2話 麗奈の事情
麗奈回です。
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錦城麗奈はとあるビルの屋上にいた。
時刻にして午後2時。まだまだ太陽が高く昇っていた。
春に変わろうとしている風を浴びながら麗奈は双眼鏡で地上の様子を見ていた。
その先には、歩みが弾んでいる少女と、少年とも青年ともいえる男の二人がいた。
彼らの名前は竜崎アテネと神内真理だった。
麗奈にとって、自分を救ってくれた愛しの御姉様と、その御姉様を誑かす悪魔だった。
麗奈はその光景を確認して、作業に没頭するのだった。
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今から2年前。
麗奈は中学2年だった。何も不自由を抱えたことのない少女だった。
誰かに傷つけられることなく、誰かに穢されることなく生きてきた。
それが・・・
麗奈はその時、学校帰りだった。夕日が道路を照らし橙色に染まった世界。
家路を歩く麗奈が道の角を曲がろうと曲がろうとした時、男とぶつかった。
麗奈は衝撃で地面に転がった。男は虚ろな目を麗奈に向けた。
「ニンゲン・・・オンナダ・・・オイシソウダナァ」
男はふらふらとしながらもしゃがみこんでいる麗奈に近寄ってきた。
麗奈はなぜ、この男が自分に向かって歩いてきているのか理解できなかった。ただ、“怖い”という感情はあった。
怯えて竦んでいる麗奈の腕をその男は掴んだ。麗奈の腕はみしりと音を立てた。
「いたっ」
麗奈はあまりの痛みに悲鳴を上げた。
それでもその男は気にすることなく麗奈の腕を引っ張り上げ、麗奈を抱き起こした。
そして胸元に顔をうずめ、匂いを嗅ぎ始めた。
「やっ、やめて!」
麗奈が悲鳴を上げ抵抗するもののびくともしなかった。
「オイシソウダ、オイシソウダ」
男はうわ言のように呟き、麗奈の臭いを丹念に嗅いでいく。
「いやっ!」
男は一通り匂いを嗅ぎ終えると麗奈の顔を見た。そして顔を歪ませた。
「タベルヨ、タベチャウヨ」
そして男は大きく口を開けた。
麗奈が次に起こることに気付き必死に抵抗するものの意味を為さなかった。
男は麗奈に歯を立てた。
麗奈は目を閉じて目の前で起こることから目を逸らし、痛みに耐えようとした。
しかし、その痛みは来ることはなかった。
目の前から刃物のような硬質な音としゃがれた悲鳴が聞こえただけだった。
麗奈はおそるおそる目を開けた。
目の前には首から上を切り取られた男と、背丈に迫るほどの大きな鎌を持った少女がいた。
これが麗奈とアテネと出会いだった。
麗奈は無事救出された。麗奈に襲いかかった男は実はすでに人間ではなく、鬼に変わり果てていた。人間の血肉を求めさまよい歩くとしてアテネは追っていた。
その後、麗奈はさっそうと消えたアテネを追いかけて、魔法少女の存在を知り、そして自らも魔法少女となった。
その時の願いは、“私も憧れの人のようになりたい”だった。その願いは麗奈に適用され、銃器を扱う魔法少女が誕生した。
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麗奈はふと昔のことを思い出しながら風が吹きつけるビルの屋上で作業をしていた。
作業とは、麗奈が扱う銃弾を創ること。麗奈は銃弾を作ることができる。これは実弾もしかり。特殊な弾丸もしかりだ。麗奈が使う『呪いの銃弾』はこの特殊な弾丸を使う。
『呪いの銃弾』とは、弾丸に呪いを込めそれを敵に放つことで呪いを掛ける魔法。種類は数え切れないほどあり、麗奈の思うままに存在する。
例えば、『性質変化』。これは対象の姿かたちを変化させる。精神までは変化させることはできないが、肉体を完全なまでに変化させる。副次効果で対象の装備もそれに見合った形に変化させる。
呪いは麗奈が望まぬ限り消し去ることは不可能だ。障害物で防ごうとしてもその呪いは対象に掛かるまで追い続ける。
ただ呪いにも難点がある。それは創るのに時間と労力が必要だ。
麗奈が持つ感情を原料として弾丸を構成する。感情の種類によって呪いの方向性が決定する。特定の感情を丸い球にしてから弾丸の形に変えていく。一発創るのに最低でも1週間は必要だ。弾丸の形に固定する作業に時間が取られていく。
麗奈は黙々と“想い”を“弾丸”に変えていった。
来るべき時までに。
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それから時間がたち、アテネと邂逅を果たした麗奈は家に帰った。
アテネの隣にいた男を呪ったことによってアテネからは嫌われたが、それはそれで仕方なかったと麗奈は思っていた。麗奈にとって竜崎アテネという存在は憧れの対象であり、その憧れが穢されないように最善を尽くしたつもりだった。本来ならばあの場で実弾を打って命を奪っても良かったが、麗奈はそうしなかった。
あえて、後で戻せるような隙を作っておいた。真理が“反省”し、アテネに近づかないと誓うのならば元に戻してあげようと思っていた。
麗奈は誰もいない家の中を歩き、風呂に湯を張った。そしてどぼんと入り、湯の温かさに触れた。
麗奈は先程の光景が信じられなかった。
麗奈が扱う呪いは必ずと言っていいほど指定した効果を発揮する。
麗奈が放った『呪いの銃弾・性質変化』は真理をカエルに変化させる効果だけだった。
魔法などはある力によって抵抗され、効果が変化する場合がある。
しかし、呪いの場合となると今まで一度もなかったことだ。
“カエルに変える呪い”が“性別を反転させる呪い”に変わるなんて。
麗奈は先程の現象に一つ仮説を立てた。もともと“カエルに変える呪い”と“性別を反転させる呪い”は性質が似通っている。“カエルに変える呪い”は“性別を反転させる呪い”をベースとして作られている。呪いは麗奈にとって一つのプログラミングのようなものだ。いくつものコマンドによって呪いを形あるものとして発生させる。
おそらくこの呪いのいくつかのコマンドが破損したため“性別を反転させる呪い”に変化してしまったのだと、考えた。
麗奈はアテネと会う前までに一通り神内真理という人を調べていた。
その中には魔法を弾く力を持っている可能性があるという情報を掴んでいた。
ただ、麗奈はあまりそのことを危険視はしていなかった。呪いはただの魔法と違い、一回弾かれた程度では消滅せず確実に効果を発揮する。現に以前魔法攻撃を防ぐ盾を持った鬼と戦った際に呪いはたしかに作動した。
そのため真理に対しても同じであろうと思っていた。
「まさか、魔法を破壊できるなんてね」
魔法を弾くだけかと思われた力が、実は破壊できるということに麗奈は驚きを隠せなかった。
鬼や魔法少女でさえそんな力は持ち合わせていないというのに、ましてただの人間がそのような力をもっているとは信じられなかった。
「はぁ・・・」
麗奈は湯船に顔まで浸かりながら、今後の展開にため息をついた。