8話 行列の雲鬼
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渦を巻きながら雷雲が分裂と回転を繰り返す。その勢いは時間を追うごとにどんどんと増していき、見る見るうちに巨大な雲を形成していた。ぶ厚く真っ黒な雲は空に浮かびながらゆっくりと一点を目指して前進していた。
アテネは自身に風を纏わせながら『竜の力』を部分展開して背中から禍々しい形状の蝙蝠のようなドラゴンの翼を作り出し、大きく羽ばたいて空を舞い上がった。一方、早苗は『紫電の翼』を発動させばちばちと音を立てる電撃の翼を作り出し、翼という概念を強化させて空気を掻いて空を飛べるようにした。これは雷魔法しかまともに使えない早苗が空中戦にも対応できるように『紫電の翼』に改良を重ねた結果だった。二人は自身の双翼を大きく羽ばたかせ、空に浮かぶ雲の姿を取る鬼へまっすぐ飛んでいった。
アテネと早苗がその巨大な雲の近くまで飛んでいくと、耳障りなささやき声が何重にも聞こえてきた。
『キャハハハ』
『クフフフ、ヤッテキタヨ』
『ニヒヒヒ、オロカナニンゲンドモガマタモヤッテキタヨ』
『アハハハハハハ!』
『タベチャウ!タベチャオ!』
子供のような甲高い声ががんがんと二人の耳を通してではなく頭の中に直接響いた。二人の目の前には巨大な雲をした鬼しかいない。
「全く気に障る輩ね」
「そうだね」
アテネと早苗は互いに顔を見合わせ、頷き合った。
そして、翼を大きく羽ばたかせてアテネは空中に静止した。アテネは重ね合わせた両手を鬼の方へ突き出しながら詠唱する。
「風よ、我に従いて旋風を巻き起こせ! 『龍螺旋竜巻』!」
アテネの注ぎ込んだ魔力に呼応するようにアテネの周辺の空気が唸りを上げ振動する。アテネの周りにいくつもの竜巻が連なって現れ、アテネの意志によってその竜巻たちは一斉に鬼の方へ飛んでいく。
轟音を鳴り響かせて、全部で4つの巨大な竜巻が雲の姿の鬼へ迫りかかる。
そして、雲と竜巻がぶつかり合う。
どす黒く染まり、雷を内包した巨大雲が悲鳴のような金切り声を響かせて、竜巻を受け止める。がりがりと竜巻の威力に雲を千切られるものの、竜巻ですべて蹴散らせるわけにはいかなかった。
『ケケケケケ、ソレダケ?』
『キキキキキ、ソレダケナノ?』
『キャハキャハ!』
アテネは荒れ狂う4つの竜巻の動きを制御して、それぞれが重なり合うように動かしそれらを一つの大きな竜巻へ融合させた。より強大になった竜巻はアテネの魔力を受けて、まるで切り裂く刃のように目の前の雲を切り裂いていった。
「ふぅ……」
アテネが竜巻を起こし雲へぶつけているのをよそに、早苗は背中の『紫電の翼』の羽ばたきを止め、自身の得物である刀型法具:六連星の柄に手を当てた。空中に静止しながら早苗は魔力を刀身に集中させる。早苗の魔力を受けて六連星は鞘ごと淡く金色に輝く。
魔力を集中させる早苗の姿はまるで時が止まっているかのようでどこか荘厳な印象を与えた。身動きしない早苗はふと瞼を見開き、柄を深く握りしめた。
「いざ、参る!」
足の裏に魔力を放出させ、雷をジェットエンジンのように扱い、急加速した早苗は腰元の六連星の鞘から刀身を抜き出した。一瞬にして抜き出された六連星は紫電を撒き散らして目の前に広がる雲を切り裂く。
「『空割』!」
雷撃となって迸った斬撃は一瞬にして雲を一刀両断にし、勢い余った斬撃は空の彼方へ飛んでいった。
町一個ほどを覆う雲は早苗の斬撃によって一気に真っ二つへ切り裂かされることとなった。
『キャケケケケ!』
『ワレチャッタ!ワレチャッタ!』
『ドウスル、ボクタチ!?』
『ドウシヨウ、ワタシタチ!?』
『ワレワレノモクテキハ、オウノキカンヲマツコト!』
『ユエニ、コノママデモモンダイナイ!』
