34話 激戦の終末
紅く輝く鱗を纏ったドラゴンがそこにいた。黄金に光る瞳、何をも寄せ付けない威圧感を放つ龍鱗、黒光りする鋭利な爪、わずかに炎が混じる吐息、禍々しい形をしている悪魔の翼。紛れも無くドラゴンだった。
対峙している『水蛇の女王』はもちろん、屋上に立っている真理と学園長も唖然とした。
まさか、アテネがドラゴンの姿になるとは想像していなかったからだ。別の何かではないかと思ってしまうほどの変わりようだった。
「真理」
アテネの声は真下にいる真理によく聞こえた。
「頑張ってこい、アテネ。今のお前なら倒せるんだろ?」
「ありがと」
アテネは『水蛇の女王』を睥睨する。
『水蛇の女王』は口を開く。
「貴女のそれ・・・まさか禁呪!?」
「今まで封印してきた禁呪『竜の力』の最終形態よ、もちろん一介の魔法少女が扱えるものじゃないわ。代償はただじゃ済まないのはわかっているわ」
「貴女は私と道連れに死ぬ気なの!?」
「貴女を無に帰すことができるなら手段は選ばないわ」
「・・・」
「さぁ始めましょ、貴女と私どちらが強いのか」
アテネは息を大きく吸い込んだ。
「まずは喰らいなさい『竜の吐息』!」
■■■
その様子を見ながら学園長は肩を震わしていた。
「まさかあの禁呪が存在するとは・・・」
「何か知ってるんですか?」
真理は思わず聞いた。『水蛇の女王』の発言に気になっていたからだ。
「あぁ・・・あの禁呪『竜の力』は私が以前司っていた『憤怒』の力を竜崎君の体に直接流し込む狂気の術だ。現在『憤怒』を司るあのドラゴンの姿を模しているのだろう。どうやって身に付けたかはわからないが、あの術式が最大限に発揮された場合・・・」
「場合・・・?」
「間違いなく暴走して、良くて融合、悪くて暴発。どちらにせよ竜崎君がまともに帰って来ることはない」
「なんだって・・・」
「私も一度見たことがある。魔界にいた頃、似たような術式で『憤怒』の力を流し込んで耐え切れず暴発した奴をな」
「くそっ・・・」
「どうやら自分自身に制限をかけていたようだが、君と契約術式を交わすことで開放したんだな」
「契約術式・・・?」
「魔法少女の魂自体での契りというか・・・まぁ深くはよく知らないんだけどね」
「・・・」
真理は唇をきつく噛み締めた。
「なんで勝手にそんなことをしたんだよ・・・」
「彼女なりに君を守ろうとしたんだろう」
「・・・」
真理は唇が切れて血が流れ続けるのに構わず上空を見上げたままだった。
■■■
上空では、ドラゴンに姿を変えたアテネと9つの頭を持つ水蛇の姿の『水蛇の女王』が、己の信念を貫くために互いの生死を掛けて争う。
「があぁぁぁぁぁ!」
アテネは爪を振るい『水蛇の女王』の肉体を切り裂く。
そしてその勢いを利用して空中で反転し追撃する。
「『竜の吐息』!」
アテネの口から紅蓮に燃え盛る炎が『水蛇の女王』を焼き尽くす。
「くっあああああああああああ!」
『水蛇の女王』は痛みに打ち震え、くねくねと身を揺らす。体を揺らすことで一層強い瘴気が撒き散らされアテネは体を蝕む毒に気付く。それでもアテネは距離を取ることなく爪と牙と翼で攻撃する。
「ああああああああああああああああ!」
『水蛇の女王』の9つの頭はそれぞれがのたうち回り、苦悶の表情を浮かべる。それでも自らの周りに何重にも重ねられた何千にも及ぶ水球を作り出し、反撃の機会を窺い隙を見てアテネにダメージを与える。
そんな『水蛇の女王』の反撃をものともせずにアテネはただ一心不乱に『水蛇の女王』を倒そうと、翼を振り上げ爪を翳し炎を吐く。
決着がつくには時間がかかりそうであった。
そんな中、屋上に立ち尽くす真理は、自分の不甲斐なさを嘆いていた。
(俺のせいで・・・アテネは自分を犠牲にしてまでこんなことをしている。
俺のせいだ。俺さえいなかったらこんなことにならずに済んだんだろう。
俺が何もできやしないばっかりに、だいたい目の前の魔法を打ち消すので精一杯な俺の力で何ができる?
