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鬼狩りの魔法少女  作者: ひかるこうら
第3章 『破壊を呼ぶ魔法少女』
103/123

4話 夢現と蜘蛛

 ■■■


 そこは真っ暗な闇の中。

 ふわふわと海の中を漂っているような、そんな感じをさせる。

 ふと自分に目をやれば、闇の中で不自然なほど自分の体を認識できた。細い腕、きゅっと引き絞られた腰、白い肌。まさしく自分自身の体だと認識できた。

 それと同時にこれが夢だとわかる。アテネは目をぱちくりと瞬かせ、辺りを見渡した。しかし、周りに広がるのは少し先さえものぞき込むこともままならない闇。自分自身しか認識できないままアテネは体を闇に漂わせる。動こうと思えば動ける、だが動かして何かしようとする気にならなかった。


 しばらく闇の中を遊泳していたアテネの前に、突如スクリーンのようなものが現れた。驚くアテネをよそにスクリーンに映像が映し出された。


「……?」


 一面に広がる氷の結晶。建物も地面もまとめて全部氷漬けにされている光景。上空に浮かぶ太陽の光に照らされ、どこまでも広がる氷の大地が光の反射してきらきらと輝く。なにかおとぎ話に出てきそうな幻想な光景。太陽の光を浴びても一向に解ける様子を見せず、むしろその氷が増殖していく異常な光景が目の前で繰り広げられていた。アテネは思わず身震いをしてしまった。あまりにその光景が寒々しく、恐ろしかった。人一人おらず全てが凍り付いた世界。それがスクリーン越しに広がっているのだから。


「……あっ!」


 スクリーンに映る光景はゆっくりと右に旋回し、ある一点を画面に捉える。人が、一人の男がこちらに背中を向けながら宙に浮かび、眼下に広がる氷の世界を見下ろしていた。その男の顔を見ることはできないが、その背格好からまだ若い男だろうと感じ取れた。全身黒い服に身を包み、背中から純白の天使のような翼を生やす男。

 アテネは無性にその男がどういう顔なのか気になった。


 そして。


 くるり、とその男が振り向き、


 アテネの視界はブラックアウトした。






 ピピピピ、ピピピピ

 電子音が鳴り響き、寝ているアテネに朝が来たことを伝える。


 アテネは手を頭の上に伸ばし、目覚まし時計の頭を叩いた。もぞもぞと体を蠢かせ、体に掛かっている掛け布団を剥ぐ。そして、大きく伸びをしてアテネの意識はようやく目覚めた。


「……なんか、変な気分」


 アテネは寝ぼけ眼をこすりながらベッドから降りる。アテネがこの神内家にやってきて1年半が経ったことを改めて自覚する。真理のことを助け、家にやって来た時はまさかこんな風に部屋を得るなんて想像もつかなかった。あの時はせいぜい話をしてその後は自分のねぐらに帰るつもりだった。適度な距離を保ちながら監視をする、そんな風に考えていた。それが真理に一目ぼれをし、こうして真理と一緒にいる。それが堪らなく幸せで、それでいてこうもうまくいってもいいのか少し不安になるのだった。


「まぁ、いいか」


 アテネは気を取り直すように顔に手をやって意識を完全に覚醒させる。今日も学校へ行って日常を過ごし、放課後は鬼狩りという非日常を過ごして、その後は家に帰り日常へ戻る。その繰り返しの日々、それがアテネの日常だ。


 アテネは再び伸びをしながら身支度を始めるのだった。









 ■■■


 一面真っ白な世界。

 真っ白と言っても目に沁みるような白に輝いているのではなく、ただ色がついていない仄かな光の集まり。

 それが目の前に広がっていた。


 自分がどういう体勢をしているのかわからない。浮かんでいるのか沈んでいるのか、それさえもわからなかった。ただ自分の周りに真っ白な世界がある、それだけしかわからなかった。


 何もない空間に放り出されて、途方に暮れる真理の耳に音が聞こえてきた。


『―――』


 それはまるで壊れたオルゴールのような歪でひび割れた音だった。それまで無音だったところに音が聞こえ始めたのだから、よく聞こえるには違いなかったのだがノイズのせいで音が不鮮明で聞き取ることができなかった。その音は一定の間隔で流れている。


