11話 忍び寄る影(2)
真理とアテネは校舎の中を見て回ることになった。 この学校は周りに何もないせいか広い。校舎はコの字形をしている。正門から入ると、正面に大きなグランドがありその周りを囲むように校舎が立っている。 しかし、その大きさが尋常ではない。校舎を端から端まで歩こうとするとゆうに30分はかかるのだ。あまりに校舎が大きくて、卒業する頃になっても知らない部屋があるなんてざらにある。そもそも何のためにあるのかわからない部屋もあるのだが。
「ほんと~に広いわね」
「あまりに広くて普段使う教室を覚えるので精一杯だ。迷う人が多いんだそうだ」
真理とアテネは第一体育館の前に来た。体育館はいくつかあり、この第一体育館は学校の東側に位置し、授業や部活動などで使われる。特に球技が行われる。もう一つ生徒が使う体育館は第二体育館といい、こちらは学校の西側にあり、剣道や柔道などが行われる。
ちょうどこの時間はバスケ部が活動していた。
「さすがに大きいわね」
「俺も初めて見た時驚いた」
確かにこの体育館は大きい。特に玄関部分が広く取られている。
「授業で使うから迷わないように覚えないといけないぞ」
「わかったわ」
真理とアテネは当たり前のような会話をしてこの体育館から次の場所へ移動することにした。
■■■
歩いている途中でアテネはあるモノを見付けた。
「っ、やっぱり・・・」
アテネは思わず声を上げていた。
「なんだ、あれは。噂の奴か」
真理も気が付いた。
二人の視線の先には音もなく金網を切り裂いて敷地内に入り込む不審者がいた。全身黒ずくめで顔はトレンチコートの襟に隠れていてよく見えない。身長はゆうに2mを越えているようだった。
とにかく怪しかった。
「真理はそこで待っていて。あいつを片付けてくるわ」
「なんか関係あるのか?」
真理はアテネの焦る様子を見て、当然の疑問を口に出した。
「あれは私が追っている鬼の一味よ。ここで潰さないと」
「大丈夫か?」
怪訝な声をかけられると一瞬困ったような顔をしたが、すぐにアテネは引き締まった顔つきになり言った。
「私の辞書には不可能という文字はないわ。ただ敵は倒す、それだけよ。倒せないはずがないわ」
そういうなりアテネはその不審者に向かって走り出した。
■■■
「『七色の砲台』!」
直接距離にして50m。アテネは七色の光を纏い、敵との距離を1秒で縮めた。
そしてアテネはいつの間にか取り出していた鎌を叩きつけた。
ガツン
相手がただの人間なら叩きつけられた衝撃で原形を留めることなく吹き飛んでいただろう。
しかし、その不審者は片腕だけで防いだ。
「もっと慎み深くしてほしいものです、お嬢様」
「ちぃっ!」
アテネは飛び下がり距離を取った。
その不審者は片手を胸の前に掲げ頭を軽く下げた。
「私の名はデュナミス。紳士として私の邪魔をするお嬢様と少しばかりお付き合いお願いしたいですね」
「どこが紳士よ!?ただの不審者じゃない。『風よ、百条の矢となりて敵を射よ』」
グワァァァァッ
アテネの声と呼応するがのごとく、アテネの伸ばした手の先から無数の揺らめく風の矢がほとばしった。
その様子を見ながらデュナミスは慌てることなく右手を伸ばした。
「影鬼道第参幕、守影、きたれ」
デュナミスの手の先から薄く体の大半を隠せるほどの大きさの黒い楕円の膜を作り出した。
その薄い膜が出来上がるのと同時に無数の風の矢が突き刺さった。
風が空気を叩く音が甲高く鳴り、攻撃の余波で辺りはつむじ風が巻き起こった。
しかし、デュナミスは傷一つなくそこに立っていた。そして破れかけの黒い膜をしまい、拳をひいた。
「とんだじゃじゃ馬ですね、お仕置きの時間です」
その刹那。
アテネの矮躯が吹き飛び、少し先の地面に叩き付けられた。
デュナミスは一瞬の内にアテネがいた位置で右手を伸ばした状態で立っていた。アテネを吹き飛ばしたのはその右手から放たれた掌底だった。
「ほら早く立ち上がりなさい、まだお仕置きは終わっていません」
アテネはのろのろと立ち上がった。かなりのダメージを受けたようだ。
「黙れ、変質者。 もう口をきけないようにしてやるわ。『風槍』展開」
アテネの左手には風が渦巻く槍が握られていた。
「喰らえっ!」
アテネが距離を詰めて槍を叩き付けてもデュナミスは黒い膜で攻撃を防ぐ。鎌を振り抜いても、それまた腕で防ぐ。一向にデュナミスはダメージを受けていなかった。
「影鬼道第伍幕、影槍、きたれ」
デュナミスがそう言うと、立っている周りの地面が黒く蠢いた。そして黒いビームのような槍がアテネに向かって刺し殺さんばかりに勢いよく伸びた。
「くっ・・・」
アテネは手にしている鎌で振り払いそれらから身を守った。しかしいくらか捌ききれなかった分を披弾した。
