25話 戦いは病院で(4)
「いざ、参る」
ほむらは拳に蒼い炎を灯す。それと同時にほむらの蒼い浴衣が炎と同調して揺らめきそれ自身も炎のように輝いた。ほむらの顔に浮かぶのは、怒り。鬼への元々の嫌悪感に加え、『暴食』に属する鬼という事実が否応がなしに過去を思い出させてくるため、その怒りは燃え上っていた。
「ほぅ、君が使うのは“火”か」
アリストは目を細めて、ほむらの蒼き炎を眺める。そこには余裕が存在していた。たとえそれが未知の相手だとしても自らが仕える主以外に自分を打ち破れるのはいないと考えるアリストには、追い求め磨き上げた自らの力の自信があった。
アリストにとって炎という目に見える現象は何の恐怖の対象にならなかった。
「ならば僕がその火を消してあげよう、『装衣:耐炎衣』!」
アリストのその叫びと共に、その身を守るように翡翠色に輝く膜がアリストの全身を覆った。アリストの身に纏う白衣と同化し、その姿は翡翠色に染まった。
「さぁ、掛かってくるといい。君の火は僕には効かないだろうけども」
アリストの挑発に、ほむらは足元を爆発させることで一瞬で距離を詰め、拳を振るった。
その拳はアリストの白衣に触れた時点で硬いものに触れたかのように弾かれた。
「はははっ、君の攻撃は僕の鎧を崩すことは無理なんだよ」
「……なるほど」
ほむらは今何が起きたのかを冷静に判断した。
拳の炎は、アリストに触れた時点で打ち消され、ただの拳がアリストの頑強な肉体に阻まれたのだった。人間とは一線を画す力を持つ魔法少女とはいえ、魔力による強化がなければただの少女だ。アリストの鎧にはほむらの魔力の炎を打ち消す力があり、触れるだけで魔力は散らされてしまう。
ほむらはにやりと笑った。
「胸がむかつきを覚えるほど嫌な力だね」
「はっ、そうだろうそうだろう。炎を扱う君には僕を傷つけることはできない。“見た”ところ、君は炎属性の魔法しか使えないじゃないか。まだ先ほどの真理君の方がましだろうね」
「まったくめんどくさくて、そしてわかりやすい」
「はあ?」
ほむらは拳に再び蒼い炎を纏い直し、拳を構えた。
「あかり、そっちはどう?」
「うん、治療完了だよ」
あかりはほむらの呼びかけにのほほんとした声で答えた。あかりの治癒魔法により真理と黒岩の怪我は完全に回復していた。『天使を宿す者』として、あかりの治癒魔法は対象が死んでいない限り完全な姿に戻すことができる。真理はともかくとして、黒岩の怪我は見るに堪えなく普通に治療しても無事に生きる確率は低い状態だった。それをあかりは元の状態まで回復させた。
真理は自分が助かったことを運が良かったと感じていた。もし、病院にほむらとあかりがいなかったら。もし、自分の魔力の爆発に気付いてくれなかったら。いくら自動回復能力があるとはいえ、あまり過信はできなかった。敵の本陣である谷の中で倒れるという事態はあまりにも危険だった。
真理は自分の使い果たした魔力が戻っていることを確認した。
アリストの能力は様々な鎧を纏うこと。その鎧は雷を完全に打ち消したり、動きを加速させたり出来る。今だって、炎を完全に打ち消して見せた。いくらほむらとはいえ分が悪いだろうと思った。だからこそ、自分が『理の剣』で援護する必要があると感じていた。
「なら、あかり。そして、神内も。黙って見ていて」
「!」
「了解だよ、ほむらちゃん」
ほむらはふぅと息をついて自分の拳に軽くキスした。
「てっきり、真理君と一緒に来るのかと思えば」
「私一人で十分」
「はははっ、ずいぶんと舐められたようだな、一瞬で片を付けてあげよう、『装威:破砕斧』!」
