30話 瞋恚(しんい)の炎
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ほむらは走っていた、全感覚を集中させて。
あかりを探し出す、その一点に集中して。
あかりの出すわずかな魔力の痕跡を頼りに走っていた。
ほむらの行く先を邪魔するものは躊躇うことなく、蹴り飛ばしたり炎剣で切り伏せたりした。
ほむらはやがて地下2階にある室内多目的コートの扉の前にたどり着いた。
中からは複数の人の気配がする。戦いの気配はしないが、血の匂いが漂っている。
魔女特有の魔力とあかりの魔力と微弱な魔法少女の魔力を感じた。
ほむらは扉を蹴り破った。扉は分厚く大きなものであったがほむらの前では木製ののそれと大差なかった。
扉を開けた先には『闇の羽衣』を纏う『常夜の姫君』がいた。
傍らにはあかりを捕らえたままのオウルがいた。
部屋の隅には二人の人が倒れていた、血まみれのまま。
「何が起きてる・・・?」
ほむらは思わず目の前の状況に対する疑問を口にした。
見たところ部屋の隅で倒れている二人が学校の制服を着ていることからこの学校の生徒であることが分かった。
体格からまだ1年生だろうと感じた。
ほむらは感じられる魔力が消えかけているところからかなり危ない状態だと感じた。
「貴方が『常夜の姫君』ね」
ほむらは部屋の隅に平伏す二人の1年生を庇うように『常夜の姫君』の前に立った。
ほむら自身はあかりを捕らえられていることによる怒りですぐにも『常夜の姫君』を殴り飛ばしたいと思ったが、『常夜の姫君』に敗北した魔法少女と協力者の二人を見て、自身の中で煮えたぎる怒りを押し殺した。
ほむらは『常夜の姫君』から視線をそらすことなく後ろの二人に魔法を行使する。
「汝、命の灯火を輝かせよ『命の焔』」
赤く優しげな光が二人を包む。
『常夜の姫君』はほむらのやることをじっと見た上で口を開いた。
「貴女は何しにきたのかしら、こんな殺伐としたところへ。ここに来るということは私の前で平伏す覚悟はできているというわけなのね」
外見はまだ10歳ほどでしかない少女なのであるが、身体を纏う黒い霧のような『闇の羽衣』と傲慢を鼻にかけたような話し方はほむらに一抹の恐ろしさを感じさせた。
「私はそこにいるあかりを奪い返しに来た、貴女達魔女の好きにさせるつもりなんて毛頭ないわ」
「ふふっ、貴女の言うあかりっていうのはこの『天使を宿す者』のことかしら、残念ね。これは私のものよ」
「ならば力ずくで奪い返す」
ほむらは『常夜の姫君』に飛びかかった。
手には何も持たずただ拳だけで立ち向かっていく。
ほむらは自分自身に身体強化の魔法をかけていた。
そのため下手な武器を使うよりも生身の方が強かったりする。
一方『常夜の姫君』は身に纏う『闇の羽衣』で応戦する。
身体強化の魔法のかかったほむらの拳と『闇の羽衣』がぶつかり合い火花を散らす。
ほむらの拳が赤い光を放ち、『闇の羽衣』が紫の光を放つ。
何度もほむらは『常夜の姫君』を殴りつけた。しかし、どの攻撃も『闇の羽衣』に防がれ阻まれた。
むしろ『闇の羽衣』を編んで作られた槍で受けた傷の方が多かった。
ほむらのコスチュームである浴衣はすでにボロボロになっていた。
「くそっ!」
ほむらは大きく後ろに跳んだ。そして魔法を詠唱する。
「我の生命を喰らいて、ここに現出せよ。『火炎処女』」
ほむらの前に輝かしい焔そのものである少女が現れた。
その少女、『火炎処女』は『常夜の姫君』に向かって飛び出した。
主人であるほむらのために、敵を倒すという目的を持って。
『火炎処女』が飛び出していく様を見て『常夜の姫君』は一層笑みを深くした。
「所詮そんな程度かしら」
『常夜の姫君』は左手を頭上に持ち上げた。
「魂を持つ者持たない物全てに捧げる、一抹の希望と塗りつぶされるほどの絶望を。『悪夢』」
『常夜の姫君』の放った魔法は黒いオーラだった。そのオーラは瞬く間に球状をとって広がった。
その衝撃を受けてほむらは吹き飛び、『火炎処女』は消滅した。
「がはっ」
