死刑囚の笑み
その男――死刑囚であるセオドア・ウィリアムはニヤニヤとした笑みで刑事を迎えた。
「どうも、刑事さん。俺の担当は貴方で5人目かな?」
刑事は、セオドアの言葉に答えることなく、面会室の椅子に深々と腰を掛け、ガラス越しの犯罪者に目をやった。
「刑事のジョンソンだ。早速だがウィリアム。結局お前が殺した人数は24人なのか?」
ジョンソンの言葉にセオドアは肩を竦めてみせ、殺風景な天井を眺めた。
「言うと思います? ところでジョンソンさん、ウィリアムなんてあまりにも淋しいじゃないですか。セオって呼んでくださいよ」
「規則で禁止されている」
「冷たいなぁ。メアリーさんも、ロイさんも、ナタリーさんに、アルベルトさん。みーんなセオって呼んでくれましたよ?」
メアリー・スミス、ロイ・アスカム、ナタリー・クラウン、アルベルト・ハーバー。おそらくフルネームはそうであろうこの4人は、これまでセオドアの担当となっては、死に至った人達であった。
聞き覚えのある名前にジョンソンは顔を歪め、吐き捨てるように「クズが」とぼやいた。
その言葉が聞こえたのか聞こえてはいなかったのか、セオドアは小さく笑った。
「というか、ジョンソンってファミリーネームでしょ? ファーストの方教えてくださいよ」
一転、セオドアは居住まいを正し、ガラスの向こう側へと熱視線を送った。
その変わり具合にジョンソンは息をつき、何かを言おうとしてから、口を閉じて、また口を開いた。
「……ソフィア。ソフィア・ジョンソン」
ジョンソンの返答に、セオドアは目を輝かせ、身体が前のめりになった。
「やっぱり? 分かりづらいけどソフィーさんは女性だと思ったんですよ」
セオドアの視線が舐めるように胸元を注視しているのに気がついたジョンソンは、腕を組んで、セオドアを睨みつけるようにした。
「そんなことはどうでもいいだろう。それに愛称で呼ぶな」
セオドアは一瞬目を瞬かせ、それから再び椅子にしっかりと背を預けた。口角が変に歪み、目を閉じる。
「それこそどうでもいいでしょう? 愛称で呼んではだめなんて規則はないわけですし」
セオドアは一度そこで言葉を区切ってから、切れ長の瞳でジョンソンをしっかりと見据えた。
一瞬身体が硬くなり、ジョンソンは、そこで初めて今までセオドアと目線が合っていなかったのだと気がついた。
「ねぇ、刑事さん。取引しましょう?」
「取引? 司法取引のことか?」
「いいえ。刑事さんが、セオと呼んでくれて、且つソフィーと俺に呼ばせてくれるなら、刑事さんの最初の質問に答えます」
二人だけの取引ですよ、と冗談めかしたようにセオドアは補足した。
ジョンソンは暫し瞑目し、それからセオドアの顔をまじまじと見つめた。
セオドアの顔は至って真面目で、ジョンソンには到底冗談には見えなかった。
「いいだろう。だから、さっさと質問に答えろ」
「全くソフィーはせっかちだなぁ。というか、その命令口調やめよう? もっと普通に話してくれた方が俺だって話しやすいわけで」
子供に話しかけるような、ワントーン意識的に上げられた声に、ジョンソンは思わず鳥肌がたった。それをセオドアに見つかればあっという間に弱みとして握られそうな気がして、ジョンソンは必死に平静を装う。
「お前と――」
「お前じゃなくてセオ」
「……セ、オと私では立場が違う。お前は死刑囚で、私は刑事だ」
「でも、ソフィーは俺に情報を教えてもらいたいわけでしょ? そんなに俺と話すのが嫌なら、もっと捜査を頑張れば?」
ジョンソンは答えに窮した。
話題を無理やりにでも変えるしか、ジョンソンに選択肢はなかった。
「そんなことより、誰がタメ口でいいと言った? それに呼び捨ては許可していないはずだが」
ジョンソンの話題展開に、セオドアは小さく肩を震わせた。それから出会ったときと同じニヤついた笑みを浮かべる。
「だって、言ったでしょ? ソフィーと呼ぶことを許可してって。タメなのは、さっきも言った通り話しやすいからだよ」