「絶対に倒す・・・」
かなりダメージを受けながらも、アテネは鎌を振り上げ魔法を打ち出しながら攻撃を仕掛ける。本来なら離脱を念頭に考える戦況だが、アテネは逃げなかった。なぜなら守るべきものがあるから。
どうみてもアテネの不利だった。力の差というよりも相性の問題だった。本来は影を使う敵に対して光や炎が有効である。また、遠距離攻撃が相性がいい。
しかし、アテネはどれもあまり得意ではなかった。近距離攻撃を得意とし、風や水の魔法を使うアテネには最悪の相手と言っても過言ではない。
(アレが使えれば一発逆転することができる)
アテネにはいくつか切り札があった。それらを使い、今までもこういった危機を乗り越えてきた。
この影使いの鬼を倒す切り札は手の中にあった。すでに準備の半分を済ませてある。
しかし、
(詠唱するだけの時間が取れない。)
敵の攻撃をあと1秒だけでも止められたらいい。それだけでこの切り札の最後のピースは埋まる。
(どうにか奴の攻撃を止められるものはないか・・・)
「そろそろ終わりといきましょうか。
影破道第壱幕、影鎮、舞い降りれ」
ゴゴゴゴゴォッ
アテネの真上に直径5mほどの真っ黒い禍々しい雰囲気を漂わせる球体が浮かんでいた。
「終わりです、墜ちよろ!」
デュナミスが言うやいなやその球体はアテネを押し潰した。
・・・いや、押し潰そうとした。
「・・・?」
アテネは球体が一向に自分を押し潰さないことに違和感を覚えた。つい閉じてしまった目を開けてみて、驚いた。
だれかがいる。
焦点が合ってまた驚いた。
そこには右手を伸ばし禍々しい球体を受け止める神内真理が立っていた。
■■■
それはアテネが影の槍の攻撃を受けている時だった。
それまで後ろの方で先生達に連絡していた真理は思った。
このままでは駄目だ、と。
(このままだと竜崎は勝てない気がする。どうにかできないか)
そして一つの考えに至った。
(もし、俺に異能の力が宿っているなら、なんとかなるだろう。さて、どうやろうか)
ふと、見るとアテネの真上には敵の攻撃であろう球体が浮かんでいた。
すると真理の頭からは何もかもが消え、気がつくとアテネの元へ走っていた。
■■■
「なんで、アンタがいるのよ。危ないから逃げてくれれば良かったのに」
アテネは涙ぐんでいた。
「気がついたらこうしてた」
真理は少し照れ臭くなり多少ぶっきらぼうに言った。
「どうやら俺にはこういった魔法みたいなものを弾くことができるみたいだな」
「えっ」
真理の手の先数ミリのところで球体がギチギチいわせて止まっていた。
「さすがに掴むことまでは無理っぽいけど、いけるだろ、竜崎。俺が奴の攻撃弾くからお前が攻撃を加えろ」
「何言ってる・・・の?」
「だから俺も戦うって話だ。一緒に奴をぶっ飛ばそうぜ」
アテネは目を擦り、調子を整えた。
「うん、いくわよ、真理!」
■■■
「なぜ、影鎮が消えないんだ?久しぶりに使ったからですかね。調整が必要ですね」
デュナミスはアテネがいる位置に背を向け、目的を果たそうと歩き出した。
すると、後ろから殺気を感じた。振り向き様に影槍を繰り出した。
「また新手ですか」
そして向かってくる相手を見て驚いた。
先程殺したはずの少女と初め一緒にいた一般人のはずの少年が追いかけてきたのだから。
「ふんっ」
真理は迫り来る影槍を手刀で弾いた。力を入れないと逆に弾かれそうだったが、特に問題はなかった。
アテネは真理が弾いたおかげで空いた空間を駆け抜けながらデュナミスに接近していった。
「なんなんですか、その手は?!」
デュナミスは自分の攻撃が弾かれる様を見て驚いた。今までかつて素手で弾かれたことなぞなかったからだ。
アテネはデュナミスから少し離れたところで立ち止まり、鎌を地面に突き付けた。
「内に秘めたる力を解放する。翠鰭竜!」
突き立てた鎌がその叫びと呼応し翠色に輝く。鎌の中に閉じ込められていた何かが鎌の形を借りてここに現出した。 デュナミスがアテネの様子に気付いて影槍を繰り出すが途中で真理に弾かれる。
アテネは鎌を両手で構え、倒さなければならない敵へ駆け出した。
「うあぁぁぁぁぁあ!」
デュナミスは向かってくるアテネを見て恐怖を覚えた。今まで感じたことのない、自身の消滅に対しての恐怖。
そしてアテネは鎌を切り付けた。その斬撃はデュナミスの身体を真っ二つに切り裂いた。
「ぐはっ、あぁぁァァッ!」
デュナミスの断末魔の叫びが辺りに響き、デュナミスの肉体は光の粒子になって消えた。
「終わったのか?」
真理は尋ねた。
「そうね」
アテネが答える。
「これで一件落着ね」
*2012.2.3に修正しました。