ほむらは胸に込み上げてきたものを吐き出した。それは赤くそれでいてどす黒いものだった。
「ふふふっ、無様なものね」
『常夜の姫君』は笑みを張り付けたまま言う。
「守りたいと願いながら守れもせずに無様に死んでいく。所詮その程度だったわね。もっと手ごたえがあるもんだと思っていたんだけれど」
「お嬢様、それはお嬢様が強すぎるためです」
オウルは追従する。
「ふふっ、貴女はほむらというのでしたっけ。貴女は黙って燃え尽きる炎のごとく守りたいものを失う様子を見てなさい。それまで貴女のことを殺さないで上げるわ」
『常夜の姫君』は『闇の羽衣』の形を変え、祭壇を造った。
「さて、これから儀式を始めるわ。オウル準備を」
「はい、お嬢様」
『常夜の姫君』とオウルはあかりの持つ力を『常夜の姫君』のものにする儀式の準備をしている。
その様子をほむらは先に倒れた早苗や大輔と同様に地面に這いつくばったまま見ていた。
(私はこのまま何もできないままいなければならないのか)
ほむらは憤りを感じていた。それと同時にとりとめのないことが頭をよぎる。
(不思議なものね、私は魔法少女になった時は自分自身のことしか考えていなかった。いかに私の両親を殺した『七つの大罪』の「暴食」の餓鬼を倒すか、そのためにどうしたらいいかっていうことしか考えてこなかったし、復讐を願っていた。
だけど、今はどうだろう。あかりのことを守りたいっていう願いを持っている。
あぁ・・・さっきの一年生はどうかしら。あれほどの傷を受けて。私が人のことをいえる立場じゃないけど。一応回復魔法掛けといたけどなんとか大丈夫かしら。見殺しにしたらあかりに後で怒られそうだし、それ以前にあんな化け物相手によくあの程度で済んだっていうのもあるし。
って何を考えているんだろう、私。
不思議なものね、ほんと)
ほむらはそんなことを考えたまま目の前が霞んできたのを感じた。
そして目の前が真っ暗になった。
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ほむらは目を開いた。
なにやら声が聞こえたからだ。
目をあけるとそこは一面青色だった。青色でそれはゆらゆらと揺らめいていた。
(あれっ、私はたしか『常夜の姫君』に殺されかけて・・・)
ほむらが考えていると再び声が聞こえてきた。
「汝、聞こえているか」
ほむらはその声に応える。
「はい、聞こえています」
「ならば話を進めていこう。汝は今何を望んでいるのか?」
「はぁ?」
「汝は魔法少女になる際に『強い力がほしい』と願った。今はどうだ?」
「今は・・・」
ほむらは深く考えずに自分が今願っていることを言った。
「私は、私の親友であるあかりを助けたい」
「いい返事だ」
その声は少し喜んだように言った。
「それならば汝に我の力を与えることができる、それ受け取れ」
ほむらは目の前に現れた蒼い光を手に取った。
「それは汝の願いに応えるものだ。大事に使え」
声はだんだんと遠ざかっていく。
「ちょっと、あなたは何なんですか?」
それに対して声は応える。
「我の名はイグニス。また会える日を願って」
ほむらの目の前は再び暗くなった。
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「そろそろね」
「そろそろです、お嬢様」
先ほどからあまり時間を置かずに儀式は完成しようとしていた。
そんな中、ほむらは立ち上がる。手に何かを握りしめながら。
そんなほむらの様子に『常夜の姫君』とオウルは振り返った。
「まだよ、私は貴方達からあかりを取り返す」
ほむらは魔法を唱える。
「我に力を貸せ、『蒼炎』」
その魔法によってほむらの姿は蒼い炎に包まれる。
先ほど気がついた早苗と大輔はその姿に見とれる。
ほむらを包んでいた蒼い炎は落ち着き、ほむらの姿を変える。
それまで着ていたボロボロの浴衣は新品のごとく綺麗になっており、浴衣そのものが炎であるかのごとく蒼く光っていた。
ほむらの拳は蒼い炎を纏っていてガントレットのようになっていた。
そしてほむらの瞳は蒼い光が灯っていた。
「叩きのめしてあげるわ」