第1話 ダンジョンの奥底
===深穴の底にて===
最高難易度ダンジョン≪幽樹迷宮≫。
発光ゴケの淡い光だけが揺らめく深穴の底で、一人の少年が仰向けに転がっていた。
右腕は、肩から先が失われている。
骨は砕け、肉は避け、呼吸をするたびに、突き刺すような痛みが全身を巡った。
意識は暗闇の中へと沈みそうになっている。
それでも、彼の脳裏に浮かぶのは、口惜しさと怒り。
そして、彼を裏切った“仲間”たちへの焼けつくような復讐心だった。
だが、復讐など叶うはずもない。
ここは深淵の底。
誰も来ない。
誰も助けてくれない。
彼の死は、既に確定している――そのはずだった。
だが、これで終わりではなかった。
ダンジョンは更に彼に牙をむいた。
その少年――レオンの近くで、何かが這う気配がした。
深穴の底は有毒の瘴気が溜まっている。
そこで生き残れるのは、強力な魔物のみ。
這い寄っているのは、その中の一つなのだろう。
姿は見えないが、気配だけは確かに感じる。
それが恐怖を煽り立てた。
「……止めろ。来るな」
懇願に近い声。
だが、魔物がそれを聞き入れるはずもない。
次の瞬間、左腕にひんやりと冷たい感触があった。
同時に、焼けるような痛みが襲った。
それは、深穴の底に巣食う魔物――その名は『深淵喰い』。
ゲル状の身体は強力な酸性を持っており、深穴に落ちてきた獲物を溶かして吸収をする。
ドロドロの粘つく身体が、レオンの身体を這い上がっていった。
「あああああッ!」
声にならない声で叫ぶ。
死がより速度を速めて近寄ってきている。
深淵喰いは、容赦なくレオンの身体を溶かしていった。
皮膚、筋肉、内臓、そして骨までも。
近くには人間の服や装備が散らばっている。
ここに落とされた者は、残らずこの化け物に溶かされてしまったのだろう。
――その時、彼らは生きていたのだろうか。
――この苦しみを味わったのだろうか。
さぞかし怖かったことだろう。
悔しかったことだろう。
憎かったことだろう。
その少年――レオンはそう考えた。
だが、そんな思考もすぐに霧散した。
痛みにより意識を失い、痛みにより意識を取り戻した。
そこにまともな思考を差し込むことは出来なかった。
――その時だった。
頭の中に“声”が響いた。
それは、怒りと憎しみの声。
自分を裏切った者たちに対する、レオン自身の声。
だが、それだけではなかった。
もっと多い。
もっと深い。
もっと黒い。
何十、何百、何千という怨嗟が、レオンの頭蓋の中で渦を巻く。
『痛かった……』
『悔しかった……!』
『裏切られた……!』
『復讐を……!』
『俺たちの分まで、復讐を……!』
怨嗟の声が、レオンの意識をつなぎとめる。
痛みから逃げることを許さず、復讐心に火をつける。
裏切りの記憶が、なども何度も脳裏で再生される。
――死ねない。
――あいつらに復讐するまでは、絶対に!
その瞬間、レオンの身体の奥で“何か”が動いた。
熱い。
熱いのに、どこか冷たい。
自分のものではない何かが、血管の中を這いまわるような感覚。
自分では制御できない“何か”が、身体を侵食している。
それは、死よりも恐ろしい感覚だった。
だが、レオンは臆さない。
彼の中では、復讐心が燃え滾っていた。
それが恐怖を焼き尽くす。
その怒りが向けられるのは、この国の“英雄”たち。
どれだけ燃えても、それが尽きることはない。
それが彼の“復讐”の始まりだった。




