5話 思いはそれぞれ
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夕日が辺りを照らすころ。
ピーンポーン、と音を立ててインターフォンが鳴った。
真理はちょうどアテネから教わった“女の子の仕草”を練習していた。姿見の前から身を翻し、玄関へ向かった。
「だれなんだろ・・・」
真理はサンダルを足に突っ掛けて玄関の覗き窓から外を見た。玄関の前に立っていたのは、早苗と大輔だった。
真理は突然の訪問に疑問を覚えながら、自分の恰好を見た。
「うん、問題ない」
白い向日葵の花柄があしらわれたブラウスに、紺色のスカート。はしたない格好ではなかった。
「はーい、今出ます」
真理は玄関の鍵を開けて早苗と大輔を招き入れた。
「「・・・・・・」」
「あれっ、どうしたの?」
真理の姿を見るなり玄関の外で硬直したままの早苗と大輔に真理はいぶかしんだ。
「なんかまずいことしてた?なんでそんな風に固まってるのよ~」
きれいなソプラノの声が悲しく響く。
「なぁ、さっそく俺の決心が崩れそうなんだが」
「私もよ・・・ここまでなってるとは思わなかったわ」
「えっ、何なの・・・?そうかー」
真理はぽんと手を打った。
「私がこんなにかわいくなってるとは思わなかったでしょ?自分でもびっくりしたけど」
「「・・・・・・」」
「ねぇ、どうかしら私の姿。かわいいでしょ?」
「「自分で言うな!」」
二人は思わず同時にツッコミをいれてしまった。
「ごめんごめん、予想よりも面白い反応だったからさ。ついつい悪乗りしちゃって」
「はぁ、なんか一気にどっと疲れたわ」
「つーか、真理。思ったより落ち込んでないんだな」
「今はな。最初の頃はかなり落ち込んだっていうか、目の前が真っ暗になったっていうか。だけど、今は何とか持ち直してる。これはアテネのおかげかな。『女の子になっちゃったんだから、女の子らしい仕草をマスターしなさい!』とかいって、目標くれたし・・・ってまだ口調が安定しないわ。アテネに叱られちゃう」
と真理は少し困ったような表情を見せていた。しかし、瞳は絶望に染まっていなかった。
「・・・そうか、なんだかんだお前も前向きにやっているんだな。安心したよ」
大輔はそう言うとおもむろにポケットからデジカメを取り出した。
「はい、ちーず」
カシャっと音を立ててフラッシュが焚かれる。
「ちょっと、大輔ってば何やってるの!?」
「・・・いや、思わず真理の表情が良すぎて写真に収めたくなってしまってだな」
「ねぇ、大輔。親友をいかがわしい目で見るのはどうかと思うの。この後、しばしお話でもしようね」
「まっ、待て。それだけは勘弁。お前の“お話”は話の範疇に入らないからっ。あのトラウマをよみがえらせることだけは・・・」
「まあまあ、早苗。大輔も悪気があったわけじゃないし、ね?」
「・・・真理がそういうなら、今回だけは見逃してあげてもいいけど」
「そうか、助かる!」
早苗と大輔はいつもどおりであった。
「そうだ、今日の晩御飯の買い物に行くから、一緒に行かない?」
「そうね、行きましょ」
「それじゃ行きますか」
真理の提案に早苗と大輔は同意する。
そして3人は買い物に出かけるのだった。
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街の中。夕空が夜空に変わる頃。
一人の青年がこの桐陵ヶ丘の街に佇んでいた。
青年の名は黒岩智。フードを頭からかぶり物憂げに佇んでいた。
智は生まれながらにして普通の人間ではなかった。そう、能力者だった。初めは3歳のとき。自分だけの力に気づいて、それを人に見せることなくその力を磨いた。智は自分が能力者であることを自負していた。自分にできないことないとぐらい思っていた。そのときが来るまでは。
今は自分があまりにも無力すぎて、なぜ自分には力がないのか、誰かを守ることができるだけの力がないのか嘆いている。もちろん彼は嘆くだけでは終わらせない。守ることのできるだけの力を求めるため、ある人を探していた。
目的の人を見つけるためにこの街へやって来た。写真を片手に街をぶらぶらと歩く。そして適当なところで佇んでいた。
実は智は以前その目的の人を見かけたことがある。その時の不思議なオーラを覚えている。
智はふと何かを感じて振り向いた。その先には男女3人が買い物袋をぶら下げているだけだった。
「・・・違うはずなんだが」
智は今一度写真に写る顔を見た。黒髪で少し目付きが鋭めの至って平凡そうな少年の顔だった。
「違う。だけど、何か気になる」
少しして。聡は新たなる情報を求めて道を歩き始める。
「神内真理。絶対にお前のことは見つけ出してやる。その力を我が手に・・・!」
智は決意を改めて固めて、夜の街を歩く。
「あのー、ちょっといいかな?そのフードを外してこっちに顔を見せてくれるかな?」
全身黒ずくめという不審人物極まりない格好をしていた聡は、当然のように巡回していた警官に呼び止められた。
「面倒だな」
智の手からバチリと雷が小さく迸る。
「ねぇ、君。何もやましいことしていないなら見せれるでしょ?」
警官二人組は智を囲むようにして進路を塞いだ。
智は不機嫌そうに言った。
「邪魔だ」
その言葉と共に手から雷が放たれ、警官二人の体を貫いた。
「がふぅ・・・」
バタリと音を立てて警官二人は地面に沈んだ。
「これでも手加減したんだ。許せ」
智は振り向くことなく前を歩いていった。そして闇に消えた。
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とあるマンションの一角で。
一人の少女がいた。その少女は風呂上がりから鏡を見ながらふふーんと鼻歌を歌っていた。
「順調順調~」
その少女の手には小さな手鏡があり、それをひっくり返したりしながら鏡を見つめていた。
「竜崎アテネちゃんかぁ~楽しそう」
時間はすでに深夜を回ろうとしているのにいつまでも鏡の前にいた。
「ふふふーん、ふふ~ん」
その少女の名前は鏡袷魅羅。
そんな魅羅の鼻歌を邪魔するかのように着信音が鳴り響く。
「まったく何かしら?」
魅羅はつかつかと歩き、机の上に出しっぱなしにしてあるスマートホンを手にとった。
「ふむふむ、また“お仕事”?めんどくさいったらありゃしないわ」
魅羅ははぁっとため息をつきながら服を着替えた。
「明日があるっていうのに・・・ねぇ」
そして魅羅はマンションから出て、メールで指定された場所へ向かうのだった。