そういえば、とジョンソンは思いだす。確かにソフィーさんとセオドアは一言も言っておらず、こちらが勝手な解釈をしただけなのだ、と。
この男は今後も同じことをしてくるだろう。ジョンソンの中でそんな予感が芽生えた。
「……わかった。なるべく対等に話せるよう善処する」
「いいねぇ、今のところソフィーが一番物分かりがいいかな。そういうの、俺の好みだ」
黙れ、と言いたくなるのを飲み込んで、ジョンソンは極めて冷静に質問の答えを求めた。
「それで、結局24人なのか?」
「いいや? そもそも殺し始めたのが何年前だっけ? えー……っと、5年前くらいかな? 確か20歳くらいからだったし。となると、まぁ月3くらいで、掛け12で36。掛け5だから180くらい……かな?」
ジョンソンがセオドアの発言を紙に書き留めようとするのを、セオドアは制した。
「ソフィーにしか教えてないからさ、上に報告するのはちょっと待ってよ」
「は?」
それは規則に反する、と反駁を試みようとするジョンソンに、セオドアは重ねるようにして言葉を続けた。
「よく考えて? 俺が司法取引で終身刑になる可能性があるんだよ? ソフィーにとってそれは本意じゃないはず。だから、一旦二人だけの秘密にしよう?」
「だが、規則は規則で――」
「ずっととは一言も言ってないでしょ? 俺だって、残りを認めて終身刑なんてダサいことはしたくないけど、一番嫌なのは死ぬことだからさ」
セオドアは笑みを浮かべて黙った。暫くの沈黙の後、ジョンソンは息を吐き、「じゃあどうしろと?」と口にした。
「難しいことをお願いするわけじゃない。ただ、材料を持ってきて欲しいんだよ」
「材料?」
「そう。最初は簡単なのでいい。――そうだな、まずはコイル。それから銅線と、デジタル時計の液晶を持ってきて? 次の面会は3日後でしょ? そうしたら、何がしたかったのか目の前で見せてあげるから」
茶目っ気たっぷりに笑うセオドアに、ジョンソンは少し迷う素振りを見せた。
「だが、死刑囚への個人的な差し入れは……」
「二人とも黙ってれば問題ないよ。ね? それとも俺に死刑になってほしくないの?」
そう言われるとジョンソンに返す言葉はなく、黙って受け入れる他なかった。
それに、セオドアが求めたモノは、与えたところで特に何かをできるわけでもないのだ。
「それじゃあ、明々後日愉しみにしてるから」
それだけ言うと、セオドアはひらひらと手を振った。
凝り固まった身体をほぐし、ジョンソンはゆっくりと立ち上がった。
部屋を去る時、決して後ろを振り返ることはなかった。
◆◆◆
3日後の面会で、ジョンソンは小さな紙袋を持って現れた。
だらけた姿勢を見せていたセオドアは、その姿を視認するなり、嬉々としてジョンソンを迎え入れた。
「約束通り持ってきてくれたんだ! 流石ソフィーだね」
「約束は約束だからな。破るわけにもいかんだろう」
セオドアは、刑務官らしき人物を呼び、その人物を通してジョンソンから紙袋を受け取った。
「なんだかやり辛いね。このガラスがなければいいんだけど。ねぇ、ソフィー。なんとかならない?」
「そういう設計だし、万一にも逃げられたら困るから無理だ」
「だよねー」
肩を竦めながらかちゃかちゃとセオドアは手を動かしている。ジョンソンは何をしているのか手許を覗き込むことにした。
コイルと液晶が銅線で結ばれている。それらが複雑に絡まり合って、何やら一つの回路が出来上がっているようだった。
「っし、できた」
セオドアの上擦った声に、ジョンソンは慌てて顔を上げた。
元デジタル時計の黒い液晶には赤く数字が浮き出ている。
――0。
その数字が何を意味するのか、ジョンソンにはイマイチ理解できなかった。
「ねね、ソフィー。この穴から線出すから、それを2つとも指に巻きつけてよ」
会話のため空けられたガラスの穴を指し示し、セオドアは早口に言った。
ジョンソンは頷き、穴から顔を出した導線を2つとも人差し指に巻きつけた。
「これでいいのか?」
「うん。ばっちり。ほら、数値が86になった」
セオドアが見せてきた液晶には、赤く86と映っていた。
