13話 キリング・キティ
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アテネと魅羅は校舎を後にして校庭を突き進んでいった。
そんな二人の後を、人間業とは思えない速度で追いすがる少女がいた。
その名は『殺戮の少女』。七つの大罪『暴食』を司る餓鬼の配下の手によって作り出された魔女。
アテネは後ろを振り向かずに牽制の魔法を放つ。
「『風の一射』」
風の矢は『殺戮の少女』の体の中心を目掛けて放たれていた。
それを『殺戮の少女』は手に持つ刀で一閃して消し飛ばした。
『殺戮の少女』はひたすらにアテネを追いかけては刀を振るう。
速さが自慢の風の魔法の扱いに長けたアテネでさえもこのままでは追いつかれてしまうと思った。できればもっと広くて周りに被害の出ない場所で殺り合いたかったが、この場で戦うしかないと決断した。
アテネは地面に足を叩きつけるようにして急停止し、くるりとからだを振り向かせた。手に愛用の鎌型法具:グリフィンを呼び出しながら、同時に魔法の詠唱をする。
「『風よ』!」
アテネが完全に振り向くと同時に、『殺戮の少女』は2刀を器用に操りながら斬り掛ってきた。アテネの魔法が『殺戮の少女』の体を吹き飛ばそうとするのを『殺戮の少女』は重心を低くすることで攻略し、アテネに2刀の旋風を叩きつける。アテネはそれをグリフィン1本だけで丁寧に捌いていく。
「あなたは何者なの!?」
アテネは疑問の声を上げる。
「ワタシはマジョ。それイジョウでもイカでもない」
「ふーん、魔女か」
アテネは大きくグリフィンを振り回した。
「ならば遠慮はいらないね。遅延魔法発動」
アテネが使った遅延魔法とは、事前に詠唱を済ませておくことで魔法の発動を短縮する魔法のことだ。ただしこれには繊細な魔力操作と持久力が必要となる。アテネはこの校庭に来るまでに遅延魔法をセットしておいたのだった。
アテネがセットしておいた魔法は『風蓮槍』。アテネの左手には風の槍が生み出され、右手にグリフィンを構え、『殺戮の少女』を見据えた。
『殺戮の少女』はアテネに接近し、眉ひとつ動かすことなくただ機械的にアテネに刀を振るう。それをアテネは合わせるようにして左手の『風蓮槍』と右手のグリフィンを同時に操ることで『殺戮の少女』の攻撃を全て弾いていく。隙を見てアテネは『殺戮の少女』自身に攻撃を加えることによって、『殺戮の少女』のドレスは真っ赤に染まった。
「ナカナカやるじゃないカ」
『殺戮の少女』にダメージは入っているはずなのに『殺戮の少女』は痛みを感じることはなくその顔に笑みを浮かべた。その笑みにアテネは一抹の恐怖を覚えた。
『殺戮の少女』はニタニタ笑いながら言葉を紡ぐ。
「拘泥するアクイよ ここに刻まれしキヲクを糧に そのアクイを解き放て 『狂乱の宴』」
『殺戮の少女』の口から唱えられた言葉が魔力を伴って魔法として姿を形作っていく。
アテネにはどのような魔法かは想像もつかなかったが、どことなく嫌悪感を覚えた。自分が知っていて、それでいて知りたくもなかったモノ。
「『吹き飛べ』!!」
アテネは自身に風魔法を使い後ろに飛んだ。
刹那、『殺戮の少女』の魔法が完成した。
「オドリクルエ」
『殺戮の少女』の目の前からどす黒い球体が現れた。大きさはビー玉ぐらいだったが、それはみるみると大きさを増していった。
「ケ餉餉ケケ餉餉エ餉餉袈餉餉毛餉餉エケk!」
『殺戮の少女』の口角から泡が噴き出ていた。それに気づかずに『殺戮の少女』はケタケタと笑っていた。
