21話 真実の先にあるもの
こんな時期になって申し訳ありません。今回も難産でした(何度目
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アテネと真理は神影の攻撃を受け、その命を散らした
……と思われたのだが。
目が覚め、そこが天国や地獄でないことを確かめ、神影が自分たちを殺さなかったことに気付いた二人は思わず顔を見合わせた。
確かに死んだと思ったのに、あの一瞬で神影は手加減したのか。
これは夢じゃないかと本気で思ってしまった。
生きていることを一頻り確かめた二人はぼろぼろの体を引き摺るようにして家に帰った。
あまりに二人は力を使い果たしていた。
アテネは家に着くなり夕食も取らずに部屋の中に倒れ込む。真理はそんなアテネを苦笑で見送り、一人リビングのソファに座り込む。
「はぁ」
餓鬼を倒し平穏が訪れたかと思ったが、まだまだ平穏が訪れるには片づけなければならないことがあるようだ。
神崎神影。
宵闇芽婀。
そして、天使。
少なくとも彼らの存在がこの世界に何か大きな影響を与えようとしている。
それがいいことか悪いことかまだわからない。
だけど、
「それでも何か起きているっていうんなら動かなきゃな。それが“悪”だったら、なんとしてでもアテネを守らなきゃ」
悪がなんぞや、と言われればはっきりと答えられない。
自分でもその認識はあやふやと認めざるを得ない。
しかし、もしも自分たちの領域を犯そうとする者が現れれば。
自分たちに危害を加えようとする者が現れれば。
それは自分にとって“悪”であり、排除すべき相手である。
だからこそ、真理は自らの力を振るう。
その力が何なのかわからなくとも、何であろうとも。
自分の身の回りの人を“悪”から守れるのであれば。
「にしても、俺は何も知らないんだよな……」
この世界で何が起きているのか。
この世界に隠されている真実とは。
アテネと出会う前は一般人だった真理は何も知らない。
魔法少女であるアテネでさえ知らないかもしれない。
「……」
真理にはいくつか気になることがあった。それを確かめたいという欲求と知らずにいたいという欲求が心の中で鬩ぎ合っていた。
「やぁ、良い夜だねぇ」
「お前は……」
夜風に当たろうと外に出た真理を待ち構えていたかのように現れたのは、魔法獣のセロリだった。少女に力を与え魔法少女にし、そのサポートをする魔法獣。たまにしか顔を見せずアテネにしか興味のないセロリが、今日に限っては真理を待ち構えていた。
「涼しくて静かで、それでいて嵐の前のような夜だね」
「……そうだな。悪いが、アテネはもう寝ているはずだぞ」
真理のその言葉にセロリは無表情のまま固定された顔を真理に向けて首を傾げる。
「なぜアテネのことを口にしたのかい? ボクは君に用事があるんだよ」
「そうなのか?」
「そう、君に聞きたいことがあるんだ」
セロリはそう言って、身軽な身のこなしで真理の顔と同じ高さにある鉄柵の上に乗った。
「奇遇だな。俺も聞きたいことがあったんだよ」
「そうかい。ならば、ちょうどいいじゃないか。ボクは寛大だからね、君が一つ質問に答えるごとにボクは君の質問一つを答えるとしよう」
「……わかった。それでいい」
「まず一つ」
そこで区切り、セロリは真理の顔を見詰める。
「君は天使を知っているかい?」
「天使……?」
セロリの言葉を受けて、真理の脳裏には昼間神崎神影から言われた話が浮かんだ。
「いわゆる想像上の天使っていう訳じゃないよな。この世界と隣り合っている魔界ともう一つ天界の住人だってことは知ってる。だけどそれこそ名前ぐらいしか知らない」
「そう、そうかい」
セロリはどこか落胆したような、それでいてほっとしたような声を漏らした。
「さて、君からの質問は何だい?」
「それだけだったのか?」
