18話 燃えさかる炎
「お姉さま……」
麗奈は目の前の光景に思わず声を漏らした。
そこには、禍々しいほどに黒く染め上がった蝙蝠のような翼と同じくどこまでも見通すことができないほどの黒に染まった身長ほどに長い爬虫類のような尻尾を生やし、その上で魔法少女のコスチュームを纏ったままのアテネが、わずかに浮き上がりながら炎を灯した大鎌を振り下ろした状態で、こちらを見てにやりと歪んだ笑みを浮かべていた。
「どうしたの?」
アテネはそう嘯いた。自分自身が何をしたのか、麗奈達が何を見ているのか、それをよくわかった上でアテネは問い掛けた。
「竜崎さん、それは……!」
魅羅が震える声を絞り出す。
「これ、ね。まさにドラゴン、よね」
アテネは笑みを消して諦観の表情を浮かべた。
「お姉さま、何があったんですか?」
麗奈は変わり果てたアテネをじっと見据えながら聞いた。
アテネは先程のことを思い浮かべた。
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「私は許さない」
アテネはそう言って握っていたグリフィンにありったけの力を込めた。それは魔力だったり、感情だったりだった。
アテネの中で、怒りの感情がふつふつと煮えたぎっていた。
人を人と思わないクロワールの言動への怒り。
希望を体現する魔法少女から、欲望のままの存在である魔女へ変えられた少女の姿への悲しみ。
助けを求めるものに対し、自分は破壊しか与えることができないことの悔しさ。
絶望をまき散らす鬼という存在への耐えがたいほどの憎しみ。
それらが入り雑じって、アテネの中で強大な怒りを生成されていた。
そして、アテネの持つ力『竜の力』の根底にある『憤怒』の存在へ作用し、『竜の力』を暴走させた。
通常時のような無理のないようにある程度制限して解放するのであれば、アテネは『憤怒』の力を纏い、その姿にはほとんど変化はなく膨大な魔力を得て瞳が金色に輝く。
意図的に『憤怒』の力を流し込み自らの姿をドラゴンに変え膨大な力を得る奥義があるわけだが、アテネは幾重にもロックをかけ、かつ『水蛇の女王』との戦いで初めて使って以来より厳重に封印してきた。
しかし、それが、不完全な形ながら封印が解け、『憤怒』の力を体に流し込んでしまった。
さらに、一度流し込んだ時は紅いドラゴンに姿を変えたが、今回はどす黒い怒りを体現しているかのごとく漆黒のドラゴンの姿に半分なっていた。
「……!」
クロワールは目の前にいる魔法少女が黒いドラゴンとなり『憤怒』そのものとなろうとしていることに驚きの声を上げようとした。しかし、その一介の鬼をも消し飛ばしてしまいそうなその姿に恐怖して声が出なかった。もうすでに知識の探求なぞ考えもつかないほど、存在の危機を感じ取りただその恐ろしさに体を震わせた。
「許さない……」
アテネからは怒りの感情以外の感情が抜け落ち、ただ顔には歪んだ笑みを張り付け、振り上げられた赤く炎を灯す大鎌グリフィンを無表情に見つめ、それを無感動に振り下ろした。
すでにアテネの『憤怒』の存在が放つ恐怖に捕らわれ動けなくなったクロワールに、怒りを筆頭するアテネの様々な感情を乗せた一撃が放たれた。真っ赤に燃え上がる炎が、クロワールの体に振り落ちるやいなやその炎はクロワールの体を燃やした。一般的に炎には浄化の力があるといわれるが、この炎は浄化を通り越して、消滅をもたらした。クロワールの体だけでなく、その力、その存在さえも燃やし尽くし消し去った。
「私は……貴方達鬼を……絶対に許さない……」
炎が燃える間、アテネの口からそんな言葉が漏れ出していた。
「お姉さま……」
意識が真っ白になっていく中、アテネはその声を聞いて今自分が何をしたのか気がついた。それまで感情に任せ、何も感じ取っていなかった頭が一瞬にしてそれまでの自らの行いを認識した。
だからこそ。
「どうしたの?」
アテネは麗奈達に何もなかったように嘯くしかできなかった。自らが感情に任せ力を奮い、あまつさえ醜悪な姿へ変えてしまったことに、目を向けたくないという感情からだった。
「竜崎さん、それは……!」
アテネは魅羅の言葉に、これ以上触れないでほしいと思いながら、言われるよりも先に言葉にした。
「これ、ね。まさにドラゴン、よね」
アテネは自分の言った言葉に、自分の姿を再確認した。やってはならないことをしてしまった、そう思った。
「お姉さま、何があったんですか?」
麗奈の言葉に、アテネははたと気付いた。
自分がしてはならないことをしてしまったのは感じているが、なぜこうなってしまったのか全く見当もつかなかった。
「私は、なんで……」
たしか、あの白衣を着た犬に対して、アテネは怒りを抱いた。それと同時に悲しみ・悔しさというった感情を抱いた。そして、今までため込んできた鬼への憎しみが込み上げてきたのを覚えている。
今でもその感情は後を引いたまま残っている。
しかし、そのことと、自分が無意識の内に『竜の力』を解放し、『憤怒』の力を取り込んでしまったこととが、結びつかなかった。
「私は……」
自分だけだったらよかったかもしれない。でも、感情の赴くままに力を奮ってしまったところを麗奈達に見られてしまった。そのことに対する後悔と絶望がアテネの頭を覆い尽くしていく。
「わt……」
アテネは目の前がどんどんと真っ暗になっていくのを感じることなく意識を手放した。
「お姉さま!」
「竜崎さん!」
麗奈と魅羅はいきなり倒れこんだアテネを見て叫びながら近寄った。
アテネからはすでに漆黒の翼と尻尾が消え去っていて、アテネの表情からは表情が抜け落ちていた。
「どこか安全な場所に運びましょう」
「でも、どこに……?」
麗奈達がどこに運び込もうかと悩んでいるところで、一組の少女と青年がどこからともなくぼこぼこになった校庭に降り立った。
少女はアテネの姿を見るなり、目にもとまらない速さで駆け寄ってきた。
「アテネ!」
その少女は麗奈達から奪うようにしてアテネの体を抱きしめた。
「よかった、無事で」
突然のことに驚きを通り越していた麗奈と魅羅は目の前にいる少女が誰なのかようやく気付いた。
「何か変だと思ったから、魔力をたどって来てみれば……私がいればこんなことに!」
アテネを抱きしめる、神内真理はアテネをお姫様だっこしながら立ち上がった。
「……とりあえず、私の家に行こう。それからだ」
次話は11月17日(土)0時を予定しています。