2.14 気付いた心
ショートストーリーです。バレンタイン回です。
この話は、アテネと真理が出会う直前の冬とその一年後の話である。
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そこは神川市とは違う、とある地方都市のビルの上だった。時間にして夜1時ごろ。
そこにアテネは立っていた。魔法少女の装束で。
隣には亜麻色の髪をなびかせたアテネより頭一つ分ほど背の高い女性が立っていた。こちらも水色のスーツの形をした装束を着ていて、彼女も魔法少女だった。
アテネは右手に緑の大鎌を、隣に立つ女性は両手に鈍色に光る女性が持つには不格好すぎる拳銃を持っていた。
二人はちょうどこのビルに現れた鬼を倒したところだった。
「今日は少し苦戦したわね、アテネちゃん」
「まぁなんとか勝てたね」
「ホントは彼がいたらもうちょっと楽だったんだけどね……」
「あぁ、彼ね」
アテネと話すのは、アテネの先輩にあたる齋藤涼子という、普段はOLをしている女性だ。
涼子はアテネが魔法少女になった頃から面倒を見ている。
「アテネちゃんも彼氏作ったほうがいいよ」
「ぐふぅ、いきなり何言ってるの!」
アテネは思わず咳き込んだ。
「いくらまだ中学生だからって思っていてもいつの間にか時間が立って、一生独身っていう展開になるわよ」
「そんなことどうでもいいわ、時期が来ればちゃんとなってるわ」
「ふーん、アテネちゃんってもしかして、白馬の王子様とか信じている人なのー?」
「違うわよ!」
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「はぁ」
アテネは一人、家に着くなりため息をついた。
アテネは、半年前から一人暮らしをしている。それまでは親戚の家に住んでいた。
魔法少女として経験を積んで自活できる程度に稼げるようになっていたし、親戚の家に居候するのを悪いと思ったからだ。いつかは離れていくのに、いつまでも世話になっている訳にいかないと思ったからだ。まだ中学3年生の女の子にしては早いのかもしれないが。
そんなわけでアテネはアパートを借りて住んでいる。
「寒いなぁ」
今は2月10日の朝。まだまだ冬の寒さが厳しい。
この日は日曜日で休みだ。
そんな日でもアテネ達魔法少女の休みはない。鬼が現れれば倒しにいかなければならない。
年中無休な職業といってもいいかもしれない。
もっとも職業と呼べるか定かでないが。
「寝ようかな」
そんな言葉が口から出るのと時を同じくして寝息が漏れ出した。
3時間くらい経ってお昼ぐらいにアテネは目を覚ました。
「……昼か」
アテネは呟いた。
そそくさとお昼を用意しながら、アテネの頭の中をぐるぐると駆け巡っていたのは涼子の言葉だった。
「『アテネちゃんも彼氏作ったほうがいいよ』かぁ……」
アテネは魔法少女である。
特に鬼を狩ることに精を出している魔法少女の部類に属する。
そのせいあってかあまり普通の世界・社会に興味を抱かない。
「私にもそんな機会があったらなぁ……」
アテネはそんなことを呟いた。
アテネは滅多にない束の間の休息をダラダラと過ごすことに決めTVをつけた。
ちょうど番組では、バレンタイン特集と名を打って街のカップル達を取材していた。
アテネは少しの間それを見ていたが、嫌気がさしてTVを消した。
そして再び布団にごろりと横になった。
「私にもいつか彼氏ができるのかな」
アテネは歳相応なセリフを吐いた。
いくらアテネが普通の女子中学生とは隔絶とした存在だったとしても根っこにある部分は変わらない。
興味はあまりないが全くないわけではない。ただ自分は無理だと思っているだけだ。
自分の全てを知ってもそれを受け入れてくれるだけの相手がいるのならば。
自分と対等に渡り合えるだけの相手がいるのならば。
アテネは喜んでその相手と一緒になるだろう。
アテネは身の回りにそんな人は居ないことを再確認しながらやってきた睡魔に身を委ねる。
いつか、自分をすべて包み込んでくれるだけの、いや、自分と等身大の相手が現れることを願いながら。
少女は眠りについた。
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それから一年。2月13日のことである。
アテネは神内家の台所に立っていた。
アテネは未だ神内真理の家に居候していた。
なぜならば居心地が良かったからだ。
神内真理という人間はアテネが今まであったことのないタイプの人で持っているチカラもさることながら、真理の人間性にアテネは惹かれた。過去に遭った壮絶な記憶を内包しつつそれを現在まで引きずらず、自由奔放に生きている。そして自分の思った信念を貫くためにどんなことでもやり遂げる。そんな真理にアテネは今まで抱いたことのない感情を抱いていた。
同情?いや、違う。
憧れ?それだけじゃない。
好意?何か違う気がする。
アテネは最近気が付いた。
もしかしたらこの感情が“恋”なのだと。
さて、今アテネは台所で何をしているのか。
一人黙々とチョコレートを作っていた。
それまで一度もチョコを作ったことはなかった。だが、今回アテネは真理に作りたいと思った。
アテネはそこそこ料理は作ることができる。しかしお菓子作りは自信がなかった。
それでもやってみようと頑張っていた。
結果は、上々だった。
もう少し美味しいのが作れそうであったが、けして不味くなくそれなりに食べれるものだった。
しかし、アテネは妥協するのが嫌だった。
こんなことぐらいいいじゃないか、と思う心の一部分を押さえつけてもう一回作る準備をする。
美味しいチョコを真理に食べさせるために。
アテネはチョコレートトリュフを作る。
そして。
「できたあああ!」
アテネは小躍りした。ついに満足するチョコレートトリュフが出来た。
「うふふっ」
アテネは満面の笑みを浮かべた。これで真理も満足してくれる。それだけのものを作ることができたことに喜んだ。
そんな中、真理が台所にやって来た。
真理はアテネに追い立てられるようにして外に出ていた。
真理は特に事情も聞かずに外をほっぽり歩いていたが、寒さと空腹に家に帰ってきたのだった。
「何かあったのか、そんなに喜んでいて……」
真理はそう言いながら台所の上に散らかっている物を見た。
「ちょっ、ちょっとアッチ行ってて!」
「お、おう」
真理はアテネの言うままにリビングの方へ行ってソファに腰下ろした。
アテネは大急ぎで出来たチョコレートトリュフを容器に入れてラッピングした。
そして、真理にそれを渡した。
「こっ、これ。いつものお礼。べっべつにそういう意味じゃないからね」
アテネは耳を真っ赤に染め上げらがら言った。
「お、おう。ありがとな。早速食べていいか?」
「いいわよ」
綺麗にラッピングされたチョコを慎重に開ける真理と、それをじっと見つめるアテネ。
彼らの姿は初々しいものだった。
彼らがこの後どういった道を歩んでいくかはまた今度のお話。