありがたいもんだ」
「はははっ……」
これでTEATROのメンバーはそろったのだった。