6話 破壊
投稿が予定の30分ほど遅れてすみませんでした。
■■■
神影の 『消滅砲-圧縮式-』により、咲良がいた場所は跡形も残らないほど無残に破壊された。土がむき出しだった地面はえぐり取られ、辺り一帯は土埃が舞う。高密度の魔力を垂れ流すのではなく一点に集中させて、一直線に撃ちだす『消滅砲-圧縮式-』。これを喰らえば咲良とて消す炭にさえならなかっただろう。
「いやぁ、危ない危ない。まったくびっくりしたわよ」
土埃の中、うねうねと蠢く触手を体に纏わりつかせた咲良が何事もなかったような陽気な声を上げながら姿を現した。
「さすがにこの程度じゃあ死なないよねぇ」
「いやいや、死ぬとか殺すとかそんな物騒なことはダーメだよ」
咲良はちっちっと指を振りながら、しかし先ほどまでのどこか飄々とした雰囲気は鳴りを潜め代わりにどこか凍て付いた雰囲気を纏いながら言葉を紡ぐ。
「命はだいじにしないとね。命あっての物種っていうじゃない。そうでないと………もったいないじゃない」
「!?」
どこか虚ろな双眸がかっと開き、咲良は内から漏れ出る言葉を紡ぎながら魔法陣を描き、召喚術を展開する。
嫌な予感を感じ取った神影は体を投げ出すようにして後ろに跳び下がる。
「求めるは、力。我が身を贄に大罪を顕現せよ! 『傲慢の使徒』」
咲良の目の前に真っ黒な魔法陣が禍々しい輝きを放って、魔物を呼び出した。
赤黒く燃え上がる火の玉をを真っ黒な羽を背景にいくつも浮かび上がらせ、整ったフォルムを誇示するように胸を張り、金色の怪しい光を放つ目を見開きながらしゃがれた声を上げる孔雀が姿を現した。
「クケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェ!!!」
その禍々しい姿は見る者を圧倒するだけの存在感を放つ孔雀『傲慢の使徒』。
それを前にして神影は不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ、なかなかに楽しいものが出てきたねぇ」
神影は握り締めた右手を突き出す。
「んー、孔雀だかわかんないもの、まとめて消し飛ばしちゃおうかあ!! 広き光、闇を燻り焼けェ!! 『消滅砲-広域式-』!!」
消滅の魔法を壁のように薄く広げてそれを相手へと打ち出す魔法が撃ちだされ、咲良と『傲慢の使徒』に襲い掛かった。
「その『権能』を示せ」
「苦餉餉家餉餉!!」
『傲慢の使徒』は高らかに鳴き声を上げて翼を広げる。そこから暗く燃え上がる人魂のような炎が何重にも撃ちだされ、神影の『消滅砲-広域式-』とぶつかり合う。
爆発と衝撃が、神影と咲良の間の空間で巻き起こり、地形を変化させていく。
「追加でこれでもどうかなァ! アハハッ!! 潜みし光、悪を暴き出せ!! 『消滅砲-潜影式-』!!」
神影は地面に手を当てて魔力を流し込み魔法を発動させる。自身を中心に射程内一帯にランダムで地面から消滅の魔法を勝手に撃ち出す魔法だ。
どごっと音を立てて『消滅砲-潜影式-』が撃ち出され、前進する『傲慢の使徒』の進む道の先に次々と噴水のように噴き上げていく。
咲良はそれを苦々しく思いながらそれを見詰める。
「あーめんどくさい。私は早くおんにゃのこを虐めに行きたいというのに……!」
頭を掻き毟りながら咲良はもう片方の手の人差し指をくるくると回し、小さな魔方陣を描く。
「これで終わりにしよーね」
小さな魔方陣が真っ赤に、血が垂れ流されているかのような怪しげな光を放ち、それに呼応するように『傲慢の使徒』の翼が真っ赤に光る。
「『上書きせよ』」
「----------------!!」
『傲慢の使徒』は燃え上る翼を大きく広げ、辺り一帯にいる神影と咲良を包み込むように覆い尽くし、一声断末魔の叫び声を上げた。
真っ赤な光が二人の視界を覆い尽くし、破壊の嵐が吹き荒れた。
■■■
神影は血だらけの右腕を持ち上げる。いくつも大小様々な切り傷が刻まれ、見るも痛々しい様相を成していた。至るところから血が噴き出した右腕はよくくっついていると言える代物だった。
よろよろと体を起こし、少し離れたところにぽろりと落ちている左腕と右足を手に取り、すっぱりと切られた肘にぴったりとくっつける。
「っ、ア”ァー ふざけんなよォおお……」
神影はじくじくと痛みを訴える体に舌打ちをして、自らに元より与えられた“能力”を使う。
頭の中でぱちりと音をして、神影の全身に走る痛みはぱったりと消え去った。全身に存在する神経に能力で干渉して痛覚を感じないように切り替えたのだった。
神影の能力は『麗白の雷電』。高出力の電流から人間の電気信号程度の微弱な電流の操作、電磁操作による磁力操作、相手の電気信号を読み取ることによる駆動系の監視、逆に相手の電気信号に指令を与えることによる駆動系の制御など幅広い用途を持つ能力だ。これにより痛みの遮断なんてお手の物だった。
くるりと辺りを見渡すもののもうすでに誰もいないことに気が付いた神影。神影はうまく咲良に逃げられたことを理解し、とくに怒りといった感情を抱くことはしなかった。咲良に一本上を行かれた、ただそれだけのことだったため神影は特に何か思うことはなかった。
何より目下気になっていることは、この体がいかに早く使い物になるまで回復するか、である。
回復魔法が使えるわけじゃない神影にとって、回復手段と言えば魔力による自然治癒力の超促進だけだった。その時生じる痛みはすでに遮断されているためデメリットは特になかった。
「はァ、とりあえずどっかで休む、か」
さすがにこの体のままではまともに戦えやしない。全身がずたずたに切り裂かれた状態で、万が一鬼なんかと出会ってしまえば余計に傷を悪化させてしまうかもしれない。この状態でも鬼に負けるつもりはないというのが神影である。能力と魔法により裏付けされた回復力が、なにより神影の体を支えていた。大概の怪我を物ともせず戦えるその姿は、ゾンビと揶揄されても仕方ないものだった。
神影は近くに身を隠す場所がないか、ふらふらとどこか姿を消した。
■■■
翌日。
アテネと真理はいつものように学校へ通う。
太陽はじりじりとまだ夏の残り香を漂わせる暑さを送り込み、道行く人をげんなりとさせる。
アテネと真理はどこか緊張感を持って道を歩いた。
「……」
「……なぁ、神影っていう魔法少女とはどうやったら会えるんだろうな」
「……そうね、きっとこちらが会おうとしないまでも会えるでしょ?」
「……どういうことだ?」
「……会う運命にある、とでも言ったらいいかしら。単なる勘だけど、そうに違いないと私は思っているわ」
「……そうか」
アテネはふぅと軽く息をつく。
「……せめて今日が平和であってくれるとありがたいわ」
「……そうだな。できることなら毎日が平和であってほしい」
「……ふふ、そうね」
二人はいつの間にかたどり着いていた校舎を見上げる。いくらすでに修繕が終わったとはいえ、七つの大罪『暴食』を司っていた餓鬼が起こした騒乱の爪痕は残っている。
今日が平和でありますように、と二人は心の中で祈りながら校舎の中へ足を踏み入れた。
次回は6月14日0時を予定しています。