3話 竜崎アテネという魔法少女
*2014.10.05に完全改稿を行いました。
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翌日。
真理はいつものように朝早くに目を覚まし、自分の部屋からリビングルームに降りる。朝一番のコーヒーを飲むべく、台所へ向かった。今日は休日だからごろごろしていてもいいのだが、朝起きたらコーヒーを飲むという毎日の習慣が真理の体を突き動かした。
台所でマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、湯沸かしポットの湯を注ぎ込む。いい感じにコーヒーができたのを確認した真理はリビングルームに移動し椅子に座り込む。頭はまだ眠気でぼんやりとしているが、コーヒーを口に含むことで少しずつ覚醒に近づいていく。
「早いのね」
朝の静かな時間を破るかのように少女の声が部屋に響く。真理はマグカップをダイニングテーブルの上に置いて声のした方へ向いた。
「そういう君こそ、こんな時間に起きたじゃないか」
「私のはいつもの癖よ」
「俺もだ。いつもこの時間に起きているから、いくら今日が休日でも早くに起きる癖がついているんだ」
「ふーん、そう」
アテネは興味無さげにおざなりな頷きをしながら真理の対面の椅子に腰を下ろした。
「私にも何か温かい飲み物をくれない?」
「それぐらい自分でやったらどうだ?」
アテネの傲慢な物言いに真理は呆れた表情を浮かべながら答えた。
「しばらくここに住むんだろ? それぐらいできるようになっておかないと」
「だって、昨日の今日じゃどこに何が置いてあるかわかんないわ」
「はぁ、台所に一式あるから。マグカップは昨日使ってもらったものでいいから―――」
結局人の良い真価はその後、アテネを連れて家の設備を説明して歩くことになった。アテネは熱心にその説明を頭に刻み込むように聞いて歩いた。長くこの家に居座ること間違いなしである。
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朝の時間が終わり、二人はそのままの流れで朝食を摂り、リビングで顔を突き合わせていた。
「いろいろ聞きたいことがあるだろうしね。なんでも聞きなさい」
アテネはあまりない胸を張りながらそう言った。真理はそんなアテネに苦笑しながら昨日一晩頭の中をぐるぐると駆け巡っていた疑問を吐き出した。
アテネが答えた内容は以下である。
能力者とはその名の通り異能の力を持つ人で、例えば手の平から炎を出す“発火能力者パイロキネシスト”や、物体を瞬時に別の場所に転送する“転送能力者テレポーター”などいろいろな種類がある。あまりに種類が多いため実際どんな能力チカラがあるかあまりわかっていないとのこと。
魔法少女の使命は鬼を排除することで、また谷に落ちたりや呪いにかかったりした人を助けることだ。基本的にそのためにしか魔法は使ってはいけないそうだ。
魔法少女の数は数万人で、命を落とす者や新たになる者がいるため数は変動するそうだ。
また、魔法少女になるためにはある程度の素質・環境が必要で、それらを満たした少女の前に魔法獣が現れる。彼らは様々な姿をしていて、基本的にその少女にしか見えない。少女は魔法獣と契約を交わすことによって、一つの願いを叶える代わりに魔法少女となる使命が与えられる。ちなみにその契約をしてしまったら破棄することはできない。
といった内容だった。
そして、真価は何気なくアテネに疑問を放り込んだ。
「で、竜崎はどんな願いを叶えたんだ?」
「……知りたい?」
「あぁ、もちろん」
「……そう、聞いて後悔するかもしれないよ」
「そんなにか? まぁ、それでも聞きたいかな」
アテネは少し迷うそぶりを見せ、それでも何か諦めた表情を浮かべて言葉を紡いだ。
「復讐するための力が欲しいっていう願いよ」
その言葉は重く真理の心に圧し掛かった。
「復讐……?」
「そうよ、復讐よ。復習じゃなくて、復讐ね」
冗談を交えるアテネだったが、それを口にするアテネには笑みが浮かんでいなかった。彼女の過去に何があったのだろうか、真理は気になって仕方がなかった。
「まぁ、どういうことか知りたさそうな顔してるね。いいわ、教えてあげる」
「あぁ、頼む。君のことを少しでも知りたいんだ」
「あらあら、気障な台詞を吐くのね。ふふ、さてどこから話そうかしら」
アテネはそう言って、思いを過去に馳せた。あの頃、人生の流転を味わった日々の頃を。
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――竜崎アテネの独白――
私はいわゆる普通の家庭で育った。お父さんがサラリーマンで、会社ではそれなりの地位を築いていたらしかったわね。
その頃の私は知らなかったから聞いた話だけどね。誰に対しても優しい人だった。