セオドアは液晶を自身の方に向け、いきなり質問をしだした。
「なんでソフィーは刑事なんか目指したの?」
「は? いきなりな……」
「いいから」
セオドアに押されるようにして、ジョンソンはポツポツと語った。
正義に憧れたこと。誰かを守りたかったこと。そういう、自分の信念を。
「へぇ、それじゃ、なんで俺に死刑になって欲しいの?」
ちらりと液晶に目をやってから、真意を探るようにジョンソンを見据えるセオドアに、ジョンソンは今度は迷うことなく答えた。
「お前が人殺しだからだ」
「まーたお前に戻っちゃってるよ。まぁそれはさておき、なんで人殺しなら死んでほしいわけ?」
「……悪は滅されるべきだろう?」
「俺の担当になったわけは? 希望しないとなれないはずだけど」
「お前が一番凶悪だからだ」
「それはなんで?」
「他に24人も殺している死刑囚はいないし、刑事を殺したやつもいない」
セオドアは焦る素振り一つなく、再び液晶に目をやって小さく「ダウト」と呟いた。
「え?」
「嘘でしょ、今の。数値上がったし」
目を細めてジョンソンを見つめるセオドアに、ジョンソンは背筋の凍る思いがした。
「……それは、ウソ発見器、なのか?」
「そう。人は嘘をつく時に手汗をかくのは有名だよね。それを利用したものだよ」
もう外していいよ、とセオドアは笑ってジョンソンの手を指した。
ジョンソンは急くようにして銅線のリングを指から取り外した。
「それで、本心はどうなわけ? 嘘か本当か知る術はこっちにないからさ、ソフィーの良心に賭けるって形になるけど」
ジョンソンは、魚の骨が喉に詰まったような、そんな感覚に襲われた。
「ルイスを知っているか?」
「ルイス? あいにくわざわざ名前は訊かないから知らないな」
「この男だ」
ジョンソンは、そう言って胸元から1枚の写真を取り出した。
そこに写っているのは、半袖のシャツにジーンズを履いて、まだ幼い少女を抱いている男だった。
その顔には笑みが湛えられ、さぞ順風満帆だったのだろうと伺い知れる。
「ふぅん……?」
セオドアは写真をまじまじと眺めてから、すこしの間顔を下にむけていた。
「あ、あの人かな?」
ぱっと顔を上げ、セオドアは明後日の方向を見つめた。
「何人目かは覚えてないけど、まだ序盤の方だ。へぇ、あの人ソフィーのお父さんだったんだ」
セオドアの言葉にジョンソンは押し黙った。
沈黙を破るように、セオドアの明るい声が部屋に響いた。
「それで、新しいのを作りたいから、また材料を用意してくれない?」
今度のはちょっと難しいけど。とセオドアは初めて申し訳なさげにした。
ジョンソンは断ろうかと考えたが、それでまた終身刑を口にされては困る、と大人しく受け入れることにした。
セオドアが口にしたものは、何やら小難しそうで、ジョンソンは必死にメモを取りつつも、それがなにになるのかは想像もつかなかった。
◆◆◆
3度目の面会。流石に慣れてきたのか、セオドアは明らかに喜ぶようなことはなかった。
前と同じように刑務官を通して言われたものをセオドアに渡す。
「ホントに準備できちゃったんだ。ソフィーは凄いなぁ。でも、これを作るには結構時間がかかっちゃってさ。面会が終わってからだから――次来るまでに完成ってことでいい?」
ジョンソンはその言葉に頷く他なかった。
セオドアは両手を組み、何やらそわそわとしている。
「さっきからなんだ?」
「いや、ソフィーから話題を振ってくれないかなって。いつも俺ばかり話してるでしょ?」
確かに、とジョンソンは思ったが、だからといって自ら話そうとするわけでもなかった。
互いに話そうとしないわけだから、沈黙が続き、結局折れたのはジョンソンの方だった。
「セオ。お前はなぜ人を殺した?」
セオドアは、目を瞬かせ、姿勢を正した。
「ソフィー。それはどういう意味?」
ジョンソンが初めて聞く声の低さだった。一瞬身体を硬くしたものの、ジョンソンは冷静に答える。
「そのままの意味だ。180人も殺す意味が分からない」
