26話 覚醒
アテネは魔法を紡ぎ出す。
「風に身を包みし幻想の世界の蓮よ、華開け!『風蓮槍』」
アテネが生み出したのは、アテネがよく使う『風槍』よりも大きく、先端が華の形をしている風の槍だった。
「喰らえぇぇぇ!」
アテネは右手にグリフィン、左手に『風蓮槍』を持ち河野に肉薄した。
対する河野は
「我に仕えし遣獣よ、我の矛となれ、蛇剣『泡飛沫』」
蒼く輝く両刃の大剣を作り出した。
アテネと河野は学園長室の中央で激突した。アテネは鎌と槍を、河野は大剣を携えながら。
一方で、真理はと言うと・・・
「なんとか先輩・・・」
「いやだから、俺には新川って名前あるから!なんとか先輩って名前はやめてくれ!」
「わかりましたよ・・・新川先輩。
一つ聞いていいか? 」
真理は拳を構えたまま問い掛けた。
「答えられる範囲でなら答えてあげるよ」
新川は腕組みしたまま答えた。
「なぜ、魔女である河野先生に従っているんだ?何か理由でもあるのか?」
「うーん、理由ね。僕でもわからないよ」
「わからない・・・?」
「そうさ、なんでかわからないけどさ、あの人に付いて行きたいってね」
「そうか、俺にはわからない」
「まぁ、わかってもらえるとは思っていなかったからいいけどね」
「だいたいなぜ河野先生について“日常”を壊すまねをするのか、わからない。いくら平和とか掲げていても、他の人の“日常”を邪魔する奴は全く信用置けないしそんな奴は嫌いだ」
「なるほどね、君はそういったことを考えるのか。
神内君、君に一つ教えてあげるよ、どこかの言葉なんだけどね、
『停滞は何も生まない、世界は常に変化するもの、人はその変化にただ流されるのみ』」
「!」
真理はこの言葉をどこかで聞いた気がした。
(昔、誰かが、俺に言った言葉だ・・・)
真理は頭に痛みを感じた。
(暗い納屋みたいな場所で、その言葉を言った奴は俺に何かさせようとした・・・)
「神内君、わかるかい?河野先生、いや、河野“様”はこの世界を変えようとなさっている。
これはある意味世界の変化が起きようとしているんだ。君にはこの変化を止めることはできない」
「何が言いたい?」
「君には変化を止める力がある、だけど力を奮う資格はない。」
「資格?」
「そうさ、力とは変化のこと、変化を望まない君は力を使ってはいけない」
「俺はそこまで・・・」
「だから、君にはここで世界の変化を見届ける役をあげるよ」
新川は腕組みを解いた。
右手には拳銃が握られていた。
「拳銃か?俺を殺す気か?」
「大丈夫、脚を撃ち抜くだけだから。君には魔法とかそういったものを打ち消す力がある。だけどこういう物には無力だろ?」
新川は手に持つ拳銃をくるくると回す。
「これ以上邪魔はしてほしくないんだ。なんといっても河野様が力を手に入れてこの歪んだ世界を正常なものに変えようとなさっているのだから。だから僕はここで君を足止めする、文字通りね」
「くそっ!」
「助けを求めても無駄だよ。竜崎さんは河野様と絶賛バトル中だし、学園長も手が放せないようだしね」
学園長は部屋の隅でどこからか現れた河野の配下の男子と取っ組み合いをしていた。
「さぁ、君の出番は終わりだ」
その直後、銃声が鳴り響いた。
一瞬の間を置いて、皆がその方を向く。そこには拳銃を構えたまま直立する新川と、床にひざまづき右手をだらりと伸ばす真理がいた。
「真理っ!」
アテネは叫ぶ。
「残念ね、神内君」
河野は呟く。
「神内君・・・」
学園長は取っ組み合いしていた相手を殴り飛ばし、呻く。
「河野様、やりましたよ」
新川が歓喜の声を上げる。
そして声が響く。
