16話 蠢く闇(3)
そう、何か大きなものが落ちる音がした。
しかし、真理の首が落ちた訳ではない。真理が地面に落ちる音だった。
「まったく死ぬところだったぜ」
上山の髪は途中で切断されていた。切り口のところは焼け爛れていた。
「!?なぜ・・・」
真理は呆然とする上山には目をくれなかった。
「少し遅れたら首が取れていたんだからな、早苗」
「そんなことは絶対にさせないから大丈夫だよ」
真理の隣に立った早苗は当然のように言った。
早苗は巫女服を纏い、金色に光る太刀を右手に持っていた。
「さて、上山さん。あなたは何をしたいの?」
「ええ、私の目的は神内さんを殺すことですよ。それ以外ありませんわ」
「なら、ここであなたを倒す」
早苗は上山に向かって走り出した。上山はさらに長く数多くした髪の毛の束で早苗を殴り付ける。早苗はそれらを魔法で迎撃する。
「『雷撃』高速展開!」
早苗に襲い掛かる髪の毛の束が次々と雷に撃ち落とされ動きを止める。早苗は動きを止めることなく上山に肉薄する。
「喰らえ!」
早苗は太刀を鞘から抜きながら切り付ける。刃は電撃を帯びて金色に光っていた。
その斬撃を上山は避けなかった。刃は上山の身体の中に埋まり、雷撃がその肉体を焼き焦がす。上山は微笑を浮かべたままだった。
そして、早苗は横から来た攻撃を喰らい吹き飛んだ。
「くっ・・・」
早苗は地面に転がった。起き上がろうにもうまくいかなかった。それもそのはず。早苗の身体は黒い靄に包まれていたのだった。
地面に崩れている傍らに上山は立っていた。
「・・・今のは何なのよ?」
「今のはあなたの動きを封じるために拘束系の鬼道を。先ほどのは幻影ではありません。言ってみれば私の影武者でしょうか」
「うまく嵌められってわけね・・・」
上山は言った。
「さて、まずあなたから消えてもらいましょう。そこの魔法少女さん。さようなら」
上山の髪は鋭く尖った錐のような形状をして早苗の身体に狙いをつけた。
「悪いけどね、」
唐突に早苗は話し始めた。
「ここでむざむざとやられるほど弱くはないの、よ」
魔力が早苗を中心に集まり始めた。
「私の拘束系鬼道『瘴気の霧』から逃れるのは無理ですよ」
「いや、私にはできるんだよ。
我の魔力を喰らいてここに顕在せよ!『紫電の翼』!」
魔力が雷でできた翼を構築し、周りに電撃を放つ。ある電撃は早苗に纏わり付く霧を払う。ある電撃は上山に襲い掛かる。
この『紫電の翼』という魔法は、使用する魔法少女が身体の中心に魔力を溜め、そこから翼を構築するため、ちょうど術者の背中から白い翼が2対生えているかのように見える。また、翼から放つ雷撃によって術者からはオーラが漂わせている。そのような姿のため、この魔法は『天使降臨』とか『』とも呼ばれる。その外見だけではなく破壊力も充分に兼ね備えている。たとえ見上げるほどの岩であっても翼を2、3回振るうだけで粉砕することができる。この魔法は優秀であるが、それだけ行使するのに大量の魔力と精密な制御が必要である。精密な制御を要求されるわけは間違っても自らを傷付けないようにして敵に的確に攻撃を与えるためだ。魔法少女の腕が試される魔法といっても過言ではない。
「こう見えても私は結構強いからね」
早苗は紫電の翼を振るう。上山は髪の毛を集めて盾とするが、所詮髪の毛は髪の毛でしかないため焼き焦がされた。しかし、さすがに量が量なだけに一撃では焼き切ることができなかった。
「くっ、もう全力を出すしかないですね・・・」
上山はそう言うなり今まで盾としていた髪の毛を解いた。そして今まで伸びていた髪の毛を元の長さまで戻した。
「先生、すみません。
もうこれで終わりにします。
起動『黒髪幻想』」
早苗の背中から出ていた電の翼が消し去られていた。また、周りの森のざわめきが一層強くなった。蝉のような鳴き声から鈴虫のような鳴き声までした。そんなざわめきは戦っている早苗や脇に避けている真理をいらつかせていた。
そんな中、当の張本人である上山は涼しい顔をしていた。
「さぁ踊りなさい」
地中から黒い物体が飛び出てきた。それは長く太く、まるで黒いミミズが襲い掛かってくるように見えた。
それは無秩序な動きをしながら早苗に迫り来る。
「面倒ね・・・六連星一の太刀」
早苗は鞘に手をかけた。するやいなや目に見えない速度で斬撃が繰り出される。その斬撃は迫り来る黒い物体の突撃を止めることはできなかったものの、その進行方向をずらした。
進行方向のずらされたそれは見当違いの方へぶつかっていった。
「そして次。二の太刀」
早苗の何も持っていなかったはずの左手には魔力で構成された刀を握られていた。