いいや、何もできやしない。俺はせっかく“守りたい人”ができたのにそれを俺のせいで失ってしまうのか・・・・・・)
真理はきつく手を握りしめる。あまりに強く握り締めたせいで手から血が滴り落ちる。
(俺は何もできやしないのか)
そんな真理の様子を見てか、学園長が声をかける。
「そんなに自分を追い詰めるな」
「いや、でも」
「竜崎君が望んだ結果だ。君があれこれ悩むことはない。むしろ悩んではいけない。なぜならば竜崎君の“意思”なのだから」
「・・・・・・」
真理は押し黙った。
「それでも君は自分が悪いと思っているのか?それともなんとか竜崎君を助けたいと思っているのか?」
「!」
「自分を不甲斐ないと思うのはいつだってできる。だが足掻くのは今この時しかできないことだ」
「俺は・・・・・・」
「いくら竜崎君を助ける術が無いにしたって、暴走を引き起こす前に事件を解決するとか何かあるだろ?」
「俺はアテネを助けたい、アテネは俺を変えてくれた。俺に新しい世界を見せてくれた。その恩に報いたい」
「答えは出たな、なら行動に移せ。あの『水蛇の女王』を前にして君の力を使えば死ぬことはないだろう。なんとか状況を変えてみろ。私もなんとかやってみせる」
「ありがとうございます、海堂学園長」
真理は学園長に礼を言うなり上空を見据える。
「なんとかしてみせるぜ、アテネ」
真理は叫んだ。
しかし、真理は叫んだ直後からどうしてなのか視界がぶれるのを感じた。そのうち目の前が白くなっていって・・・
「あれっ・・・・・・」
まさか『水蛇の女王』の瘴気に当てられたかっ、と言葉を発する前に、
真理の目の前は真っ白になった。
『君は“日常”を守りたいんじゃなくて“彼女”を守りたいんだよね』
白く染め上がった視界が辺りに広がっている中で真理は“声”を聞いた。
『君は“介入者”。黒く染まる運命を白く塗り替えることができる唯一の駒なんだよ、君は』
それはなんだ、と声を上げようにも上げれなかった。
『さぁボクの言うとおりに言って』
「『無辺世界』」
それが夢だったのか現実だったのか真理にはわからなかった。
ただ、一つわかっていたのは、この言葉が自分やその周りの運命を大きく変えるということ。
視界が回復した真理は、思わぬ光景を目にした。
9つの頭を持つ巨大な水蛇に姿を変えていた『水蛇の女王』が変身を巻き戻すようにして人間の姿に戻り、
それまた巨大なドラゴンの姿をしていたアテネは制服姿に戻っていた。
「あ?」
『水蛇の女王』はいきなりの変化に戸惑い、辺りを見渡す。
アテネも同じく辺りを見渡していた。
「まさか魔法が解除されたのかしら」
アテネは思わず呟く。
真理の使った『無辺世界』という力は真理が見た空間全体に存在する魔力を吹き飛ばし消し去るというもの。
つまり辺り一帯の魔法現象を消し去ったのだ。
『望みの鐘』によって『水蛇の女王』は9つの頭の巨大な水蛇の姿を作り出していた。そのため『無辺世界』によってそれらが剥がし取られて元の姿に戻された。
アテネも『竜の力』によりドラゴンの姿になっていたため元の姿に戻された。
二人は互いに茫然自失となって見つめ合った。
「アテネ、今だ!ヤツを叩け!」
「あっ、はい」
アテネは真理の叱咤で我に返り、右手にグリフィンを構えた。
「うあああああああああああああああああああ!」
アテネが全力を込めて鎌を振るう。
そして。
「があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」
一際大きな絶叫が響き、そしてそれは風とともに吹き飛ばされていった。