「このまま立ち止まったままでいられるかっ!」
その直後、新川の顔面に真理の拳が突き刺さった。
「なにっ・・・」
新川は想定していなかったいきなりの攻撃に為すすべもなく後ろに跳んでいった。
「俺はそういう傲慢なところを許さねぇ!自分のことを正当化して他を省みないその精神を悔い改めろ!」
真理はそう言うなり拳をよりきつく握る。その拳を淡い光が覆う。
「おおおぉぉぉ!!!」
真理は拳を新川にぶつけるために駆け出す。
新川はそんな真理を見て無我夢中に拳銃を撃った。
しかしその銃弾はどれも真理の身体にぶつかることなく弾かれるようにして飛び散った。
そして白い光を帯びた拳は再び新川の顔面にその勢いを余すことなく吸い込まれていった。
新川はそのまま壁に激突し力尽きた。
手から拳銃が離れ、ゴツッと音を立てた。
河野は声を上げた。
「近藤!手に入れたか?!」
するといつの間にか現れた少女が河野の隣に立っていた。
「ここに」
近藤と言う名の少女は手にしたものを河野に渡した。
それは、河野が求めていた願いを叶える腕輪の法具だった。
「おい、それは・・・」
学園長は悲痛の声を漏らす。
「目的のものは手に入れたわ。後は動かすだけよ」
そう言うなり河野は目にも止らぬ速さで部屋を出ていった。
「待ってくださいよ~」
近藤という名の少女も部屋を出ていった。
河野とその配下の者が部屋を出ていった後。
「結局奪われてしまったのね・・・」
アテネは拳を強く握り締めながら言葉を震わした。
「竜崎君、神内君、まだ諦めるには早い。追いかけよう」
「行くぞ、竜崎」
「わかっているわよ。
それと学園長、いくつかいいですか?」
「なんだね、竜崎君」
「河野先生の目的が何かわかりますか?」
「あぁ、彼女の目的は力を手に入れることで『七つの大罪』の仲間入りすること。たぶん『色欲』あたりになるつもりだろう」
学園長のその返答に二人はそれぞれの反応を示した。
「『七つの大罪』ってなんだ?」
「鬼の一番強いのっていう認識で十分よ、真理。後で詳しく教えてあげる。
それともう一つ。学園長、あなたは何者ですか?」
「・・・ここでその質問がきたかい」
「えぇ、こちらの事情も『七つの大罪』のこともよくご存知なようですからいったいどういった方なのかと」
「今ここで言わなければダメかい?」
「できれば教えて欲しいですね、私が命をあずけてもいい相手なのか知りたいですから」
「なるほど、なら教えてあげよう。
神内君もよく聞いているといい。
私は海堂左丹、ここの学園長であり、元は『七つの大罪』で『憤怒』を司っていた。
神内君にもわかる説明をすると、私は鬼なんだよ。しかもそれもかつてはトップのね」
「そうなのか・・・」
「なるほどね」
真理とアテネはそれぞれ納得した。
「で、なんで鬼のトップだったあなたがここで学園長なんかやっているんだ?」
真理は疑問をぶつけた。
「それはこの本を読んでもらえばわかる」
そう言って学園長は自伝を手渡した。
「・・・」
「こらこら、捨てようとしないでくれっ」
「まぁわかったわ、ホントは鬼と聞いただけで貴方を八つ裂きにしてあげたいところだが、今はそんなことを行っていられないわ」
「わかっているよ、君がそういう人だっていることは。そう今はあの法具を取り返さなければならない」
「とりあえず、河野先生を追いかけて取り返すしかないね」
「取り返すって、竜崎大丈夫か?」
真理はアテネの顔をまじまじと見ながら言う。
「大丈夫よ。もう遅れを取られるつもりはない、全てを出し切って倒す」
真理はアテネの顔に自信と、覚悟が表れていると感じた。
「行くわよ、思い通りにさせないわ」