セオドアは少し考え込み、またにこやかな笑みを浮かべて首を振った。
「俺にもよくわかんないな。そもそも理由なんている?」
お手上げだと言わんばかりに降参のポーズをとるセオドアに、ジョンソンは軽く舌打ちし、できる限りの笑みを浮かべた。
「ほら、家庭環境とかはどうだったんだ?」
「家庭環境ぉ? 悪くはなかったよ。さっきみたいな機械弄りも親が教えてくれたし。強いてテストの点数が悪くて怒られたくらいだよ」
今度はジョンソンがお手上げになる番だった。そもそも、事前捜査で家庭環境については知っていたし、セオドアに前科がないこともわかっていた。
ただ、殺害人数のように、警察の知り得ない情報が出てこないかと思っただけだ。
「……過去に犯したほかの犯罪は?」
絞り出した声でジョンソンは問うた。
「ん? 前科みればわかるでしょ?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりにセオドアは訊き返した。
「いや、その……なんだ。バレてないのが156人もいたわけだろ? 前科がついてないだけで、したことがあるのかって話だ」
合点がいったのか、セオドアは唸り声をあげて黙り込んでしまった。
「……あるかも」
少ししてからセオドアは、小さくそれを口にした。
「なんだ?」
「ちゃんと知らないから違うならアレだけど、殺したことがあるんだよ」
猫を、とセオドアは続けていった。やがて、止まらなくなったのか、セオドアはその時の詳細を淡々と語りだした。
「道端でね、野良猫を見つけたんだ。凄くやつれていて、まだそんなに年もいってないだろうに死にかけ。俺はそいつを拾って名前をつけたんだよ。倉庫に持ち帰って、餌をやって、大事にしてたわけ。したらさ、元気になった途端逃げようとしやがって。だから後ろ足をちょっとだけ切ったんだよ。そしたらそいつ、すごい声で鳴いてさ」
そこで初めてセオドアは小さく笑った。ジョンソンが何かを言おうとする前に、再び口を開き、言葉を連ねる。
「暫くの間は逃げようとしてたんだけどさ、前までと変わんないように接してたら、あいつもわかってくれたんだよね。俺が名前を呼んだら前足で必死に歩いてきてくれんの。従順で、可愛かったよ。だから、死んじゃった時はホントに悲しかったよ」
「死んじゃった? 殺したではなく?」
「うん。ある日突然ぽっくりとね。残念だったなぁ。俺が最期を飾ってあげるつもりだったのに。原因自体は俺にあるから俺が殺したようなものだけど」
セオドアは虚空を眺めるようにして、しみじみと呟いた。
でも、とセオドアは続ける。
「俺、あいつが腐るまで大事に使ってあげたんだ」
「使って?」
ジョンソンは、その言葉になんだか妙な予感がした。続きを知りたくない気持ちと、この男を知らなければという義務感がせめぎ合い、結局留めることは叶わなかった。
「そう。そいつの――あ、そろそろ時間だ。続きはまた今度」
「ちょ……っと待て」
話を切り上げようとするセオドアに、ジョンソンは思わず声をかけた。
「ん? どうしたの?」
「その……また、ちゃんと聞かせてくれるんだろうな?」
ジョンソンの言葉に、セオドアは目をパチクリとさせた後、何が面白いのか声を立てて笑った。
「ソフィーからそんなことを言ってくれて嬉しいよ。勿論話すさ。俺は嘘をつかないから信じて」
その言葉を信じ切るにはまだ早いような気もしたが、ジョンソンは黙って頷いた。
何より、次の面会までに買わなければならないものは、渡し辛いものだから、ジョンソンの方も早めに行動しておきたいのだった。
◆◆◆
4度目の面会の日、セオドアは何時ものように刑務官に囲まれて移動をしていた。
相変わらず足枷は重たいし、自由に身動きできないしで気分は最悪だったが、そういった気持ちはまるで全く出さず、黙って従順にしていた。
ところが、セオドアの後ろにいた刑務官から、何かを手渡された。少しひんやりとして、手に馴染みやすいそれがなんであるかは、おおよその察しがつくところであった。
