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鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第3章 『破壊を呼ぶ魔法少女』
116/123

17話 求めるその先へ

 ■■■


 無残な戦いを終えた後、アテネは呆然自失したままふらふらとしながら家路についた。もちろん真理がずっと傍で支えていたことは言うまでもない。


 何も映さない虚ろな目を開いたまま幽鬼のようにふらふらとするアテネを無事に布団の中に押し込め、ようやく真理はため息をついた。


 あの時、真理は仕方ないと思った。あの状況ではりぼんという名の魔法少女を助けることはどうあがいてもかなわなかったと思っている。仮にアテネが自分だったとしても鬼を殺すことに専念しなければ、魔法少女を助けるどころか人質にされたまま逃げられそのまま鬼は逃げ切り魔法少女は贄にされただろう。あの場は魔法少女を見捨てて鬼を倒す他なかった。だからアテネは何も間違っていない。


 だというのに、アテネは悩んでいる。正確には自分の力に失望している。力があれば魔法少女を助けることができた、そう思っているに違いないと真理は感じていた。その結果、自身の心の重圧に耐えかねるかのように法具グリフィンは砕け散った。真理には法具のことはよくわからないが、あの時法具が何かをアテネに訴えていたように感じた。




 真理は台所から自分のマグカップを取り出しそこにインスタントコーヒーとお湯を入れ、リビングのソファにゆっくりと腰かける。昨日の芽婀との戦闘、それについで鬼との戦闘で真理は疲れていた。それは肉体的にでもあり、精神的にもであった。

 ふと真理は思い出す。真理とアテネが出会った頃を。



 あの頃のアテネは鬼を倒すことに全力を注いでいた。魔法少女の契約を交わした際に願った“復讐するだけの力が欲しい”という願いのままに力を振るってきたアテネ。

 心のどこかでは自分と同じような人を出さないためと思っていたかもしれないが、ただ自分の復讐のために鬼を狩り続けてきた。それが虚しいことだとわかっていながらも他にどうするかわからず、ただただ力を振るってきた。その頃のアテネなら今回のことをなんら悩むことはなかっただろう。犠牲があったとしてもそれだけの成果が合った以上それに悩むことはないと考えていただろう。

 しかし、今のアテネはそうではない。初め願った願いを超えて“真理を守るだけの力が欲しい”という新たな願いを叶えさせた新魔法少女(セカンドステージ)になった。真理を守るということはつまりは真理のいる世界を守るということだ。自分だけではなく誰かを守るという願いはアテネに力を与えた。何かを犠牲にしなくてもいいだけの力を。そうであるはずだった。

 そうだというのに、それでもなお何かを犠牲にしてしまった。鬼の死と魔法少女の生を天秤にかけて、アテネは鬼の死を選んでしまった。力があるなら選ばずにどちらも手に入れられたというのに。


 真理はふぅとため息をつく。アテネが問題にぶち当たって正解を導こうと内側でもがいているこの状況で自分が手出しできることはない。だったら自分はせめて外側からアテネを支えられたらなと思った。だからまずアテネが目覚めたら食事を作ってあげようと思い、窓越しに夜空を見詰める。


 今日も空は雲一つない。赤い月が街を照らしている。






 ■■■


 アテネが手に入れたもの。それは最初復讐のための力だった。


 両親を酷いやり方で殺した鬼に復讐を果たすため、アテネは力を求めた。それまでただの平凡で普通な少女だったアテネが非日常に足を踏み入れて命を危険に晒す決意までして力を求めたのは、今思えば元の平凡でそれでいて幸せな日常を取り戻したかったからかもしれない。だけど争いで幸せなんて手に入れられないことに気付いたのは、たくさんの怨嗟と憤怒に塗れ、泥と血で体を汚しきった後だった。なぜアテネはこんなになってまで戦っているのかわからなくなって、だけどそれ以外何かする方法が見つからなくて、ただ無心に願いを遂行すべく鬼を狩り続けた。何度も死に掛けた、だけどアテネは恐くなかった。何度も無関係な人を見殺しにした、だけどアテネは迷わなかった。

