27話 行動開始
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アテネは突如現れた膨大な魔力と威圧感に手に持っていたシャープペンシルを机の上に叩き付けた。
今は数学の授業中だったが、あまりにも非常識な力にのんきに授業を受けていられなかった。
あまり大きな音は出なかったが、小さくばんっと机が音を鳴らすと、アテネの意識は戦闘モードへ切り替わった。
アテネはくるっと周りを見渡すと、同じように真理と早苗がアテネに顔を向けたところだった。
「何か嫌な予感する……」
アテネの言葉に二人は頷いた。魔力を感じられる者には突如現れた反応が途轍もなく嫌な予感を否応なしに感じさせられた。
「何が起きたんだろ」
「あーちゃん、わかる?」
「……わからない。でも何か前に一度似たような感じをした記憶がある」
「それは……」
「私が魔法少女になるきっかけになった、私の家で。一度魔法少女になった後に、昔あった家の跡地に行ったときに、かすかに感じられたの」
「……っ」
「そうなの……あーちゃん?」
「たぶんだけど、同じ感じがする」
「そう、か……」
「だから、途轍もなく嫌な予感がする」
アテネが嫌な予感を感じさせるものを特定しようと探知魔法を使っていると、突然頭の中に声が聞こえた。
『聞こえるか、みんな。今ここに七つの大罪『暴食』の餓鬼が降り立った。この学園にいる者たちを全員喰らうつもりだ。いいか、最後まで諦めるな。死力を尽くしてあれを潰す。あーっとそうだ。この学園は餓鬼によって外に出ることが叶わなくなった。そのつもりで行動しろっ!』
「「「!?」」」
アテネと真理と早苗はその言葉を聞いてびくりとする。感じられるこの膨大な魔力の正体が、七つの大罪『暴食』を司る餓鬼だというのだから。今まで一度も対峙したことがない七つの大罪を司る鬼が、突然現れた訳だからその驚きは大きなものだった。
「真理! 早苗!」
「行くのか?」
真理の言葉にアテネは大きく頷く。
「もちろん」
早苗はアテネの顔を見ながら少し不安げに尋ねる。
「大丈夫?」
それに対し、アテネは顔を少し歪ませながらかぶりを振る。
「問題ない。ただ目の前に現れた敵を倒すだけ、そうでしょ? それが例え“最強”の鬼といえども、鬼であるなら関係ないわ」
「そう。援護するわ」
「助かる」
アテネと真理、それに早苗と様子を見ていた大輔はどうやって教室を抜け出そうかと小声で相談しているところへ、学校中をサイレンの音が駆け巡った。
「これは……」
「今がチャンスよ!」
「了解」
これ幸いとアテネ達は教室を飛び出した。残された生徒たちはサイレンに驚き、飛び出していったアテネ達に疑問を持ちながらも何が起きたのか不安を覚えた。この時間数学の授業を担当していた鈴宮という教師はサイレンのなる直前に学園長からの直接の連絡を受け取ってあったので驚きはしなかった。彼は、海道学園長の素性を知る教師の一人だった。そもそも彼自身は人間ではなく鬼だった。もっとも人間に危害を与えるつもりは全くなく、かつてサタンに付き従い人間に混じることを選んだのだった。そのため今ではほとんど人間と言っても差し支えなかった。
「あれが……魔法少女達ですか。竜崎君や神内君などといった君たちの活躍を願ってますよ」
そうぼそりと呟きながら鈴宮は残された生徒たちを落ち着かせ対応させるべく声を張り上げるのだった。
そんな中、アテネ達と同じクラスの魅羅の姿はすでになかった。
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「これは……」
「ほむらちゃん……」
アテネ達が気づくのと同じ頃。3年生の教室で授業を受けるほむら達も感じられる膨大な魔力に気付いていた。
「これは、餓鬼……!」
ほむらは魔力の感じから魔法少女になった時から魂に刻み込んでいるものと同じだということを理解した。両親を惨殺し、自分さえも殺そうとした怨敵、餓鬼のことをほむらは否応がなしに思い出させた。
「ほむらちゃん、顔恐いよ」
「えっ、そう。ごめんね」
「ううん、そうじゃなくて。なんかほむらちゃんがどこかに行っちゃいそうで心配」
「……ごめんね。ちょっと頭に血が上ってたみたいね」
「うん、それでほむらちゃん。行くの?」
「……もちろん。そのために」
ほむらとあかりが小声で話している中二人の頭の中に海道学園長の声が聞こえた。
「どっちにしても行かなければいけなかったようね」
「私もついていくよ、ほむらちゃん」
「それじゃ、援護頼むよ、あかり」
ほむらとあかりは突如鳴り響くサイレンを耳にしながら教室を後にした。
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「むっ、ついに来てしまったか」
「そのようですね」
「学園を『聖域』で囲うだなんて、まるで中の獲物に逃げられないようにしているようだ」
「こちらも何かしたいところだが、これではなかなかアプローチができませんね」
「力技でごり押ししても時間がかかりそうだ」
「中の者達にはせいぜい頑張ってもらわなければ」
「そう、だな」
そこに集まり話をするのは七つの大罪を司る者達。『憤怒』のアーク・ドラゴン、『嫉妬』のレヴィアタン、『色欲』のアラクネの3人だった。彼らが集まっているのは餓鬼が暴れまわる舞台から少し離れたところにあるホテルの最上階。
「とりあえず先日何かあった時のために人員を潜り込ませておいて正解でしたね」
「これなら俺たちがすぐに駆けつけられなくともしばらくは持ちこたえられるだろう」
「それで、アーク殿。例の物は用意できたか?」
「あぁ、もちろんだとも。己の存在意義に賭けて腕によりを掛けた」
「よりをかけてできるもんなのか、それ」
「効果のほどは?」
「一応重罪鬼相手に使ってみたのだがな、一瞬で存在を消し去った」
「それは……」
「凄いわね……」
「いくらなんでも幾重にも障壁を作り出せる餓鬼とはいえ『憤怒』の力を存分に練りこんだこれを喰らえばたまったもんじゃないだろう」
「それは頼もしい限りだ」
「そうね、私たちがサポートしてなんとかそれを当てられる状況を作り出せば勝ちね」
「そうだな。もっともチャージに時間がかかるんだけどな。当てられる状況さえあれば一回で済む」
アーク・ドラゴンとレヴィアタンとアラクネは餓鬼を倒す計画を練り上げその準備をすでに整えていた。
「後は、あの中に入る方法だが」
「とりあえず私が頑張って干渉してみるわ」
「頼んだ、俺はあまり細かい作業は得意でないのでな。アラクネならば任せられる」
「そうだな。私はその間に周りをどうにかしてみるよ」
「それじゃあ、そういった分担ね」
「了解」
「問題なし」
そう言って、3人はそれぞれの仕事を果たすべく持ち場へ向かった。
災厄ともいえる餓鬼を倒すべく、魔法少女や鬼達が動き出した。
はたして結末はどう迎えるのか。
それは今はまだ誰もわからない。
それこそ、
神のみぞ知る。
神は餓鬼の騒乱をただ眺めるだけだった。