なんか知らんけど急にモテだした学生のお話
朝……雅人の意識を覚醒させたのは、じゅーっと何かが焼ける音と、胃を刺激する香りだった。
寝ぼけ眼で、雅人は考える。
両親は旅行に出かけて、朝食を用意するのがだるいと寝る前に思っていた記憶がある。
じゃあ、この音は……。
「そろそろ起きよー。もうすぐ出来るよー」
そんな声が、部屋の向こうにあるリビングから聞こえた。
「あいよー」
雅人は答えてから朝の支度を終え、制服に身を包み部屋を出た。
「まったく。あんたは幸せものね。こんな可愛い幼馴染にごはんまで作ってもらっちゃってさ」
ニコニコ顔で彼女はそう言う。
食事は彼の分だけで、自分の分は用意していなかった。
「そうか。俺は幸せものなのか」
「ええ、幸せものなのよ」
男は噛みしめるように頷き、自分のためにわざわざ用意してくれた出来立ての朝食に手を付けた。
「という感じで、味はそこそこだった」
教室で、雅人は友達である悠里に今朝の出来事を説明する。
ついでに、一緒に登校したことも。
雅人を見る悠里の目は、心底呆れたものだった。
「お前なぁ……。自慢話にしたって、もう少しあるだろう。仮にもバレンタインチョコなし同盟だったのに……。それに、作ってもらったものにそこそこって……自慢以前に失礼だろ」
悠里はやれやれとおちゃらけた口調でそう言った。
こんな態度だが、悠里は雅人の幸運を心の底から祝福していた。
こいつは良い奴だが、いまいち主体性がなくこれまで浮いた話は一度もない。
純粋にモテない自分《悠里》と違って、顔も性格も悪くないのに限りなく存在感がない。
誰もいじめてないのにぽつんと孤立することがあるくらいに。
良い奴だから友人は多いだろう。
けれど、長時間一緒にいるほど付き合いが深いのは自分くらいなものだ。
いつもぬぼーっとしていて、クラスでは天然扱いを通り越し天然記念物扱いで、女性から一切異性に見られずお菓子を恵んでもらって餌付けさえされている。
そんなだから恋人なんて無理だろうと思っていたが、どうやら最初から良い相手がいたから心配する必要はなかったらしい。
「それで、本題はここからなんだ」
雅人の言葉に悠里は笑った。
「なんだ? まだのろける気か。しょうがねーな。聞いてやるから今度ハンバーガー奢れよ」
「ファミレスでも何でも奢るから聞いてくれ」
悠里はその言葉に、ぴくりと肩眉を挙げる。
学生で金のない自分たちが「ファミレスで何でも」とまで言うのは、それなりに重大な要素である。
そうでなくとも、雅人が自主的に意思を通している時点で、ただの雑談なわけがなかった。
「……マジ話か? 非モテの俺に告白の内容考えてとか、そういうのは勘弁しろよ」
悠里は後頭部を掻き、少しだけ前のめりになり、雅人に近づいた。
「それでは聞いてください」
神妙な面持ちで、悠里は頷く。
内緒話のような距離で互い向かいあい、そして――。
「――俺に幼馴染はいない」
悠里は唖然とした後、雅人の言葉を咀嚼する。
けれど、まるで意味がわからなかった。
「すまん。それは喧嘩しているとか、そういう意味か?」
「いや、言葉のままだ。俺に朝起こしてごはんを作ってくれるような親しい幼馴染はいないし、何なら幼馴染そのものがいない」
「……いや、おかしいだろ。だって、朝起きたら飯作ってくれる甲斐甲斐しい幼馴染が現実に居たんだろ」
「そうなるな」
「ほらいるじゃないか。お前の言葉が正しいなら、朝知らない奴が幼馴染名乗って飯作ってたってことになるだろ」
「その通りだが?」
至極真面目な表情で、雅人は答える。
淡々と、だけどまっすぐに。
想像の斜め上な告白に、悠里は頭を抱えた。
「……ゆ、夢でも見たとか? 疲れてるんだよ」
「いや、残念ながら事実だ。さっきから歯の間にほうれん草が引っかかり続けている。見るか?」
「見ねぇよ。……いや、すまん。まるで状況がわからんし話を理解出来ん」
「まあ、当然だろう。俺もそうだ」
「じゃあ……なんでお前はそんなに平然としてるんだよ……」