「最初にボクからの質問一つ答えてくれたら君からの質問一つを答えるって言っていたじゃないか」
「そうか、それじゃあ……」
真理はそこですっと息を吸い込む。
「セロリは、いや魔法獣はどういった存在なんだ?」
「どういったといってもね、知っているでしょう。少女に力を与え、魔法少女にし、そのサポートをする存在だって」
「確かにそうは聞いたな。一般的に本とかアニメに出てくる魔法少女にはそういう魔法生物がサポートする姿は見かける。その魔法生物の出身である魔法世界を助けるためにな。だけど、セロリ達、まぁ他には見たことがないのだけれど、魔法獣がなぜ魔法少女をサポートするのかがわからない。そもそも魔法獣の出身はどこだ? なぜ鬼と戦うことになっている? それらを含めて理解できる答えが欲しい」
「……ふむ。そういった質問をするってことは君はボクの正体にある程度気付いているということかな。
……まぁ、いいだろうね。ここで君に本当のことを教えてあげるのも一興だろう。君が真実を知ったうえでどう行動するか、楽しみだ」
「どういうことだ……?」
真価の疑問に答えるかのように、セロリは厳かに言った。
「ボクは、いやボク達は、七つの大罪『怠惰』を司るベルフェゴールだよ。以後お見知りおきを」
「な……」
「おやおやー さすがに驚いているか」
「そりゃそうだろ。いくらなんでも目の前に大ボスが現れれば驚かない奴がいるかよ」
「でも、味方だと思っていたキャラが実は黒幕でした、とかよくある話だよね。といっても、ボク自身が君の、いや君たちの敵ではないのだけれど」
「魔法少女の敵である鬼の、大ボスである七つの大罪なんだろ、お前は」
真理は驚いているものの、どこかでそう言う可能性を考えていた。なぜ自らと同じ存在の危機となる魔法少女を生み出すのはわからなかったが、魔法少女を生み出すにはそれ相応の力を持った存在がいるということは考えていた。アテネとの話の中に、負の感情のあまり魔法少女が魔女という鬼に変わった話があった。話を聞いて真理はふと思った。魔法少女は人間から逸脱した力を持っている。それを傍から見れば鬼と同じであり、鬼になったとしてもそれをまるっきりおかしいとは言えない。毒を以て毒を制す、それを同じように、鬼の力を以て鬼を倒す。そんなことがあるんじゃないか、真理はそう思った。もしも、目の前の魔法獣セロリが七つの大罪『怠惰』を司るベルフェゴールであるのが本当だすれば、魔法少女は鬼に力を貰って鬼を倒していることになる。それはつまり、魔法少女が何ならかの事情によって魔女になってしまうのも道理である。
「そうなんだけどね。でも、ボクがそんな魔法少女を生み出した存在であることには変わりないよ?」
「……お前は鬼の力を魔法少女に与えているということでいいのか」
「うん、そうだよ。ボクは少女に鬼の因子を与えることによって魔法少女を生み出している。だけど、それはもちろん合意の上だよ。願いを対価に戦いの使命を与えている、それだけさ」
「なぜ自らを危機に陥らせるような真似を……」
「んふふーそれは、ボクからの質問に答えてくれないとなー」
「わかった、質問と回答を交互にするんだったよな。で、なんだ?」
セロリ、改めベルフェゴールはその小さな体を逸らす。どうやら胸を張っているようだった。
「君は、君自身が何者であることを理解しているかい?」
「……俺は、俺自身が普通の人間だと思っていたよ、以前は。だけど、今じゃそうは言えないかな」
「ほう、それは?」
「こんな力がある以上、さすがに普通の人間とは言えないかな。他の協力者でもこんな力はないんじゃないかな」
「そうだね。魔法少女の従者:協力者は所詮自衛できる程度の魔力が使えるだけだから、君のその力そのものには及ばないよ。それこそ、君自身が魔法少女ほどの、いやある意味では魔法少女を超える力があるといえるだろうね」
「ほんと、この力は何なんだろうな……俺自身知りたいよ」
