表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第1章 『水蛇の女王』
3/123

プロローグ

*2013.10.14に完全改稿を行いました。

 ■■■


 闇がどこまでも広がっている空間。辺りを見渡そうにも何も見えず、しいて見えるとすれば黒という一色のみ。そもそも瞼を開いているのか開いているのかさえ分からない状態。そんな空間に“私”は浮かんでいた。浮かんでいたといっても実際にそうなのかはわからない。なんといっても見えないのだから。ただ浮遊感が“私”を支配しているだけだ。あまるで海の中にいるように思えた。


 なぜこんな場所にいるか見当もつかない。たしか“私”は学校から帰って……あれ? 学校ってどんなところだったっけ? 言葉の意味は分かるけど、どういったものかわからなくなっている。頭の中を黒い靄が覆い尽くして記憶を取り出そうとするのを邪魔してくる感じがする。そのせいで“私”は何も思い出せない。そもそも“私”がなんだったかさえ思い出せない。“私”は一体全体ぼけてしまったというのか。


 何も思い出すことができないというだけでなく、この真っ暗な空間では何もできやしない。腕を動かそうにも腕の感覚がない。肩の筋肉が動く感触がするはずなのにそんな気配さえない。まるで腕が切り離されたような、いやそもそも体が存在するかさえわからない。身じろぎしようにも体が動かない。息ができないにもかかわらず苦しさを感じない。これってそもそも“私”の体は存在するのか?


 どうすることもできない闇の世界で、“私”は絶望を感じた。自分が何者かさえわからないままこの世界に囚われた、そんな“私”はどうなってしまうのか。



 そんな永遠無窮に思えた世界に一本の光が現れた。闇に覆われた空間にいた“私”はその眩しさに目を瞑った。瞑ろうとして瞑れた。今まで体が動かなかったはずなのに、光が現れた瞬間、動くようになったのだ。“私”は腕を動かして目の辺りに持っていく。動く、腕が動く。初めからそこにあったかのように、“私”の意志に従って動いた。


 光が“私”の目を刺しその痛みに打ち震えながら体が動くことに歓喜した“私”は、痛みをこらえながらその光に照らされた辺りを見渡す。どこかの洞穴のようだ。剥き出しの土が床や壁、天井を覆っている。“私”はそんな場所に横たわっていた。天井に気付いたのは単に光に包まれた少女のおかげだ。


「聞こえる?」


 ぼんやりとしていると、いきなり声が耳につんざくように聞こえた。あぁ、この少女が発した声か。今まで全く音がしなかったから、余計にその声が耳に大きく聞こえたが、よく聞けばその声は鈴を転がすようなかわいらしい声だった。


「あら、ちゃんと聞こえているようね」


 あれ、返事なんてしていないのに。なんでこの少女は“私”が聞こえると判断したのだろう。仕草からかな? まさか心の中を覗いているなんてことはないだろうけど。


「まぁ、聞こえているようならいいわ。思ったより状態が良いようね、てっきりこの“谷”の瘴気具合からアウトかと思っていたけど。もっとも、もう少しでアウトだろうけど」


 ……この少女は何を言っているのだろう。わからない言葉が多い。“谷”とか瘴気とか。どういう意味なのだろう……そもそもこの少女は何者なのだろう。


「えっと、こういった時はとりあえず元にところまで引っ張らないと戻らないんだっけね」


 目の前の光り輝く少女は手のひらを開き、謎の文言を呟く。すると、手の中に一本の真っ白い縄が現れた。


「とりあえずこれに掴まっておきなさい」


 えっと……言うとおりにしておこう。


「掴まったね。さて、行くわよ。こんなところにいたら全く辛気臭くなっちゃう」


 って、わあああ! なんでそんなに飛ぶように走っていくの!





