20話 緩やかなる光の中で
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私は、鬼が憎い。
なぜなら、私の家族をめちゃくちゃにしたのは、鬼だったから。
私の家族が無理心中したことは、すでに知っていた。しかし、私は魔法少女になってその裏側に隠されたこと知った。
私の両親を殺したのは、激しく取り立てた男達二人、お父さんに借金を押し付けたお父さんの友人とその家族、ではなかった。取り立ての方はその消費者金融の中に鬼が入り込み、そっと気付かれないように絶望をまき散らすよう仕掛けていた。その鬼は別件で存在が明らかになり、魔法少女による討伐が組まれたが、すでに逃亡して行方をくらませていた。私のお父さんに借金を押し付けた友人はもっとひどく、私が身勝手な復讐を遂げようと乗り込んだ時はすでに全員息絶えた状態だった。状況を詳しく調べたところ、ずいぶん前から鬼と接触しており、それから逃れるように何度も何度も転居を繰り返していた。私のお父さんは、たまたま借金を抱えていた友人に巻き込まれただけだった。
全ては、鬼が原因だった。
結局、“私”に鬼がそんな目に合わせようとしたのかはわからないし、誰がそんなことを仕組んだかもわからない。ただの偶然かもしれないし、計画の内なのかもしれない。
それでも、とにかく言えること。
それは、私は鬼という存在が憎い、ということだ。
以前、元七つの大罪の『憤怒』を司っていた海堂左丹と協力したこともあったが、私は彼と近くにいることは正直苦痛だった。あの時はそうする他なかったし、隣に真理がいてくれたからこそ耐えられた気がする。鬼としての力を放棄し悪事に使おうとしない様子だったというのも一つのポイントだったかもしれない。
私の家族の死の本当のことを知り、魔法少女として活動して出会う鬼を見るたびに私は憎悪を膨らませた。
なんとおぞましく、浅ましく、憎たらしいことか。
そんなものが私の目の前に存在するということが許せない、というところまでなった。
私はその反動か、“鬼を狩る”ということにのめり込み、いつの間にか『鬼狩り』という二つ名を戴くまでなった。鬼を狩れば狩るほど、鬼という存在に憎悪を募らせていくということに気付かないままだった。
そして、私は憎悪を募らせた挙句、私の中に眠る欲望『憤怒』を目覚めさせてしまった。
その結果が、あれだった。
この暗闇の中で、私は思考を確かにしながら引きこもっていた。
手を伸ばせば、ここから出られるだろう。
でも、私は怖かった。
変わり果てた自分を見ることが。
変わり果てた自分を見られることが。
今度は全てを破壊してはしまわないか。
1度起きたことは2度3度繰り返す。
私のお婆ちゃんはそう言っていた。
だから、気を付けなさいと。
私には気を付けてどうにかなることじゃないと恐怖した。
出来ることなら、このまま闇に身を任せていたい。
このまま消えてしまいたい。
『もし』という言葉がでてくる。
もし、私の両親が生きていたら。
もし、私の両親の死に鬼が関わっていなかったら。
もし、そんなことを知らずにいたら。
もし、鬼がいなかったら。
全てが変わっていただろう。
少なくとも、今とは違った世界だっただろう。
両親が死ななかったら私は普通の少女だっただろうし、両親の死に鬼が関わっていなかったら私は『鬼狩り』の二つ名はもらっていなかっただろうし強すぎる力を持て余すことはなかっただろう。
全てはIFの世界。
私は、そんな世界を夢見ながら、この世界を生きている。
そうやって、何度も何度も思考を重ねていく。
答えのない答えを求めて。
意味の無いことを何度でも。
その中で私はある疑問が浮かび上がる。
もし、私がこうなったことを仕組んだ犯人がいるならば、一体それは誰か。
世界は自分中心ではないことは重々わかっているが、ついつい考えてしまう。私が誰かの仕組んだレールに乗っかって、魔法少女になって鬼を狩ってこの力を手に入れてきたのだとしたら。
それは誰で、何のためなのか。
そう考える度に自分に問い掛ける。
私は、何のために生きているの?
