第1話 白百合騎士団(前編)
===会議===
セイムス王国首都『アークセイム』。
その中心部から外れた閑静な区画に、白い大理石で作られた建築群――『聖白院』がたたずんでいる。
それは、白百合騎士団の宿舎であり、訓練施設でもある場所。
白百合騎士団に所属するのは、全員が女性エルフだ。
正騎士は236人。訓練兵を加えれば300人を超える。
さらに、彼女たちの身の回りの世話をするために、48人の人族の女性たちが使用人としては暮らしていた。
ミナもその一人だった。
二十代の、どこか素朴な雰囲気を纏った黒髪のメイド。
彼女はこの日、団長執務室の隅に控え、緊張した面持ちで会議の様子を見守っていた。
今日は、週に一度の定例会議の日。
団長であるセルヴァンナ・アウレを中心に、聖務部・経理部・管理部・監察部・庶務部の代表が集まっている。
全員が揃ったことを確認し、セルヴァンナが静かに口を開いた。
「それでは、今週の予定を確認する。まず、聖務部。明日は第二王子主催のパーティーがある。会場の警備については、以前と同じだ。問題はないな?」
「はーい。ありませーん」
軽い調子で答えるのは、聖務部長アシェリアだ。
「次に、管理部。明後日から、聖遺物の公開点検が始まる。見学者が多数訪れることになるから、抜かりのないように」
「はい。部内での打ち合わせは既に済んでいます」
管理部長ヴァレリスが淡々と答えた。
「経理部、監察部、庶務部については、主だったイベントはない。通常業務をつつがなく進めるように」
「「「はい!」」」
「何か報告がある者はいるか?」
監察部長イリシアが手を上げた。
「白百合騎士団が雇用した人族五名について、内定調査が終わりました。家族構成や思想に問題はありません。報告書を本日中にお持ちできると思います」
「うむ、ご苦労」
「それと、先日白百合騎士団が請け負ったクエストの件ですが、問題が起きました。“通過儀礼”に使用した人族の捜索に出向いた団員二名が戻ってきていません」
室内の空気がわずかに揺れた。
白百合騎士団の団員が行方不明になる――このような事態は初めてだった。
「理由は分かるか?」
「不明です。捜索に時間がかかっている可能性はあります。ですから、あと数日しても戻ってこないようであれば、本格的に調査をした方が良いかと」
「分かった。任せる。他に報告のある者はいるか?」
手を上げる者はいなかった。
「では、会議はこれで終了とする」
短い会議が終わった――はずだった。
だが、誰一人として席を立とうとしない。
アシェリアが、軽い調子でセルヴァンナに声をかける。
「セルヴァンナ様、お疲れですか? なんだか、表情がいつもより硬いような気がしますよー」
「体力的には問題ない。だが、公務ばかりでは息が詰まる。何か、気晴らしでもあればよいのだが」
「そうですねー。救世烈団の合同遠征はまだ先なんですよね?」
「ああ、そうだな。次は二か月後だ。だが、あれは息抜きにはならないぞ」
セルヴァンナが合同遠征から戻ってきたのは、七日前のことだ。
ミナが見た限りでは、あの時のセルヴァンナは疲れ切っているようだった。
――それほどまでに、救世烈団の仕事は過酷なのだろう。
しかも、今回の遠征では仲間が一人命を落としたという。
もしかしたら、それを引きずっているのかもしれない。
ミナは、そんな“的外れ”なことを考えていた。
「たまには長期休暇を取って、旅行でも行ったらどうです?」
「それは駄目だ。聖騎士として、この首都を離れるわけには行かない。ここを離れるのは、合同遠征や実地訓練の時だけだ」
「お堅いですねぇ」
「聖騎士としての誇りと責務だ」
セルヴァンナは凛とした態度で言い切る。
その言葉を受け、アシェリアはふと視線を横へ向けた。
――ミナの方へ。
意味が分からず、ミナはとりあえず微笑みを返した。
それが、彼女の平穏の最後だった。
===生贄===
「人族のメイドをもう一人潰して遊ぶのはいかがです?」
突然、アシェリアが恐ろしい発言をした。
その言葉に、イリシアが続く。
「いいですねぇ。最近やっていませんし」
エルフたちは、会議の延長のような気軽さで物騒なことを言いだした。
ミナの心臓が跳ねる。
身の危険を感じたというより、理解が追いつかない。
自分によくしてくれている彼女たちが、突然こんな話をしだしたのだ。本気のものだとは思えなかった。
「それも飽きた」
セルヴァンナは、否定も肯定もしなかった。
ただ、たしなめる気配もない。
ミナはそれを“冗談”だと思い込もうとした。
だが、身体の芯が冷えていく。
それが冗談ではないことを頭のどこかでは理解してしまっていた。
この世界において、人族とはそういう存在なのだ。
「それじゃあ、こういうのはどうです? 私達で、マンツーマンで戦闘訓練を施すんです。そして、一か月後くらいにメイド同士で戦わせる。生き残ったら、ここから逃げしてあげる」
「それは少し面白いな。だが、本当に逃がすつもりか?」
「いいえ? ただ、そう言った方がやる気を出すかもしれませんし」
アシェリアの視線が、ミナに突き刺さる。
それは、獲物をいたぶる捕食者の目。
ミアの背筋が凍り付き、身体が動かなくなった。
「ところで、団長。この話って、人族に聞かれたらマズい話ですよね?」
「そうだな」
「ここに人族のメイドがいることを“うっかり”忘れていました」
アシェリアがにやりと笑い、ミナへ歩み寄る。
顎を掴まれた瞬間、ミナは理解した。
抵抗すれば――殺される。
「これはもう、殺すしかありませんよね」
刃物が抜かれる気配。
それが、ミナの喉元へと向かう。
その刃先が触れようとした瞬間――。
「止めろ」
セルヴァンナの声が響いた。
アシェリアが振り返る。
その隙に、ミナは逃げ出した。
逃げ出さずにはいられなかった。
それが無駄なあがきだと分かっていても。
次の瞬間には、アシェリアの蹴りが背中に叩き込まれていた。
床に叩きつけられ、息が詰まる。
更に腹を蹴られ、仰向けにされた。
「お許しください! 決して口外しません!」
「やだ」
再びナイフが振り下ろされる。
だが、その刃はセルヴァンナが止めていた。
素手で掴んでいるにもかかわらず、全く血が出ていない。
「止めろと言っただろう」
「しかし――」
「お前が故意に情報を漏らしたのだ。その責は彼女に追わせるべきではない」
セルヴァンナは姿勢を低くし、ミナに視線を合わせた。
「君は、ミナだったな」
「は、はい」
「申し訳ないが、君の口止めをしなければならない」
ミナは恐怖に瞳を揺らす。
「君がこのことを口外したら、君だけではなく、それを聞いたもの、君の家族を殺さなければならなくなる。それは理解してもらえるな?」
ミナは震えながら頷いた。
「では、君を私の専属メイドにしよう。私の目の届く場所にいる限り、君の安全は保障する」
それは、優しい言葉のようにも聞こえた。
だが、これはセルヴァンナの遊びだ。
その真意は“目の届かない場所では、どう扱っても構わない”ということだ。
それを全員が理解していた。
「アシェリア。彼女の所属変更の手続きを」
「了解しました」
こうして、ミナは息抜きのための“生贄”となった。