「……そうかい、それが君の答えか。君自身君がなんであるかわからない、と」
「まぁな。今まで普通の人間だと思ってきたし、そもそも魔法少女って男はなれないだろ?だとしたら俺は人間、以外の何者だというんだろ」
「たしかに魔法少女は女の子しかなれない。魔法少女とは、人間に鬼の因子を埋め込み、願いをトリガーに力を発揮する存在だ。いわば人間でも鬼でもない存在だ。いわば君はそれに近い。だけど君は魔法少女じゃない、それはこのボクが保証しよう」
「なぜ、少女じゃないとダメなのか?」
「それは、いわゆる少女の方が感情の起伏に富んでいるからさ。より強い感情が動き、それは願いを生み出す。まさしく魔力の扱いにぴったりなのさ。理屈で考えるよりも感覚がモノを言うのが魔法というものなのさ。それに少女は幻想を抱きやすい、幻想とは魔法の入り口。無自覚に魔法を使えたりするもんだからね、だから少女じゃないとダメなのさ」
「そうか」
「だけど、君は魔法少女と遜色ないくらいに魔力操作に長けている。もしかしてだけど、魔素を認識できてる?」
「あぁ、魔素っていうのがよくわからないけどなんか微粒子的な奴だろう?」
「そうそう、魔力を構成するものさ」
「俺の力も基本的に魔素を操るからな」
「あの不可視の壁や魔法を吹き飛ばしたりするのはそれが基調となっているんだね。なるほど……」
真理は目の前の猫のように顔を洗うベルフェゴールに徐に手を伸ばし、力を集めてそれをゆっくり解き放つ。
それをベルフェゴールはふんふんと頷いて見ていた。
「さてと、俺の質問タイムだよな」
「そうだよ、お一つどうぞ」
「それじゃあ、さっきのだ。お前はなぜ、魔法少女を生み出す? 魔法少女は鬼を狩る者、つまりお前たちに危害を与えるじゃないか」
「そうだね。それにはちょっと深い訳があってね」
ベルフェゴールは語る。
魔界に起きた問題を。
人口増加における食糧不足。
この場合人口ではなく鬼口と言った方が正確かもしれないが。
食糧とは魔力。魔界において、そこに住む鬼達は魔力を糧に生きてきたが、それまで無秩序な戦乱が巻き起こっていたが、『七つの大罪』がそれぞれ鬼達を纏め上げ支配したことにより、平和な世界が訪れた。しかし、それは束の間の平和、減る命は少なくなり、人口は増える一方。人口が増えても、食料となる魔力は一定であるため、飢えが蔓延した。それを打開しようと、鬼達は別の世界へ侵攻した。別の世界、つまりはこの世界だった。この世界は不思議と魔力が不自然に沸き起こり、生命の活動によって魔力は生成されていた。とりわけ、人間が生み出す負の感情は鬼達の格好の食料となった。負の感情を生み出すために、人間に危害を与える鬼も現れた。『七つの大罪』の中にはこの世界を支配し、魔力の牧場としようとした者もいたが、それは別の『七つの大罪』によって止められた。『七つの大罪』の中には、この世界に溶け込み、上手くこの世界から魔力を回収している者もいた。その中で、『怠惰』のベルフェゴールは別のことを考えたのだった。
「そもそも数が増えすぎたのが問題なんだよね。まぁだからといってボク達が数を減らそうとすれば、それはそれで戦争が起きるでしょう?数をコントロールするためには、別の存在が適正な数の鬼を間引かないといけない。そう考えた結果、ボクは思いついたんだよ。この世界の人間に力を与えて鬼を狩らせればいいって。その中でも10代の少女は魔力操作に優れているし、何よりコントロールが効く」
「だから、お前は魔法少女を生み出している、のか」
「そうだね。現に魔法少女の存在のおかげで食糧問題は鳴りを潜めているよ。それとこの前の『暴食』の件もそうだけど、魔法少女は暴走する鬼の抑止力となっている。実にいいシステムを生み出したものだと思うよ」
ベルフェゴールはそう嘯くのだった。
次回更新はあまり期待しないでください。4月中に更新できたらいいなぁ