アテネは笑い狂う『殺戮の少女』の姿に一握りの恐怖を感じた。できることならば関わり合いたくなかったという感情を抱いた。アテネは腰を低く落としいつでも攻撃を加えられるような体勢をとった。
『殺戮の少女』が放った『狂乱の宴』のどす黒い球体は、運動会に使われる大玉の大きさにまでなった。表面は波打つようにうねうねと蠢き、その球体からは尋常じゃない量の瘴気が漏れ出ていた。
「ケケッ、スベテをノミコメ『狂乱の宴』」
『殺戮の少女』は刀をどす黒い球体に差し込んだ。どすっと音を立てながら球体は刀を飲み込んだ。
どす黒い球体から何本もの触手が現れ、ちろちろと動いた。まるで『殺戮の少女』の意思を汲んでいるかのように。いくつもの触手が『殺戮の少女』の体に取りつき、『殺戮の少女』の体は黒いオーラに包まれた。球体がすべての力を『殺戮の少女』に流し込む頃には『殺戮の少女』は漆黒のドレスに、見つめていると吸い込まれそうなほどの2つ黒色の刀が握られていた。
「あああああああああ!」
『殺戮の少女』はアテネとの距離を一瞬に詰め刀を振るった。
「我を守れ!『風の守り手』」
アテネの目の前に吹き荒れる風が現れ、アテネの体を守ろうと攻撃を受け止めた。しかしそれは一瞬しか持たず剣撃の勢いに風は押し負けてしまった。
「くっ・・・!」
アテネは苦悶の声を上げる。『風蓮槍』を投げつけて牽制しようとしたが『殺戮の少女』はそれを切り払った。
アテネは再び襲いかかる『殺戮の少女』を魔力強化したグリフィンで受け止める。
「アハッ、そのまんまシんじまえ!」
『殺戮の少女』は笑いながら刀に魔力を送り込んだ。その魔力に反応して一層多くの瘴気があふれ、アテネは顔を顰めた。一歩間違えば新魔法少女であるアテネであったとしても精神にきたすほどのものだった。
「う・・・ぁ」
至近距離から瘴気を浴びせられ、アテネの手から力が抜けていった。それは微々たるものだったが、均衡していた戦いに衝撃を与えるものだった。
アテネのグリフィンが押し負け、アテネは刀の一撃を受けた。
じゅっ、と音を立たて切られたところが焼けた。アテネのコスチュームを貫通し、アテネの肌に焼け跡をつけた。
「やばっ」
「あははははははははははははははははは」
『殺戮の少女』は満面の笑みを浮かべて2撃、3撃と斬りかかった。
そんな中、『殺戮の少女』の目の前に黒い物体が投げつけられた。
「避けて!」
「ジャマ」
『殺戮の少女』がそれを切り払うと、大量の煙が撒き散らされた。
アテネは大きく後ろに飛び下がって距離を取った。
すると、アテネはいきなり誰かに抱きつかれた。
「邪魔だったかもしれないけど、見ていられなかったから」
「いや、助かったわ鏡袷さん」
『殺戮の少女』は咆哮を上げて煙を剣撃で薙ぎ払った。
「あの・・・ちょっと抱きつかれたままだと暑苦しいんだけど」
「わかったけど、手は離さないよ」
魅羅は身体に回した手を解きながら、それでいてアテネの体から離すことなしに手を握った。
「ありがと、それじゃ私は」
「まぁ待ってよ、息を整えるくらいいいでしょ?」
魅羅に強く手を握られて、アテネは飛び出すのをやめた。
アテネは『殺戮の少女』の様子に首を傾げた。
なぜなら『殺戮の少女』はあらぬ方向に向かって刀を振り回したからだ。
アテネは何が起きているか理解ができなかった。
なぜ、『殺戮の少女』は目の前にいるはずの私に背を向けているのか。
何かまた魔法を使ってくるつもりなのか?
