9話 雲影
しばらく更新停止していて申し訳ありませんでした。
なんとか再開できます。
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「あのクソッタレな天使様は、この世界を弄んでいる。――まったくふざけた野郎だ」
神影はそう嘯く。その顔には怒りではない何か、破壊衝動というただの欲求がそこに浮かんでいた。
「あーまぁ簡単に言えば、あれが天使っていうやつが作り出したもので、倒さなければならないってことでOK?」
「あ、うん」
「これで説明終了っ。わかったかなァ」
「……えっ」
説明すると言いながら大して説明をしない神影。
まともな説明なしに目の前の状況を理解しろと言われても無理なことだ。
「あの『行列の雲鬼』は、鬼になりそこねたものがたくさん寄り集まって一つの鬼として成り立っている。あの天使野郎はこれをいくつも“作った”。特性は分裂・集合。周りにある魔力を喰らい、自分の体を増やすことを目的としている。これを倒すには完全に消し去らないといけない。とはいってもただ闇雲に雲を殴ってたんじゃァ、意味がない。体のどこかに存在するコアを破壊すれば、体を保てなくなる」
神影はいやいやながらもアテネ達に説明する。
「こういうことでいい? わかったかなァ?」
「えぇ、丁寧な説明をありがとう」
「ふん」
神影は面白くないものを前にしたような表情を浮かべながら顔をそむけた。神影にとって『行列の雲鬼』が町を破壊しようとも気にすることではなかった。目の前で人が死のうとも神影に直接関わりのなければ興味を向けることはない。義憤とか正義感とかそういった感情は神影の中には存在しない。あるのは、特異な理論によって成り立つ善悪論に付随する感情と破壊衝動だけだった。
人を傲慢で推し付けがましい正義と分け、鬼を夢想に囚われた愚かな悪と分け、両者を全て滅ぼすことで世界から争いを消すことを目標としている。しかし、それは神影自身にとっても一つの詭弁であることは理解しており、根底に破壊感情があることをわかっていた。だからこそ、こういうわかりやすい状況において躊躇いを持たずに破壊を齎せる。もっとも躊躇ったことなど一度もなかったのだが。
神影は偶然、この世界に干渉してくる天使の存在を知った。天使という本来善であり鬼とは対立すべき存在であるのに、鬼と結託し何やら“悪いこと”をしている天使の存在は神影にとって断罪すべきものだった。
その天使が『行列の雲鬼』を生み出したことは独自の調べでわかっていて、それを追っていたらこの場に現れたという訳だった。存在するだけで町を破壊する存在はまさしく“悪”で、それを倒すべく集まってくる魔法少女は“善”だ。善と悪がぶつかり合うからこそ争いが生まれるのであって、両方ともなくせたら争いはなくなるんじゃないかというのが神影の持論だが、この場で魔法少女を倒そうと動くのはどうも具合が良くないと神影は思った。それよりも天使が生み出したものを片っ端から破壊していくのが自分の性に合っていて、それでいて“楽しい”だろうと考えた。
話が終わったとばかりに神影はこきこきと腕を鳴らす。
「さァ、パーリーの始まりだァアアアアアアア!!」
神影は加速魔法を使い、わらわらと集まる『行列の雲鬼』へ突撃していった。
「まったく、神崎神影って子はどういう子なの……」
アテネは狂気に満ちた少女に疑問を持ちながらも目の前の鬼を倒すべく意識を集中させた。
「とりあえずコアを探しながら雲を蹴散らすっ!」
アテネは翼を大きくはためかせて神影同様に『行列の雲鬼』のいる方向へ向かった。隣にいる早苗も同じ行動をとった。
アテネは盛大に風を巻き上げながら雲を散らし、早苗は雷を飛ばして雲に衝撃を与えて、『行列の雲鬼』のコアを探し回った。
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コアを求めて邪魔な雲を切り飛ばし、どこにあるかわからないコアだけを脇目を振らず探し求める。神影の姿はもう見えず、彼女が何をしているか察することはできない。なかなか掴みどころがない少女だが、きっと今も自身の目的のために動いていることだろう。
アテネは額を流れる汗をぬぐい、『行列の雲鬼』をただ作業のように切り捨てる。