お母さんは専業主婦でこれまた夫と釣り合うほど優しい人だった。
当然私に対して優しくしてくれて、私は幸せだった。私は両親に恵まれて育った。
私が小学4年の時に、お父さんは持ち前の優しさのせいで、友人の借金の連帯保証人になった。
そして、そのお父さんの友人は夜逃げした。そのせいでお父さんは多額の借金を抱え込み、私の家は幸せな生活から一夜にして追われる生活に変わった。
それからというのは大変だった。借金は借りては返しどんどん膨らんでいった。それと同時に生活が貧しくなっていった。
以前の夕食がご飯と焼き魚と生野菜と味噌汁であったのに、そのうちパン一個とかに変わった。
まだ子供であった私は何が起きているのか理解できていなかった。
そして、ある日学校から帰ってくると、家の中で血まみれの、少し前まで私の両親だった二つの肉塊があった。
その日私はクラブ活動でたまたまいつもより遅くに家に着いた。
そして疲れて家に帰れば、いつもなら顔に陰りを見せながらも優しく振る舞ってくれた両親はいなかった。
二つの肉塊を前にして、私は何が起きているのか理解できなかった。
理解するには私は幼すぎた。
……その後どうしたかはあまり覚えていない。
覚えているのは、警官が家の中を歩き回っていたこと、近所の人達が興味津々に覗きこんでいたこと、そのぐらいだ。
後で聞いた話によれば、両親は借金を重ね、暴力団がバックについている消費者金融にまで借金していた。
私は気づかなかったが、執拗な催促の電話があったそうだ。
もともと優しい性格をしている両親は相当まいっていたようだ。
そしてあの日、辛さに耐えかねて、両親は無理心中を決行した。
事件の後、親戚の家に引き取られ、私が小学校から中学校に上がる時に、事件の真相を知った。
父方の叔母さんの口から、知っておいた方がいいということで教えられた。
叔母さんはホントは辛くなるから話さない方がいいかもしれないけどねと言っていた。
知った時に思ったのは、いかに私が無力かってことね。
両親が辛い思いをしている中で何もできずにいた私。
無力でなければ私のお父さんお母さんは死なずに済んだかもしれない。
そう思った。
多分その瞬間からかな、力が私にあればって思い始めたのは。
事件の真相を知った私は、誰が私の両親を死にやったのかを、調べた。
それらは案外簡単に調べることができた。
その当時、両親が無理心中した事件は大きな事件として扱われていた。
そのおかげで新聞や週刊誌に大々的に取り上げられていた。
私の両親を殺したのは、激しく取り立てた男達二人、お父さんに借金を押し付けたお父さんの友人とその家族だった。
私の両親を殺した相手がわかったからといって復讐することなんて出来る訳がない。
だから私には罰を与えるだけの力が必要だった。
しかし、その時の私には手に入れる機会チャンスなんてなかった。
そもそもそういった力は尋常な手段で手に入るものじゃないしね。
そして心の中に憎悪を潜め、私は中学生として忙しい日々を過ごした。
結局、私は親戚の家に養子として引き取られ、前に住んでいたところから離れた。
周りには事情を知る人はいなかったため過ごしやすい環境だった。
そして、中学生として初めての夏休みが差し迫っていたある日、私にとって最大の転機が訪れた。
それは、セロリとの出会いだった。
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「……そうだったのか」
真理は一通り過去を話し終えたアテネにどこか遠慮がちに声を掛けた。
「それで、セロリって何?」
思わず浮かんでしまった疑問を吐き出してしまった真理に、アテネは苦笑と共に答えを教えた。
「セロリは私の魔法獣の名前。私に魂と引き換えに、願いを叶えて魔法を使う力と知識をくれた張本人よ」
「……魂と引き換えに?」
「願いを叶えることっていうのは尋常じゃない力の行使ということになる。それはそれだけの対価が必要になるの。つまり魂を対価にするのよ」
「魂を対価にするってことは魂がなくなってしまうんじゃないのか?」
「魂を対価にするといっても魂を抜き取るという訳ではない。魂を変質させて、簡単にいうと人間のそれじゃないものにして、異怪のものと闘うことを義務付けられる。まぁ、義務付けられるというよりその必要に迫られる」
「そうだったのか。そのセロリっていう魔法獣が魔法少女の使命と引き換えに願いを叶えたのか」
「そう、私はそのおかげで復讐をできた」
アテネの目は部屋の空を捕らえていた。
自らの手で怨敵を討ち取った時のことを思い出しながら。
そして、ぽつりと言った。
「私は復讐をしたけど、それでも心は晴れなかったな……」
その言葉に、真理は何も答えられなかった。きっとそれに答えられるのは、アテネ以上の辛い過去を乗り越えた人だけだから。