 ■■■


 神内(じんない)真理(しんり)という名の少年は目を見開いた。そこは墓地の近くの公園で、日はすっかり暮れていた。夜のうすら寒さが、真理の意識を完全に覚醒させる。


「あれ……」


 たしか先ほどまで不思議な空間にいたはずだ。真っ暗で記憶があいまいになる、そんな不思議な場所。今思えば命の危険があったんじゃないかと体に震えが走る。

 真理は男子高校生だ。墓地の近くにある家に住んでいて通っている高校からわりかし近い。家には父親はおらず、働いていてなかなか家に帰ってこない母親がいる。そのため真理は半ば一人暮らしに近い生活を送っている。

 そのため、もしもあのまま少女が助けてくれなかったらと思うと、ぞっとする。誰も助けに来てくれずきっと死んでしまうかもしれなかった。最近この地域では神隠しという現象が何件か起きている。どれも突然いなくなってそのまま帰ってこないという事件だ。今まさに自分の身に起きたことは神隠しでないか。そう考えるとそれを助けてくれた少女のことが気になった。


「あ、あの子は!?」


 しかし、回りを見ても自分以外だれもこの公園にいないようだった。時間も時間ということもあって辺りは静寂に包まれている。


「あぁ、お礼を言いたかったのに……」


 そう言いながら真理はがっくりとうなだれる。闇の中から現れたその姿は光に包まれていてよく見ることができなかったが、自分より背丈が低く華奢な様子だということを覚えている。声も鈴を鳴らすようなかわいらしいもので、お礼という意味だけでなく興味という観点から一度会いたいという気持ちがあった。


 ふぅ、とため息をつき再び辺りを見渡す真理。そんな真理の視界の隅に黒い影が映りこんだ。何か動き回る二つの影。

 真理は何かを感じ、その影を一目見ようとその場所へ足を運んだ。




 ■■■


「らああっ!」


 翡翠色に光る背丈ほどの大鎌を振り回す一人の少女。赤ワインのような明るい赤紫色の髪を靡かせ、ひらひらとしたレースであしらわれた全体的にかわいらしい紫色のドレスを身に纏っていた。その姿はまさに妖精と表現するのがふさわしいだろう。しかしその手に握るものと、相対するものがその雰囲気を壊す。その少女の手に握られた大鎌は空気を切り裂きながら相対する化け物の肉体を切り刻み、その刃を真っ黒い液体に染まる。その少女が睨み付ける先にいる化け物は、3本の尻尾を生やした軽自動車並みの大きさの化け猫だった。灰色と茶色と黒というある意味で三毛な化け猫は、牙と爪をむき出しにして果敢にもその少女に襲い掛かる。それを少女は軽々と避け、大鎌を振り回し斬り飛ばす。

 何合か打ち合わせ、少女と化け猫の動きは止まった。少女は涼しい顔をして大鎌を肩にかける。かたや化け猫の方はというと体の至るところに傷を負い、息絶え絶えに少女を睨み付けている。


「これはいったい……」


 真理は思わず呟いてしまう。目の前で戦闘を繰り広げる少女は先ほど自分を助けてくれた少女だ。顔はよく見ていないがきっとそうに違いないと自分の心が叫ぶ。そして、なぜこの少女は化け物と戦っているのか。見れば少女の服はよくある魔法少女のコスチュームに似ている。もしかしたら、と真理は思う。もしかしたらこの少女は魔法少女なのかもしれない、と。真理は心の中から湧き出た言葉を切り捨てる。魔法少女なんて創作物の中でしか存在しないものだ。けして現実にいるはずがないものだ。

真理の言い分はもっともだが、自分の知るものが世界のすべてであるいうことはない。世界には知られざるものに満ち溢れている。魔法少女という存在も、そしてその敵“鬼”という存在もこの世界に存在するものなのだ。


 不幸にも真理が思わず呟いた声がたまたま少女と相対する化け猫の耳に届いてしまった。魔法少女に劣勢を強いられていた化け猫は、くるっと声のした方を振り向きにやりと笑みを浮かべる。その化け猫の様子に少女もその方向を見る。


「あ、あなた! なんでここに!?」

「けへへ、いいところに」


 化け猫は人の言葉をしゃべり真理に気持ち悪い笑みを向ける。その笑みに真理は悪寒を感じた。嫌悪、その感情が真理の体を縛り付ける。真理は危機感を感じながらも一歩も足を動かすことができなかった。