 真理はその音を聞いて、まただと思った。最近この不明瞭な音を聞く夢が続いている。その夢は今回のように真っ白な空間に放り込まれることもあれば、立方体の空間に押し込まれている時もある。いずれにしてもこのノイズ掛かった音を聞かせられることには変わりなかった。


『―――……ろ』

「!」


 かすかにその音のノイズが消え声のようなものが聞こえる。


「な、なんだ……!?」


 以前としてノイズ掛かった音は鳴り響き、真理の耳に入り込む。


『――……めろ』





 真理は次第に自分の意識が遠のくのを感じた。

 せっかくこのノイズだらけの音が何を言っている声なのかわかるというのに。

 そして、真理の視界は真っ暗に閉ざされた。




『――よ、目覚めろ』

『そろそろ刈り取りの時間だぜ』













 ピピピピ、ピピピピ


 目覚ましの音に真理は無造作に目覚まし時計の頭を叩く。その衝撃で目覚まし時計は倒れてしまったが、真理は気付かなかった。


「……っん」


 真理は大きく伸びをしてベッドから這い上がる。今日も母親の栞がいないため朝食は自分で作らないといけない。アテネも料理はできるが、如何せんアテネは朝早く起きることはできないため専ら真理が朝食を作っていた。


「またあの夢か……なんか嫌になる」


 頭を振って先ほどの夢を忘れようとしながら、簡単な身支度を整える。一人でこの家にいるのだったらどんなにだらしない格好でもいいのだが、アテネが一緒の家にいる以上身だしなみには気を遣うようにしていた。


「さて、今日は何にするかな。たしか卵がまだあったはず」


 真理はいつもの朝のように階下に降りるのだった。





 ■■■


「はぁっ、はぁっ……!」


 一人の少女が息を切らしながら走り続ける。まだ第2次性徴に入ったばかりの、だいぶ幼さを見せる少女だった。黒髪を首元に掛かるか掛からないかぐらいまで伸ばし、水玉模様のワンピースを着たその少女は何かに追われるように、鬼気迫る形相をして逃げ惑っていた。

 目の前に広がっていた道はいつの間にか途切れ、その少女の前には非情にも壁が立ち塞がっていた。


「ふぇ?」


 少女は目の前の非情な現実を認めたくなかった。後ろから追いかけてくる恐怖から逃げるすべを失ったことを、直視したくなかった。


「うけけ、もう逃げれなくなっちゃったね」


 少女を追い掛ける妙齢の女性がそう言う。その女性は8本の脚を器用に動かしながら逃げる少女を追い回す。真っ黒なワンピースを着たその姿は、上半身を見る分には問題ないが下半身を見てしまえばはっきり異常だとわかってしまう。上半身が人で、下半身が蜘蛛だなんてそんなものはいるはずがない。そう逃げ惑う少女は思っているが、世界は広く表側しか見て来ない者にはわからない存在がある。

 そう、半人半蜘蛛の女性は人の感情や魂を食い物にする鬼だ。特に彼女は鬼の中でも力を持ち、魔女と呼ばれる存在だ。ただの人である少女には対抗する術はない。ただその魂を喰われるのを待つしかなかった。


「や、やめて!」

「やめてと言われてやめる訳、ないよねー」


 蜘蛛女は美麗な顔を喜悦に歪ませながら少女を壁際に追いつめる。すでに逃げ場のない少女は鼻水と涙に顔を汚し、がくがくぶるぶる体を震わせて地面に崩れ落ちていた。ずりずりと体を後退させるものの壁がその少女の後退を押し止めていた。


「ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、ねぇ!」

「いやぁ……もう、いやぁなの……おうちにかえしてぇ……」


 蜘蛛女は少女の絶望を感じ取り、より笑みを深める。まさにこの顔を待っていたのだ。この絶望に打ちひしがれようとしている、その様子が楽しみだった。


「さーて、あんまり時間かけるのも悪いよね。それじゃあ、いただきm」

「そこまでよ!」


 蜘蛛女が両手を少女に向けようとしたその時、一人の少女の声が辺り一帯に響き渡った。



「ちっ、魔法少女か。なんと間の悪い」

「その子を返してもらおうか」


 魔法少女は袋小路となった通りの入口の方から蜘蛛女の方へ歩み寄り、手に持つ大鎌を突きつけた。

 対する蜘蛛女はゆっくりと振り返り、魔法少女の姿を認めた。

 赤紫色に輝く髪、白と赤に彩られたコスチューム、翡翠色に染まる大鎌。

 竜崎アテネ。『鬼狩り』の称号を持つ魔法少女だ。


「返すも何もこれは私のものだしー」


 蜘蛛女は瞬時に糸を吐き出し、少女を搦め取る。その糸は蜘蛛女の意志に従って搦め取った少女ごと自分の背中に引き寄せた。


「そう言うつもりならそれでもいいわ。どうせ、貴女は私の鎌の錆になるだけ」

「へっ、言うねぇ」


 蜘蛛女はアテネを見据えながら中に溜めていた力を放出する。


「それならこれはどうだい? ここは私のテリトリーなんだよぉ!」


 アテネの周りにいくつも糸の塔が築き上げられ、そこからアテネの体を拘束せんとばかりに

糸が噴出した。


「……甘い」


 アテネは風を瞬時に纏い、纏わりつこうとする糸を片っ端から切り刻んだ。アテネは大鎌を構え、魔力を集中させる。


「『加速(アクセル)』」


 空気を切り裂くようにして前へ飛び出したアテネは蜘蛛女の目の前まで突き進み、急制動かけながらその勢いを生かすようにして大鎌を横に振るった。ガードする蜘蛛女の右腕を引きちぎるようにして大鎌グリフィンは振り抜かれた。真っ黒い霧が切られた腕から迸り、蜘蛛女はその飛んでいく自分の腕を茫然と眺めるしかできなかった。


「なっ!」

「だから、甘いと言ってるのよ」


 軽くウィンクして見せた目の前の魔法少女にぞくりと背筋が凍るような思いをした蜘蛛女。8本の脚を勢いよく動かし、その場から飛び下がり袋小路となった壁に張り付いた。


「ま、まさか『鬼狩り』!?」

「えぇ、そうよ。鬼にまでその名が通っているなんて思いもしなかったわ」


 アテネはふさりと髪を掻き上げた。魔力がアテネの体の周りに集まり、いつでも魔法が撃てる状態になっていた。


「こ、こっちには人質がいるのよ。この少女がどうなってもいいの?」

「人質、ねぇ」


 アテネがぱちりと目配せをする。するといきなり蜘蛛女が背負う糸が強酸に溶かされたかのように消え去った。縛られた少女は蜘蛛女の元から離れ、重力に従って落ち、下にいた真理の腕の中に収まった。


「いつの間に!」

「これで、もう貴方には打つ手がなくなった。心置きなく、死んで」


 アテネは魔力を大鎌グリフィンに流し込む。アテネの魔力を受けてグリフィンは赤く染まり、その刃の鋭さが増した。


「『切断(スラッシュ)』」


 アテネは無造作に蜘蛛女の目の前に立ち、その大鎌を振るった。蜘蛛女は糸を吐き出し盾にしようとするが、グリフィンは無情にも何の抵抗もなく蜘蛛女の体を両断した。


 どさりと音を立てて蜘蛛女の上半身は地面に落ち、辺り一帯に張られていた“谷”が消滅した。今まで袋小路となっていた通りが奥まで広がり、セピア色に染まっていた光景が元の色を取り戻した。






「お疲れ」

「そっちこそ、お疲れ様」


 アテネと真理は互いの無事を確かめ合う。


「今回の鬼は温かったね」

「たぶん戦闘には向いていなかったんじゃないかな。魔女だったけれど」

「魔女と言っても全員が全員強いわけじゃないよ。むしろ今回のように補助に向いてる方が多いんだし」


 アテネは纏っていた魔力を元に戻し、コスチュームを解除した。制服姿に戻ったアテネは大きく伸びをした。


「ふぁあ。どうするの、その子」

「あぁ、起きるまで傍にいてあげるよ。怖い思いをしたんだからね」

「そう。じゃあ、私も一緒にいるよ」

「わかった。それじゃあ、少し移動しようか。ここだと落ち着くこともできない」


 真理は助け出した少女を抱きかかえながら、近くの公園を目指して足を進めた。





 それから1時間後。無事に目覚めた少女を家まで送り返し、アテネと真理の二人は新たな鬼を目指して再び街を周り始めた。魔法少女の使命として、そして周りの世界の平和を手に入れるため。少女と少年は怪異を倒す日々を送るのだった。




次回は6月1日0時を予定しています。

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