37話 それぞれのエンドクレジット
「まず、ボクは竜崎アテネ、キミに聞きたいことがある」
「何かしら」
セロリはアテネをじっと見つめながら言った。
「キミはボクに『私の復讐のための力をよこせ』と願った」
「そうだったね」
「だけど、キミは今でもそう願っているのかい?」
「えっ?」
「キミは『水蛇の女王』を倒した。そのときキミは何を願った?以前願ったものとは違うんじゃないかな?」
「・・・・・・そうよ。もう復讐のことは考えていないわ。もう親の仇はとってあるし」
「そうじゃない。一度仇を取ったからといってそれで人は変わるわけではない。キミはついこの間まで復讐に身を囚われていた」
「・・・・・・何が言いたい」
「ボクが聞きたいことは、キミに変化はあったのかいということだけだ。キミの心情だったり、魔法少女の力だったり、とね。それをキミ自身が言葉にして欲しいんだ」
「たしかに私は変わったわ。気持ちも願いも全部。真理に出会って全てが変わったかもしれない」
「そうか、では改めて聞くよ。キミの“今”の願いは何なのかい?」
「私の“今”の願いは『真理を守るだけの力が欲しい』よ」
その言葉が部屋に響くと共にアテネの体は薄く光を放った。
「なにこれ・・・」
「キミは新魔法少女になった。これは魔法少女の中でもほとんどお目にかからないよ」
「ねぇ、セロリちゃん。新魔法少女ってどーいうことかな?」
栞は口を挟んだ。
「魔法少女というのは魂を対価にして一つの願いを叶える。もちろん願い事を二つ叶えることはできないし、その願いは取り消すことはできない。それが魔法少女の常識だ。ここまではいいね?」
「「うん」」
アテネと栞は頷いた。真理はよくわからなそうにしていた。
「だけれども稀にもう一つ願いを叶えられるだけの魔法少女が出てくる。まぁ原因はよくわからないんだけれど、一つ目の願いを破棄して新たな願いを叶えることができる。それが新魔法少女だ。新魔法少女になることでもうひとつの願いを叶え、魔法少女としての力も増加する。どうやらキミは新魔法少女になる前に願いを叶えさせたみたいだけどね」
「つまり、私はその新魔法少女っていうのになったのね」
「そうだ、ちょっと試しに魔法少女のコスチュームになってみてよ」
アテネは椅子から立ち上がり机から少し離れた。
「いくよ」
アテネが魔力を開放し魔法少女のコスチュームに身を包んだ。
「これは・・・」
それまでひらひらとしたレースであしらわれた全体的にかわいらしい紫色の服だったのに対し、今のコスチュームは純白の襦袢に真っ赤に燃え上がるような色の打掛を羽織った、そんな姿だった。
「これは・・・」
「キミが新魔法少女になったというのと、真理君と協力者契約を交わしたのが主な原因かな。魔力が倍になっているよ」
「あらあら、アテネちゃんも積極的ねー。よりによって真理と契約するんなんて」
「しっ、しおりさん!」
アテネは赤面しながら叫んだ。
「あの時はしょうがなかったんです。契約しないと魔力が足りなかったから・・・」
「はいはい」
「あーうー」
そんな魔法少女のコスチュームをしたアテネを、真理はただ見つめているだけだった。
「ほらほら、真理。アテネちゃんに言うことは?」
栞がぼけっとしている真理を叩いた。
「いてっ、わかったよ。といってもな・・・
アテネ、かっ、かっ、かわいいぞ、その格好」
アテネの顔は真っ赤に茹で上がった。
そして後ろに倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
真理はアテネに駆け寄った。
「ほんと、かわいいわねーこの二人」
「まだ話したいことあったんだけど・・・まぁいいか、おいおいで」
栞とセロリは互いに独り言をつぶやいた。
■■■
ほむらはあかりの家に遊びにきていた。あかりの家は古き良き日本の家屋で、大きな屋敷だった。庭は綺麗で同じ大きさに揃えられた砂利で敷き詰められ、剪定されている松の木が植えられていた。
「へぇ・・・こんなところに住んでいたんだ」
「うん、そうだよ。お父さんの一族がこの土地に古くから住んでいたんだって」
ほむらは居間に上がって出されたお茶を飲んでいた。居間からは庭の様子がよく見える。
「良い場所ね」
「そうかな、ずっと住んできたからよくわからないんだけど」
「すっごく良い場所よ」
「ほむらちゃんがそう言うならそうなのかな」
あかりは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、ほむらちゃん。あの、『常夜の姫君』と戦ったあとに、あの・・・竜崎ちゃんだっけ?」