今すぐ後ろの刑務官を問いただしたい気持ちもあったが、それでほかの刑務官に奪われてはたまらない、と、これまたセオドアは平静を崩さない。
身体チェックは終えた後だったので、セオドアは服の内側にソレをしまい込んだ。
いつも通り手錠だけが外され、足枷が固定されたまま、刑務官1人を残して他は去っていく。
まだ、ジョンソンは来ていない。いつものことだった。
「ねぇ、ロイさん。これってソフィーから?」
不意にセオドアは、誰を見るわけでもなくそう口にした。
少しの沈黙の後、ロイ――セオドアに例のものを渡した刑務官である――は「えぇ」と答えた。
「そっかぁ。ソフィーが。ね、例のやつは持ってこれてる?」
服から取り出したソレを弄りながらセオドアは再びロイに問うた。
「えぇ。今のうちに渡しておきましょうか?」
「そうしてくれると有難いかな」
ロイは堂々とセオドアに近づき、慣れた手つきでポケットから取り出した機械をセオドアに渡した。
「ありがと。やっぱロイさんが一番頼りになるね」
セオドアの言葉に、ロイは一瞬顔を綻ばせたものの、小さく咳払いをしてまた無表情に戻った。
やがて、聞き慣れてきた足音に、セオドアはゆっくり顔を上げた。
丁度ドアが開き、緊張した面持ちのジョンソンが部屋に入るところだった。
◆◆◆
正直を言えば、こんなにいつも通りとは思わなかった。
ジョンソンは、笑顔のセオドアと、離れた位置に立つ無表情の刑務官を見て、素直にそう感じた。
ジョンソンも、自分がなぜこんな行動に出たのかはっきりとは理解していなかった。
ただ、無意識にそれを行っていて、それこそがセオドアの狙いだったのかもしれない。
いつも通り深く腰掛け、なるべく普通に「それで、できたのか?」と訊いた。だが、その声は震え、いつも通りでないことは明らかだ。
「勿論。……ねぇ、ソフィー。あれ、ありがとうね」
「なんのことだか」
「とほけなくていいよ。ここには三人しかいないんだから」
セオドアはウインクをしてから、刑務官を手招いた。
「ソフィーも、もう気づいてたんでしょ。じゃなきゃ手渡すわけないもんね?」
すぐに反論が思い浮かばなかったジョンソンは、諦めて大人しく頷く他なかった。
「ロイ・アスカム。死んだと思っていたが、まさかこんなところに居たとは」
ロイは表情を崩さず「まぁ」と軽く返事をした。
「ロイさんはね、はじめから俺の味方だったんだよ。担当で来た時は流石に驚いたなぁ」
懐かしむようにセオドアはロイを見つめた。
「なにせ、バレないように気をつけながら、俺への熱烈なラブコールを送ってくるんだ。俺がそれに気づいて、受け入れたからこうしてここにいるわけなんだけど」
セオドアの言葉に、ジョンソンは抑えようのない疑問に駆られた。
「他の三人は? それに、確かに私は全員の死体を見た。あれはどう説明する?」
セオドアは体を揺らし、ロイとジョンソンを交互に見てからやっと口を開いた。
「メアリーさんは気が弱くて、ちょっとおちょくったら自殺しちゃったかな。ナタリーさんはロイさんに媚を売っていたから、ロイさんが殺した。アルベルトさんは――よく知らないな。やめた後に死なれちゃった」
死体の件に関しては――、セオドアがロイを見つめ、頷いたロイが後を引き継いだ。
「セオの殺したまだ見つかっていない1人。その死体遺棄場を教えて頂き、偽装した次第です」
ジョンソンは絶句するほかなかった。あのロイが、という気持ちが胸中を占めていた。
ジョンソンにとって、ロイという男は、自分以上にしっかりしており、憧れていた理想だった。
その理想が、呆気なく壊れていく様を黙って見つめることしかできない無力感。
その感覚に、ジョンソンは息が荒んでいた。
「そうだ。道具を解説する前にこの間の続き」
セオドアは空気を一転するように、ガラスに刃を当てた。
ジョンソン自身が上げたそのナイフをガラス越しに見つめ、ジョンソンは自分が何やら本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだと気がついた。
