4話 真理の通う学校にて
*2014.10.09に完全改稿を行いました。
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次の日。
真理はいつものように朝早くに目を覚ますと、寝起きとは思えないほどしっかりおした足取りで家事をこなし始めた。今日は平日。これから学校へ向かわなければならず、親もいないとなると当然の如く朝の時間の間に家事をこなさなければならない。家事と言ってもそう大層なものではないが、前日出したものの洗濯や目につくところの掃除などは朝のうちにやってしまうのだった。
「じゃあ、行ってくるよ」
真理は玄関で寝ぼけまなこをこすっている居候の少女に声をかけた。
「そうだ、竜崎は学校行かないのか? そもそも魔法少女ってどうなんだか知らないけど」
「心配しなくてもいいわ。いろいろと事情があるのよ」
「そうか、そいつは悪かったな。そうだ、ほれ」
真理はそう言ってアテネに何かを投げる。アテネはそれに目をくれることもなく自然にキャッチした。
「なに、これは?」
「家の鍵だ。何個かあるから竜崎が一個持ってていいぞ」
「そう、ありがたくもらっておくわ」
「あぁ、そろそろ時間だから行くよ」
真理は自分で家の鍵を閉めて、歩いて十分もかからない学校へ向かった。
まだ寝巻の姿のアテネは、すでに学校へ向かった真理の姿をリフレインしながら独り言ちた。
「……そうだ、たしか彼はあそこの学校に向かったんだっけ。それは好都合だわ」
アテネはにやりと笑みを浮かべ、くしゅんとかわいらしいくしゃみをした。
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真理は余裕を持って学校に着いているため、教室に入るといつも片手で数えられるほどしかいない。今日はなんと2人しかいなかった。その内の一人が、真理が心の置ける友人の一人だった。
「よォっ!」
その友人:安部大輔は教室に入ってくる真理に気付くと、手元の本から目を離し声を掛けた。
「おぅ。今日はどんなの見てるんだ?」
「今日はこれだ。大したことないぞ。あまり良くなかったな。絵が好みだけあって中身がこれでは正直がっかりだな」
大輔は真理に手に持っていた雑誌を渡した。その雑誌は漫画雑誌のようなもので、開いていたページにはまだ小学生ぐらいの少女が【自主規制】していた。もちろんであるが、その雑誌は成人指定された代物である。
「大体キャラが合わない。もっと天真爛漫な方がいいと思うのに」
「さいですか……」
真理がおざなりな返事を返すと、大輔はにやにやとした笑みを浮かべて真理へ顔を向けた。
「そうそう今日のはお前にピッタリのものを持ってきた」
「どれどれ……」
「いや、こっちの方はさすがに今出すと委員長に見つかると没収される代物だから後でな」
「今のも危ないんじゃないのか……? まぁ、わかったよ」
「さて、お前が来たってことはそろそろ委員長が来る頃かな。最近来るの早いんだよなーおばさんは帰れって」
「ははは……」
「まったく幼女に『おにいちゃん、変態!』って言われるなら止めるけど…… いや言われたいがためにやるけどな」
「まったく、大輔らしいな。清々しいほどのロリコンめ」
「ロリコンなんかじゃない、俺は紳士だ。ふぅ、まったくなんであの委員長に叱られなければならないんだ……15過ぎたら年増だ年増」
「ねぇ、だーれが年増かな~ 大輔ぇー?」
話をしてて気付かなかったが後ろに真理が心の置ける友人のもう一人が立っていた。
「うげっ、聞かれていたかっ」
「ばっちり聞こえてましたがー」
「別にお前のことじゃないからな、後ろ手に隠した竹刀でなぐるなよ」
「あれ~このクラスで委員長って言ったら私しかいないよねぇ。どういうことかしら」
「だから違う話だって」
「問答無用!」
哀れな大輔へ、満面な笑みを貼り付けた少女は竹刀を振り下ろした。大輔はするりとそれを避けるが、途中で竹刀を止め、柄で殴りかかられては避けることは叶わず、大輔は衝撃のままに地面にひれ伏した。
「っ、痛てぇー」
「訂正したら許すけどなー」
「はいはい、委員長さんはお若く美しいお嬢さんです」
「それでよろしい」
大輔と委員長:柴早苗の毎度恒例の口論はそのやり取りを以てようやく終わった。
「まったくお似合いだな、大輔と委員長さんは」
真理はそんな二人へ感想を囁いた。
「何を言うんだい真理。滅多なことは言うなよ」
「そうだよ、なんでこんなロリコンなんかと」
「俺はロリコンではない、紳士だと言っている」
「じゃあ変態紳士ね」
「余計にひどくなっている!」
「仕方ないでしょ、大輔のことなんだから」
「どうにかしてくれよ、真理」
「なんで俺に振るんだよ……」
「まさか……真理はロリコンじゃないよね?」
「そこから!?」
真理をも巻き込んだ言い合いは一時間目が始まるまで続いた。
真理と大輔と早苗は小学校からの幼なじみで、互いに気の許せる仲である。大輔と早苗ととは家は隣同士という訳ではなく、互いに少し離れた位置にある。小さい頃はしょっちゅう互いの家に遊びに行っていた。さすがに年齢が上がるに従って回数は減ってきてはいるが。
