1話 魔法少女
*2013.10.14に完全改稿を行いました。
今まで平凡そのものだった神内真理。
そんな彼がいきなり谷に飲み込まれ、絶体絶命のピンチに陥る。
すると、どこからか少女がさっそうと現れ、“谷”から出るのを助けた。
“谷”から戻り、神内は竜崎アテネと名乗る少女と再び出会い、再びその命を助けられる。
そして、これが新たな物語を紡ぎ始めた瞬間だった。
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真理はアテネを連れて一先ず自分の家に帰ることにした。時間が時間だったというのに加え、この時間でどこかゆっくりと話せる場所と言ったら真理の家ぐらいしか思いつかなかったためだ。アテネ自身も鬼の攻撃を防いだ不思議な力を持つ真理のことが気になっていたため真理の家に行くことに賛成した。
真理の家は公園から少し歩いたところに建っている。一戸建ての2階建てのそれなりに広めの家である。崖の端に立っていて、庭はないけれどベランダが2階についている。ベランダからの眺めを真理は秘かに気に入っているのだった。
家の前に着き、真理はまだ誰も家にいないことを確認した。真理の母親は真理曰くよくわからない仕事をしていて家を空けることが多い。その日家に帰ってこないのなんてざらだ。だからこそ、アテネを家に招こうと考えたのだが、どうやら母親は今日も家にいない。真理はとりあえずそのことに安堵し、アテネを家に招き入れた。女の子を家に招くなんて普通はそんなことできやしないが、何より先ほどの現象についてじっくり問い質したい気持ちが優っていた。
「お邪魔します」
「どうぞ」
真理とアテネは玄関に入り靴を脱ぐ。アテネは人の家に招き入れられること自体初めてのため緊張していた。
「な、なかなかきれいにしてあるのね」
「あぁ、ありがとう。母さんがなかなか掃除をしないから俺が掃除しているんだ」
「へぇ。そうなの」
アテネは物珍しそうに靴置きの棚の上に置かれたいくつもの奇抜な形をした置物を見た。こけしといった日本的置物から、どういうものかよくわからない民族土産のような置物といったものまで種類豊富だった。
「これは?」
「これは母さんの趣味。どこからか持ってくるんだ」
「そうなんだ」
アテネはそのうちのいくつかを興味深そうに眺めていた。
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リビングルームに腰かけ、真理はアテネにティバックの紅茶を振る舞い、先ほどの現象を話題に出した。
先ほど閉じ込められていた異空間:谷のこと、襲い掛かって来た化け物:鬼のこと、アテネの存在:魔法少女のこと。どれも真理にとって初めて聞く単語で、自らが遭遇した事実である。
真理はそのことをアテネに尋ねた。
「えっと、まず鬼と魔法少女について話そうかしら」
鬼、それはこの世界とは別の世界:魔界の住人で、この世界で生み出された生気といったエネルギーを糧としている存在である。鬼は食料である生気を得るためにこの世界にやってきて、様々な悪事を働く。人間に襲い掛かったり、街を破壊したり、中には人間社会に入り込んで人を恐怖に陥れたりするのだ。鬼は様々な姿形をしていて、人間のような姿を持つ鬼もいれば、先ほど真理が遭遇した『深淵猫』のような化け物の姿の鬼もいる。強さも千差万別で、世界を揺るがすことが可能な鬼もいれば、普通の人でも倒そうと思えば倒せる程度の鬼もいる。ただし、一般的に鬼の姿を普通の人が見ることはできない。これは異空間である谷の中に潜んでいたり、人目に付かないように擬態していたりするからだ。そのため基本的に魔法少女しか鬼は倒せない。
