24話 戦いは病院で(3)
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「お前を倒す」
「ふふふ、やれるものならやっているといい。ただ、間違ってもこの谷には傷つけるなよ、誤って外に攻撃して病院にいる人たちを傷つけてしまうかもしれないからね」
アリストは余裕気に言い放つ。実際、アリストの張った谷によって真理の攻撃手段は削られていた。魔力を吹き飛ばす『無辺解放』を行うと、谷自体にダメージを与えるため、この場では使えない。自ずと、真理は接近戦を余儀なくされていた。
「神内、俺も戦うぜ」
「あぁ、助かる」
黒岩が全身から電撃をバチバチさせながら参戦を表明した。彼は怒っていた。今まで騙してきた院長、アリストに。
「二人でかかってくるといい。僕も本気で殺らせてもらうよ、『装衣:耐雷撃』!」
白衣を着ていたアリストの体を覆うように灰色の靄が集まり、鎧として為していた。
「いっくぜ!『雷槍』!」
黒岩の手に銀色に輝く電撃の槍が生み出され、黒岩はそれをアリストに投げつけた。
「電撃、ね」
アリストは飛来してきた『雷槍』を素手で掴み取った。
「今の僕には電撃は効かないよ。認識が甘いようだね」
「くっ、なら!」
黒岩は手のひらに電撃を集中させた。白銀の電撃は、黒岩の手のひらでバチバチと唸りを上げながらその大きさと勢いを増していった。膨れ上がる雷撃はやがて槌のような形に変わった。
「『雷撃の槌』!」
「無駄だと言っているじゃないか」
電撃の一撃をアリストは無感動に払いのけた。
「なんで……」
「今度はこちらから行かせてもらうよ」
アリストはにやりと笑みを浮かべて、瞬時に黒岩との距離を詰めた。
「っ、黒岩!」
「なんの!」
アリストの突進を真理と黒岩は軽々と躱す。
真理は『アイギス』を展開する準備をして万が一攻撃されることを警戒した。
黒岩は躱しながら電撃を手のひらの上に溜める。
「喰らいやがれ!」
雷撃と同化してアリストの背後に回り込んだ黒岩は電撃を0距離でアリストにぶつける。どういう原理で電撃を無効化しているかわからなかったが、さすがに至近距離から喰らえば効果あると思った。
しかし
「電撃は僕には効かない、そういったはずなんだけど」
0距離で電撃をぶつけられても、アリストは何事もないように動き、黒岩の体めがけてパンチを繰り出した。
「ぐはっ!」
腹から突き上げるようなアッパーに黒岩の体は軽く浮き、空中に浮く黒岩目掛けてアリストは左ストレートをかます。
「あがっ」
頬へ強烈な衝撃が走り、黒岩は口から血の混じった唾を吐き散らかす。
そんな黒岩へ右手を引きもどしたアリストがさらなる追撃を繰り出す。
「ひどい……」
真理は呟いた。
真理の目の前では一方的な蹂躙が行われていた。
真理にはそこに割り込む隙があるように思えなかった。拳打の嵐を一身に受ける黒岩を助けようとすれば、その矛先は間違いなく真理に向かうであろう。真理の『アイギス』はたしかに物理攻撃にめっぽう効果を示すが、連続した攻撃を受け止めるには心もとない。あの拳打がどこまで放てるのか、それがわからない限り黒岩を助けるのは愚策だと思った。
「だけど」
しかし黒岩をここで見捨てるのは忍びなかった。元来鍛えてあったのか黒岩はまだ生きていた。今黒岩に注意が向いている今が最大の攻撃チャンスだった。
「我と、盟約の契約を交わせ、いかなる時も我の力と為せ! ここに『理の剣』現出しろ!」
真理は自分の武器として以前呼び出した『理の剣』を目の前に呼び出した。
純白の剣を手に取った真理はアリストの背後へ突進した。
「はははっ、今の気持ちはどうだい。力を封じられて僕にいたぶられて、どんな気持ちだい?」
「あがっ、がふっ」
「もうしゃべるだけの力が残っていないのかい」
「あぁ…あがががっ」
アリストに殴られ黒岩の顔はすでに変形していた。血と涙と涎にまみれ、地面に伏していた。
「まだまだ、これからですよ」
「あがっ」
アリストが地面に伏す黒岩を蹴り付け、その体を浮かした。
「はあああ!」
そんなアリストの背後から真理が『理の剣』で切り掛かった。
『理の剣』がアリストの背中に刺さり、ばりんとガラスが割れるような音を立てて灰色の靄のような鎧の背中の部分が剥がれ落ちた。
「くっ」