「喰らえ、『深淵(アビス)』」

 化け猫は口を開き、黒い球体を吐き出した。その黒い弾丸のような球体はまっすぐ真理の元へ飛ぶ。


「避けて!!」

「え、あっ」


 少女の叫びに真理の体のこわばりが解けた。体を動かすことができるようになった真理の目の前に化け猫が吐き出した黒い球体が無慈悲に襲い掛かる。真理はそれを躱すことができずにただ右手で受け止めた。


「はは、再び囚われろ! ひぃひぃ!」


 化け猫は狂ったように声を上げながら尻尾をふりふりと動かす。先ほど真理を捉えそこなった恨みを晴らせてご満悦だった。

 鬼であるこの化け猫『深淵猫(アビスキャット)』は“谷”という異空間を創り出し、真理のような人間を捕えその生気を吸っていた。鬼というのは基本的に人の生気を糧にする異形の存在である。“谷”という瘴気を元に鬼が作り出すもので、その空間は異空間となっていて人間には抜け出せない。いわば蜘蛛の巣だ。鬼にとっての住処であり狩場だ。“谷”を必要としない鬼もいるわけだが、大概の鬼は“谷”を創る。

 そんな鬼を狩るのが魔法少女だ。願いを元に魔法を使い戦う使命を受けた存在だ。『深淵猫(アビスキャット)』と戦っていた少女はもちろん魔法少女だ。


 『深淵猫(アビスキャット)』は少女に捕えていた真理を逃がされ、さらに“谷”から追い出されてこうして戦っていた。それがこうして獲物が目の前に現れ少女に狩られるに獲物を捕らえることができたから、『深淵猫(アビスキャット)』は気色の悪い笑みを浮かべられていた。口から吐き出した真っ黒い球体は“谷”と同じ効果を持ち、触れた者の生気を吸い尽くす。魔法少女であれば防げたであろうその攻撃はただの人間である真理にはひとたまりもない、と思っていた。


 しかし、現実は裏切られる。真理はその真っ黒い球体を右手で受け止めていたのだった。手のひらから数ミリの距離を置いて、まるでこの間に見えない壁があるかのように受け止められていた。


「な、なんだと……」

「え、嘘……」


 『深淵猫(アビスキャット)』と魔法少女は同時に同じ言葉を呟く。ただの人間がこんな芸当をするなんてありえなかった。

 そんなありえない現象を見せられて、先に動いたのは魔法少女だった。


「今、消すわ」


 魔法少女はぼそりと言葉を呟き、次の瞬間には真理の目の前にいた。


「お、おぅ」

「吹き晒せ!『風霧散(ブロウバースト)』」


 魔法少女の手の中から風の塊が放たれて、真理の手を傷つけないように器用にその真っ黒い球体を吹き飛ばす。


「なんだかわからないものを見てしまったけど、後にしておくわ。今はこっち。行くわよ、グリフィン!」


 魔法少女は大鎌をぎゅっと握りしめながら先ほど使った瞬間移動のようなものを使って、『深淵猫(アビスキャット)』の前に姿を現し、未だに茫然としたままの『深淵猫(アビスキャット)』をその大鎌で真っ二つに切り裂いた。

 『深淵猫(アビスキャット)』は金属と金属をすり合わせたような悲鳴を上げながら光の粒子となって消えた。


 目の前の信じられないような光景を見せつけられて真理はふっと体から力が抜けた。鬼を無事に倒した魔法少女は真理の方へとてとてと走り寄って来た。


「さっきの人よね? “谷”の中に囚われていて、私が助けた人だよね?」

「ちょっといろいろとわからないところがあるけどそうだと思う」


 真理は目の前の少女をじっと見つめながら頷いた。


「いろいろと聞きたいことがあるから、いいかしら?」

「いや、こっちだって説明してほしいことがあるさ。いくら助けてもらったにしても、だね」

「そう、そうよね。巻き込んでしまったのだってある意味私の責任だからね。いいわ、教えてあげる」


 少女は真理に手を伸ばして立ち上がらせてあげた。


「俺は神内(じんない)真理(しんり)っていうんだけど、君は?」

「私の名前は、竜崎アテネ。魔法少女よ」


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