「うん、竜崎アテネがどうしたの?」
「その竜崎ちゃんとほむらちゃんとはどういう風にして知り合ったの?」
「そのことね・・・知りたい?」
「できればでいいんだけど」
「わかった、長くなるかもしれないけれど・・・」
ほむらはあかりに竜崎アテネとの馴れ初めを話した。
「まず、初めて竜崎と出会ったのは、私が15のとき。魔法少女になって5年も経った頃。
私はあるツテで、ある鬼の討伐依頼を受けた。その鬼っていうのは雪女で、山奥に存在して迷い込んでくる人を氷漬けにしてから喰うらしかったの。その雪女が山の麓の村にまで出没して被害が出ていたわ。
なにはともあれ私はその雪女を倒しに、被害のあった村まで行ったわ。そこから山奥まで行って雪女が存在する場所までたどり着いた。雪女は音に反応するから慎重に行ったわ。そして後少しで雪女の背後に近づくっていうところで、いきなり山中に轟音が鳴り響いたの。
それは竜崎が別件でその山に来ていて、風魔法をぶっぱなした結果だった。
それからは大変だった。雪女はわらわら目覚めて襲いかかってくるし、竜崎が狙っていた銀狼までもが私に襲いかかってきて・・・・・・その時に竜崎と仕方なしに共闘みたいな感じになったんだけれど。一晩中戦い続けてやっと全部を倒しきったわ。
それで竜崎という魔法少女のことを知ったわ。あまり話はしなかったけれども」
「そうだったんだ・・・」
あかりはぽかーんとしながらも頷く。
ほむらはお茶を飲み干した。
「もう彼女とは会わないと思っていたけど、まさかあそこで出会うとはね・・・」
「偶然ってすごいねー」
「そうね」
ほむらとあかりを夏にしては少し涼し気な風が包み込む。
「ねぇ、夏休みどこか行かない?」
「いいわね、どこに行く?」
■■■
「はぁ・・・づがれだぁぁ」
海堂左丹は桐陵学園の学園長室の机で突っ伏していた。
「こんだけ魔法使うのは『七つの大罪』の頃以来だからな、だいたいどんだけ情報操作魔法使えばいいんだよ。ふざけんな」
左丹は学園長室に備え付けてある冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「まったく飲まなきゃやってられないって」
ごくごくごく、と勢い良く音を立てながらビールを飲み干していく。
「ぷはー、やっぱ労働の後のビールは美味い」
すると、いきなり学園長室の扉が勢い良く開けられた。
「学園長、追加の書類です・・・って何飲んでいるんですか!?」
女は何枚かの書類を突き出しながら言った。
「このくらい認めてくれよ、フェル」
「いいや、ダメです!それとその名前で呼ばないでください。今の名前は舞島凛なのですから」
「そのくらいいいだろ?かつての部下なんだからさー」
「学園長なのですからいくら私の前でも威厳のある格好していてください」
「はいはい」
そうこの舞島凛と名乗る女は、かつて海堂左丹が『憤怒』を司っていた時代からの部下である。この日本にやってきてからはずっと商社に勤めていたが、左丹の話を聞いてその日の内にこの桐陵学園に潜り込んで来たわけだ。ちょうど、白鳥教頭と河野が消えてしまった学園に教師として潜り込むのは容易いことだった。
「まったく、私がいないとダメなんだから・・・」
「なんか言ったか?」
「いいえ、何も。いいから仕事してください」
「はいはい」
学園長と一介の教師。そうであるのに二人の上下関係は逆のようだ。
そんな二人をよそに、夕暮れの太陽は一層オレンジの光を強くしていった。
■■■
夜。アテネと真理はベランダに出ていた。
「あー、今日はいろんなことあったな」
「そうね、ほんと疲れたわ。はぁ、ふぅ」
アテネは可愛く欠伸をした。
「出来ればこんなことはあんまりおきて欲しくないな」
「んにゅ・・・」
「もう寝るか?」
「そうね、もう寝るわ」
「俺はもう少しここにいるから」
「おやすみ」
「おやすみ」
アテネが部屋に戻って、真理は一人でベランダの柵に寄りかかっていた。
「アテネは、変わったな」
真理は呟く。
「なんか毎日が楽しそうだ」
「最初はなんか少し鬱陶しかったけど、こういうのもいいな」
夏の夜空にきらりと星が光る。
むっとするような熱気がその時だけすっと収まった。
「俺も、アテネに置いてかれないようにしないと、な」
真理は体を起こし部屋に戻った。
第1章『水蛇の女王』 完
これで第1章『水蛇の女王』は終わりです。お読みいただきありがとうございます。次は2章に入る前に断章を挟みます。