18話 望まぬ邂逅
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翌日。アテネは寝ぼけ眼をこすりながら、ぴーちくぱーちくと小鳥が囀る窓の先を見詰めた。窓の先から見える風景は頂点に上りかけの白く輝いた太陽が照らし、昨夜の涼しさと相まって清々しいものだった。それと対照的にアテネの心中は鬱屈としたものが立ち込めていた。
昨晩鬼を倒した後のことをアテネは覚えていない。自分がどうやって帰途に着いたか、ぼんやりとしていて思い出せない。頭の中をぐるぐると疑問が駆け巡る。
自分が求めた力は何なの?
自分はどうしたいの?
そして……
「起きたか?」
こんこんとノックする音がアテネの部屋のドアから響き、真理の声がアテネの耳に伝わる。
「えぇ、今しがた起きたところよ」
「そうか、入っていいか?」
「ちょっと待って」
アテネは寝癖のチェックと服のよれを直し簡単に身支度を整え、真理の部屋に招き入れる。アテネの服は昨日のままであり、そのまま寝てしまったためよれよれになっていたがアテネはちょっと直す程度にとどめておいた。真理は不安げな表情と心配げな表所が入り混じった顔付きをしており、アテネがいるベッドの隣に置いてある椅子に腰かけた。椅子に座った真理はアテネを見詰めたまま黙りこくり、膝の上に置かれた手は所在無げにもぞもぞと膝にこすりつけていた。
アテネも真理が喋らない以上何を話せばいいか戸惑い、沈黙が広がる。それなら少し時間が経ち、先に口を開いたのは真理だった。
「目覚めはどうだ?」
「目覚めね……最悪よ」
「そうか……やっぱり昨日もことか? 魔法少女の子を犠牲にして鬼を倒したことか?」
「……それもある」
「それも、か。だとすると、一昨日の宵闇って名乗った魔法少女の件か? たしかアテネは夢を見せられていたっけ?」
「……えぇ、それもある。だけど」
「他にも何かあるのか?」
「…………」
「言いたくないならそれでいいよ」
真理は優しくそう告げる。
アテネは真理のその優しさに胸が締め付けられるような思いを抱く。それと同時に2か月前近くになるある出来事がリフレインした。魔法少女が魔女になる、そんな絶望的な光景がアテネの胸中に酸っぱい匂いを漂わせる。鬼を倒すべく力を求めた結果、鬼と同じになってしまうのではないか。そんな一抹の疑問が一昨日の芽婀との邂逅で一気に花開いた。自分はいったい何者なのか?その答えを何より知りたく、同時に知ってしまうのが怖かった。もしも自分が予想していたものとは違うことを示されたらと考えるといてもたってもいられなくなる。何より自分はわかっていた、魔法少女になった時点でもう後戻りできないことは。だけれど、自分は未だに躊躇っている。それは自分が良くわかっており、もどかしく思っていた。それと同時にどうしようもないと頭を抱えるしかなかった。
「アテネが今何を抱え、何に悩んでいるかを俺が十全理解できるとは思えない。だって俺はアテネ自身じゃないもんな。だけれど、俺はアテネの味方だ。それはアテネがどういう選択をしようとも、世界がどういう風に変わろうとも、俺がアテネの味方でいることを変えるつもりはない。それだけはわかっていてくれ」
「うん……」
「後、相談だったらいつでもしてくれて構わないからな。だって俺はアテネの協力者であり、恋人なんだからな」
「……わかったよ」
真理はそれだけ言うと部屋から出ていく。
残されたアテネはほんの少しだけ気持ちが楽になるのを感じた。
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その日は平日だったが、真理はアテネを休ませることにした。アテネが一昨日昨日と続いた戦いで肉体ともに精神的に多大なる疲労を抱え込んでいる、と判断したためだった。真理はアテネにはいろいろ考えたいこともあるだろうし、もしも外に出てまた何かあっても困ると思った。真理は自分が帰るまでおとなしく家で休んでいるようにアテネに厳しく言いつけ、昼食の用意を先にしておき家を出た。
アテネは一人リビングルームの椅子に腰かけながら、テーブルに顔を押し当てて突っ伏す。連日の戦闘に加え、考えなければならない悩みが積み重なりアテネは確かに疲労を感じていた。気張らなければ体が動かせないまでに。
(あぁ、ちょっと無理しすぎたかしら)
アテネは自分の体調管理さえも怠ってしまっていた。それほどまでにも追いつめられていたと言ってもいい。アテネは切り替えるように突っ伏しながら顔を軽く叩き、今日一日真理に言われた通りに休息に当てることにした。
(とりあえず、考え事は後にしよう……)
アテネは再び目を瞑り、夢の世界へ旅立った。
アテネが家でゆっくりしている頃。
真理は学園にいた。
「それで竜崎さんは大丈夫なのか?」