「いや、どうしたら良いかわからなくて……俺はどうしたら良いんだ?」
「俺も警察の二文字以外、頭に浮かばねぇよ」
「そうか……困ったな」
雅人が後頭部を掻くと、とんとんと肩を叩かれる。
振り向くと、クラスメイトの女子が微笑んで立っていた。
そして、ちょいちょいと入口辺りを指差した。
「妹さんが来てるよ」
「そうか。ありがとう」
雅人がクラスメイトに頭を下げると、気にしないでと手を振る。
雅人は頷いてから、妹の待つ入口に向かった。
数秒してから、雅人が戻ってくる。
向かう時と違い、手に袋のようなものを持っていた。
着席する雅人を、悠里はニヤニヤとした顔でいやみったらしく見つめた。
「おいおい~。弁当忘れたのか?」
「そのようだ。だから届けてくれたと」
「お前抜けてるからなー。ったく、可愛い妹ちゃんに迷惑かけたら駄目だぞー」
悠里が笑うと、雅人は無表情のままおもむろに弁当を開き、食べだした。
「ちょっ。おいおい、まだ二限だぞ?」
「問題ない。もう一つあるからな」
「は? いや、どういう……」
一瞬そこまで突っ込もうとして、悠里は気づく。
さっきまで、悠里はこの状況に何一つおかしいと思わなかった。
けれど、気づけばもうそれは違和感になる。
そして違和感はそのまま恐怖となって、悠里の背筋を冷たく凍えさえる。
そんな悠里に気づいたか、雅人はおもむろに口を開いた。
「それでは聞いてください。俺に妹はいない」
「いや……いやいや……えっ!? なにこれ!? というかどういうこと!? なんで俺、さっきまで気づかなかったの!? こわっ! これこわっ!」
ちらっと見えた彼女は小さく可愛く、まるでアンティークドールのようだった。
あんな可愛い子がいたら学校で間違いなく話題になるのに、誰も何も言っていない。
そもそも一目見た瞬間、誰もが『雅人の妹』だと認識した。
何故、会ったこともないのにそう確信したのか。
「というかさ、俺たち一年なのに……どうして制服着た妹がいるんだよ……」
「確かに、それは問題だな」
もぐもぐと弁当を食べながら、雅人は答える。
不安でいっぱいな悠里と異なり、雅人は驚くほど平常心だった。
「……というか、なんで食ってるんだ?」
雅人は言葉の意味がわからず、首を傾げた。
「食べないと、腐るじゃないか。丁度小腹が空いてたし」
「いやいや。知らん奴の飯をよく食えるな。怖くないのか?」
「いや? 好き嫌いはあまりない方だと思うが?」
素っ頓狂な返事に悠里は片眉を上げる。
そして当たり前のように完食して両手を合わせた後、次の授業の準備を始めた。
昼食、雅人が二個目の弁当(幼馴染制作)を食べ終わった後に、二人は次の移動教室に向かった。
悠里もこれは異常事態だと認識している。
だというのに、とうの張本人である雅人は平然としたまま。
その態度に悠里はあきれ果てるべきか、病院に連れていくべきか悩んだ。
そんな時だった。
曲がり角で、どんと音を立て雅人が女生徒とぶつかる。
そして吹き飛んだ――雅人が。
慌てて悠里が振りむいた時にも勢いが消えない程に激しく吹っ飛び、それでも止まらず、まるで廊下をボーリングレーンと勘違いしているかとばかりに転がり続け。
唖然としながら、悠里はぶつかった相手を見る。
鉄仮面だった。
他に表現できない。
スカートを履いているから女生徒であるとは思うが、あらゆる印象が、頭部に輝く鉄仮面が上書きする。
なんで世紀末救世主伝説に出てきそうな棘つき鉄仮面を身に着けた女生徒がいるのか、まるでわからない。
「あいたたた……きゃっ。ごめんなさーい。私ったらうっかり……てへっ」
頭をこんと叩き舌を出すあざとポーズをとっているつもりなのだろう。
だが舌は見えないし、頭を叩く時の音がドラム缶を蹴飛ばしたみたいな激しい音だった。
たぶん、腕力も世紀末級だろう。
鉄仮面はおもむろに立ち上がったかと思うと、スライドするような高速移動で廊下を通り抜け、ドップラー効果と共に雅人を回収。
そのまま優しくお姫様抱っこをして曲がり角まで戻ってきた。