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「とぉこぉろがどっこい、著者はこの意見に対して……」
壇上で大きな声を出して重要箇所を強調する男性教師。一時間目の現代国語を担当する福山先生の授業だ。彼は大きな声を出すのと同時に大きく地面を踏み込む。その踏み込みは剣道をやっている人顔負けのもので、どんと力強い音が教室中に響き渡る。しかし、彼は剣道部の顧問ではあらず、山岳部の顧問というのに対し疑問を感じる人も少なくない。
閑話休題。
そんな授業中に真理は考え事にふけていた。いや、半分夢の中だったといってもいいかもしれない。それはまるで考え事している夢だった。その考え事というのは当然の如く家に押しかけて来たアテネの事についてだった。自分が知らないものを引っ提げてきたのだから当然とも言える。真理の頭ではアテネから知り得た情報はあまりにも多すぎた。
だいたい、魔法少女という存在自体が自分の常識を覆すほどのモノであると真理は思った。そこに加え、アテネが言うところの未知の能力が自分に備わっていると知らされてしまえば、どうすればいいか考えに没頭してしまうのも仕方ないかもしれない。
「おーい、起きろぉ。珍しいな、神内が寝るなんてな」
先生の話も碌に聞かず、まして教科書さえ目を通しているように見えない真理へお叱りの言葉が飛ぶ。
「あっ、はい。すいません」
居眠りとも考え事とも言えるが、どちらにせよ授業に集中していなかったには変わりなかったため、真理は素直に謝った。最前列で、且つ真面目なことで信頼を勝ち取っている真理が授業に集中していないというのは目立つのだった。
結局、真理は何度か注意を受けて授業は終わりを迎えた。
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それから、もう一つ授業を挿んで午前中の授業が終わった。真理は相変わらず難しげな表情で考え込んでいたが、さすがに昼食の時間ということで気分を切り替えているところで、唐突に一人のグレーのパンツスーツを着こなした女性に呼び止められた。彼女は教頭の白鳥だ。
「神内真理君かしら?」
「はい、そうですが」
「そう、よかったわ。ちょっとあなたのことでいろいろとあるんだけど、まだ準備が整ってないのよ」
「そうなんですか? どんなことで?」
「まぁ、ここじゃちょっと、ね。準備が整い次第呼び出すことになると思うから心構えだけしておいて、ね」
「えぇ……わかりました」
「それじゃ」
彼女は自分が言いたいことだけ言うと颯爽と立ち去っていった。
「……なんの話なんだろうな?」
真理は疑問に思うものの、すぐに目の前の昼食へ思いをはせた。
「おっ、今日の日替わり定食は生姜焼きか」
真理と大輔はいっしょに食堂で昼食を食べていた。
「おいしそうだな」
「だろ? 真理は……いつも通り焼き魚か。好きだな、それ」
「安定の焼き魚だ」
この学校の学食はレベルが高い。食べ物のバリエーションが多いのだ。生姜焼きや焼き魚だけでなく、基本な料理が揃っている。中には普段見られないような料理もある。
「そういえばさっき白鳥先生に呼ばれたけど、なんだったんだ? なんか確認していたようだったんだが」
「なんか話があるんだってさ、よくは教えてもらえなかった」
「ふぅーん。白鳥先生ってあんまり話したことないだけでないが、何を考えているのかわからないな」
「同感だ。白鳥先生だけでなく他の先生にも多いと思うな」
「あまり生徒に干渉してこないのがいいところだ。そうそう、ほいコレ」
大輔は鞄の中から中に箱が入っているビニール袋を取り出し、真理に手渡した。
「おおっ! コレは……」
「そう、お前にピッタリのやつだ。まだ初心者にはライトな方がやりやすい」
「ありがとな」
「どうもどうも」
ビニール袋に入っていたブツは、R-18指定のPCゲームのCD-ROMで、いわゆるエロゲーだった。
「だけど、家に同居人がいるからやりづらいんだよな」
「同居人がいるのか。それは大変だな」
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「ふふふーん、ふーふふん」
道端を歩く一人の少女が鼻歌を歌っていた。その少女の手には大きな荷物が詰められた大手デパートの袋がぶら下げられていた。
「ふふーふふふーん」
少女は荷物を持ったままくるりと一回転して見せる。そう、少女はとても機嫌が良かった。自分の思い通りに事が運び、その上知りたかった情報の一部を手に入れることができたからだ。
少女は人通りの少ない道を歩く。機嫌よくスキップを踏みながら。
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そして、一日の授業が終わった。
真理は教室で部活に行くクラスメイトを前に帰り支度をしていた。大輔は山岳部、早苗は剣道部だ。真理も一応テニス部に入っていることになるが、入部して二週間ですでにもう行っていない。あまり興味を抱けなかったためである。
だからこそ、幽霊部員の真理は一人帰途に着くのだった。
真理が家に入ると、アテネはいなかった。
いると思っていた真理は、どこか呆然とした心持で家の中へ入った。