17話 その身に宿す思いが示す結末
アテネのグリフィンとクロワールの爪が交差して甲高い音を響かせる。
「あああああああああああ!」
「がああああああああああ!」
互いに攻撃をぶつけ合い、息もつけぬほどの攻防を繰り広げる。
「さっさと、死ねえええええええええええ!」
「がああああああ!私はまだ死ぬわけにはいかないんだよおおおおおおおお!」
紅くその刃を輝かせたグリフィンが、暴風をまとってクロワールの肉体を傷つけていく。クロワールはズキズキとする痛みに顔を歪めながらも、豪腕を持って爪を振るいアテネを傷つけ鮮血で爪を染め上げる。
「はああああああああああああ!」
嵐のような攻防の中、アテネは一際大きく叫びながらグリフィンを振り、クロワールの爪を打ち据えた。
その衝撃にがりっと、音を立ててクロワールの爪は割れて砕け散った。
クロワールは痛みに顔を一層しかめながら、大きく後ろへ飛び下がった。
「・・・なかなかですね。正直、この姿になっても勝てる気がしません」
「そうか」
アテネは血だらけになった自分の姿を見た。思ったより怪我の量が多くて万全とは程遠いが、まだ戦えるほどの力を残していた。
アテネはグリフィンを刃にこびり付いたものを払うようにして軽く振るって、クロワールをじっと見据えた。
「クロワール、といったか。お前はなぜ、こんなことをしたんだ?」
アテネの問い掛けに、クロワールは苦笑しながら答えた。
「そんなの一つに決まっているでしょうに。私は、私自身が知り得たいと思ったことを愚直に研究しただけですよ。私は目の前にある問題に対して貪りつくようにそれを解き明かしたかった。そのためならなんだってした。例え自分の身を糧としてもね。それでも、私は知りたかったんだよ、この世界の真理を」
クロワールは手を掲げた。
「君達は怒っているだろうね、なぜその魔法少女にひどいことをしたのだと。だが、私には理解できないのだよ」
「なに・・・?」
「世界の真理にまた一歩近づけるのだぞ!そんな魔法少女を犠牲にしただけで、私達はまた一歩知り得るんだ!そんな“大したことじゃない”ことを、なんでそんな躊躇わなければいけないんだい?そんな魔法少女なんて五万といるじゃないか。たかが一人、魔女に姿を変えたとしたって大勢にはまったく影響の無い話だよ。むしろこちらからすれば、その一人のおかげで世界を知り得るのだから、どちらがお得なのか君だってわかるだろう?そもそも君達には被害がないのだから、いいじゃないか。まったく全体、そんなことで怒りを覚えるだなんて、私にはとうてい理解ができないよ」
静かに暴風が吹き荒れた。
アテネは顔をうつむかせたまま静かに佇んでいた。グリフィンを携え、至って静かに。無言のまま。何も言葉にすることなく。
アテネは、とても怒っていた。
「・・・ふざけないで欲しいわ。大したことじゃない?世界の真理?まったく貴方を許さない!」
アテネの体から赤いオーラが立ちこめ、その周りに暴風を撒き散らす。
「・・・いいわ。そういうのなら、私だって、私のやり方で貴方を裁く。貴方は私を完全に怒らせた!」
アテネは真っ赤に燃え上がるグリフィンを頭上高くまで振り上げた。
「私は許さない」
怒りに身を委ねた少女は鎌を怒りに染め、その力を振るった。
■■■
「はぁ・・・っ!」
麗奈は幾度となく銃撃を『殺戮の少女』に浴びせ、行動の自由を奪おうとしていた。
けして消し去るほどの威力ではなく、あくまで動けなくすることを念頭に。
しかし、『殺戮の少女』はその身がたとえどんなに傷つこうとも、衝動を抑えることができずに暴れまわるのだった。
「もう止めてよ・・・凛」
