22話 戦いは病院で(1)
■■■
真理と黒岩は電車に乗り込んだ。
「それでどこに行くつもりだ?」
「それはだな、神川市立病院までだ。そこに、恵理がいる」
黒岩は手を強く握り締めながら言った。
「その恵理って子はなんなんだ?君とどういう関係なんだ?」
「そうか、まだ言っていなかったか。恵理は俺の幼馴染でさ、体が悪くて病院に入院している。本当なら高校に通ってる年齢なんだが、体が弱くて高校には行けていない。あいつも本当なら行きたいんだろうけどさ、無理はできないってわかってるせいか、一度もそう行ったことないんだ」
「ふむ。それで、それと、私の力を借りたいということにどういう因果関係がある?その子の体を治すことは私には無理だぞ。この力は魔法とか超能力とかを弾き飛ばすとかなら出来るけど、消すのはあまり得意じゃないし、それ以外はできないぞ」
「あぁ、いや実はだな。恵理の体を蝕んでいるものはもう見当がついている。そして、それが魔法によって作り出されたものだということも」
「それで、私に消してもらいたいと」
「そういうことだ。あと、猶予は1ヶ月ないからな」
「……ということは」
「余名1ヶ月。そう診断された。だから、俺はなんとしてでも恵理を助けたいんだ」
シュウウウウ
電車が空気の抜けるような音を立てて停車する。
真理と黒岩の間には沈黙が漂っていた。
「……そうか。だから焦ってるのか」
「あぁ。そうなんだろうな。俺はどんな手を使ってでも恵理を助けたい。だから、先日は悪かった」
「いいって。過ぎたことは気にしないから」
真理は手を顎に押し当てながら言った。
「それで、君は恵理が好きなのかい?」
「え、えっぇぇぇ! 俺は、俺は」
「ほぉう」
「いや、だから好きとかそういうのじゃねぇし。その……なんだ、情? いや、違うな、なんていうんだろうな。家族、に対する気持ち、だな」
「ふぅーん、そうか。家族、ね」
真理は懐から飴玉を一つ取り出し口の中に放り込んだ。
「そうそう、思ったんだが、なんか一昨日、昨日と口調変わってないか? 何かあるのか?」
「ん……そう?」
「なんだか、男っぽい言葉使いになってきているように感じるんだが」
「だとすれば、やっぱり戻ってきているのか」
「戻ってきてる?」
「話したでしょ? 私が呪いを受けて女になったこと」
「あぁ、聞いたな」
「本当はカエルに変える呪いだったんだけど、それを打ち消すつもりで抵抗したんだけど、あえなく女性になってしまったんだ。で、たぶんだけどようやくその呪いが解けかけているんだ」
「呪いについては全然知らないんだが、それって凄いんだろうな」
「さぁ、どうだかな。解けかけているのはありがたいけど、このまま消えなかったらと思ったらぞっとするよ」
真理は溜め息をついた。
「今まで平凡だと思っていたところに魔法や能力を消せる力があると分かって。今度は呪いに掛かって。本当はた迷惑な話だよ」
「ははっ、俺は生まれてからこの力と付き合っているからあんまりだな。最初の頃は確かにいろいろとあったけど、今ではそういうのはないからな。同情するよ」
「ありがとう」
『まもなく、梅木町。梅木町です。右側の扉が開きます。』
「もうか」
「まぁ、二駅だしね」
シュウッ
『梅木町。梅木町です。』
「さぁ、降りよう」
「あぁ」
■■■
神川市立病院。
そこにはここら一帯の病人や他の病院から回された病人が集められた大きな総合病院だった。
腕利きの医者が集められ、今もどこかの部屋で診察や手術が行われている。長期入院のためのベッドも多く、そのために案内板を見ないとどこに何があるのかわからないほど難解な構造になっていた。迷子になる人も多く、至るところに案内板があった。
黒岩はその恵理の見舞いということで受付をもはや顔パスのごとく通り、真理はその後をついて行った。
廊下を歩き、ちょうど来たエレベーターに乗り込んだ。
「神内」
「何?」
「俺は絶対に恵理の体を蝕む根源を消せ、とは言わない」
「……ん」
「でも、できるだけのことはして欲しい。お前にいきなり戦いをふっかけた俺が言うのもなんだが、あいつを助けたいんだ。そのためなら俺は命でも投げ出す覚悟がある」
「わかった。私も出来る限りのことはしてみる」
「ありがとう」
エレベーターを降り、黒岩の後を付いていく真理は、向かいから見たことのある人達を見つけた。
「こんにちは、後藤先輩、九条先輩」
「おや、神内か」
「こんなところで会うのも初めてだね、神内くん」
向かいから来たのは、後藤ほむらと九条あかりだった。
去年あった『水蛇の女王』及び『常夜の姫君』の事件以来何度か顔を合わせていたが、こうして病院でばったり会うのは初めてだった。彼女らは真理が呪いを掛けられたことは知っており、その様子を見に来たことがあった。そのため、女性の姿をしていても真理が真理であることはすでに知っていたのだった。
「誰かのお見舞いですか」
「あぁ、ちょっとな」
「うん、私の知り合いがね、ここに入院しているの」
「そうなんですか」
「神内はどうした?」
「私も知り合いの見舞いに付いてきただけです」
真理が立ち止まったことに気づいた黒岩は何があったのかと戻ってきた。
「知り合いか、神内」
「あぁ、そうだよ。こちらがその知り合いです」
真理はほむらとあかりに黒岩を紹介した。
「……ん。能力者か」
「!」
「後藤先輩、彼が能力者であること言いましたっけ」
「いや、私にはなんとなくだが能力者の気配とかがわかる、それだけ」
「さすが、後藤先輩というか……」
真理はほむらの察知能力に嘆息した。
「どういうことだ、神内。この人も能力者を知ってるのか?」
「うん、まぁいろいろあるんだよ。ですよね、後藤先輩、九条先輩」
「あぁ」
「うん」
真理はほむらとあかりが魔法少女であることには触れず、そう纏めた。
「それじゃ、私達はこれで失礼するよ」
「呼び止めてすみませんでした」
「何、大したことじゃないよ。それじゃ」
ほむらとあかりはエレベーターへ消えていった。
「それじゃあ行こうか。それでどこなんだい?」
「あぁ、こっちだ」
黒岩は勝手を知っっているように歩き、ある病室の前で立ち止まった。
「ここが恵理の個室だ。神内、お前は俺の友人という設定だからな。余計なことはしゃべるなよ」
「設定ってなんだよ。まぁ、わかった。好きな子の前だからいい格好見せたいんだろ?」
「べ、べつに好きってわけっじにゃいし」
「あっ、噛んだ」
「……行くぞ」
「はいはい」
黒岩は病室のドアを右に開いた。そして中にずかずかと入っていった。その後を、真理は行儀よく入っていった。