アリストの本性を現すようなどす黒い斧がアリストの手に現れた。見るも禍々しい雰囲気を纏わせた、破壊の象徴がそこにあった。
「我の意思をここに刻むよ『蒼炎』、願うは敵の殲滅と浄化、力を貸して『原生の炎』」
ほむらの拳に纏う蒼炎は獣のように吼えた。一層蒼白く、一層激しく燃え盛り、触れるだけで何もかも蒸発させてしまうような炎がほむらの拳で唸りをあげた。
「ひゃっはっ、死ねぃ!」
アリストはどこぞのラスボスの吐いた暴言を叫びながら破壊の象徴であるかのような斧を振り回した。
それをほむらはひょいと躱し、アリストの懐に潜り込んだ。
「死ねぃ!」
アリストは斧を片手で引き戻し、もう片方の手でほむらに掌底を浴びせた。
ほむらはそれを蒼炎を纏う手で受け止め、バックステップして距離をとった。
「っつい、なんだと、こんな熱いのは……」
ほむらの蒼炎に触れた手はひどく焼け爛れていた。『装衣:耐炎衣』によりほむらの炎は無効化されるはずだというのに無効化しきれていなかった。
「効かないなら、それを上回る力で圧倒すればいい。ただ単にそういうこと」
「認めんぞ、僕の力が君に負けるだなんて! 『装衣:耐炎衣』」
アリストは再び『装衣:耐炎衣』を使い、翡翠色の鎧を上掛けする。
「これで終わりにする」
ほむらはアリストへ接近する。
そこへアリストは間合いに入るなり斧を嬉々として振るう。アリストの手の届かないところで自らの鎧を上回るような炎で焼き尽くされることを心配していたアリストは、わざわざ自分の得意な間合いに来てくれたことに笑みを浮かべた。『装威:破砕斧』の攻撃が防がれるのはわかっていた。自らの鎧を超えるような炎で『装威:破砕斧』が焼かれるのは想定内で、その一瞬の隙ができるのを待っていた。その瞬間にアリストが瞬時に作成できる『装威:破滅針』でほむらの脆弱な肉体を刺せば、この戦いは終わりになる。
ほむらは『装威:破砕斧』が迫り来るのを、アリストを飛び越えるようにして回避した。そして、そのままアリストの背中に拳を打ち出した。
「終わりだ」
「な、なんだとぉあああああああああああああああああああああああああああああ!」
アリストの背中に燃え盛る蒼炎を纏う拳が刺さった。『装衣:耐炎衣』が悲鳴を上げながら必死に抵抗するものの、ほむらの蒼炎はそれさえも焼き尽くしながらアリストの体を燃やした。ほむらの意思を反映した炎が、アリストという闇を浄化するように燃やし尽くした。
「……すごい」
真理はほむらの戦いを見て思わずつぶやいた。
「だって、ほむらちゃんだもの」
そんな真理のつぶやきに対してあかりは自信満々に返した。
アリストがほむらによって倒されその身を消滅させたと同時に、病院に展開されていた谷はゆらりと消滅し、真理達は元の場所へ戻った。
「はぁ、戻ったのか……」
真理は自分の力の至らなさに悔しさを感じ、黒岩は無事恵理に被害がなかったことに素直に喜びを感じた。
「ふぅ、少し疲れた」
「お疲れ様、『治癒の風』」
あかりはほむらに疲労回復にも効果がある魔法を使う。
「ありがと、あかり」
「どういたしまして」
ほむらとあかりはいつも通りだった。例え鬼と戦ったとしても。いつも通りにする、それが二人の間で決めた約束だった。
「さて、どうする」
「とりあえず、そこの子、えっと恵理ちゃんだっけ、事情を話さないとね」
「そう」
あかりは真理達と共に谷に引きずり込まれて怯えたまま隅にいた恵理に笑いかけた。
そんな中、真理は再度強くなりたいという意思を強めた。




