2話 見極め
今回は2話同時投稿なので先に小話をどうぞ。
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神崎神影と竜崎アテネは空中でぶつかり合う。アテネはグリフィンを構え、神影は無手で戦いを繰り広げる。
「法具か、なるほど、それもいい! だけどわたしは自惚れてるから手加減するもんね。我、手にする刃にて結果を早急に導かん! 『滅斧』!」
神影の手に白く光る斧が現れる。神影はそれを無造作に掴み、アテネに向けて投げつけた。
「っ、グリフィン!」
アテネは右手に持つ大鎌グリフィンに魔力を流し込み内包する力を引き出し、神影の投擲した『滅斧』目掛けて刃を振るう。
がきんと、嫌な音を立ててグリフィンの纏う魔力がごっそりと“消滅”したのをアテネは感じ取った。魔力強化を施していなかったらグリフィン自体が破損している破壊力が神影の放つ『滅斧』にあった。触れたものを消滅させる力を練り上げ斧の形にしたもの、それが神影の作り出した『滅斧』だった。
「なんていう威力よ、まったく!」
アテネは魔力を練り上げ、魔法を発動させる。
「敵を穿て! 『風の掃射』!」
空を舞うアテネの肩の上の空間に何百もの風の弾丸が生み出され、神影へ殺到する。風が唸り、大木さえも切り倒せる鎌鼬が神影の視界を歪ませる。
「あは!」
神影は喜悦に顔を歪ませ、魔力を凝縮させた右手を振るう。その瞬間に『風の掃射』を相殺するように『消滅』の力が込められた魔法が何百もの発動し、魔力同士の爆発を引き起こした。魔力が弾け飛ぶ感触を受けて、アテネはくっと神影を見据える。それはとても純粋で、それでいて狂気に満ち溢れていた。
「うーん、やっぱり『放射』の方が効率よかったかな。思ったより魔力使っちゃったよ」
えへへと戦場に似合わない笑みを浮かべる無邪気な神影。その姿がアテネにはどうしても嫌悪感と親近感を覚えるのだった。
(なぜ……何か気になる!?)
どこかでその笑みを見たような、何か大事なことがあるようなそんなもどかしい気持ちに囚われながらもアテネは、無邪気に攻撃してくる神影の動きを止め、どうにもならなければ神影を倒す覚悟を決め、魔法と法具を操りながら戦う。
アテネと神影が空中で戦闘をしている間、真理は黙って地上で待っているしかできなかった。
「くっそ、現状でできることって何もないじゃん」
魔力を操ることができる真理だが、魔法少女のように魔力を浮力や揚力・反重力などといった重力に抗えるものに変換するなどという芸当は当然できない。特殊な力以外はただの人間である真理に、空を飛ぶことはできない。いつもならばアテネの盾となって戦えるのだが、こうも空中戦となると援護できる手段も限られる。なおかつアテネと神影が鬼と戦う以上に高速で立ち位置を常に変化させながら戦っているため、真理は全く手出しができない。
「とりあえず今は、相手の観察だな。どんな魔法なんだ……あれは」
真理は地上で神影の用いる魔法を眺める。消滅させる神影の魔法は空間を歪ませ蜃気楼のように光を回折させるだけでその挙動を直接目で見ることは難しい。風と同じでせいぜい歪みからその姿を類推するか、勘で避けるしかこの『消滅』の意を受けた魔法を躱す方法はない。アテネはその二つから自身の風魔法をぶつけて誘爆させてなんとか回避しているが、アテネの集中力が先に尽きるか神影の魔力が尽きるかという状況である。
真理は必死に目を凝らして何か策がないか頭を動かす。
範囲内の物質を消滅させる。
神影はただ愚直にその系統の魔法しか使っていない。だからこそ、真理にはその魔法がどういったものか見極めることができた。高出力の魔力を炎や風などに変換せず、そのままの“エネルギー”として垂れ流しにする、ただそれだけのこと。正直破壊力を求めるなら、これほどまでに効率の悪い魔法はないだろう。魔法を為し得るのに必要な労力と得られる結果が釣り合わない、それがこの魔法だった。しかしステルス性に優れ無効化するには直接魔法をぶつけるしかない。魔力を炎に変えて放つのであれば水や土を掛ければ収まるが、この消滅はそんなことは通用しない。まさに力技と言えよう。
「随分とシンプルで効率悪い魔法だよな……」
真理はそう呟きながら右手を神影のいる方へ向ける。ようやく自分ができることを見つけて、それを為し得るために。何より前に立って戦うアテネのために、真理は力を行使する。
「実にやることはシンプルだ」
そう呟きながら真理は神影をじっと見据える。突き出した右手に魔力を集中させて。神影のシンプルで力技な魔法だからこそ、その原理さえ分かれば魔力操作できる真理も真似ができる。
「消えろ。『無効』」
狙いは神影の周囲に展開される消滅の魔法。 自身を中心として全方位へ無秩序に放つ『全方位放射』という名の魔法を、真理は地上から消し去る。
「またそんな魔法かい? そんなんで私をどうにかできると思ったのぉおお!? 慈悲たる心にて、我を守れ! 『全方位放射』ォ!!」