そんな鬼を倒すのが、魔法少女と呼ばれる少女達である。魔法獣と契約を交わし、1つの願いと引き換えに鬼との戦いを運命付けられる。願いを叶えてもらった魔法少女は、その願いに準じた力を手に入れる。その力は使える魔法という形で現れる。ある人の怪我を治したいという願いであれば、再生・回復系の魔法が使える様になったり、ある人の言うことをみんなに聞いてもらえるようにしたいという願いであれば、幻惑系の魔法が使えるようになる。それは一概にそうであるとはいえないのだが、そうした傾向にあると言えよう。魔法には属性があり、火・水・風・土といった基本属性に加え、光・闇などといった特殊属性がある。回復魔法は光属性で、幻惑魔法は闇属性だ。属性もその魔法少女の素質に由来するもので、得意不得意がある。魔法少女はこの魔法を使って鬼を倒すことになるのだ。
そして、先ほど真理が囚われていた異空間は谷と呼ばれるものだ。これは世界の歪みによりぽっかりと穴のように開いた空間で、自然にできたものもあるがほとんどの谷は鬼が作り出したものだ。人間には知覚できない谷は鬼にとって格好の罠で、道端に仕掛けておいたり、近くにいる人間に目掛けて作り出したりするのだ。魔力によって空間を捻じ曲げられ作り出した谷は、鬼にとって都合のいい空間で、それぞれ特性を生かせるような空間に仕立て上げている。魔力を扱えるものしか出入りできず、運悪く谷に囚われた人間は谷から逃れることはできない。魔法少女であれば、自身の知覚や道具を使って谷の位置を特定でき、中に入って囚われた人を助け、鬼を倒すことができるのだ。
ちょうど辺りを歩いていたアテネが、『深淵猫』の作り出した谷に気付き真理を助けたということだった。
「……ということよ」
「ふむ、なるほど……なんだか、小説や漫画アニメの中の話のようだ」
「まったく普通はそう思うでしょうね」
突拍子もないような話をなんとか噛み砕いて頭の中に入れる真理。いくら突拍子もないと言っても、まさか自分が目の前で見たものが幻想なはずがない。たしかに自分が見たとなれば、アテネの言う話も本当ということになる。もしかしたら、自分は鬼に殺されていたかもしれないと思うと、ぞくりと寒気が背筋を這い回った。
「そんな話があったなんて、今まで聞いたこともなかったよ」
「それはそうね。誰が聞いたって嘘だと思うだろうし、何よりそう言う話は表沙汰にならないし。例えば神隠しとかってあるじゃない、あれは半分が自分から失踪、残り半分が鬼によるものよ」
「な、なんだって……!?」
「君だって現にそうなりかけていたじゃない。あのまま谷に囚われていたらまもなく死んでいたわ。いえ、あんな濃い瘴気に当てられたなら普通はまともにいられないわ」
アテネは深く嘆息する。
「それがわからないのよね……なぜ、君がこんなピンピンとしているのか。私だって伊達に魔法少女やってないけど、初めてよ、こんなこと」
「そんなこと言われてもなぁ……なんだって、こんな話今日初めて聞いたばかりだし」
疑いの目を持ってアテネは真理の顔をじっと見る。
「……さっき、『深淵猫』、あの化け猫のことね、それに攻撃された時、君は受け止めたよね。あれは触れたものの生気を吸い尽くす類いなのよ、魔法少女でもそのまま触れればアウトな代物。それをただの人間である君は右手で何のことなしに受け止めた! これはどういうこと!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなこと言われても、俺は何も知らないぞ! 大体俺だって何が何だかわからないんだ。あの化け猫の吐き出した黒いあれだって、なんか腕を伸ばしただけだし、それがなんで何ともなかったなんてわからないんだ!」
「……ごめん、ちょっと熱くなっちゃったね。君もわからないんだね、そうか」
アテネは頭を冷やそうと、真理に洗面所の位置を尋ね、アテネはリビングルームを後にした。
洗面所で蛇口をきゅっと捻って水を出す。じゃばじゃばと流れ出す水に手を突っ込み、顔を洗う。熱く火照っていた顔が、冷たい水を浴びて徐々に熱が引いていくのが感じ取れた。
「はぁ、だったらあれはなんだというの……」
アテネの独り言が洗面所に木霊する。