「ガアアあああああああああああああああああああああああ!」
『殺戮の少女』は血と汚れに黒くなっていく刀を縦横無尽に振るいながら咆哮を上げた。すでに人間としての存在を失い、殺戮衝動のままに暴れ回る獣だった。
「・・・もう魔力がほとんど残ってない」
魔力を銃弾に変えて放つ麗奈にはもう魔力は残されていなかった。
銃弾が撃てなければ、『殺戮の少女』を止める術を失う。
「くっ!」
麗奈は『殺戮の少女』の放つ斬撃を躱すものの体力の限界が来ていた。
「あっ」
麗奈は回避の途中で足を捻り、そのまま体勢を崩した。そこへ『殺戮の少女』の振るう刀が殺到した。
ふわり、と見えない何かが麗奈の体を持ち上げ、その場から飛び下がった。そこへ『殺戮の少女』の斬撃が殺到し、地面に穴を開けた。
「大丈夫?」
麗奈を助けたのは、いままで逃げ隠れ隙を伺っていた魅羅だった。魅羅は能力『鏡乱』を使い、光を屈折させて自分の姿を隠していたのだった。アテネの方は心配ないと感じた魅羅は、戦いの全体を見渡して絶体絶命だった麗奈のところへ助けに来たというわけだった。
「うん、ありがと」
「麗奈さん、体力的に無理そうだけど、使えるカードはまだ持っているかしら。無いと逃げ惑う羽目になるんだけど」
「一応、あります。ですが・・・」
「使わないと、死ぬわよ。それと、竜崎さんは大丈夫そうだから。安心して、こっちに専念して」
「・・・わかりました。それでは魅羅さん、もう少し姿を隠したままというのは可能ですか?」
「大丈夫よ」
「それでは、合図したら解除してください」
麗奈は覚悟を決めて、拳銃の一つをしまい、ポケットから銀色に光るケースを取り出した。
「これは、使いたくなかった。でも・・・!」
中に入っていた幾つかの銃弾から一つを選び、その銃弾を残された拳銃に入れた。
がしゃりがしゃりと音を立てて、発射準備が完了したことを確認した麗奈は悲痛な表情を浮かべる。
「魅羅さん、OKです」
その言葉で、麗奈の姿は再び現れ、解除されるやいなや『殺戮の少女』はそちらの方へ振り向いた。
「ごめんね。私の想いを形にして、この想いを貴方へ届かせて」
麗奈はトリガーを引いた。
「『呪いの銃弾・永遠の別れ』!」
ダーン、と乾いた音を立てて、真っ黒に染まる弾丸は真っ直ぐ『殺戮の少女』の胸元へ飛び込んだ。『殺戮の少女』はそれを、反射的に切り落とそうとした。しかし、その弾丸はその斬撃をものともせず、じわりじわりと『殺戮の少女』の胸元を目指す。
「があああああああああああああああああああああ!」
『殺戮の少女』はその弾丸をなんとかして切り払おうとすると共に、その弾丸は真っ黒の球体としてどんどんと大きくなり、そして『殺戮の少女』を押しつぶした。『殺戮の少女』の体はその球体に包み込まれるようにしてその身を封じられた。
麗奈の放った『呪いの銃弾・永遠の別れ』。麗奈のたった一つの、そして最強の力を誇る『呪いの銃弾』だった。麗奈の、凛に対する想いを込めるに込めた弾丸で、その弾丸は対象の身を完全に封印する。想いの強さと見合っただけの強さだった。
麗奈は『殺戮の少女』を封じることができたことに安堵と悲哀の入り交じった感情を弄んだ。そして、体の限界に地面に崩れ落ちた。
「お疲れ様」
「あぁ・・・うん」
魅羅の言葉に力なく答える麗奈。
二人は、突如鳴り響いた衝撃と轟音に顔を見合わせ、その現場を見た。
そこには、赤い大鎌を振り下ろした少女と、少女の前に立ち尽くす真っ赤に燃え上がる炎の塊が存在した。
その少女は、麗奈達を振り返り見て、にやりと歪な笑みを浮かべたのだった。
次話は11月10日(土)0時更新予定です。