「やあああ!」
真理が再度切り付け、それをアリストが腕でガードすると腕の部分の鎧が壊れ、アリストの白衣の袖を貫通して黒い血が噴き出した。
「くそっ、君の剣は僕の鎧さえも切れるのか!面白い」
アリストは悔しそうな表情を浮かべ、真理を睨み付ける。
真理は『理の剣』を構えなおした。
「ならばこれでどうだ『装衣:風鎧』」
アリストは力を使い、その身に風を纏う。ごぅと唸りをあげて風がアリストの身を守るように集まり、アリストの体はすっと浮いた。
「ふんっ」
「!?」
それは刹那だった。
真理の目の前にいつの間にかアリストがいて、拳を真理の腹に当てていた。
「がはっ」
真理が『アイギス』を発動させる前にアリストは拳を振るっていた。
「ふふふっ、やはり知覚できない速度では抵抗できないようだね」
「くっ」
真理は口元を拭った。口の中が胃液と血が入り混じっていたが、そんなことを気にしているだけの余裕はなかった。
「『アイギス』!」
「ふっ」
「ぐあっ」
真理が腹に『アイギス』を掛けて腹をガードしたところ、それを読んでアリストは真理の背後から強烈な蹴りをかましたのだった。
真理は痛みに顔をしかめながら剣を振るうものの、アリストはそれをひょいひょい躱し、反撃を加えてくるのだった。
いくら『理の剣』がどんな魔法でも切り裂き、振るえばどんなに硬いものでも切り裂けるとはいえ、当たらなければそれは意味のないことだ。
真理は『理の剣』を握りしめながら、痛みに苦しんだ。
真理の自動回復能力が発動し、目立った外傷は周りの魔力を取り込んで回復していくが、痛みに関してはそうではない。真理の体には痛みがどんどん蓄積していくのだった。
「いくら殴ってもある程度で血が出なくなるというのもなかなかであるな」
「……」
「おやおや、もう声も出せなくなってしまったか。黒岩君も含めてもう少しやれると思ったんだがね」
真理は剣を杖代わりにして地面にへばりつき、黒岩はとうに地面に崩れ落ちていた。真理はまだ意識があったが、黒岩はかろうじて生きているという状況だった。
「さて、お遊びはこれくらいにして。邪魔者にはご退場願おうか」
「まだ……だ」
「そのように地面に這いつくばった状態で何ができるというのですか?ぜひそれを見せてもらいたいところですね」
アリストが拳を振り上げるのを真理は黙って見つめながら、最後の手段として『理の剣』にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
『理の剣』はその刃を真っ白な光を輝かせる。そして、『理の剣』は周りの魔力を震わせた。現象だけ見れば爆発、と表現する方が近いだろう。
その爆発は谷を大いに揺さぶりながらアリストを襲った。
「何を……!」
アリストは力を使って新たな鎧に身を包み魔力の爆発から身を守った。
「ふふふ、真理君。それが君の足掻きなのかもしれないが、僕の邪魔をするには至らなかったようだ」
「それでも……構わない」
「ふむ。それはどういう意味かね?」
「その答えは……すぐにわかるさ」
アリストは少し首をひねったが、気を取り直し拳を握りしめた。
「まぁいい。それではお別れの時間だ。あのお姫様は大事に使わせてもらうから安心していいんだよ」
アリストはにやりと笑みを浮かべた。
「それでは、さようならだ」
アリストは真理と黒岩に拳を振るった。
ガンッ
「ふむ、まだ力を残していたのか」
「あぁ……だけど…これでもう、すっからかん……だ」
アリストの拳は真理の最後の魔力を振り絞った『アイギス』に阻まれた。
「まったく無駄な足掻きだ」
「時間稼ぎには、なったさ……ほら」
「ん?」
アリストがふと顔を上げると、どんどんと近づいてくる足音が聞こえてきた。
「何奴だ?」
「後は……任せた」
真理ががくりと力を抜くとともに、アリストの目の前に二人の少女が現れた。
「ほぅ」
「神内真理。たしかにその意思は受け取った。後は私たちに任せておけ」
「あらあら、神内君。こんなに傷ついて。そちらの子もひどいね。ちゃっちゃと治しちゃうね」
真理の魔力の爆発により異変を感じたほむらとあかりがこの場に駆け付けたのだった。
「さて、鬼よ。私が相手だ」
「面白い、相手をしてやろう」
ほむらは拳に炎を灯した。
戦いの火花は選手交代して再び切って落とされた。