「まぁな。いろんなこと溜めこんで疲れているだけだ。今日一日ゆっくりすればまた元気になるだろうよ」
「そうか、それならいいんだ」
昼休み。真理は大輔と早苗と共に中庭にて昼食を食べていた。大輔は真理からアテネが休んでいる理由を聞いて大体の事情を察したようだ。魔法少女は鬼と立ち向かえるだけの強靭な肉体を持っているものの、精神は少女のままである。そのため精神的な理由で体調を崩すことはざらにあるのだ。
「それじゃあ、お見舞いとかいらないのね」
「そうだね、別に風邪とか引いたわけじゃないし。ある意味俺が無理矢理休ませたようなものだから」
「そう、一応後でメール送っておくわ」
早苗はうんうんと頷いて自分の携帯電話を弄る。
「ところで真理」
「ん、なんだ?」
「“魔法少女狩り”を知ってるか?」
「っ、……あぁ、知ってる」
「そうか、それなら話が早い。その魔法少女狩りなんだが、誰が行っているかわかった」
「……」
深刻そうに言う大輔に、真理はすでに知っていると言おうか迷ったが結局黙っていることにした。
「相手は魔法少女だ。数は3つ。召喚系と幻惑系、それに影使いだ」
「……!」
「名前まではわからないけど、幻惑系の魔法少女がどうやらまとめ役みたいだね」
幻惑系というのは宵闇芽婀のことだとわかったが、残り二人がいることは知らなかった。しかもその中には神崎神影に該当する魔法少女が出て来なかったことが気にかかる。もしかしたら影使いがこれに該当するかもしれないがそうでない可能性だってある。もしそうでないならなぜ神影が話に出て来ないかという謎が浮上してくる。
「それをどうやって……」
「魔法少女協会である程度情報が開示されているよ。魔法少女協会でも調査を進めているみたいだけど俺はそれを使って調査を進めている。正直魔法少女同士が争い合うなんて間違っていると思うからな」
「あぁ……」
真理も確かにそう思う。なぜ魔法少女同士が争わなければならないのか。神影も、芽婀もなぜ襲い掛かって来たのか。真理にはその答えが導けなかった。
「調査は進んでいて魔法少女の中でも警戒するようにとのことだ。お前のところの竜崎さんにもそう伝えといてくれ。くれぐれも一人で行動することの無いように、な」
「あぁ、俺がついてるさ」
「なら、大丈夫だ」
大輔は話を変えるようににやりと笑みを浮かべる。
「で、だな。話は変わるんだが、来月発売されるゲームなんだが」
「ほぅ。でも、俺最近やらないからな……」
「彼女持ちだからか。だとしてもこのゲームはオススメだぞ。なんといってもヒロインの充実、重い訳じゃないけどしっかりとした設定、でもって体験版での評判は上々とライトユーザーな真理でも楽しめる一品だと思うんだよ」
「そうか、そこまで言うんだったら詳しい話を……」
「それはな……で、だな……」
「ほう……おお……」
真理と大輔のそんな様子を見て早苗は深いため息をついた。
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放課後。真理は最後の授業が終わるとすぐに飛ぶようにして家に帰った。何よりアテネのことが心配だったからだ。
家に帰った真理は、アテネがリビングルームのソファでゆっくりと本を読んでいる様子を見てほっと一安心した。
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
真理は一旦自分の部屋に行き着替えをしてリビングルームに戻った。
「あら、家着じゃないのね。どこか行くの?」
「ちょっとスーパーにな。たしかもう肉が無くなってただろう?」
「えぇ、そうだったね。ねぇ、私もついていっていい?」
「調子はどうだ?」
「一日休んだおかげでなんとか調子も戻ったわ。少しぐらい歩いたって問題ないわ。むしろ歩かないと体が鈍っちゃって」
「そうか、それなら一緒に行くか」
「うん。じゃあ、ちょっと待っててね」
アテネはそう言うと自分の部屋へ着替えに行った。
少ししてアテネは外着に着替えて真理の前に現れた。
まだ残暑が続く9月とはいえ秋らしくなってきたこの頃。夕方になればひやりと涼しげな風が吹くため、アテネは黄土色のニットカーディガンを羽織り、その下に白のTシャツを着ていた。ズボンは濃い藍色のジーパンを履いて腰回りがきゅっと強調されていた。
「さぁ行きましょ」
「あぁ」
ただスーパーへ食材を買いに来たアテネと真理だったが、道端で思わぬ人と出会う。
「やぁ、何日ぶりかなァ」
そこには濡れ羽色の髪を風に靡かせ真っ白なブラウスと紺のスカートを身に纏った神崎神影がいた。
「ちょっと時間くれないかい? あぁ、返事は“はい”か“YES”かどっちかだけどね」
アテネ達は“破滅を喜び、破壊を楽しむ”魔法少女と望まぬ邂逅を果たすことになった。