アテネがふと後ろにいる魅羅を見ると、魅羅はやっと笑みを浮かべた。
「ふふふっ、今私が能力者だということを忘れているね。私の能力は『鏡乱』。光を操作して幻を作ることができるの」
「だから・・・ってじゃあなぜ私達は奴に認知されていないわけ?」
「それは、同時に私達にステルスかけているからだよ。だからあの魔女?さんは幻相手に攻撃しているワケ。もっともこちらが攻撃加えると意味なくなるからね」
「つまり時間稼ぎに向いているのね、あなたの能力」
「うーん、むしろ直前まで姿隠せるから奇襲にむいているんだけどな」
アテネは改めて魅羅の顔をまじまじと見た。
「貴女には戦うだけの覚悟はある?」
アテネの言葉に魅羅は心外だという表情を浮かべた。
「当たり前でしょ、この稼業やっている時からそういったもんは身に付けているんだよ」
「そう、なら役に立ってもらうわ。もう少しステルスは掛けっぱでいられるね?」
「もちのろんだよ。存分に準備していいよー」
「ならば・・・!」
アテネはグリフィンを地面に突きつけた。
「我は盟約を交わした者 かつて土地を暴風で荒れさせた力を今ここに 内に秘めたる力を解放し、我の力となせ 翠鰭竜憑依召喚!」
翠の眩い光がアテネの体を包み込み、アテネの体から一際強い輝きが流れ出し始めた。
アテネの破れていたコスチュームは光に包まれ元のままに戻り、突き立てたグリフィンは一層濃い翠色に包まれそれ自体が威圧感を放っていた。
「ふぅ、行くわよ!」
アテネはふっと軽く足に力をいれた。そrだけでアテネの体は『殺戮の少女』の背後まで飛んだ。
「吹き荒れろ『風崩斬』!」
アテネは振りかぶったグリフィンを、溜めた力を放出するように袈裟懸けに振り下ろした。
ザンッ、と音を立てて『殺戮の少女』の背中がぱっくり割れた。纏っていた瘴気が一旦切り払われ黒いオーラがその一撃で一時雲散霧消した。
「ガあああああああああああ」
『殺戮の少女』は多大なるダメージを食らったにもかかわらず後ろをくるりと振り向き、反撃を加えようとする。
「ふんっ」
両袈裟懸けに振り上げられた斬撃を振り下ろしたグリフィンの柄で受け止めた。
ざくりと音はするものの翠鰭竜のオーラに包まれた法具グリフィンは傷一つつけることなく受け止めた。
「あああああああ、あああああああ」
『殺戮の少女』は大きく口を開けて噛み付こうとするが、アテネが追加で放った風魔法に頭を撃ち抜かれ仰け反った。それでも直刀を握る手は力を抜くことなくアテネに斬撃を与えようと食らいついているのだった。
「あんなにダメージ食らっても戦意が落ちないなんて・・・」
「ワタシは、オマエをコロス、それまで・・・ワタシは・・・!」
『殺戮の少女』は一際大きな声を上げた。
「こんなところで、マけるわけには、いかないんだあああ!」
「こんなところでかっこいいセリフを吐くなぁ!魔女のくせに!」
二人が互いの獲物を挟んで攻防を繰り広げている後ろで、魅羅は一人ぽつんと立っていた。
「私の出る幕じゃないですし、どーしろっていうんですか・・・もう」
魅羅の武器はナイフ。『鏡乱』の能力を使って相手に肉薄してナイフで切り裂くという戦法を取っていた。
今回ナイフで『殺戮の少女』に攻撃しようにも、接近する必要があり接近すると体から発せられる瘴気に精神が耐えられなかった。そのためここでぽつんと戦いを見守っているのだった。
「あなたはおねぇさまがピンチになったときに力を使ってくれればいいの」
「やっぱり私はそういう役割かー・・・って」
魅羅は突然自分の独り言に口を挟んできた声に声の方向へ振り向いた。
そこには紫色のメイド服を着た少女が立っていた。両手には鈍色に光る、到底メイドが持っているとは思えないものが2つ握られていた。
「えっと、どちら様で」
「ん・・・私の名前は、錦城麗奈です。ええっと、竜崎先輩の“味方”です」
「そう・・・私の名前は」
「鏡袷魅羅さんですよね、知ってます」
「あぁ・・・そう」
「ちょっと私は加勢してきます」
「えぇ・・・ちょっと待ってよ~」
麗奈は『殺戮の少女』の方を向くとふわりと飛び、『殺戮の少女』の背中が見えるポイントへ移動し、がちゃりと音を立てて拳銃を2丁を交差させるようにして構えた。
「敵を射抜け『魔法の弾丸』」
放たれた赤と青の弾丸は螺旋状に回転しながら『殺戮の少女』の背中を撃ち抜いた。
「があああああああああ」
その銃撃は『殺戮の少女』の集中を途切れさせるには十分だった。
「らあああああああ!」
アテネはグリフィンに一気に力を込め暴風を巻き起こし、『殺戮の少女』の体を押し上げた。
そこからアテネはグリフィンを振り上げ、『殺戮の少女』に斬撃を加えた。
「がhkfrjふぉphしwckjべpk」
『殺戮の少女』は意味のない言葉を吐き出し大きく吹き飛ばされた。