29話 闇の羽衣
大輔の投げつけた『閃光弾』によって視界は白く染め上げられた。
しかしそれは一瞬のことで、『常夜の姫君』が再び視界を取り戻したときには刀を振り上げる早苗が目の前にいた。
「『雷鳴剣』!」
雷を纏わせた刀が『常夜の姫君』を切り裂く。
それを『常夜の姫君』は黒い霧でガードする。
「私の『闇の羽衣』の前では無効だよ」
「っ!」
早苗は後ろに飛び退った。
それと同時に早苗がいた位置に黒い霧が突き刺さる。
「厄介ね」
「早苗、怯まずに攻撃を浴びさせろ」
大輔が早苗に声をかける。
「俺も加勢する。いでよ、『縞模様の正義』」
大輔の呼び掛けに呼応して大輔の手に光が集まった。それは姿を形作り、剣となった。
水色の横縞の付いた全体的に白い剣だった。
「うらぁぁぁ!」
大輔が剣を構え『常夜の姫君』に向かって突進を敢行した。
早苗に気取られていた『常夜の姫君』は大輔の一撃を受け止めきれなかった。
その一撃は『常夜の姫君』の白いブラウスを切り裂き、肌に切り傷を作った。
致命傷ではなかった。
「・・・」
『常夜の姫君』は早苗や大輔から距離をとるために後ろへ大きく飛んだ。
そして一層濃い『闇の羽衣』を身に纏った。
「油断したわ、まさか一撃もらうとは思ってもいなかったわ」
「私もよ、ここまで硬いとわね」
『常夜の姫君』の呟きに早苗が言葉を重ねた。
大輔は先程使った剣が姿を失っていくのを横目で見ながら新たな紙を手にした。
大輔が使っていたのは“霊符”といい、魔力を流し続けることによって力を得ることができる法具と違う。
霊符は魔力を流すことなく発動できる、魔力をあまり持たない大輔を含む協力者の主力となる武器だ。
持ち主の設定した発動キーを起点として法具と同等ないしはそれ以上の効果を発揮する。
難点は霊符自体に魔力を仕込むため、基本的に一回きりしか使用できない。
そんな大輔はこの戦いに備えて霊符を大量に所持している。
自分の身を守ることはもちろん、早苗をサポートし戦いに終止符を打つために様々なバリエーションを取り揃えている。先程の攻撃の『縞模様の正義』や補助用の『閃光弾』がそれに該当する。
「いくわよ」
早苗は再び刀を構え『常夜の姫君』に切り掛った。
しかし、『常夜の姫君』の纏う『闇の羽衣』に阻まれた。
「ちぃっ」
早苗はめげずに刀を振り下ろす。
「無駄だよ」
「あきらめるなんてしないわ」
早苗は刀を振り回す傍らで魔法を詠唱する。
「『雷撃』四重連撃!」
早苗の周りの空間から雷が迸る。それらは全部で4つあった。4つの雷は『常夜の姫君』に殺到した。
そしてその雷は『常夜の姫君』の矮躯を射抜いた・・・ように見えた。
『常夜の姫君』は『闇の羽衣』でその雷全部を防いでみせた。
「なによ、あれ」
「どうやら物理耐久もさながらのことながら魔法耐久も相当のもののようだな」
早苗の心の中から漏れ出した呟きに大輔は律儀にコメントした。
「とりあえず殴るしかないわね」
「そうだな」
早苗と大輔は顔を見合わせて頷いた。
それと同時に一斉に『常夜の姫君』に飛びかかった。
早苗は黄金に光る刀を下からすくい上げるようにして、
大輔は新たに出した拳銃タイプの霊符『デァリグ・タッチ』を連射しながら、
『常夜の姫君』の纏う『闇の羽衣』を突破して撃破するべく攻撃を繰り出した。
しかし、全ては『闇の羽衣』によって防がれた。
『闇の羽衣』も万能ではないため度重なる斬撃や銃撃によって次々と穴が開いていく。
しかしその攻撃を上回る速度で『闇の羽衣』が修復されているのだった。
『常夜の姫君』の持つ膨大な魔力によって『闇の羽衣』は完全な盾としての役目を果たしているのだった。
当然相当の強度を誇る盾はそのまま振り回すだけでも攻撃として成り立つ。
『常夜の姫君』は『闇の羽衣』の一部を槍の形に変え、早苗や大輔に攻撃を加えた。
その攻撃を早苗や大輔は防御、回避を繰り返すものの捌ききれなくなった被ダメが重なり、劣勢になり追い詰められていった。
「はぁはぁ・・・」
早苗は短く息を吐き続ける。
すでに戦い始めて30分ぐらい経っている。ここまで長丁場の戦闘は経験がない。
「もうそろそろ尽きそうだ」
大輔はポケットに手を入れながら言った。
たくさん持っていた霊符もそこを尽きかけていたのだ。
「くそっ、こんなところで負けるわけにはいかないぜ」
大輔はこれで何度目になるかわからない突進を敢行した。
「うおぉぉぉぉ!」
大輔は物干し竿の霊符『聖域解放』を振り回した。
当然『闇の羽衣』に阻まれ、そして胸を突き刺された。
「あがぁっ」
「大輔!」
早苗は大輔が刺された姿を見て目の前が真っ白になるのを感じた。
今まで一緒に、魔法少女と協力者という関係になる前からずっと一緒にいた。
そういう関係になってからも、ここまで互いが死に近づくということは今まで一度もなかった。
何度か危ない状況はあったが、それは戦闘を行う上であって生死に関わる程度ではなかった。
早苗は幼馴染であり変態でもある大輔のことを好ましく思っていた。
いくら大輔が変なことを喚いていたとしても(その場では殴ったりはするだろうが)、けして避けたり疎んじたりすることはない。今後もけしてしないと早苗は思っている。
早苗はこれはけして恋ではないと思っている。今まで一緒にいたからこその、あくまで好意の域しかないと思っている。
それが目の前で大輔が死に近づいていく姿を見せられ、早苗はもう何も考えることができなかった。
ただひとつ心の中で漂っていたことは『大輔を助ける』。それだけだった。
「うあああああああああああああ!」
早苗は刀をめちゃくちゃに振り回した。
その斬撃は、当然のごとく『闇の羽衣』に受け止められ、早苗は弾き飛ばされた。
そして、『闇の羽衣』から伸びた槍に突き刺された。
「はがぁっ!」
早苗は血を吐いた。
早苗は目の前が真っ白くなっていたのが真っ黒くなっていくのを感じた。
自分の死が目の前に来ていることを実感した。
隣に大輔が『闇の羽衣』に刺されたまま力なく吊り下げられているのが見えた。
「さようなら、早苗ちゃんと大輔くん」