本来魔力を使って物体を構成することはかなり難しいことである。なぜならば、不安定なガスのようなものである魔力を物体に変換させるには、魔力の『放出』・『制御』・『固定』といった三段階の過程が必要である。これらは並の魔法少女が行える訳でない。ある程度実践を積んでいる古参の魔法少女だからこそなせる技だ。
「さて、終わりにしようか。
轟け!風を伴いて我を運べ!『疾風迅雷』!」
早苗は二刀を構え雷を纏って上山に突撃した。
「喰らええええ!」
早苗は二刀を十字にクロスさせ一撃を叩き込んだ。その一撃は上山の身体を爆散させた。
「終わったのか・・・?」
「そうね。これで終わりだね。」
「助けてくれてありがとな。あの時助けてくれなかったら俺は死んでいたな」
「まったく探したんだからね」
「すまなかった。まさか呼び出されてこうなるとは思わなかった」
「次からは気をつけてね。どうやら真理は狙われているようだから」
「全くだ。
そういえば竜崎と大輔は?」
「たぶんこの“谷”の外で待ってるんじゃない?」
「そうか」
「いつになったら外に出られるんだ?」
「おかしいね・・・」
早苗は何かに気が付いた。
「・・・っ!出て来なさい!」
まだ解けていない“谷”の中にある森の奥からゆらりと陰が現れた。それはやがて人型を取り姿を表した。
「かみや・・・ま?」
「上山さん、あなたですか。」
そこにいたのは傷一つついていないピンピンの上山・フラジール・ユーコだった。
「主人公は何度だって生き返る!そう、私はこの物語の主人公なのだから!」
上山は歓喜の声を上げながら歩いてきた。どうやら復活してテンションが高くなっているようだ。
「私こそ正義!あなたたちは悪!正義によって裁かれるだけの虫けらなのですよ!」
早苗は顔をしかめた。
「言いたい放題いいやがって・・・復活するなら倒しようがないじゃない。」
上山は口上を続ける。
「私こそが主人公なのよ!」
そこに割り込む声がした。
「あんたは主人公なんかじゃないわ。私が主人公なんだよ!」
バリバリ
鏡が割れるような紙が破かれるような音がして、一人の少女が真理達の前に姿を現した。
「私の名は竜崎アテネ。あんたを狩りにきたわ」
アテネがそこにいた。
「あら、竜崎さん。何の用かしら。まぁいいわ。あなたもまとめて始末してあげる」
「ふんっ、雑魚のくせに。」
アテネの右手に魔力が集まる。
「さて、この舞台から壊そうか。」
アテネは詠唱を開始する。
「此の場所を我の領域と仮定する。景色にそぐわぬものを消し去り浄化する。いざ、元に戻れ。我が心の故郷よ」
その瞬間。辺りは瞬ゆい光に包まれた。光に視界を奪われる直前、真理は辺りに広がっている森が崩れ去っていくのが見えた。
光が消えるとそこは、そよ風が吹く平原だった。
「まさか・・・私の“谷”を消し去った訳!?」
上山が目の前の光景に思わず大声を出して叫んだ。
「ただ単に私の結界を上書きさせただけだから。まぁこれであんたはもう復活できない。攻撃手段も制限された。逃げられない。さぁ、どうする?」
アテネが主人公(自称)らしかぬセリフで上山に迫る。
「わっ、わたしは・・・・・・
ハハハッ、決まってるじゃない。貴様を先に潰す」
上山の顔はすでに以前のおしとやかな表情の原形を留めていなく、鬼の形相だった。
上山は自らの髪をドリル状にいくつも束ね、アテネに突撃した。
「まぁここで逃がすつもりはなかったから手間は省けたけど。グリフィン!」
アテネは手に鎌を呼び出した。
二人は激突した。上山は髪を突き出す。アテネはそれを鎌で裁きながら攻撃を加える。
「わたしはなァ、ただの鬼なんかじゃねェンだよ。魔女なんだよォ!どうだビビったかァ!」
「その割には弱いね。そうか、あんたは成り立てね。だからこんなに雑魚なのね。まるで序盤にでてくるやられるだけの中ボスね」
「なんだとォ!」
「さぁ喰らいな!」
アテネは鎌に魔力を送った。魔力を受けた鎌:グリフィンは相対する上山の髪一束を消し去った。
グリフィンの勢いは止まることなく上山を切り裂く。
「ぐはっ」
上山は口から血を吐いた。
アテネは構わず畳み掛けた。
「障害も構わず吹き散らせ。裂空波!」
突き出した左手から風の奔流がほとばしり上山の身体を貫いた。そして上山は散り散りになり光の粒子となって消え去った。
「そしてこれで本当におしまいだね」
アテネは言った。
「そのようだね。ありがと、あーちゃん」
「さて、元の場所に戻ろうか」
アテネが右手を伸ばし詠唱する。
「我が故郷解除」
周りが光に包まれた。