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アテネが意識を失って、夜になり朝が来た。
それでも、アテネは目覚める気配を見せなかった。
「アテネ……」
真理はアテネが眠るベッドの傍でアテネの顔を眺めながら呟いた。
「……今日はずっとここにいよう」
真理はそうつぶやきながら、自分の携帯電話を取り出し、一番信頼できる相手である安倍にメールを送った。自分とアテネが本日の授業を休む旨を簡潔に書いて。詳しい事情については伏せておいた。安倍なら触れないでくれるだろうと思いながら。
「アテネ……目を覚ましてくれ」
真理は祈るようにアテネの手を握り締めた。
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夕日が辺りを照らす頃。
真理は依然としてアテネの傍にいた。
いつ、アテネが目を覚ますか、気になってしょうがなかった。
麗奈と魅羅は学校が終わるなりすぐさま来てくれた。
それでもまだアテネは目覚めない。
ベッドに眠るその姿は、普段見せる雰囲気とは裏腹にあどけなく、そして儚げだった。
真理は自身のか細い手でアテネのこれまたか細い手をぎゅっと抱き締めた。
早く、アテネが目を覚ましますように、そう願いを込めて。
真理は自身とアテネを繋ぐ魔力の糸が見えることに気付いた。その糸は真理の心臓の辺りから伸びてアテネの心臓の位置へ伸びていた。一年前『水蛇の女王』を倒す際にアテネと契約したことにより、真理とアテネは常に魔力を通して繋がっていた。普段は見えないこの繋がりが、この時はっきりと真理の目に写った。
真理は糸を軽く握り締めて、思い込める。
もう、何も怖くないんだよ、と。
私は、アテネのことを信じているから、と。
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とくん
私は暗闇の中で急に振動がしたことに驚いた。
外界との接触を遮断するこの闇が、震えたからだ。
私は、この闇の中でずっと自問自答を続けていた。
そして、明確な答えが出ぬまま、この悶々とした時間を過ごした。
何か行動すれば答えは出るかもしれない、でも私は行動して何か取り返しのつかないことになるのは怖かった。
誰か、私の手を引いてくれたなら。
そう思ったりした。
私が殺伐とした魔法少女生活を送っていたさなか、ある一人の不思議な少年に出会い、そして私の生活は一変した。
彼との生活はそれまでのものより楽しく色鮮やかだった。手放したくないと思った。
そして、私は彼を失うということが起きてしまうということに恐怖しt。
もし、私が何か間違いを犯したら。
もし、手に負えない鬼と出会ってしまったら。
そうしたら、私は彼を失うことになってしまう。
それが怖かった。
彼には戦うために力はない。
彼の力は、本来守る力だ。
戦う力ではない。
対する私の力は壊す力。
敵も味方も、壊してしまう力。
だからこそ、私は彼と一緒にいると、彼を失うことになってしまいそうで胸が傷んだ。
もう彼を失いたくない、そう思う。
だからこそ……
そんな私の前に一条の光が現れた。
一本の儚いまでに細い糸。
それが私の胸に繋がっていた。
その糸から、とくんとくんと暖かな光が流れ込んでくるのがわかった。
私は確信した。
あぁ、これは真理なのだと。
私がここで塞ぎ込んでいることを心配して、信じてくれる。
私は真理のその心が嬉しかった。
私は、彼が好きなんだと再確認した。
紛れもない、これは私と彼の一つの“真理”なのだと。
私の心が暖かさで包まれると同時に、周りの闇がだんだんと光に包まれ薄くなり消えていく。
そして、私は緩やかな光に包まれながら、意識が上昇していくことを感じた。
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「……ん」
アテネは目をぱちりと見開いた。
目に見えるは、見覚えのある天井。白い壁紙に覆われた落ち着きのある天井。
アテネはここが自分の部屋であることを理解した。
ふと、傍を見てみれば、アテネの手を握り締めながら突っ伏している真理の姿があった。
呪いのせいで儚げな少女の姿をしているというのに、この時ばかりは以前からの男の姿であるように見えた。
アテネは真理の様子にくすっと笑いながら真理が目覚めるのをじっとその場で待つことにした。
そして。
「んみゅ……あれ、アテネ?」
「おはよう、真理」
「あぁ、おはよ……って目が覚めた!?」
「うん、ずっと看病してくれたんだね、ありがとう」
「あぁ、どういたしまして。体の方は大丈夫?」
「たぶん大丈夫。ずっと寝ていただけだし」
「そうか、それなら安心」
真理はアテネから握っていた手を離し、立ち上がった。
「そうか、もうこんな時間か」
「そうみたいね。空ももう真っ暗だし」
「それじゃあ、ご飯を食べようか」
「うん」
アテネはベッドから布団を剥ぎ、するりと立ち上がった。しばらく寝ていたせいか、体がよろけたが、真理がすぐに支えてくれた。
「ありがとね、真理」
「アテネはしばらく寝ていたから、体にいいものがいいね。何がいい?」
「うん……カレーライス、とか」
「随分飛ばしてるね。でも、まぁ食欲があるなら何よりだよ」
真理にエスコートされながらアテネは階下へ降りた。
次回は12月1日(土)0時を予定しています。