「ごめんなさい。私ドジで……。ちょっとぶつかっちゃいました……」
今のがちょっとならこの世界での交通事故は記録されないだろう。
「いや、大丈夫。ちょっと汚れただけ」
「まあ大変! 少しお待ちくださいませ」
鉄仮面はハンカチを片手に慌てて(ドラゴンボ〇ルの瞬間移動みたいな音をさせながら)トイレに向かい、濡らしたハンカチで雅人の制服の汚れを落としていった。
「ありがとう。洗って返すよ」
「いいえ、大丈夫です」
そう言って鉄仮面はハンカチを抱きしめるような仕草をして、ポケットにしまった。
妙に乙女チックだからなんか鼻に付く。
「ぶつかって申し訳ありませんでした雅人様。では……ごきげんよう」
スカートを摘み、丁寧にお辞儀をして乙女仮面は去っていく。
帰る時も瞬間移動みたいな音だった。
「当たり前のように名前知ってたな。そして俺は最初から最後まで透明人間だった。それで……お前、大丈夫か?」
悠里は不安げな表情で雅人を訪ねる。
雅人はけろっとした顔をして、一言口にする。
「名前、聞きそびれたな」
「ジ〇ギ様じゃね?」
悠里はもうどうでも良さそうに呟いた。
放課後となっても、悠里は雅人と一緒に居た。
特に理由はないのだが、雅人ほどではないが悠里もあまり自主性がないからだらだらと一緒に居ることが多い。
二人は教室を離れ、玄関で靴に履き替え外に出る。
その直後だった。
髪の色がピンクでふわふわした女の子が現れる。
直観で……いや謎の修正力でこいつが『幼馴染』だと悠里は理解した。
理解出来た自分が何か未知なる者に汚染されているような気がしてちょっと怖かった。
「遅いよ。ふふ、一緒に帰ろ?」
幼馴染の言葉に雅人は頷く。
無言で選択するとかお前はギャルゲーの主人公か。
そして幼馴染の目には悠里は見えないらしい。
「あら、お兄様。ごきげんよう」
今度は黒い日傘を差したちょっと生意気そうな黒髪妹のエントリー。
お前ら絶対タイミング狙っていただろというツッコミを悠里は呑み込む。
その直後に、瞬間移動の音が轟く。
「まあ、予想通りだな」
そう思い周囲を見る悠里。
けれど、姿がどこにも見えない。
気のせいか。
そう思った直後、空から乙女仮面。
隕石のように急降下し、爆音と共に来襲する。
グラウンドにクレーターを残した後、手を振りながら迫ってきた。
さすがにそれは、予想外だった。
ジャ〇様じゃなくてブロリーだったとは。
「雅人様。帰りま……あれ? お二人は……どなた?」
仮面の一言に空気が凍る。
気づけば、雅人を中心としたトライアングルが形成されていた。
「わ、私と帰るの!」
幼馴染は叫ぶ。
自称の癖に恥ずかしくもなく。
「私は妹ですけど? 家族仲良く帰る予定ですので他人の貴女達は遠慮してもらえませんか?」
お前も妹じゃないだろ遠慮しろよというツッコミを、悠里はそっと呑み込んで。
「わ、私はフィアンセだから!」
そんな事実はない。
「そんなの幼稚園の時の口約束じゃありませんか!」
自称妹は知っているとばかりに叫ぶ。
こいつらの脳内花畑ワールドは共通アクセス出来るのだろうか。
ちなみに雅人は幼稚園に通っていた事実さえない。
「わ、私はお詫びを……」
もじもじと一人だけバトル漫画な外見の乙女仮面。
きっと生まれてくる時代を、いや世界を間違えている。
せめてスケバ〇刑事の世界なら多少は調和されただろう。
トライアングルは一瞬即発。
三人はほとんど同時に取り合いをはじめ、大岡裁きが始まった。
なお誰も離そうとしない。
親だったら全員失格負けである。
ちらりと、雅人は悠里に目を向ける。
いつも通りのたんぱくな、平時の表情。
なのに、それがどこか売られる子牛のようだった。
そしてそのまま、雅人はドナドナされていく姿を悠里は見送る。
夕日が目に染みる、寂しい時間だった――。
そして翌日――。
けろっとした顔で学校に登校し、教室で三つある弁当の一つ目を食べる雅人の姿を悠里は目撃する。
ようやく悠里は、こいつが一番の異常者であると気づいた。
ありがとうございましたごめんなさい。