神影はアテネの放つ暴風に向かって自分の身を守るべく魔法を展開する。その魔法は先ほどと同じようにアテネの魔法を打ち破るだろう。まだまだ神影の魔力に余裕がある。暇があれば溜めておいた魔力のストックが自身の効率の悪い魔法を自由自在に使えるようにしている。
神影は見極めたかった。あの時に少女が言った『竜崎アテネ』がどこまでの魔法少女なのか。自分とはどう違った魔法少女で、どこまで戦えるか見てみたかった。だからこそ、使用する魔法を絞り、法具も能力も使わないでいる。その状態でどこまで自分に迫れるか楽しみだった。“破滅を喜び、破壊を楽しむ”、それが神影の願いであり信条だった。魔法少女が噂するその実力を圧し折り、身を破滅させる様を見てみたかった。手加減して気を緩めたところで一気に陥れる。その時の苦悶の顔が、堪らなく楽しみだった。
だからこそ、神影は首をかしげざる負えなかった。自分の魔法をことごとく躱していることではない。なぜ自分の身に一撃を入れられないのか、と。
噂に上るほどの魔法少女だからこそ、期待したのに。
『全方位放射』を展開しながらそんなことをぼんやりと考えていた神影は、いきなり魔力が切断された感触に目を見開いた。繋がっていたものがごっそりとえぐり取られるようなそんなな感じがして自分の周りを見渡すと、ちょうど自分が展開していた『全方位放射』が綺麗さっぱり消滅していた。
「なっ!?」
神影は目の前の現象に思わずぐらりと体勢を崩してしまう。見れば『全方位放射』が消滅し、アテネの放った暴風がすぐそこまで来ていた。
「うわああああああああ!」
暴風に揉まれ、地面に叩き付けられる神影。対するアテネは何が起きたのかを理解していた。真理のすぐ隣に降り立ち、真理に礼を言いながら地面に落ちた神影に警戒の目を向ける。今の攻撃で倒せたはずがない。とりあえず一回ダメージを与えただけだ。まだ戦いは終わらない、そうアテネは思った。
「ふはははははははは! まったく傑作だよぉ! この私を道化のように扱うなんてねぇ!」
神影はもうもうと宙を舞う砂埃を手で払い除けながら、すくっと立ち上がる。大したダメージは受けていないが、まさかこうしてやられるとは思っていなかった。
「じゃあ、これは受けれるかなァ! ケ・シ・ト・ベ・っ・♪ 集いし光、彼奴の罪を浄化せよ! 消滅砲-究極式-(フェアニッヒトゥング・カノーネ・フェアツヴァイフルング)ゥゥゥゥッ!!!」
真っ白い光が束となって大きなビームの体を成して神影から放たれ、まっすぐアテネたちに襲い掛かる。いきなり必殺技のような魔法を持ちだし、潰しに掛かる神影。魔法を発動させて、ちょっとやりすぎたかもと思ってしまったが、すでに発動させてしまった『消滅砲-究極式-』は止まらない。高出力の魔力を放射し光線上にして撃ち続けるこの魔法。これを相手にした者はすべて死んでいった。
「真理、お願い!」
「任せろぉ!!」
アテネを庇うようにして右手を突き出し、『消滅砲-究極式-』を受け止める真理。魔力の奔流に体を吹き飛ばされそうになるのを必死に抑え、ぶつかる『消滅砲-究極式-』を右手に触れた先から魔力を分解して攻撃を受け止める。
真理の後ろではアテネが左手を胸の前に置いて魔力を集中させる。
「我の呼び掛けに応じて目覚めろ、禁術『竜の力』」
魔力を集中させて憤怒の力を引き出し、その身に纏う。禁術と言われる『竜の力』を完全に自分のものとしたアテネの金色に輝く目には何より戦意に満ち溢れていた。
神影に本気を出さなければ倒すことは無理だ、そう結論付けアテネはその命を奪うことを躊躇いもなく選ぶ。それが平穏をもたらすならば例え醜い行動でも行う、それがアテネの信条だった。
純白の襦袢の上に羽織る真っ赤に燃え上がるような色の打掛がアテネの魔力を受けてはためく。背中に描かれた金色の9頭の蛇が輝き、アテネの本気具合を示す。
「吹き荒れ、全てを散らせ 『竜巻』」
アテネの手から吹き荒れる竜巻が神影の『消滅砲-究極式-』とぶつかり合い、互いに消滅し合った。
真理がどんな攻撃でも受け止め、アテネが圧倒的な攻撃力で敵を蹴散らす。
それがこの二人の本来の戦い方。
「わお。へぇ、本気出してなかったと」
「えぇ。でも、ここからは本気で行かせてもらうわ」
「なるほどなるほど」
神影は心底嬉しそうに顔を歪め、柏手を打つ。
「ここで私も本気を出して戦いたいところなんだけど……ちょっと急用ができてね」
「はっ?」
「悪いけど、また今度ということで。それじゃあ!」
「ちょっと、いきなり戦いを仕掛けておいて、それは!」
「ごめんね~」
神影はくるりと後ろを振り返り、すたすたとどこかへ消えてしまった。
残された二人は呆然と立ち尽くしてしまった。
「ねぇ……」
「仕方ない。帰ろうか」
「はぁ」
アテネは肩を下ろしてコスチュームを解除するのだった。
次回は5月18日0時更新予定です。