「その猫の死体をね、俺はこんなふうに腹を切り裂いて、花を生けたんだよ」
すぅっとガラス板にナイフが沿わされ、ジョンソンは、ガラスにヒビが入ったような錯覚を覚えた。
このガラスは強化ガラスだから、そんなわけはないのだが、未だジョンソンの視界には細い線が入っているように見える。
セオドアはナイフから手を離し、今度は機械を手に持った。
「さて、それじゃあ本題にいこうか」
息を整えつつ、ジョンソンはセオドアの手許を眺めた。
赤、青、黄、緑のボタンがついた黒い箱が目に入った。その箱から線が伸び、線の先はプラグになっている。黒い箱の上にはモニターが設置されており、特に何を映すでもなく黒い画面のままだ。ただ、それだけのシンプルな機械だった。
「これは……なんだ?」
「犯罪捜査に役立つもの。使い方と原理を教えるから、次までにソフィーが使ってみてよ。どうせ次で最後だしさ」
最後、という言葉が引っかかったが、ジョンソンにそこを訊けるだけの余裕はなかった。
「あぁ、わかった」
「それじゃ、説明するね。まずこのプラグを死体の頭に刺す。そうだな、眼窩――目の窪みのことね。からやるのが一番やりやすいかな。そうしたら、この赤いボタンを押す。5分くらい待って、青いボタンを押せば、モニターに映像が映るよ。黄色いボタンを押せば音声が聞こえるんだけど、念のために自分でイヤフォンをこの箱に挿さなきゃ聞こえない仕組みにしてる。使い終わったら緑を押して。はい。使い方はこれでおしまい」
簡単でしょ? とセオドアは笑ってみせた。
「それで……その原理は? というか、映像とか音声とか、それは一体なんなんだ?」
「簡単だよ。プラグの先からナノデバイスが脳に侵入。過去に与えられた電気信号を解読して、この黒い箱がそれを解析、統合。その死体の最期の記憶を復元するんだ」
つまり、犯人がわかるということか? とジョンソンは口にしかけて、やめた。それを訊くのは野暮な気がした。
「取り敢えず、後はソフィーが試してみればいいよ」
その後話すこともなく、面会は終わりを迎えた。
ジョンソンの頭のなかには言いようのない漠然とした不安だけが残ったままだった。
◆◆◆
「それで、どうだった?」
セオドアに機械を返却しながら、ジョンソンはその質問に答えた。
「成功だ。犯人が分かっている死体で試せば、供述通りの記憶が見えた。生憎音声は二度と聞きたくないがな」
「それは良かった。ほんと、ありがとうね」
「何をそんなに感謝することがある? 自分の才能が見つかって嬉しいのか?」
ジョンソンの問いに、セオドアは笑って首を横に振った。
「まさか。それもあるけど、これでやっと取引ができる」
「取引? ……まさかっ」
ジョンソンは初めてその可能性に思い当たった。やはり、とんでもないことをしでかしていたのだ。
「そう。司法取引だよ。死刑というものからやっと逃れられる」
「司法取引をするのはダサいんじゃ……」
「残りを認めてならね。俺は、俺の才能で終身刑になりたかったんだよ。言ったろ? 死ぬのが一番嫌だって」
ジョンソンは呆気にとられた。息を吐くことさえできなかった。
「……失敗するぞ。それは誰でも使えるんだからな」
なんとか絞り出したその声に、セオドアは不敵に返した。
「停止ボタンがこっちにあるから、向こうは下手をできないさ。一度押せば二度と使えなくなるんだからね」
もはや、セオドアを死刑にすることは不可能だった。
「ねぇ、ソフィー。ソフィーとのことは一言も言わないよ。だから、成功したら付き合ってよ」
そう言って、手をひらりと振ってから部屋を出るセオドアに、何かを言うことはできなかった。
ジョンソンが、最後に見たセオドアの笑みは綺麗だった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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26/3/25 誤字脱字修正
26/3/26 加筆修正