「魔法少女ではないから、魔法ではない。となると、能力?」
アテネは一つの可能性を上げる。能力とは、ごく一部の人が生まれつき持っている超常的な力のことである。手のひらの中から炎を生み出したり、電気を操ったり、と普通の人からではできるはずもないことができてしまう、それが能力者だった。能力に関しては世間では知られておらず、ごく一部の人しか知らない代物だ。
「あれが能力だとすれば納得がいく」
能力は様々な種類があるとされている。アテネも機会があって能力者達の組織、SASを知り、話を聞いたことがあったが、その時に誰も知らないような得体のしれない能力なんてものがあるかもしれないことを聞いた。
鬼の使う力を無効化できる能力なんてものがあるかもしれない。
神内真理がその能力を持っているかもしれない。
「……だからって言って、どうってことじゃないんだけど」
アテネは普通では耐え切れないはずの谷から自分の助けがあってだが何の後遺症もなしに生還し、その上鬼の使った力をただの右手で受け止め無効化した神内真理という男のことが気になった。その能力が、どうしても気になった。
「もしかしたら、あの鬼だけでなく、他の鬼の力も無効化できるかも……」
そう思うと、ここで真理と別れるのは得策ではないと感じた。鬼を倒すという使命、その上自らの願いを考えると、真理と一緒にいると何か得られるかもしれない。能力とはいえこんな面白い力は見たことがない、これはきっと縁に違いない、だからこれは逃すべきでない、と結論付けた。
「よし、決めた。神内真理、あなたについていくことにするわ」
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「なんで食べる側なんだ」
真理は思わず呟いた。
それもそのはず、アテネはイスにちょこんと座っていたのだ。
「だって他人の家の台所って使い勝手が違うんだから」
「いや、だからといって手伝わないって理屈にはならないぞ。食器とか運べ」
「はいはい」
アテネは洗面所から戻った後なんだかんだ話を続け、気づいたら22時になっていた。二人とも晩御飯を食べていなかったので一緒に食べることになった。
真理はいつも料理を作らない母親の代わりに料理を作っていたため、あまり見栄えはいい料理は作れないが、それなりの料理を作ることができた。
その日の晩御飯は時間がなかったのでチャーハンとほうれん草の煮浸しだった。
二人はそれらをあっという間に平らげた。男子学生である真理はともかく、アテネも相当お腹を減らしていたのだった。かなりの量あったはずのチャーハンをペろりと平らげていた。
「いい食べっぷりだな」
「それほどでも」
「褒めてはないんだけど……」
真理は嫌味が不発に終わったことに肩を落としながら食後の紅茶を用意する。
「あら、気が利いてるのね」
「さすがに命を助けてもらった恩人だからな。これくらいはするさ」
「ありがと」
アテネはカップに口をつけ、中の琥珀色の液体を口に含む。
ごくりとアテネの喉が鳴り、液体は嚥下された。
「……ティーバックなのね」
「何を期待したんだよ!」
「てっきりお茶葉から用意しているかと……」
「そんな訳ないって……というかなんだか図々しくなったな」
「まぁね」
アテネはティーバックの紅茶をおいしそうに飲んでいった。
「なかなか悪くないじゃない」
「それはようございました。竜崎さんは紅茶をよく飲むのか?」
「え、全然」
「……」
「いや、だってめんどくさいじゃない。いつもは麦茶よ」
「なんとも庶民的な……」
「紅茶を飲んでいないからって庶民的ってそれは間違っているわ」
「はいはい、すいませんでした」
真理はお手上げ、と諸手を上げて降参を示した。
「それならよし。そうそう、言っておこうと思っていたんだけど……」
「ん、なんだ?」
「これからしばらくこの家に住まわせてもらいたいんだけど」
「…………はぁ?」
アテネの唐突な発言に真理は呆然とするしかなかった。