『ソウダ!』
『ソウダソウダ!!』
『ソウダソウダソウダ!!!』
ひとしきり竜巻を暴れさせたアテネは魔法を切り替える。
「鼓動を我と共鳴し力を解き放て! 数多の障害を打ち砕け! 『竜砲』!」
アテネの伸ばした手の先から真っ白な魔力の奔流が放たれる。『竜の力』を扱うアテネが放つ破壊の嵐。
『竜砲』は雲の鬼へ放たれ、すぐに触れる全てを焼き尽くした。シャボン玉を割るように、『竜砲』が雲を消し去っていく。魔力を爆発させるという大胆な方法を実行するこの魔法により、雲の鬼はその姿の大半を失った。
『ヒエエエエエ!』
『ニンゲンッテスゲエ!』
『ソコニシビレル!』
『アコガレルゥ!』
『キャハハハハハハハハハハ!』
アテネと早苗によってその体の大半を破壊されているにも変わらず、雲の鬼は逃げも隠れもせずただそこにいた。
「次行くわよ!」
「うん」
アテネが早苗に声を掛け、魔法を詠唱する瞬間。
目の前を真っ黒な球体がいくつも飛来してくるのが見えた。
その真っ黒な球体は雲に触れるなり、爆発を起こしそこにあった雲を消し去った。
「な、何が……!」
アテネの視線の先に、見たことのある魔法少女が空に浮かんでいた。
煌めかしく美しいプラチナブロンドの髪、同色の瞳、透き通るような真っ白な肌。そこに纏われるは、継ぎ接ぎのように張り合わせたただボロボロの黄色い布の塊。布に隠れるようにしてちらほらと散見されるスパッツ、ハイニーソックス、ロングブーツ。
その魔法少女の周りにはどす黒い球体がいくつも浮かんでいた。
「神崎神影……!」
アテネはきゅっと唇を噛み締める。思い出すのは先日力を試された時のこと。魔法少女協会で見た資料のこと。
敵か味方か、わからないが、この場で言えるのは一つ。同じ敵を相手にしていること。
神影の指の動きに合わせて周りの黒い球体は動き、雲の鬼へ飛んでいく。その先には破壊が齎された。
「あら、竜崎アテネ、じゃないの。また、会ったね」
「えぇ。先日ぶりかしら」
「会いたかった。だけど、このタイミングでは会いたくなかった」
「えっ!?」
「時期に答えがわかるわ。まァ、アンタのことは“まだ”“正しい側”として認めたわけじゃないけど、攻撃はしないでおいてアゲル」
「……それはどうも」
ひゅんひゅんと神影の黒い球体が雲の鬼へ飛んでいき、その体を破壊する。
そんな中、アテネはふとポケットに入れてある携帯電話が鳴っていることに気付いた。
「こんな時に何が!」
取り出してみれば、相手は真理だった。
「何?」
「ちょっといいか! 空を見てくれ!」
「空って、今まさに私がいるのは空なんだけど」
「あっち! えっと、南の方!」
「……」
アテネがくるりと反対側の空、南の方を見上げると、そこにあるはずの太陽に重なるようにして大きな真っ黒なものがあった。
どす黒く、黒い絵の具をぶちまけたような濃淡がはっきりと出た色合い。見る間にどんどん広がっていくその姿。まさしくアテネ達が対峙していた鬼とそっくりな鬼がそこにいた。
「えっ……」
「あっ」
某然とするアテネをよそに、同じように大輔から連絡を受け取った早苗が声を上げる。
見れば今まで相対していた雲の鬼が神影の魔法によって、体のほとんどまで消し去られながらも、どんどん上空へ上っていた。
「ちぃ、来てしまったか」
神影は心底嫌そうに舌打ちをする。
「もうこうなるとしょうがない。アァ、めんどくさいことね」
「どういうことなの!?」
「そうか、お前たちは知らないのか。いいだろう、教えてあげよう、ヒヒッ」
神影は雲の鬼から視線は外さずに言葉を紡いだ。
「あれは『行列の雲鬼』。またの名を『堕天使の遣い』。クソッタレな天使の作り出した、この世界を壊す兵器だ」
神影の言葉はアテネ達の耳に冷たく届いた。




