28話 邂逅
早苗と大輔はレオ達と別れた後、廊下をしばらく歩き、ついに地下2階にある室内多目的コートの扉の前にたどり着いた。
その場所はそれまでと違い、疾気が漏れ出ていた。
「じゃあ、開けるよ」
「あぁ」
早苗は鈍色の扉を押し開けた。
そこは異質な空気が流れていた。けして真っ暗闇という訳ではないのだが、目には見えない何かが蟲めいていて、こちらが気を抜くとあっという間に喰われる、そんな空気だった。
多目的コートの中心に一人の少女が立っていた。まだ10歳ほどの背格好で白いブラウスを着ていた。そして顔立ちは年相応なのだが、目つきや表情はもはや人のそれではなかった。
その少女は言葉を発した。
「ここまで来た者がいたのね」
その声は少女のものではなく、どこか妖艶な成熟した女性のようであった。
「『常夜の姫君』、なぜ貴女はここにいるの?」
早苗は尋ねた。
「なんだ、わかっていなかったのか、魔法少女よ。まずは自己紹介が先ではないの?礼儀的にね」
「はぁ、まさか魔女に礼儀を説かれるとは思わなかったわ」
「私が誰であろうと、相手に何かを聞く時にはまず自分から名乗るべきだって親から教えてもらってないの?」
「・・・わかったわ。私の名前は柴早苗。魔法少女よ」
「ええっと、俺の名前は安部大輔だ」
「ふむふむ、早苗ちゃんと大輔くんね。
私の名前は、まぁ『常夜の姫君』って呼ばれるけど、お父様からもらった正しい名前はクリスティーナ・ダーク・ナイトメアよ。クリスって呼んでほしいわ」
それを受けて大輔が問い掛ける。
「わかった、クリスちゃん。いくつか聞きたいことがあるんだけど答えてくれるかな?」
「うん、いいよ、答えられる範囲でだけどね」
早苗はフランクに話し掛ける大輔をいぶかしげに見た。もしかしたら大輔が幼女の姿をしている『常夜の姫君』に心を奪われてしまったのかと思ったからだ。大輔が好きなのは幼女だと知っているからこそ心配に思った。
しかし、大輔の目は今まで見たことのないくらい真剣さを湛えていた。幼馴染として今まで一緒にいた早苗がそう感じるのだからその真剣さは余程のものである。
「まず、一つ目なんだけどね。なぜクリスちゃんは魔界からこっちに来たのかな?」
大輔はそう言いながら様子を伺っていた。
「それはお父様の言い付けに従ったから。この混界で力を身につけなさいって言われてなの」
「そうか、わかった。じゃあ、二つ目いくよ。ここで何をするつもりなのかな?」
「・・・力を身につけるためよ」
「どうやって?」
「どうしても言わなきゃ駄目?」
『常夜の姫君』は上目遣いで大輔に向かって言った。
しかし大輔は意に介さずに言う。
「どうしても。知りたいんだよ、俺は」
「・・・わかった。教えてあげる。
この学校には“天使”を身に宿す生徒がいるわ。その生徒の力を取り込むのが目的よ。もう目星は立って、回収しているわ」
「で、その“天使”の力を取り込むとどうなるんだ?」
「今まで私が成し遂げられなかった混界の支配ができるの。これでお父様から褒めてもらえるわ」
「ふぅ・・・」
大輔は息をついた。
そして小声で言った。
「早苗、準備はいいか?」
「えっ!?」
大輔は声を少し張り上げて『常夜の姫君』に言い放つ。
「クリスちゃん、君の言いたいことは分かった。
それを聞いた上でひとつ言わせてもらおうか。
悪いんだけど、魔界に帰ってもらえないか?」
「いきなり何を言うかと思えば、大輔くん。
それは無理だよ」
「なら、実力行使だ」
そう言うなり、大輔はポケットから取り出した。紙切れ一枚を投げつける。
「『閃光弾』」
大輔の投げつけた紙切れは何かに導かれるように『常夜の姫君』の目の前で光り出した。
その光はあっという間に部屋を埋め尽くすほどの光を撒き切らして瞬いた。