拡大と縮小を繰り返す『行列の雲鬼』に、この街にいる魔法少女たちが次々と集まり、共同しながらコアを探し求めた。そして、戦いが始まってから2時間が経過した頃だろうか。ついに『行列の雲鬼』の構成さるコアが発見されすぐに破壊された。コアを失った『行列の雲鬼』は怨嗟の声をシャウトしながら消滅した。
戦いが終わった後、アテネは神影の姿を探したが、見つけることは叶わなかった。
すでに彼女はどこかへ行ってしまったのだと理解した。
あれがなんだったのか、詳しく知りたかったアテネはどこか不完全燃焼気味な気持ちを抱えながら、地上であれこれと応戦してくれていた真理の元へ帰るのだった。
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街に至るところにできる影。天にも昇るビルとビルの間に生まれた影に身をひそめるようにして彼女は戦いの様子を窺っていた。彼女は戦いの様子を見ていたからと言って『行列の雲鬼』を見ていたのではなく、戦っている魔法少女の方をつぶさに観察していた。
「なぁーるほどねぇ」
妙に艶めかしく、間延びしたような声をぽつりと漏らす。彼女の名前は貫口咲良。法具『快楽呪縛のテンタクルス』を使う魔法少女狩りを行う少女。少女というにはかなり大人びているが、彼女はまだ17歳の少女だ。それであるがその体に纏う妖艶さは熟練の娼婦を思わせるものだった。彼女はライトピンク一色で染め上げられたTシャツと脚の付け根までばっさりと裾を切り取ったミニのブルージーンズを着ており、カモシカのようなしなやかな脚を惜しげもなく披露していた。
赤くうねる舌を器用に動かして自分のぷっくりとふくらみを持った上唇を丁寧に舐め上げる咲良。動作の一々が艶めかしく、妖艶な雰囲気を一層強くしていた。
「まったく美味しそうな子達ばっかり。ふふ、今にも食べたくなっちゃう」
魔法少女を痛めつけ抵抗力を奪い、自らが生み出した触手で捕えた魔法少女を性的に攻め立て生気や魔力を搾り出して自らのものとする。集めた生気や魔力によってより一層の力を持っているのが咲良だった。魔力を喰う召喚術を縦横無尽に使えるのもこれのおかげだった。魔法少女狩りと称される一連の事件は彼女の手によって為されていた。奪われた生気や魔力は時間が経てば元通りになるため、そこまで事件として取り上げられることはない。もしもそれを調べようとする者がいれば咲良の手によってそれを阻止してきた。それは時にその者の人格を破壊するような激しいものだとしても、彼女は一向に気にすることはない。自分以外の存在に興味はないから。正確に言えば自分たちということになるが、魔法少女になるきっかけとなった事件以来人を自分と同じ人と思うことはなくなった。自分以外の人なんて死んでしまえばいい、そう思う時期もあった。今はその考えを改め、自分以外の人は自分のために利用する存在と捉えている。考え方の着地点が少し変わっただけだ。その考え方故に魔法少女狩りに躊躇いはなかった。人を殺すことが自身の強化に繋がると知れば、咲良はなんの躊躇いもなしに人を殺すだろう。それをしないのは単に人に対して興味を持たないからだ。持たないのではなく、持ちたくないというのが真実だ。
「あら、こんなところにいたのね」
闇に潜む咲良へ、ぽんと声を掛ける少女がいた。その少女の服装は咲良の簡素なものとは違い、清楚なイメージを前面に押し出した純白のレース付ワンピースに首元に菫色のストールを巻いたものだった。そんな服装に身を包んだ少女からは咲良の妖艶さとは違った人を惹きつける何かが滲み出ていた。彼女を前にすればどこか跪いてしまうようなそんな感じを漂わせ、その少女は咲良に近寄る。咲良と大して変わらない身長であるのに、その体からにじみ出る存在感は圧倒的にその少女の方が大きかった。
「お姉さま! いらしましたか」
「えぇ、あれの様子はどうかしらかと窺いに来ましたが、どうでしょう」
「見たところ順調ですね」
「そう」
咲良と話すその少女は年齢と合わない、それまた咲良とベクトルが違う、大人びた笑みを浮かべる。微笑、この言葉がまさに合うだろう。
「そうでしたら、もうすぐですわね」
「そうですね。私は楽しみですよ」
「えぇ、私もよ」
二人は互いに微笑み合う。
彼女たちはそのままどこかへ姿を消した。影に包まれるようして、まるで神隠しに遭うかのように。
立ち込める雲は未だに深い。
雲が晴れる日は来るだろうか。
どうにも話の展開がうまくいかなかったため、話をまとめました。
次回からはもう少し皆さんが納得のいくものにしていきたいなと思っています。