 そんなある時、アテネは一人の人と出会う。それは偶然だった。たまたまいつものように鬼を探していたらひときわ大きな反応を感じて宝玉(ジェム)で位置を確認しながらその場所へ向かったら、そこでアテネは不思議な魔力と出会った。魔法少女として技量を身に着けると大概魔力を何らかの形で認識できるようになる。アテネは魔力を色として認識できた。もちろんそんなはっきりとわかるわけではなく、薄ぼんやりと色があるかなと言った感じだが、その人の魔力は不思議だった。鬼の作り出した紫色の谷に嵌る無色の球がそこにあった。無色透明なビー玉のような、水を掬って落とした時の水滴のような透明で色のない魔力だった。アテネはその魔力に気を惹かれ、そしてその人を見て確信した、彼ならば何か自分を変えてくれるかもしれないと。荒んだアテネの心を癒してくれる何かになってくれるかもしれない。


 彼と接するようになってアテネは変わった。人としても、魔法少女としても。恋を知り、大切なものを知り、守りたいという感情を知った。久しく感じて来なかった幸せを彼からもらった。それはとても嬉しく誇らしいことだった。アテネが憤怒の感情を抑えきれなくなった時も彼は支えてくれた。彼のことを考えればアテネの心は穏やかになった。だからこそ私は彼を守る、いや彼と彼のいる世界を守るとアテネは決意し願った。そしてアテネはそれ相応の力を手に入れた。


 七つの大罪。キリスト教で言われる人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情。それと同名で言われる始祖たる鬼。象徴にして力の根源であるその者達と同じ根源である力を、アテネは手に入れてしまった。何がきっかけかはわからない。だけどはっきりしているのは使い方次第では鬼と同じに成り下がるもの。誰かを守るのではなく、誰かを傷つけるもの。正義と悪を分けてしまうもの。

 うまく使えば、誰かを犠牲にすることなく全てを救えるだけの力だが、それは上手く行けばの話。全力で使えるのはその力の3割ほど。それ以上は制御できないから使えない。


 芽婀の“ありえなかった選択肢を辿った先の未来”の夢の中で、アテネは誰かを守るだけの力がなかった。敵を破壊するだけの力さえもなかった。あの夢の中ではアテネはただ力なく震える他なかった。アテネはそれを思い出しぶるりと身震いする。怖い、力がないのは。それと同時に力があるのに満足に力を使えないのも怖い。誰かを助けられる力があるのに助けられないことが怖い。何もできないのなら一層のこと今にも逃げ出したい。どういう風にすればいいかわからない、だからこそどうにでも転がれる自分自身に恐怖している。


 アテネにはこの先どうすればいいかわからなかった。

 長年求めた復讐の力を超える、誰かを守りたいという力でさえ、満足に誰かを救うことなんてできやしないのだから。

 力があるはずなのに、自分がどれだけ無力化を思い知らされたから。


 求めた力のその先に何があるのか。


 アテネにはそれが堪らなく


 怖かった。









 ★★★


『我は失望している』


 大気が震えるような声が頭の中に響く。


『我はお主のような軟弱ものに力を貸したのかと思うと情けなくなる』


 人のそれではなく、何か大きなものの声……


『お主はいつからこんな腰抜けになってしまったじゃ?』


 あれ……なんだろ。これは夢かなぁ?


『はぁ、己に恐怖して。それでこの様か』


 とても大きな存在が私に話しかけてる……?


『力を振るい、それで何かを犠牲にしてしまうだなんてそんなの“仕方ない”じゃないか。それが大きな力を持つ者の宿命じゃ』


 何を……?


『それに恐怖してどうするのじゃ。お主が力を求めた理由は何じゃ。世界を、現実を変えたかったのじゃろう?』


 私は……


『彼の者は言った。“灰色の道を歩め”“泥にまみれてもなお前へ進め”“求めるその先へ”』


 灰色……前へ……求めるその先へ……


『その言葉の意味を理解した時にお主の前に姿を現そう。それまでは、我は』




 翡翠色の光が目の前を照らし、私はすっと意識が闇の中に吸い込まれるのを感じた。




 求めるその先へ、私は進めるだろうか。



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